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スタイル用語集 : 1日1個 平日配信
新しいファッション史

モードの世紀は、人類のファッション史をまとめ直し、躍動感ある歴史を描きます。
主にフランス、イギリス、イタリア、アメリカ、中国、台湾、日本に注目します。

これまでのファッション史は西洋か日本か、意味不明の二項対立に固執しました。
和洋。何て厚かましい言葉でしょう。

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ソニア・リキエル : Sonia Rykiel ニットの女王

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ソニア・リキエル : 「ニットの女王」「現代のココ・シャネル」

ソニア・リキエル Sonia Rykiel は、1930年にフランスのパリで生まれたファッション・デザイナー。「ニットの女王」「現代のココ・シャネル」の異名をとるパリ拠点のプレタ・ポルテのデザイナーです。

ソニア・リキエル

ニットの女王(ニットウェアの女王)ソニア・リキエル via DELECTANT | Sonia Rykiel: French fashion designer dies at 86

経歴

20歳で結婚。専業主婦でしたが、市販のマタニティ・ドレスに適当なものがないため、1962年に自分用にマタニティ・ドレスをデザインし、これがデザイナーになるきっかけになりました。評判が広まり、当時の夫がポルト・ドルレアンに経営していたブティック「ローラ」で、ニットを中心に自分の着たい服を作って置きはじめました。夫とはやがて離婚。

独立開業

1968年、パリのグルネル通りにある百貨店ギャルリ・ラファイエットにブティックを開店。これがデビューとなり、プレ・デュ・コール(身体を意識させる服)としてニット生地のトータル・ルックを提供しました。翌1969年にはパリの左岸に店舗を開設し急成長をとげます。そして、アメリカや日本などの海外都市に支店網を組織していきました。

スリム・フィットの極細メリノ・ウール地ジャンパー

極細スリム・フィットのメリノ種ウール地ジャンパー(長袖、モヘア仕上げ、極細メリノ種ウール地ジャンパー)。composition : First Principal Matter: 96% New Wool, 2% Polyamide, 2% Mohair Wool. via Slim-fit extra-fine merino wool jumper – sonia rykiel

上のニット・ウェアは2018年にオンライン・ショップで公開されたものです。メリノ種ウール地のジャンパーは、端にブラシでモヘア仕上げを施して装飾されています。 着やすく、デニム地のジーンズにも最適です。

多角化

1986年からは子供服「ソニア・リキエル・アンファン」(84年説あり)、1987年化粧品ライン「ナイト&デイ」、1989年ディフュージョン・ライン「アンスクリプション・リキエル」、1990年男性服「リキエル・オム」などを展開。

日本での展開

日本での主な販売元は、これまで西武百貨店の子会社エルビスでしたが、2003年1月にオンワード樫山が販売権を取得。形態はインポート・ブランド。レディースとメンズを中心に販売されています。03年はオンワード樫山がラグジュアリー・ブランド・ビジネスに本格的に参入した年でもありました。ソリア・リキエルのライセンス窓口はソニアリキエル・ジャポン(株)。

オンワード・グループでは、既に米国3大ブランド「ポロ・ラルフローレン」「ダナ・キャラン」「カルバン・クライン」の販売権を所有していましたが、2003年、エルビスからは「ソニア・リキエル」だけでなく「ミッソーニ」「ジャンフランコ・フェレ」の3ブランドの販売権を取得しました。

従来からの「マイケル・コース」と、03年秋から販売が開始されるイタリアの「ジボ」も含めて、オンワード樫山は5ブランドを販売するにいたっています。オンワード樫山のソニア・リキエルの取扱は「SONIA RYKIEL COLLECTION(外部リンク)」で行なわれています。

ファッション史における業績

ファッション史におけるソニア・リキエルの業績は、従来、家庭着・日常着とされていたニットのセーターやカーディガンを、スマートでモダンなおしゃれ着に高めたことにあります。

彼女の生みだすニットは女性の身体をぴったり包み華奢さを際ただせます。細いうなじを強調する微妙なネックライン、ウェストから腰にかけての官能的なラインは、他のブランドの追随を許しませんでした。

また、自分が着たい服を作るという創作姿勢をもちつづけ、何ものにもとらわれない自由な発想が彼女のモットーでした(デ・モード=脱・流行)。そのコンセプトのもと、彼女の作品にはクラシックもフォークロアもファンタジックもあり、カラーやポケッ卜などの部分デザインにも凝っています。

そして、縫い目が表に出ている服、裾の折り返しがない服など、既成概念を揺さぶる「サン・クチュール」の服も提案。

デ・モード : démode

自由な発想をモットーとしたソニアはデ・モード(démode)という言葉で自分のファッションを語りました。フランス語にはdémodé(古い、時代遅れ)がありますが、démodeはありません。「脱流行」と訳されるデモードは彼女の造語でしょう。

そこで、少々長いですが、彼女の文章からデモードの意味を覗いてみましょう。

わたしは〈デモード〉をつくるために、〈モード〉を遠ざけていた。〈デモード〉は、〈モード〉より、もっと世界が大きく、もっと巨大で、もっと規模が大きくて、もっと強い。着心地よさや喜びや欲望へと、より近づいていく。自分の気持ちへと、快楽へと、欲求へと。

〈デモード〉、それは身体のために頭で考えて、〈モード〉をつくること。(中略)〈デモード〉、それは半年ごとに発表され、すでに定着したイメージと戯れたり、違うことをしたり、変えたり、壊すこと。自分の足跡や道や刻印を探すこと。

〈デモード〉、それは形が現れること。〈デモード〉、それは服と身体の関わりを知ること。身体と服のバランスの研究であり、服や肌の色から新たなものを生み出す錬金術。こうした根拠のある知識と妄想が一緒になったもの。

〈デモード〉、それは、クリエーターや女性にとって、素晴らしい切り札。〈デモード〉、それは特権。

ソニア・リキエル『ソニア・リキエルのパリ散歩』小椋三嘉訳、集英社、2000年、70頁)

デモードは自分の足跡・道・刻印を探すことであり、同時に半年ごとに発表され変化しているものでもあります。モードと異なるのは基準が社会や世界にあるのではなく自分にある点です。

デザイナーは身体と服のバランスや身体そのものを頭で考えてモードをつくっていく、これがデモードの意味です。その起点となるのは社会規範や習慣ではなくデザイナー自身だということになりましょう。

パリに誕生した「ソニア・リキエル通り」

2018年9月30日、フランスの首都パリにソニア・リキエルの名を冠した通りが誕生しました。パリの道路にファッション・デザイナーの名が付けられたのは初めてだそうです。

この通りはセーヌ川左岸の大通り中央に位置し、市場も賑やか。リキエルが2016年に亡くなるまで、よく野菜や果物を買い求めに行った場所でした。

現在パリ市長を務めるアンヌ・イダルゴ氏が「ソニア・リキエル通り」の命名を宣言しました。イダルゴ市長はリキエルがパリ市民に自由の感覚を味わわせてくれたから、彼女こそがパリジェンヌの中のパリジェンヌだと称賛しました。

ガブリエル・シャネルクリスチャン・ディオールも街路名になっていないことを考えたら凄いことです。

1983年、フランス文化省より芸術文化勲章を受勲。

関連リンク

  • SONIA RYKIEL | Official Website and E-shop – ニット・ウェア、ドレス、カーディガン、シャツ、スカート、ズボン、アクセサリーなどを扱うソニア・リキエルの公式ショップ。
  • SONIA RYKIEL COLLECTION(ソニア リキエル コレクション) – ソリア・リキエルの日本販売権をもつオンワード樫山のサイト。「上質で着心地が良い服でありながら、外しの遊びやユニークさを持ち合わせたスタイルを提案します」。ランキング順、おすすめ順、予約アイテムなどで見やすいサイトになっています。

追記:2018年10月29日

ソニア・リキエルのパリ散歩。到着。

先日、パリで初めてファッション・デザイナーの名を冠した街路が命名されました。ガブリエル・シャネルですら出来なかったので、少しビックリ。

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