モード史を学ぶマストブック10冊

モードの社会史 – 西洋近代服の誕生と展開

能沢慧子「モードの社会史―西洋近代服の誕生と展開―」有斐閣選書、1991年 メディア批評
この記事は約5分で読めます。

モードの社会史 – 西洋近代服の誕生と展開

ヨーロッパがヨーロッパの服を生みだしたのは14世紀のこと

能沢慧子さんの「モードの社会史」は、14世紀にヨーロッパの衣服がヨーロッパらしくなったという観点に注目し、ヨーロッパのファッション史を述べたものです。ヨーロッパは昔から洋服をもっていたわけではなく14世紀後半に洋服を生み出しました。

能沢慧子「モードの社会史―西洋近代服の誕生と展開―」有斐閣選書、1991年

大丸弘説との共通点

この観点はかつて大丸弘も指摘しています。14世紀にヨーロッパにヨーロッパ服(以下では洋服)が誕生したと見る点を著者と大丸氏は共有しています。大丸氏は1375年にヨーロッパで鋼鉄針が開発された点に注視しました。では同じ14世紀の展開を著者はどこに求めるのでしょうか。私がこの本に注目しました理由はここでした。

大丸弘氏の論点は次の記事をご参照ください。

本書のコアな読み方

大丸氏の論点と著者能沢氏の論点とをつなげると、次のように要約できます。能沢氏の紹介している14世紀のフランスおよびヨーロッパ文学における変化は大丸氏のいう1375年の鋼鉄針の開発を生み出した。

とはいえ問題も残ります。大丸氏のいう鋼鉄針の開発はイギリスで実現しました。そこで、フランス史を専攻として着た能沢氏がイギリスの14世紀中期の文学をどう取り上げているのかを見る必要があります。冒頭はイギリス詩人ジェフリー・チョーサーの「カンタベリ物語」から始まっている点、ヨーロッパの温度差を知るにも興味が付きません。

モードの社会史のはじまりを本書はどこに設定したか

ヨーロッパらしい服装すなわち洋服の誕生に関する著者能沢氏の観点は大丸氏の注意する1375年の鋼鉄針の開発よりも先行しています。著者の場合、洋服の誕生は1340年代頃にはみられるとのこと。当時の絵画や文学作品がある段階で描写方法や叙述方法を変えたう点に分析観点を求めます。

その結果、布地を裁断する方法に変化があったと結論づけます。それは今でいう直線裁断から曲線裁断への移行だと述べています。このような事情は11頁辺りにまとめられています。

もちろん、直線裁断が直線裁断に移行したとはいえ洋服を作る時に全て曲線で裁断するわけではありません。洋服の裁断図をみると今でも直線が長さにおいて主流です。

曲線裁断の導入が与えた衣服形態の変化と男女差

その注意の下で能沢さんの説に耳を傾けますと、曲線裁断が導入されることによって、14世紀の上流階級には大きく二つの変化が服に生じました。

  • 袖付け技術
  • ツーピースを想定した別々に裁断する方法

袖付けが14世紀に発生したことは想像できます。アジアの服飾史では出て来ない点です。しかし、ツーピースはアジアの服飾史(とくに中国服飾史)では紀元前から確認できるので、それを知ってか著者は袖付けほどインパクトがあった訳ではないかのように、やや筆を鈍らせます。他方で袖付けは1ページほどを割いて分かりやすく説明しています。

もとい、中国はともかくヨーロッパのみに限定して話を進めると、まずツーピースは男性に使われました。男性はツーピースの服が上流階級に広まっていたのです。女性は非常に長い間、20世紀初頭までワンピースを基本としています。

ですから、中野香織が訳したアン・ホランダーの本「性とスーツ」に述べられるように18世紀頃までのヨーロッパでのファッションは多く男性が牽引していたという話に繋がります。

本書のしっかり安定した軸

このような西洋の特徴を時系列で並べる場合、深井晃子の著書類にあるようにふつうの西洋ファッション史は、特徴的な衣服を取り上げて、ヨーロッパのどこかに確認されたファッション史として雑煮のようにまとめてきました。

ところが能沢さんの鋭い点あるいはバランスの良い点として、ヨーロッパ経済史の展開を叙述の一部で考慮しています。すなわち中世ルネッサンスのイタリアの経済力や政治力の強さからを14世紀ヨーロッパ服の誕生に重ね、周辺地域ことにフランス、やがては産業革命を最初に開始したイギリスへと、モードの中心を移していきます。

このように、ヨーロッパにおける洋服の誕生の技術的な事情(最重要のキーワードは裁断方法)と、その後に洋服がどのように展開していったかという時間的な説明がうまく噛み合っているように思います。こういう手法に成功しているため、本書の内容はとても分かりやすく、かつ刺激的です。事情と時間という二つの軸があるので本書はブレがありません。

モードの社会史―西洋近代服の誕生と展開 (有斐閣選書)
モードの社会史―西洋近代服の誕生と展開 (有斐閣選書)

イギリスを先に述べるべきかフランスを先に述べるべきか

私なんぞは大学の講義で、経済史の知識に引っ張られてイギリス⇒フランスの順に説明しがちです。これに対して本書はフランスから始めて次にイギリスを取り上げています。

私は経済史からファッション史を取り上げようとして、つい産業革命のイギリスの綿工業の発展とフランス繊維産業への悪影響という風に考えがちです。フランスは繊維産業をイギリスに奪われて、隣接するモード産業へ移行したという論調です。

フランスに注目することで見えてくること

しかし、フランスがイギリス産業革命以前に形成してきたモード産業の原型と呼ばれるような事柄は、私の観点からは視野に入ってきません。

著者はそのイギリス⇔フランス関係において、フランス・ファッション史であまり重視されてこなかった中世テーラーの職業に注目して論を進めます。既にフランスでは14世紀頃からタイユールと呼ばれる職業があり、これが後に英語でテイラーと呼ばれたこと、タイユールとは布を切ること(裁断すること)を意味した、といった状況が見えてきます。

本書の全体的な感想

ドレスメーカーはタイユールに対して数百年遅れた後続です。このような違いをヨーロッパ服飾史から見られたので、本書を読んだ甲斐があったと思いました。オートクチュール一辺倒のフランス・モード史に斬新な観点を与えてくれました。

また単に斬新なだけでなく、モードの歴史やヨーロッパ服飾の歴史について、14世紀起点、その後の衣服の変化と着用性差の変化、17世紀後半にタイユール組合に対してクチュール組合が独立したこと、19世紀末から勢力を増してきたオートクチュール職業、このような展開を徐々にフランスへ絞って述べていく著者の論調は、まさに軸を伴ったモード史として非常に安定的で意義の大きい本です。

モードの社会史―西洋近代服の誕生と展開 (有斐閣選書)
モードの社会史―西洋近代服の誕生と展開 (有斐閣選書)

能沢慧子「モードの社会史―西洋近代服の誕生と展開―」有斐閣選書、1991年

コメント

footer-insert.php