Hiroshi Daimaru記事一覧

Hiroshi Daimaru

Hiroshi Daimaru : 大丸弘は「衣生活とその周辺の比較生活史」を専門分野とし、「身装文化デジタルアーカイブの構築」を精力的に行ってきた文化人類学者、服飾史家です。世界中のファッション史に精通しています。
大丸弘 Hiroshi Daimaru

貫頭衣からテーラリングへ : 大丸弘「西欧型服装の形成」を読む

大丸弘「西欧型服装の形成」の印象を部分的に要約。先週と今週で一番衝撃だったのは、貫頭衣の説。貫頭衣は原始的な衣服で、布を縦長(多分)に使って、真ん中を頭部程度にくり抜いてザックリ被った上体衣です。貫頭衣の普及からTailoring技術の形成まで、ヨーロッパの裁縫の発生を丁寧に読み説いています。

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中森明菜 Desire : ニュー・キモノの例

中森明菜は Desire の曲だけ、テレビでもシングル・レコードのジャケットでもニュー・キモノを着ていました。しかし、中森明菜を例に出してニュー・キモノがブームになったとか、今後も着物・浴衣の復活可能性はあるとか言われても、薄幸・明菜のファンだった私としては…

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ニュー・キモノ

ニュー・キモノ : 新たな発想で制作された現代和服の総称です。ニュー・キモノが着物として認識されるのは、着物の普遍要素・不変要素たる、袂のある広袖、平肩の袖(連袖)、打ち合わせの裾を含むためです。商品として根拠とされるのは既製服で安価なもの。20世紀を通じて極端にフォーマル化された着物とは異なる商品戦略の上にニュー・キモノは成立しています。

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和装の洋装化 : 羽織と下着の登場

和装の洋装化 : このページでは、羽織、20世紀前半の下着、現代の下着の登場から和装の洋装化を考えています。20世紀になると、19世紀和服(着物)の持っていた綿入の習慣が消滅し、着物は薄着になりました。それに伴い、羽織やコートを着る習慣、および下着を付ける習慣が形成されました。

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和服の洋服化 2 : 綿入の消滅とテーラリング化

和服はチョゴリ、旗袍、アオザイ等と同様に、洋裁の導入で変化した民族衣装の一つです。ここでは特に和服の洋服化を簡単にまとめ、その内、変化要素の一つである綿入の消滅を中心にスリム化&ボディ・コンシャス化の点からまとめています。

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和服の洋服化 1 : 衿元・胸元と端折り

19世紀和服と20世紀和服にみられる 衿元・胸元と端折りの関係 を検証します。19世紀和服に比べ20世紀和服は様々な緩みや弛みを排除しましたが、衿元・胸元がピンと張って、他方で端折りもほぼ平坦にさせるというのは、布が平坦である以上、不可能です。

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着物の写真 1933年 をみて思うこと…

着物の写真 : 経済史、日本経済史などの研究で写真を安易に使うと、非常に恣意的で説得性の無いことが生じます。その事例としてペネロピ・フランクスの論文で取り上げられた1933年の着物の写真を紹介し、その論文を批判しています。着物の写真を見せたところで、着物着用の根強さを述べたことにはなりません。

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近代日本の導入した洋裁 : 大丸弘「西欧型服装の形成」

近代日本の導入した洋裁 : 1900年頃、近代日本は洋裁の色んな側面から、どの技術や物・部分を導入したか?このページでは、大丸弘『西欧型服装の形成―和服論の観点から―』をテキストに、近代日本が導入した洋裁の技術や物が何であったのかをまとめています。1900年というのは、和服の形が洋服に近づき始め、また、日本人が洋服に慣れ始めた大転換の時期です。

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世界旅行 民族の暮らし 着る・飾る

民族衣装の本はいくつか持っているので不要かと思いながら確認すると、責任編集者に大丸弘と記されているので迷わず購入。出版された1982年当時、国立民族学博物館の新進気鋭を集めた図鑑であり、硬質な論文集でもあります。

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ファッション・ステージとしての銀座 : 今和次郎の目線

今和次郎が1920年代に見た銀座に思いを馳せています。先日、妻が鎌倉に行ってきました。次の写真は2017年1月24日に七里ケ浜辺りの海岸から江の島に向けて写したものです。この海岸線と江の島の位置に、面食らいました。実際に見直すと随分と角度が違いますが、どこかで見た写真でした。

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