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エルメス:フランス第二帝政期に繁栄した鞄会社

エルメス HERMÈS パーソン
エルメス HERMÈS via Hermès International — Wikipédia
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エルメス(HERMÈS)は、オート・クチュールをはじめとする奢侈品産業が栄えた第二帝政期(1850~1870年)に繁栄した鞄会社の一つ。

四輪馬車と従者にHが打ちこまれたロゴで有名。衣料品ではサンディカのプレタ・ポルテ部門のメンバー。

創業から20世紀中期まで

ティエリ・エルメスが、1837年、フランス・パリのバス・デュ・ランパール通りに、高級馬具の製造工房をオープンしたのがエルメスの始まり。

ティエリ・エルメスは、ドイツ生まれのフランス人で、馬具職人をめざして、1814年(13歳)にパリへ上京していた。

第2回パリ万国博覧会(1867年)で、鞍が銀賞を受賞(銅賞はルイ・ヴィトン)。1878年1月、初代ティエリが死去したが、その3ヶ月後に開かれた第3回パリ万国博覧会ではグランプリに輝いた。

初代ティエリのもとで、ブーツ、宝石、室内装飾項目などの製造も始まった。この頃、ナポレオン3世を顧客にしていたことは有名だ。

1880年代

1880年、2代目のエミール・シャルル・エルメスが、現在地のフォーブル・サントノレ通り24番地の角地に工房を移転。従来の製造・卸だけでなく、顧客への直接販売もスタート。

またこの時から、鞍の製造を始める。1892年には、馬の鞍を入れるための鞄「オータクロア」を発売し、これは後の「バーキン」の原型として有名。

1900年代

1902年、ティエリの孫息子、アドルフ・エルメスとエミール・モーリス・エルメスが、商号を「エルメス兄弟社」とする。翌1903年、エミールが、札入れ、財布、バックの製造を開始。

この頃、ロシア皇帝をはじめ、ヨーロッパの貴族たちを顧客にもつ世界的な馬車商に発展した。

ハンドバッグは、1920年にエミールがスタートさせた部門である。クージュ・セリエと呼ばれる鞍縫いの職人的製法を活かした革製バッグは、当時の婦人たちに爆発的なヒットをよんだ。

バッグ製造スタートの背景には、馬車の時代から自動車の時代への転換を挙げることができる。そして、フォードを代表とする自動車の最先端アメリカという国と文化も、ブランド展開のキーとなってきた。

とはいえ、少量生産主義を20世紀になっても維持した点は、アメリカのフォードにみられる大量生産と異なり、エルメスの商品に希少価値を持たせる役割を果たし、ブランドとしての成功を約束させた。

1920年代

1922年、エミール・モーリス・エルメスが、兄アドルフ・エルメスから会社の全所有権を買収し、商号を「エルメス」に戻す。

1923年に、高級車ブカッティ用バッグとして、丸いラインが特徴的な大型バッグ「ブカッティ」の製造を開始。1927年、時計を発売。また、衣服、旅行用品、時計、宝飾品などを事業に取り入れ、支店を拡大。1936年には香水の販売を開始し、この時期、多角化が急激に展開している。

1930年代:ケリー・バッグの元「サック・ア・クロア」を製造販売

1935年に「オータクロア」のハンドバック・タイプ「サック・ア・ロア」を発表。これは、鞍入れ(サドル・バッグ)として既に19世紀末から製造されていたが、これを台形のハンドバッグに変え、縫い目を表に出すクージュ・セリエ製法によるもの。

モナコ王妃グレース・ケリーが、妊娠していたおなかをこのバッグで隠していたことから、後に「ケリー・バッグ」と呼ばれるようになったことは余りにも有名だ。

また1937年には「カレ モムニバスゲームと白い貴婦人」の名で初の絹スカーフを発表し、マスキュリン・ルック(マニッシュ・ルック)のアクセサリーとして、爆発的な人気を呼んだ。

以後、1947年には香水、1979年には時計やアクセサリーと、多角事業を展開。現在は、ガムやペンのケース、Hマークのベルトなど小物も販売している。

「四輪馬車と従者」のロゴを商標登録

なお、「四輪馬車と従者」のロゴを商標登録したのは、1945年のこと。この商標に使われている馬車は、19世紀後半のヨーロッパの貴婦人たちに人気だった馬車「ル・デュック」をデザインしたもの。

1950年代

1951年、ロベール・デュマが4代目社長に就任。

1955年、女優でモナコ王妃となったグレース・ケリーがエルメス定番のバッグ「サック・ア・クロア」を愛用していたことから「ケリー・バッグ」の名前が付けられる。

1960年代の多角化

1960年代、既に製造されていた香水で馬車の名をネーミングした「カレーシュ」の発売とともに香水部門を独立し、口紅などの開発もスタートさせた(ルージュ・エルメス)。

1977年、売り子のアニー・ボウメルのウィンドウ・ディスプレイの発想に始まり、レイラ・マンシャリの華麗なディスプレイが話題を呼んだ。

以後、サントノーレ24番地のウィンドウ・ディスプレイは、パリ名物、観光名所になっている。

1970年代

1978年、ロベール・デュマ・エルメスの息子ジャンルイ・デュマが、5代目社長に就任。翌79年には、エルメス時計社を設立、時計部門に参入した。さらに、1984年には、テーブル・ウェア部門に進出。

日本進出は前年の1983年で、西武百貨店との合弁企業である日本法人「エルメス・ジャポン」。2001年6月28日に、エルメス・ジャポン本社社屋「メゾン・エルメス」がオープンしている。

1988年に、エルメスの紳士服部門のディレクター、およびデザイナーに、ヴェロニク・ニシャニアンが就任。レディースのプレタポルテは、長い間、クロード・ブルエ(本家フランス版『マリ・クレール』の元編集長)と5人のデザイナーたちの指導のもとでデザインされてきた。

1990年代

エルメスのプレタポルテ・チームは、1993・1994秋冬パリコレで、馬具製造としての創業期の分野を想起させるような、ルダンゴトにヒントをえた作品を発表するなど、豪華なスタンスを維持してきた。

しかし、1997年5月「継ぎ接ぎ」で有名なベルギー出身の前衛派デザイナー、マルタン・マルジェラをチーフ・デザイナーに起用(それまで、マルタン・マルジェラはジャンポール・ゴルチエのアシスタント)。2004・05の秋冬からは、後継に、ジャン・ポール・ゴルチエを起用している。

1970年代に非売品として作られていた機種のデザインを踏襲した時計「パプリカ」を2002年に発売。

最近のエルメスおすすめ商品は、香料入りのエルメス・スカーフ。

生地が摩耗するとき、匂いが残るように設計されており、芳香は5度くらいの洗濯には耐えることができるそうだ。

エルメス社は、エルメス一族の第5世代ジャン・ルイ・デュマが、代表を務めている。日本国内での販売は、インポート・ブランドとして、エルメス・ジャポンが担い、レディース、メンズを扱う。

2004年10月の時点での日本における最新店舗は、成田空港第2ターミナル3Fの専門店。品揃えのラインアップは、スカーフ、ネクタイ、バッグ、シャツ、時計、アクセサリー、雑貨などである。

エルメス社(エルメス・グループ)の経営情報

以下、エルメス社(エルメス・グループ)の情報を掲載しておこう。

基本情報だが、所有権は、創業者ティエリの子孫たち3家族にある(Dumas、Guerrand、Puech家)。株式のうち、16%が機関投資家か個人投資家が所有している。

業績

次に、やや古いデータだが、業績を見ると1995年のグループ販売総額が7億6700万ドルで、対前年比11.6%のアップ。

衣服、ネクタイ、スカーフが販売の40%以上を占めると見積もられている。また、販売総額の68%が輸出で、そのうち、日本とアメリカ合衆国だけで35%を占める。

1996年には、販売総額が8億1700万ドルと、6%の上昇をみた。この上昇には、腕時計と香水の売上も大きく貢献しているが、プレタポルテの販売額が20%上昇しており、俄然、主力となっている。

なお、1994年の純益は、5500万ドル(前年比39%上昇)で、以後、8000万ドル(1995年)、8900万ドル(1996年)となっている。

エルメス社の公表によると、1995年の時点で、世界中に145の店を構えており、内訳は、67店が直営、残りの78店がフランチャイズとなっている。後者の店舗は、コーナー・ショップや免税店としてエルメス製品を販売している。

広告

広告面をみてみよう。エルメス社の広告費用は、1995年で6300万ドル。中心は、従来からのファッション雑誌各社への広告と、独自に出版しているライフスタイル雑誌『ルモンド・デュ・エルメス(Le Monde D’Hermes)』。

また、エルメス社は、フランスの競馬「Prix de Diane in Chantilly」をはじめ、様々な競馬イベントを後援している。

従業員への教育投資と老舗企業の買収投資

エルメス社が従業員に教育面で巨大な投資を行なっていることは有名。これは、エルメス職人の技術を受け継ぐため。別の分野の職人たちのテクニックを学ぶために、従業員を世界中に送っている。

2000年頃から、エルメス社は世界中の自店舗ネットワークを強化している。また、近年、エルメスの事業資産を拡大させるために、「Puiforcat」「Lobb」「Critalleries de St-Louis」、さらには、有名なオート・クチュール・メゾン「Jean-Louis Scherrer」など、フランスの老舗企業の獲得や企業投資を積極的に行なっている。

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