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彼女について私が知っている二、三の事柄 : 彼女とは女優とパリ

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彼女について私が知っている二、三の事柄

彼女について私が知っている二、三の事柄 : この映画は、1960年代パリの都市再開発と、分断されて枯れ切った住民の生活とを、マリナ・ヴラディという主婦の日常から描いた作品です。ゴダールの映画が物語からエッセイに変わった最初の作品とされています。

この映画と「メイド・イン・ユーエスエー」をゴダール監督はかけもちで作りました。「メイド・イン」が物語、「彼女について」がエッセイ、丁度彼の分岐点となる2作です。

原題は Deux ou trois choses que je sais d’elle (2 ou 3 choses que je sais d’elle), Jean-Luc Godard, France, 1967.

彼女について私が知っている二、三の事柄

彼女について私が知っている二、三の事柄

映画の主題

この映画の主題は、1960年代・1970年代の経済大国が歩んだ社会的状況を映し出すことに有ります。彼女とは主演女優のマリナ・ヴラディやその演じた人物ジュリエット・ジャンソンでもあり、同時にパリでもあります。パリとはフランスとの首都であると同時に世界中の都市でもあります。

映し出される項目は、ベトナム戦争時代のアメリカ、生活必需品の高騰、仕事・失業、背伸びした都市生活を目指したり、生活不安定や貧困を打開したりするための売春、コンクリート・ジャングル、希望なき結婚生活、上の空の子育て等です。荒みつつ疲れつつも自己問答をするマリナ・ブラディの冷たくやつれた表情が印象的です。

このような意味から、1970年代ににっかつロマン・ポルノが製作した数多くの映画もこのテーマに即したものだと判断できます。

ジャン・リュック=ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』(Jean-Luc Godard, 2 ou 3 choses que je sais d'elle) (c) 1967 - ARGOS FILMS - ANOUCHKA FILMS - LES FILMS DU CAROSEE - PARC FILM.

ジャン・リュック=ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』(Jean-Luc Godard, 2 ou 3 choses que je sais d’elle) (c) 1967 – ARGOS FILMS – ANOUCHKA FILMS – LES FILMS DU CAROSEE – PARC FILM.

主演のマリナ・ブラディという名の女優

ミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』は1960年代ロンドンの都市再開発下における若者たちの反抗を、男性カメラ・マンを主役に添えて性的な点から捉えたものでした。これとは対照的に、ジャン・リュック=ゴダールの『彼女について私が知っている二、三の事柄』は先に書いたように主婦マリナ・ヴラディ(Marina Vlady)を主役に添えて静的な点と性的な点を重ねて描きます。

彼女とは―マリナ・ヴラディ。ジャン・リュック=ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』

彼女とは―マリナ・ヴラディ。ジャン・リュック=ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』(Jean-Luc Godard, 2 ou 3 choses que je sais d’elle) (c) 1967 – ARGOS FILMS – ANOUCHKA FILMS – LES FILMS DU CAROSEE – PARC FILM.

この映画の冒頭でゴダールは「彼女について私が知っている二、三の事柄/彼女とはパリ首都圏」と主題を設定します。パリの整備拡張計画が続いて映し出されます。少し経つと「彼女とはマリナ・ブラディ/女優だ」と展開します。これが2つ目の主題です。いわば、女優の生活拡張計画がパリの整備拡張計画に重ねて描かれていきます。

ジャン・リュック=ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』(Jean-Luc Godard, 2 ou 3 choses que je sais d'elle) (c) 1967 - ARGOS FILMS - ANOUCHKA FILMS - LES FILMS DU CAROSEE - PARC FILM.

ジャン・リュック=ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』(Jean-Luc Godard, 2 ou 3 choses que je sais d’elle) (c) 1967 – ARGOS FILMS – ANOUCHKA FILMS – LES FILMS DU CAROSEE – PARC FILM.

主演のパリという名の女性

パリを女性として描いたのはゴダールに限りません。そもそもフランス語のcapitalにはLa Capitale(ラ・キャピタル)とLe Capital(ル・キャピタル)があり、前者は首都を意味し、後者は資本を意味します。

絵の事例を挙げます。アメリカの地理学者デヴィド・ハーヴェイは『パリ』で次の絵を挿入し、「パリはしばしば女性として表象される。ここでは縛り付けられ、無数の建設労働者たちが群がったものとして描かれている」と説明を加えています(図ともに、デヴィッド・ハーヴェイ『パリ―モダニティの首都―』(大城直樹・遠城明雄訳、青土社、 2006年〔原著2003年〕、339ページ)(to amazon.jp)。

「パリはしばしば女性として表象される」デヴィッド・ハーヴェイ『パリ―モダニティの都市―』339ページ。

「パリはしばしば女性として表象される」デヴィッド・ハーヴェイ『パリ―モダニティの都市―』339ページ。

ゴダールはこの映画を大地の再開発を描いたとも述べています。大地とはパリ首都圏であり、それは映画公開時から10年や15年前に再開発の行なわれたロサンゼルスでもありました。

具体的に描かれているのは高速道路やインターチェンジですので、この映画は交通の問題つまりコミュニケーションの問題でもあります。領土や交通から再編成されるものとして大地・パリを捉えた一方で、もう一つの主題である売春も、大地の問題として重視されています。

この映画で売春は販売すべき領土や販売可能な領土と考えられています。また、売春は女性が自分の領土の一部を外国人に販売したり、一時的に外国人に占領されるのを受け入れたりすることと描かれています。ヴラディたちが売春した相手の男性にアメリカ人がいました。

ミシン工の女子がパリで暮らす

道路工事・自動車道路の場面がたびたび挿入され、立ち入り禁止と騒音の角度から、絶え間ない都市再開発が描かれます。後にマリナ・ブラディと知り合いになる若い女性が《お決まりの話》として登場します。アパレル産業でミシン縫製工として働いてきた女性です。

1年後 別の男と 同じ事をくり返す。ジャン・リュック=ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』(Jean-Luc Godard, 2 ou 3 choses que je sais d'elle) (c) 1967 - ARGOS FILMS - ANOUCHKA FILMS - LES FILMS DU CAROSEE - PARC FILM.

1年後 別の男と 同じ事をくり返す。ジャン・リュック=ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』(Jean-Luc Godard, 2 ou 3 choses que je sais d’elle) (c) 1967 – ARGOS FILMS – ANOUCHKA FILMS – LES FILMS DU CAROSEE – PARC FILM.

このミシン工の青春と人生は次の通りです。

ミシン工の試験に合格して工場に入る

男に騙され 子供が生まれ 捨てられる

1年後 別の男と 同じことをくり返す

(中略)やがてお人好しの男と結婚して

アパートに住むが 家賃は高い

3人目の子供で 万事休す

彼女に 売春させるのは 夫自身なのだ

ここには工業化社会における工場労働の定着性が記されています。必ず必要な労働だが従業者の人生も定着した労働として映画かれているのが、この映画の描く「変化」、脱工業化社会の登場を予感させます。もちろん、その社会の到来は良い面と悪い面をもたらすことも間違いありませんが。

工業化社会における居場所のズレとアイデンティティの揺れ

この映画では、価格高騰や低賃金労働が生活問題として描かれているより、都市問題として描かれているのが興味深いです。都市に暮らす数万人の人間を消費者として捉えるだけでなく、生産者(または労働者)としても捉えています。

生産と消費が結びついた、語彙と構文で満たされた従来の都市が変容する最中、マリナ・ブラディは未来の都市を「もう、誰にも分からない。過去の語彙の豊かさは失われ」、都市の果たした創造的役割は終了し、テレビやラジオという新しい語彙や構文が創造的役割を担うようになると感じます。情報媒体の普及と都市の変容が共時的に捉えられています。

マリナは、ベトナム戦争帰りのカメラ・マンの買春客について「1966年8月17日 ヨーロッパにて アジア人の事を考えられるなんて」と不思議そうに感じます。夫がベトナム戦争に関するニュースをラジオで聞くのと同じく、それは情報媒体の普及がなせる技。

彼女について私が知っている二、三の事柄 生きた人間はしばしば既に死んでいる。

生きた人間はしばしば既に死んでいる。2 ou 3 choses que je sais d’elle (c) 1967 – ARGOS FILMS – ANOUCHKA FILMS – LES FILMS DU CAROSEE – PARC FILM.

都市から分断されたマリナ・ブラディは生活の欠落を感じますが、何が欠落しているのかは分かりません。そのため理由なく不安になり、始終、アイデンティティ問題を考えます。私は誰か、妻、母、娘、女。そして労働者の可能性を模索します。

しかし出発はあくまでも生活者としての欲望にあります。「欲望の対象が分かっている時もあれば、分かっていない時もある」。ここに主婦が買物をしたり売春をしたりする理由なき理由があります。

アンサンブルとしての団地と一人の主婦

最後に、団地とはフランス語でアンサンブル。2点以上の衣服を組み合わせた言葉でもあります。それらの1点は衣服です。しかし、それだけは衣装になるのかどうか難しい問題です。

映画の冒頭で映し出される団地とマリナ・ヴラディの対比的な描写は、意外に、各戸の集合という点と1人の主婦が色んな役割を持っている点を重ねれば対比的な像としてではなく類似的な像として読めるようになります。

パリという女性が資本という男性をドライに諦める

フランス語のCapitalには女性名詞La Capitale(ラ・キャピタル)と男性名詞Le Capital(ル・キャピタル)があり、前者は首都(都市)、後者は資本を意味します。英語のCapitalには首都と資本の両方が含まれます。ドイツ語のKapitalには資本の意味しか無く、都市はStadtが担います。

ジャック・デリダ『他の岬』の射程範囲

文法的な性別からヨーロッパ史までを展望したジャック・デリダの名著に次の本があります。

ジャック・デリダ『他の岬―ヨーロッパと民主主義―』新装版、高橋哲哉・鵜飼哲訳、みすず書房、2016年(外部リンク)

本書は、第1次世界大戦がヨーロッパ知識人に与えた衝撃を多様な観点から捉えています(ギリシア・ローマという甘い夢、西洋の没落)。また「土地と都市」「土地と資本」「資本と都市」という組み合わせで近代国家を考える点を疑問視し、20世紀末から21世紀にいたる「首都」「都市」のあり方や、近代に形成された国民国家の概念を再検討する必要性を論じています。その意味では本書の枠組みはこの映画の枠組みを批判しているとも受け取れます。

他方で本書が示すように、オスヴァルト・シュペングラー(独)、マルティン・ハイデガー(独)、ポール・ヴァレリー(仏)ら、ヨーロッパ半島に暮らした知識人たちにとって第1次世界大戦の戦後荒廃は衝撃でした。大戦をきっかけに同半島の意味が「西のUSAに突き出た岬」から「ユーラシア大陸のただの西端」へと変わりました。1920年頃は威厳を誇った対USAに明らかな差や劣等感をヨーロッパが感じ始めた時期でした。

この映画と『他の岬』との共通点

『他の岬』は≪西に突き出た男根キャピタル≫が大戦後にインポテンツになったことを詳細に論じました。他方でこの映画「彼女について私が知っている二、三の事柄」もまた、資本たる男性が投下資本を増やさず(簡単にいえば努力せず)ラジオばかり聞いていて家族に無関心であるという生活上のインポテンツが描かれています。ここに双方の共通点が見出されます。

最後に : この映画の特徴

また、『他の岬』が描いていない都市内部の問題をこの映画は淡々と詳細に描いています。子供の託児所通いと主婦の売春開始が毎朝同時に始まります。ここには家族ぐるみの労働の解体が描かれているともいえます。

マルグリット・デュラス「モデラート・カンタービレ」は幼児期からの過剰教育と主婦に発生する空虚な時間が同時進行でした。「彼女について私が知っている二、三の事柄」は過剰教育以上に枯れ果てた主婦が強調されています。

デュラスの小説がウェットに富んでいるのに対し、ゴダールはドライを持ってきました。その点で、やはりこの映画は日活ロマン・ポルノを生んだと言っても過言ではありません。

スタッフ

  • 製作 : アヌーシュカ・フィルム、アルゴス・フィルム、レ・フィルム、デュ・キャロス、パルク・フィルム
  • 原作 : (”ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール”のカトリーヌ・ヴィムネの記事を素材とする)
  • 撮影 : ラウール・クタール
  • 音楽 : ベートーヴェン
  • 編集 : コラン、シャンタル・ドラトル
  • 衣装 : ギット・マグリーニ / Costumes : Gitt Magrini
  • 出演 : マリナ・ヴラディ、アニー・デュプレー、ロジェ・モンソレ、ジャン・ナルボニ

Jean-Luc Godard, 2 ou 3 choses que je sais d’elle, France, 1967.

ジャン=リュック・ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』フランス、1967年

補遺(2017年6月)

最近、ゴダールの映画「彼女について私が知っている二、三の事柄」を見直したり考え直したりしています。この映画は視覚的にも哲学的にも深いもので、何度見ても新しい発見があります。この映画はちょうど半世紀前の1967年に公開された映画とは思えない新鮮さを持っています。

最近分かってきたキーワードは色です。赤と青が中心ですが、白と緑も大切な色として描かれています。そして、よく言われるように彼女とはパリのことですが、映画に出てくるように都市圏でもあり、マリナ・ヴラディ自身でもあります。

映画の途中で、 trans world airlinesのバッグとパックス・アムのバッグを被った二人の女性が出てきます。女性たちを風刺しているよりも時代と都市と男性たちを嘲笑しているように感じます。

そして、男性たちはアメリカやベトナムと航空機で往来し、アメリカのレコード会社の音楽をフランスのパリで聞く。映画はこの錯誤が1960年代から始まったことを示しています。