アンドレ・クレージュ : André Courrèges

アンドレ・クレージュ ( André Courrèges / Andre Courreges ) は現代スカートの原型を提案した、前衛派の男性裁縫師・ファッション・デザイナー(1923-2016)。1965年のミニ・スカート(ゴーゴー・スカート)と平底ブーツ(ゴーゴー・ブーツ)、1967年の全身網タイツ、1972年のシー・スルーの上衣で有名ですが、他にも様々な革新性を持っています。「未来派のバレンシアガ」や「パリ・オート・クチュールのル・コルビュジエ」と呼ばれました。パリ高等服飾専門学校(École Supérieure des Industries du Vêtement – Paris, ESIV)卒業。

アンドレ・クレージュのミニ・スカート(1965年)Photo FC Gundlach via The first mini by André Courrèges 1965 | © Pleasurephoto
アンドレ・クレージュのミニ・スカート(1965年)Photo FC Gundlach via The first mini by André Courrèges 1965 | © Pleasurephoto Room

アンドレ・クレージュ : 個人略歴

クレージュは、1923年、ピレネー山脈麓、南仏ナヴァール地方の中心都市ポーの町で地主の息子として生まれました。若い頃に土木建築学を学び、兵役中も飛行学校を選ぶなど、近代未来に対する関心が強かったです。1944年空軍パイロットとして兵役に従事。その後、クチュールへの興味をもちはじめ、第2次世界大戦後にパリに出て、1946年にパリ高等服飾産業学院に入学。この頃、スウェーデンの既製服産業の成功に関するルネ・アンリの講演を聴講しています。

1947年、クレージュはジャンヌ・ラフォーリのメゾンのデザイナー助手として入店(1952年に辞職)。1951年からはクリストバル・バレンシアガのもとで11年間にわたって修行を積み、衣裳構築の美学と技術を学ぶ。夫人のコクリーヌ・バリエールとはここで知り合いました。

アンドレ・クレージュ の アンサンブル (1963-67年)
アンドレ・クレージュのアンサンブル(1963-67年頃) Ensemble (via The Met)

アンドレ・クレージュの店舗展開

1961年8月に クレージュはクレベール通りに店舗を開設して独立。この年の初コレクションのデザインは建築的な構成美をもち、「白の幻想」をテーマに大当りとなって一躍有名になりました。最初の4シーズンは厳しく均整のとれたバレンシアガ的な作品を追っていましたが、それ以後はソフトで軽やかな傾向を強めます。1963年春は白オーガンシーに縫取りした夜のシガレット・パンツを発表し、同年秋にはスカートのヘム・ラインが膝頭まで上がった、化粧気のない、長くてたくましい脚の若いマヌカンたちが登場しました。

アンドレ・クレージュのミニ・スカート。ツィギー着用。
photo credit: Metsuki Doll Twiggy Who? via photopin (license)

次いで、1964年の「ローブ・ド・パンタロン」で、夜会用の服にパンタロンを提案し、スポーティで機能的な傾向を強調、1965年春には「ミニ・ルック」とよばれるミニ・スカートを発表。このミニ・ルックは、それまでオート・クチュールで最も醜い身体部分とされてきた膝頭を解放しました。これが爆発的なブームをよび、「未来派のバレンシアガ」と呼ばれました。1967年のシー・スルー・ドレスのほか、宇宙服ルック、大胆なチェックとストライプ使い、チュニックとパンツの組合せなど、ファッション界に一大旋風をまき起こしました。

1960年代にパリのオート・クチュール業界の中でプレタ・ポルテ部門をもっていた4社(ピエール・カルダンニナ・リッチイヴ・サンローラン、アンドレ・クレージュ)は、オート・クチュールとプレタ・ポルテの2事業を1つにまとめる目的でファッション・ショーのスケジュール変更を協議していました。イヴ・サンローランは直ぐに抜けましたが、ピエール・カルダンとニナ・リッチは1970年代初頭まで自分のスケジュールを貫きました。この過程でクレージュは4シリーズを同時に発表しました。ちなみに、1964年にクレージュはフランスのブルジュ(ブールジュ/Bourges)にあるサミー・エ・モーリス・ヴァンベルクの既製服工場を訪問しています。彼は縁縢・笹縁・釦穴に関しては手作業よりもミシンの方が遥かに上手に縫製出来る事を知っていたのです。

ポーにあるクレージュのアトリエの様子 (c) Courreges / DR, ディディエ・グランバック『モードの物語―パリ・ブランドはいかにして創られたか―』古賀令子監修、井伊あかり訳、文化出版局、2013年、130頁
ポーにあるクレージュのアトリエの様子 (c) Courreges / DR, ディディエ・グランバック『モードの物語―パリ・ブランドはいかにして創られたか―』古賀令子監修、井伊あかり訳、文化出版局、2013年、130

1965年1月、クレージュはクチュール組合の公式行事であるコレクションを踏み倒し、同1965年10月に翌1966年春夏向けの3ラインを同時に立ち上げました。従来のオート・クチュール部門は「プロトティプ(原型)」、プレタ・ポルテ部門は「クチュール・フュチュール(未来のクチュール)」、ニットなど安価なものは「イポルベル(双曲線)」の3部門です。1966年にはプレタ・ポルテの1号店をパリのフランソワ・プルミエ通りに開店し、次いで翌1967年にUSAヒューストンのサコウィッツ百貨店とニューヨークのボンウィット・テラー百貨店に開店しました。

他方、ミニ・スカートの爆発的なブームに伴い粗悪なコピーが氾濫したため、クレージュは3シーズンにわたる活動休止を決意します。その後1967年に、フランソワ・プルミエに店舗を移設し展示を再開しました。1970年、プレタ・シリーズ「イペルボール」、オート・クチュール向けの「プロトティープ」、ニットの「マイユ」の3シリーズを発表。さらにコレクションでは、「クチュール・フュチュール」を合わせた4つのシリーズの作品を同時に発表する形態を採りました。ちなみに、1966年から1967年にかけて、パリのオートクチュール組合の会員数は39から17へと急減しています。

© André Courrèges, Pierre Boulat
© André Courrèges, photographed by Pierre Boulat, “Life”, May 21, 1965

アンドレ・クレージュはラインの多様化に留まらず、1960年代に多角経営にも乗り出します。1965年にロレアル社とクレージュ社はクチュールと香水の会社を共同で設立しました(クレージュ・パルファン社、フランソワ・プルミエ通り40番地)。株式の持ち分はロレアル側に50%、クレージュ夫妻に50%でした。その後、1971年には香水部門、1973年には紳士服・男性服部門「クレージュ・オム」をそれぞれスタート。1977年には男性用香水「FH77」を発表。この頃から店舗の体勢をオート・クチュールからプレタ・ポルテへとシフトさせ、建築や産業デザインなどの分野へも積極的な活動を展開しました。1972年にミュンヘン五輪の制服デザインも担当しました。

1970年代のクレージュは、スカート丈や、スカートかパンタロンかという選択などにこだわらず、年齢層にも関係ない衣装デザインへと傾向を変えました。1976年春には、1967年に採用した3部門をオート・クチュールとプレタ・ポルテの2部門に修正し、プレタ・ポルテ、アクセサリー、雑貨類でも自分の商号をつける商品を全て直営工場で製造する体制を採用。オート・クチュールのエスプリである高品質を守りながら、同時にモードの大衆化をも推進する姿勢を採りました。1975年にクレージュ社はフランス国内だけでセーターを75万着、布帛製品を6万点お製造しました。1970年から1976年にかけてクレージュの店舗はアメリカだけで28店に広がりました。

この頃、生産はアンドレ・クレージュの故郷フランス南西部のベアルン地方の下請業者に委託していましたが、後に同地に自社工場を設置します。ポー工場です。1973年の石油危機までは順調に進行しました。この頃、プレタポルテ部門で完全に自社管理を行なっていた企業は ニナ・リッチ社とクレージュ社の2社だけでしたが、石油危機によってクレージュ社はストライキによる納品遅延を発端に徐々に完全管理の牙城が崩れていきます。

アンドレ・クレージュ の コート・ドレス (1965年)
アンドレ・クレージュのコート・ドレス (1965年) Coatdress via The Met

1965年以降、長い提携関係にあったロレアル社との関係の見直しが82年に行なわれ、コレクションの発表ができずに1986年からは裁縫店の呼称を失うなど、クレージュ社の1980年代は困難な時代でした。ちなみに、1980年代にはヨーロッパの衣料品業界で最高品質だと認められるようになった国は既にフランスでは無くなり、イタリアでした。1993年には提携会社イトキンへ譲渡した会社経営権とブランド権利を買い戻し、同年から翌1994年の2シーズンにはカステル・バジャックによるコレクションを再開し、1996年には香水クレージュのブランド権利を買い戻し、1997年には香水「2020」を発売。このように、1990年代にクレージュ・ブランドの建て直しが始まりました。

アンドレ・クレージュの作品

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[投稿日]2017/01/04
[更新日]2017/05/26