アイリーン・レンツ : MGM ギルバート・エイドリアンの後任

アイリーン・レンツ Irene Lentz は、アメリカのサウスダコタ州ブルックリンに生まれのファッション・デザイナーです(1901-1962)。

アイリーン・レンツ : 略歴

アイリーン・レンツはモンタナの高校を卒業後、南カリフォルニア大学に進学しました。大学卒業後の1927年、20代半ばにロサンゼルスに出て、ウォルフ・スクール・オブ・デザイン Wolf School of Design へ通い、音楽を専攻しました。

アイリーン・レンツは婚約者のディッキー・ジョーンズ (Dickie Jones) に説得され、衣装店を開店します。その店は繁盛し、彼女の最初の映画スターの顧客、ルペ・ヴェレツ (Lupe Velez) を知りました。彼は他の俳優たちを説得して、アイリーン・レンツの顧客にしていきました。彼女は夫を亡くして店を閉じ、ヨーロッパへ渡り、ほとんどの時間をパリで過ごしました。

アイリーン・レンツの映画界への進出

1933年、アイリーン・レンツは復帰後に2回目の店舗を開店し、大きなステップを上がります。有名な会社、バロックス・ウィルシャー社 Bullocks Wilshire の重役が、アイリーン・レンツの店のディスプレイに魅了され、彼女に連絡を取り、同社の Costume Design Salon の主任の座を与えました。それを機会に、アイリーン・レンツはスターたちが映画で着用する衣服をデザインし始めます。パラマウント映画、RKO、コロンビア、ユナイテッド・アーティスツなど、あらゆる映画会社がアイリーン・レンツの作品群をスターたちに使いました。

アイリーン・レンツ は1946年のテイ・ガーネット監督『郵便配達は二度ベルを鳴らす』でラナ・ターナーに衣装をデザインしました。
アイリーン・レンツは1946年のテイ・ガーネット監督『郵便配達は二度ベルを鳴らす』で ラナ・ターナー に衣装をデザインしました。 “Irene Lentz costum for Lana Turner in The Postman Always Rings Twice directed by Tay Garnett, 1946” via Irene Lentz: Fashion, History | The Red List

アイリーン・レンツの独立

1942年、Louis B Mayer はアイリーン・レンツを MGM の契約下におき、彼女はそこで1949年まで主任デザイナーとして働きました。ギルバート・エイドリアンの後任です。アイリーン・レンツは、MGMを去るまでの2年間、Mayer に量販型ファッション・デザイナーとして事業をするのを認めるように説得し続けました。とても珍しいことですが映画会社はそれを許諾し、アイリーン・レンツはロイヤルティーを会社と分割するようになりました。また、これも珍しいことですが、MGMの跡継ぎ社長が彼女のベンチャー企業を承諾しました。アイリーン社はアメリカ中の25の企業から融資を受けました。こうして、25社は自社の地域内でアイリーン・レンツのスタイルを排他的に独占できるようになりました。

アイリーン・レンツの映画界への復帰

アイリーン・レンツはMGMを去った後、スターたちに非映画用衣装(私用衣装)を設計していましたが、映画界へ復帰しました。そして、 Midnight Lace 用にドリス・デイへたくさんの衣装を提供し、「Gathering of Eagles」でメアリー・ピーチが使う衣装類をデザインしました。 アイリーン・レンツ自身は The Great Morgan という映画に出演しました。


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[投稿日]2017/05/25
[更新日]2017/05/29