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ローザ・ベルタン:アントワネットお抱えデザイナー

ローザ・ベルタン マリー・アントワネットのドレスメーカー、マドモアゼル・ローザ・ベルタン パーソン
ローザ・ベルタン マリー・アントワネットのドレスメーカー、マドモアゼル・ローザ・ベルタン via Jean François Janinet | Mademoiselle Rose Bertin, Dressmaker to Marie-Antoinette | The Met
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ローザ・ベルタン(Rose Bertin/ローズ・ベルタン)は1747年に北フランスのアベビル近郊に生まれたファッション・デザイナーです。本名はマリー・ジャンヌ・ローラン(Marie Jeanne Laurent)。

当時の貴族階層への影響力がきわめて大きかったので、盛時には「フランス・ファッション大臣」と呼はれました。

フランスのファッションデザイナーの祖といわれますが、古今東西多くの無名の無数の人間がデザイン行為をしてきたなかで、初めて名を残したデザイナーというのが正確な位置づけ。

経歴

16歳でパリに出て帽子店マドモアゼル・パジェル(Mademoiselle Pagelle)に就職。

服飾商に転職した後、1774年(1772年説あり)にシャルトル公妃やランバル親王妃の仲介で、ルイ16世の王妃マリー・アントワネット(Marie Antoinette)のお抱えデザイナーへ。

王妃のファッションに関する相談役となり、外国王室や外交官夫人の帽子やドレスも製作しました。

同時に、彼女は自店舗を約15年間にわたりパリのサントノレ通りに開業しました。店名はオ・グラン・モゴール(Au Grand-Mogol/「ムガール皇帝」の意)。同店は繁栄をきわめ、30人の縫い子を抱えたといわれます。

王妃が発注したドレスやアクセサリーは際限なく国費を濫費し、フランス革命の誘因ともなりました。

野心家の彼女はは王妃の愛顧に応えてその死まで献身的に仕えましたが、王妃の刑死後にイギリスへ亡命しました。再びフランスへ戻ってからは大衆向きのアクセサリー店を開きましたが思わしくいかず、1813年に貧窮のうちに死にました。

ローザ・ベルタンの生きた時代のフランス貴族の贅沢ぶりはドイツの経済史家ヴェルナー・ゾンバルトが詳しく調べています(恋愛と贅沢と資本主義:経済社会のエンジンは何か?)。そちらもご参照ください。

関連文献

Rose Bertin
Rose Bertin

Michelle Sapori, Rose Bertin, Perrin, 2010.

ローズ・ベルタン ─ マリー・アントワネットのモード大臣
ローズ・ベルタン ─ マリー・アントワネットのモード大臣

ミシェル サポリ「 ローズ・ベルタン:マリー・アントワネットのモード大臣」北浦春香訳、白水社、2012年。

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