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スポーツウェア:20世紀の発展と多様化

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スポーツウェア(Sports Wear)は、スポーツ競技やスポーツ観戦用の服装の総称で「運動着」の名を充てたものです。1930年代のアメリカで発生した用語。

とくに、前者の場合は、各スポーツの規定・ルールで形態が定められた場合がほとんど。後者は、イン・フォーマルな日常着もふくめ、カジュアル・ウェアと同義で使用されます。

この場合、カジュアルな単品(ブラウス、シャツ、ベスト、ジャケット、パンツ、スカートなど)をいい、前者、すなわち、アクティブ・スポーツウェア(スポーツするときの「運動着」)とは区別されます。現代は後者の意味でよく使われています。

略史

第2次世界大戦までのアメリカのモード界では、パリのオート・クチュールがファッション・リーダーとされており、アメリカ独自のファッションが停滞していました。大戦勃発後にパリからの衣服の輸入が停止し、アメリカ独特のスタイルが必須となって、クレア・マッカーデル(Claire McCardell, 1905~1958年)らの活躍をみました。

マッカーデルは、1942年にダイアパー水着(おむつパンツ水着)、ラップワンピース、1943年にレオタード、1944年に街着用のバレリーナ・シューズなどを続々と発表。他にも、ホールター・ネック、デニムとデニムのステッチなど斬新なアイディアにあふれた作品を発表しました。マッカーデルのアイデアの源は、アクティブ・スポーツウェア。以後、セパレートで、身体にフィットする動きやすいマッカーデルのアイデアは、アメリカの既製服の基本原則となりました。

クレア・マッカーデル 「遊戯服」。クレア・マッカーデルはスポーツウェアを普及させたデザイナーとして知られます。Playsuit by Claire McCardell, 1948. Cotton, metal

クレア・マッカーデル 「遊戯服」。クレア・マッカーデルはスポーツウェアを普及させたデザイナーとして知られます。Playsuit by Claire McCardell, 1948. Cotton, metal via Claire McCardell | Playsuit | American | The Met

戦後になるとスポーツウェアはさらに普及していきます。1960年代や1970年代に当時の世界的に有名なブランドが挙ってスポーツウェア部門に進出しました。たとえばアンドレ・クレージュです。19世紀のバッグ・メーカーを出自にもつエルメスも、ファッション雑誌で果敢にスポーツ色を出しました。

エルメス・スポーツ

エルメス・スポーツ via Vogue France, No.534, 1973, Mars, p124.

モード業界では、1987年の春夏ニューヨーク・コレクションで「クリーン」「ファンクショナル」「スポーティ」をテーマにした作品が次々に発表されました。ジャンポール・ゴルチエ Jean-Paul GAULTIER の未来派風のスピード感溢れるスタイル、ジャスパー・コンラン、ティエリー・ミュグレル(ティエリー・ミュグレー : Thierry Mugler)、シャンタル・トマスのアメリカン・スポーツウェアなどです。

これらは、ホールター・ネック、ミドリフ・トップ、落下傘スカート、バーミューダ、デニムやキャラコやギンガムなどの素材、ジッパー、リベットの空きなどを特徴とした1950年代のアメリカの既製服、すなわち、ジ・アメリカン・スポーツウェア(定冠詞 the に注目)の再来でした。

1986年にニューヨークのファッション工科大学(FIT)で開催された「スリー・ウィメン」とよばれる展覧会では、マッカーデルの作品をはじめ、マドレーヌ・ヴィオネ、川久保玲の作品が展示されました。

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