新しいファッション史

モードの世紀は、人類のファッション史をまとめ直し、躍動感ある歴史を描きます。
主にフランス、イギリス、イタリア、アメリカ、中国、台湾、日本に注目します。

これまでのファッション史は西洋か日本か、意味不明の二項対立に固執しました。
和洋。何て厚かましい言葉でしょう。

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ヒストリーをハーストリーに転換失敗 : ディオール2018コレクション

ヒストリーをハーストリーに転換失敗 : ディオール2018コレクション

ヒストリーをハーストリーに転換失敗 : 最近とくに英語力落ちてるみたいで、スラスラと読めない…。とりあえず面白いコレクション・レポートを発見。

ヒストリーをハーストリーに転換失敗 : ディオール最近のフェミニスト宣言は全く革命的じゃない。

ディオール最近のフェミニスト宣言は全く革命的じゃない。via Dior’s Latest Feminist Manifesto Not So Revolutionary | Pret-a-Reporter

とりあえずこの記事を書いた人はディオールの2018年コレクションが、デザイナー(Maria Grazia Chiuri女史)の意図するほどは、フェミニズム的ではなかったし、「His-tory」を「Her-tory」に塗り替えるほどの威力も無かったと、否定しているんかいな。目標に現実が追いつかなかったというオチかな。

それと1960年代を振り返るのもこのコレクションの一つのモチーフだった見たい。何度映像を見直しても何度記事を読み返しても何のモチーフも伝わらないけど…。

Dior's Latest Feminist Manifesto Not So Revolutionary
Was this her attempt at rewriting history as herstory, suggesting what could have been way back in 1966, if she had been in charge of the house of Dior?

創業以来ディオールが持ち続ける限界 : フェミニズムから見て

わての読解力不足か、このデザイナーの陥った袋小路か、どっちか分からんけど、1960年代でモードやファッションの歴史って終わってしまったことを忘れてはならん。

1950年代のディオールが締め付けコルセットを復活させてしまった以上、フェミニズムも何も同社には存在しないはず(笑)

やっぱりシャネルとクレージュ

ここで妻に指摘されたのは、シャネルとクレージュは年齢層の違う女性たちを念頭に置いていたとのこと。確かにシャネルは若くても20代後半以上、クレージュは20代後半まで(じゃないと似合いにくい)。

ただ、30年から40年の時差を考えないといけない。シャネルとクレージュはどちらも「動きやすい服」を作った。おまけに細み。なんせか細い。

でも違いもある。

  1. シャネルはオフィス用、クレージュは普段着。
  2. シャネルは1920年代、クレージュは1960年代、つまり1世代はズレている。世代を通じて女性の体型が変動している。もちろん1960年代の方が健康状態は良くなっているし、体型も大きくなっている。

となると、クレージュは「動きやすい服」を作ろうとしてもシャネルのようにOL用の服を作るには、60年代が肥え過ぎていた時代だったということになる。となると、ロリコンかという領域すれすれのツィギーらをモデルに20歳前後の女子たち、まだ肉付いていない女子たちをターゲットにする≪しか無かった≫と、限界・状況として説明することもできる。

と、ウダウダ書いてまとまりが無い…。

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プロフィール
この記事を書いた人
しんいち

岩本真一(いわもと・しんいち)1970年奈良県生まれ。近畿圏の大学で経済史や社会史を教えています。アパレル産業史を研究する傍ら、ファッションに関する文化史・哲学的なサイト「モードの世紀」を運営してきました。姉妹サイトに「ミシンの世紀」、著書に『ミシンと衣服の経済史』。

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