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ミシン利用の歴史 : 2017年度のアンケートから

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ミシン利用の歴史 : 2017年度のアンケート結果

ミシン利用の歴史 : 2017年7月に勤務先の大学で行なったアンケートです。日本では1970年代からミシンを使う人がどんどん減っています。現状はどうなのか、一度アンケートをきちんとやりたかったのです。その結果をさっそく紹介します。アンケート対象人数は145 人でした。回答して下さった学生方々、ありがとうございました。

設問1:アンケートに答えるために、ミシンをよく使っていた方を一人選んで下さい。1親等は除きます。

「母親しか聞ける人がいない」という指摘を何度も受けたので、母親も可に変えました。その結果、次のようになりました。

  • 祖母:89人
  • 祖父:3人
  • 親戚のおばさん:23人
  • 親戚のおじさん:0人
  • その他 :22人(内訳は、母親11人、曾祖母2人、友達の母、友達の祖母、母の仕事先のおじさん、祖母の友人、蛇の目ミシン工業株式会社社員、近所のおばちゃん、各1人、未解答8人)

多くの学生が祖母に尋ねてくれましたので、生年月日を尋ねた傾向は次のようになりました。

設問2:その方の生年月日を西暦で答えて下さい。(例)20160531

誕生年代を記します。

ミシン アンケート回答者の誕生年代

ミシン アンケート回答者の誕生年代

1940年代生まれの方と1950年代生まれの方でほぼ半数。1930年代生まれの方も入れると、約75%。

設問3:その方の利用されていたミシンの動力は何ですか。

手廻式ミシン4人、足踏式ミシン39人、電動式ミシン95人、(その他) 動力式ミシン1人、未解答8人です。

電動式ミシンが圧倒的に多いのは想像がつきますが、足踏式ミシンが意外に多かったです。1930年代・1940年代生まれの方が10代・20代にミシンを使うとすれば、1940年代から1960年代までの幅が出てきますが、その頃は足踏式ミシンが一般的だったと思われます。電動式ミシンは日本の場合に普及の早い所で1920年代の都市部ですから、電動式ミシンと足踏式ミシンの相克は地域や個人によってバラバラだったというのが実情でしょうか。

ジャノメ・ミシン販売店の方にわざわざ尋ねた学生もいました。その方の話では家庭用の電動ミシンが最も売れたのは1979年・1980年頃だったとのことですから、足踏式ミシンから電動式ミシンへと動力が完全に移行するまで、約60年間かかったと計算できます。この時間は、戦前の足踏式ミシンが長持ちしたので、戦後も直ぐには電動式は普及する余地がなかったということを意味するでしょう。

設問4:その方の利用されていたミシンは何国製ですか。

  • 日本製97人
  • アメリカ製6人
  • ドイツ製0人
  • 中国製11人
  • その他20人(内訳:不明3人、イギリス製1人、台湾製15人)、未解答9人。

台湾製の多さに驚きました。ミシン普及の歴史を簡単に振り返りますと、20世紀前半のシンガー社製ミシンの世界的な普及は影を潜め、20世紀後半は日本製ミシンが南北アメリカ大陸へ多く輸出されました。それにも陰りが見え始めたのが1970年代頃だったと推測しますが(きちんとデータを押えていません)、その後を追ったのが台湾製ミシンだったということでしょうか。中国製ミシンが多い点も気になります。

設問5:その方の利用されていたミシンは何社製ですか。

多い順に、

  • ジャノメ44人
  • ブラザー42人
  • シンガー16人
  • ジューキ16人
  • 三菱6人
  • アイシン4人
  • リッカー4人
  • その他16人
  • 未解答8人

その他16人の内訳は、ジャガー6人、Union Special、福助、THE COLUMBIA SEWING MACHINE、TOYOTA、関西ミシンが各1人。

まず、日本の戦前・戦後をまたいでミシンの製造販売を続けてきたジャノメとブラザーの2本柱になっていることが確認できます。戦後にミシン会社へ転身したジューキと戦前来から世界中で販売してきたシンガー社が同数。設問4と合わせて考えますと、台湾製ミシンと中国製ミシンは、日系ミシン・メーカーか米国シンガー社の製造工場であると考えて間違いなさそうです。

設問6以降

設問6以降は機種番号、そのカタログ提出、ミシン購入の動機などを尋ねています。全てまとめにくいので、私の今後の調査目標として設問12の技術習得先の固有名詞を主に列挙して今回のアンケート結果を終えたいと思います。

設問12:その方は、ミシンの使い方をどこで学びましたか。

洋裁学校・ファッション学校などの専門学校、および初等教育〜高等教育の学校、その方の母から、等々、正確に書いて下さい。なお、学校名は当時の呼称ではっきりと書いて下さい。当時の呼称を思い出せない場合は現在後続している学校名でも構いません。

普通名詞

キリスト教会、ミシン購入先・ミシン屋、母、小学校、中学校、高等教育課程、在朝鮮日本人学校、洋裁の先生宅、地域公民館活動による洋裁講座、洋裁学校

固有名詞:職場

田中織布(株)、パラマウント硝子工業(福島県郡山市高石町)でジャノメ・ミシン販売員から、K.K.ツルーザー(大阪) 、矢野被服(岡山県倉敷市児島)

固有名詞:洋裁学校・専門学校

サクマ洋裁学校(現大阪府藤井寺市)、岩倉町立洋裁学校、ドレメ(阪急淡路駅前)、A.Cアパレルパターンセミナー、 あけぼの洋裁学校(大阪・住吉)、ドレメ式洋裁学校 、東洋洋裁学校、高知女子専門学校、伊藤洋裁学校、福山文化服装学園

固有名詞:高等学校・短期大学・大学

春日丘高等学校、大阪女学院高等学校、大阪成蹊女子短期大学家政学科、粉河高校、、京都高等女学校、和歌山信愛女子短期大学、 福井商業高等学校、福井市豊国民学校、湊川相野学園、 北海道札幌北高等学校、福知山淑徳高等学校、高知大手前高校、熊本県立苓明高等学校、香川県坂出実修女学校(現・坂出第一高等学校)、佐賀県立高等女学校

固有名詞:中学校・小学校

茨木市立養精中学校、河内長野市立千代田中学校、佐渡市立新穂中学校、文生中学校、湯浅町立湯浅中学校、龍野市立東中学校 、大成中学校、糸我小学校、松原市立中学校、奈良県大和高田市立高田中学校、大阪市立十三中学校、三重県南牟婁群紀和町上川中学校、美里町立美里中学校、味間中学校、味間小学校、飯尾敷地小学校(徳島)、川西市立加茂西小学校、越谷市立北越谷小学校、姫路市立東光中学校、兵庫県加西市の北条中学校、隅田中学校、葛城中学校、隅田小学校、原山台東小学校、養父市立高柳小学校、養父市立八鹿中学校、三田市立長坂中学校、丹波市立芦田小学校、丹波市立和田中学校、金沢市立長田小学校、金沢市立長田中学校、東広島市立河内中学校、養父町立 建ノ屋小学校、兵庫県立生野中学校

まとめ

つい職場、専門学校、短期大学などに目が行ってしまうのですが、まだまだ小学校・中学校で家庭科教育にミシン(裁縫)が組み込まれていたことを痛感しました。

学生の声

ミシンは多用された、足踏式ミシンに興味をもった

  • 昔のミシンは現代のミシンと違い大きく、重くて利用するときは大変そうだと思いました。
  • ミシンについて考えることは今までなかったのですが、おかげで祖母とのコミュニケーションをとることが出来たので良かったと感じております。また、祖母が使用しているミシンを探す中で、色々なミシンがあることも改めて知ることが出来ました。
  • あまりミシンのことはわからなかったのですが、ベッドなどを作るのに作っているのは知りませんでした。だからミシンでどのようなものを作ることができるのか詳しく調べようと思いました。  そして、祖母は昔は何でも縫っていたらしいので生きているうちにミシンの使い方を少し習おうかと思いました。服がほつれたり穴が開いただけで捨てるのはもったいないと思っているからです。
  • かなり古いものにもかかわらず、今のものにも決して引けを取らない性能でよく手入れされていると感じた。現在のものはここまで丁寧には作られていないらしく、便利さを重視しすぎてできることの幅が狭まったらしい。約50年前にこのようなものが出来ていたのは驚いた。
  • 今回のアンケートで祖母から聞いた話で足踏式ミシンは1950年頃にはすでに家にあり、電動式ミシンは1980年に購入したとの事でした。 足踏み式ミシンは火事で焼けてなくなったという事で、電動式ミシンは知り合いにあげたという事で実物はなかったけど、もう今では足踏式ミシンを見る機会もほとんど無いので、どんな物なのか少し見たいと興味を持ちました。 これらの話は全て自分が産まれる前の話という事に改めて驚いたし、ミシン1つでも思い出が色々あるという事を聞けて良かったと思いました。
  • 雑巾を縫ったり簡単な洋服を縫うなど様々な用途で使っているということが分かりました。ミシンというものは我々の生活に長い時間、寄り添ってきたということが分かりました。 今は電動式しか残っていなかったですが、以前は足踏み式を使っていたようでした。ミシンというものに関して考えたことはなかったのですが、今回おばあちゃんと話をして生活に必要なものだということが分かりました。 また、昔から使っているようだったので、 歴史のあるものなどだと思いました。
  • 「今は服を作ったり、修理したりするミシンが昔よりも見れなくなりました。」と思っていました。しかし、この授業や、アンケート(レポート)を通して思ったことは案外ミシンというものは今でも結構使われていたり、工場専用のミシンなどがあったり、ミシンにもいろいろ種類(製品)があるなど様々なことを知ることができました。このアンケート(レポート)を通して一番感じたことは、ミシンはさっきの親戚のおばちゃんの話でもありましたが震災(地震)の時などに服などの替えとなるものがあまりないため破れてしまったときにいつでも修理できてかつ電気などもいらない手回しミシンが便利であるなぁと思い、興味深く感じました。また、服だけでなく靴なども修理することができることがわかりました。
  • 今はもう無いが祖母の家に足踏みミシンがあったことに驚いた。 今とは違い昔の人のほとんどがミシンを使えることに驚いた。そして必要なもので自分で作ることができるものは自分で作っていたことに時代の違いを感じた。
  • 昔の人はお店で既製品を買って、サイズが合わないところがあったら糸をほどいて自分で仕立て直しをしたりして工夫して生活していた。という話を祖母から聞いて、今の自分の生活からは考えられないと思い衝撃を受けました。これからの生活では物が壊れたからといってすぐに買い換えることを考えるのではなく、修理することも視野に入れて生きていきたいなと思います。
  • 利用者から話を聞きミシンにはその人の思い出や出来事がいっぱい詰まっていると思いました。そしてそんな昔から使い続けてミシンは壊れないんだなっと思いもした。
    一つの機械から色々な刺繍や絵柄や文字などを縫えることに興味深く感じました。
  • 昔の人はよくミシンを使うイメージがあったんですが、色んなものを布一枚から作り上げる技術は凄いなと思いました。
  • 箇条書きで書きます。 初めて、祖母が使っているミシンを見ることができた。 このミシンを使って私が小さいころから服や布団カバーなどを作ってくれていたのを知ることができた。 今は、ミシンを買うのは電気屋に行ったりネットで注文するけど祖母はミシンを買うためにブラザーの人が家に訪問してきて積み立てをしていた。今と昔でミシンの値段が違ったのか、買い方が違うことを初めて知れた。 私は、中学生の時に学校でミシンの使い方を習ったけど、祖母は自ら先生の家に行って習っていて昔は、学校で授業の一貫としてミシンを習わなかったのか気になった。 内職を長いことしていたと祖母は言っていたが、いったいどれだけの座布団カバーを作ったのだろう。 今は、電動式のミシンを使っているが、昔は足踏み式のミシンを使っていたらしいので、本物を見てみたかった。 祖母が、几帳面で購入日や購入方法を細かくメモしていたのでスムーズに質問ができた。 私が今使っている布団カバーも、家を出て新しいのがいるだろうと祖母が作ってくれました。何気なく当たり前のように使っていましたが、一枚の布から作っているみたいで改めて考えると凄いことなんだと思いました。
  • 私がミシンについて話を聞いた祖母は、昭和16年生まれで現在75歳です。その祖母が趣味で、雑巾やエプロン、手提げ袋を作っていたということを知りました。その中に、私の服のサイズ合わせやズボンの裾直しなどが含まれていたということを初めて知り、改めて感謝したいと思いました。  そのような新たな発見があった今回のインタビューでしたが、その中でも1番私が興味深く思ったことは、曾祖母についての話です。話によると曾祖母は昭和初期、洋裁学校に通っていたらしく、手先が器用だったため、ミシンで多くの物を作っていたそうです。ちなみに、曾祖母が使用していたというミシンは、シンガー社の足踏みミシンだったそうです。現在は、我が家にはなく、私が実際に見た事は無いのですが、父に聞いたところによると父は幼少期、ペダルを踏むとベルトが連動し針が動くのを見るのが楽しくて、意味も無くペダルを踏んで遊んでいたそうです。閑話休題、その曾祖母は、四国八十八箇所巡りが趣味で、1年中時間を見つけては、友人と共に御参りに出掛けていたそうです。その御参りの友人の為に白装束や納経帳入れなど作っていたということです。それに、曾祖母は祖母が進学する際の制服(セーラー服)も縫っていたそうで、それを着て実際に学校に行っていたということに衝撃を受けました。他にも、沢山の洋服も作っていて、祖母の子供の頃には、朝起きると新しい服が出来ており、大喜びをしてその服を着て出掛けていたという思い出があると昔を懐かしんで言っていました。  このレポートで、こういった機会があったからこそ、今の今まで知らなかった祖母が私の為にしてくれてきた事や幼い頃の話、そして、曾祖母の人柄について少しでも触れることが出来た事により、生活の一部としてミシンを通して大きな物語があるということを改めて実感しました。
  • アンケートをさせて頂いたおじいさんは昔毛穴町で浴衣を作る(縫う)仕事をしていたそうで、僕は昔は縫い物は女性がやるものだと思っていたので驚きました。アンケートをして毛穴町という場所があってそこは繊維工場がいっぱいあったことを知りました。中でも興味深かったのは、何十メートルものながいロープをはりそこにたくさん衣類意をかけて干しているのが普通な街だったということです。そのおじいさんは写真で上げたミシンを今は使っていないけど、毎月ミシンの病院(おじいさんは言ってました)の人に来てもらい、手入れしていつでも使える状態にしていると言っていました。良いおじいさんにアンケートができてよかったです。
  • 写真で貼ったミシンより前に本体が黒で一体型の足踏みミシンがあったそうなのですが、廃棄したと言っていたので驚きました。そのミシンが実際どのように動くのか使用して見たかったです。写真で貼ったミシンはコンピューターミシンが出だしたころの2代目のコンピューター内臓多重記憶ミシンで、当時の価格が20万くらいかかったと聞き、ミシンは昔はとても高価なものだなと思いました。今のミシンと比べて重量がとても重たかったけど、コンピューターが記憶してくれるので使いやすかったです。祖母の時代は、既成の服があまりなかったためお金を払って作ってもらうか、簡単なものは自分で作っていたそうです。そのためミシンは生活必需品であり、とても大事に使用していた。昔は職場に洋裁の先生が来てミシンの使い方や服の作り方などを教えてもらったそうです。
  • こうやってミシンのような道具も親から子へと受け継がれていくとわかりました。 全くミシンを家庭科の授業以外では触れることは一度もなかったですが、そういえば自分の母も幼稚園の頃には上履き入れや、手提げカバンも縫っていました。 思い出せば身近にあることに気づき、 普段気にしていないところにもちょっとした歴史が発見できてこういうのも面白いなと 思いました。 学籍番号164015 清沢 紫音
    母のミシンを初めて利用したのが小学生だというのを聞いて意外と思った。また祖母が洋裁学校に通っていてスカートなどの衣服も自分で作っていたという話を聞いて病気後の祖母しか知らないのでとても意外な一面をみれた気がした。 どんなものを作ったのかの詳細を聞きたかったが認知症が悪化し無理なのでそこは少し残念でした。
  • 祖母が持っていなかったため母に聞きましたが、習うところは僕たちと同じ小学校だと聞いたときは驚きました。今度また機会があれば、もう少し若い人に聞いてみたいです。
  • 私の実家にはミシンはないし学校でしかミシンを使ったことがありません。だから祖母の話を聞いて昔はミシンがある家庭が多くもっとミシンが身近な存在であったことに驚きました。今は昔に比べて豊かな時代になっているので服が破れても昔みたいに修理せずに捨ててしまうので家庭でミシンを使う人が減ったのだと思いました。

ミシンは当時の人にとってステータスだった、結婚道具だった

  • ミシンというものがこの当時の嫁入り道具とは知らなかったしおどろいた。ミシンというものをとても重宝していたことがうかがえる。
  • 結婚し嫁ぐときに学生の頃からためていた貯金でミシンをはじめ様々な家具を買いトラックに紅白幕をかけて家まで運んだ事。
  • 昔は自分でミシンを使って服を作っていると考えると凄いと思った. おばさんはミシンの押さえ等,様々なところにまでこだわっていたと言っていました.昔の人はそこまでミシンを使っていたんだなと思いました.
  • 今は服や雑巾を自分で縫うことは少なくなり、ミシンを持っていない人も大勢います。私の母もミシンを持ってないです。昔は家族の服を縫うために花嫁道具として持たせてくれていたと聞いて驚いたし、布から服や雑巾を作るというのはすごいなと思いました。
  • 今回祖父に話しをきいていて祖父が紳士服を仕立てるための修行時代の話しを聞いて凄いなと思いました。時代によって新しく使いやすい機械がでているが、性能の良い機械がなくても質の良い服を仕立てていたのが凄いと思いました。 弟子入りして仕立てを学んだって話していたがどんな修行をしていたのかに興味深く思いました。
  • ミシンを自分の親から教わっていると知りミシンも民俗学の対象になるんだなと思った。 自分から見て祖父に貰った事もあり話している時に笑顔とまではいかないが微笑んでいて何だかこっちも嬉しくなった。 現在は教会での活動によく使っていたミシンも度重なるイベント等で故障し廃ミシンになってしまったが、その時の写真がアルバムに挿まれていて、潰れてからも残り続ける物は確かにあると感じた。 興味深かったのは廃ミシンになってしまったが糸だけは捨てずに置いている事。
  • まず思ったのは、祖父母の世代でミシンを現代でも所有している人は少ないと思いました。壊れたミシンを持っていても意味が無いと思いますし、何十年も経てば使えなくなると思います。母が持っていたミシンも壊れていましたし、廃品回収に出していました。本当にミシンを使用している人は少ないと思います。持っているとしても期間があると感じています。子供ができた若い女性が自分の子供のために持っているという感じだと思います。その他、昔の女性は裁縫の知識が、ステータスであったようだと祖母は言っていました。時代背景が色濃く出ている結果だと思われます。今でこそジェンダーフリーの考えがあるが、女性は家庭を支える者としての役割が強かったそうです。専門としての男性の裁縫をする方はいたそうです。
  • 祖母はシンガーミシンの他にも蛇の目ミシンを昭和35年頃にも使っていたそうです。現物はないのかと聞きましたが昭和の間に破棄したそうです。 自分が歴史学入門で習っているミシンメーカーの名前などが出てきて少し親近感を得ることができた。また、母親から聞いたことですがミシンは昔の嫁入り道具だったそうです。50年前では、習い事として編み物をする機械の方が流行っていたらしいです。編み物をする機械についても興味深く感じました。 婦人雑誌の付録で型紙が付いてきたりしていたと聞き、洋裁が流行っていたのだなと思いました。今の時代にはないので面白いと思いました。私のおばあちゃんは家で着れるような簡単なパジャマなどの服を、型紙をとり、布を購入し、足踏み式のミシンを使用していたそうです。ウエストをゴムで閉めずにワンピースのような感じで、裾にはフリルやレースを付けるといったサックドレスが流行っていたそうで、皆がよく作っていたと聞きました。他にも流行っていた服装など知りたいと感じました。
  • 母親は裁縫が苦手なのにミシンを使うことで簡単に自分たちの服などを修理することができたと話してくれた。 昔のミシンに比べて今のミシンは使いやすくなっているんだなと思い興味深かった。
    インターネットが全く普及していない、100均もあまりない頃は、布と糸さえあれば自宅で何でもお手軽に作れるミシンはとても重宝していたとゆうことに興味を持った。今はスマホでどんなものでも買い物ができる時代で、値段や品質も自由にお手軽に選ぶことができる。また、お店に注文すれば、代わりに作ってくれるサービスもある。調べてみると、そんな現代でも実は依然としてミシンは売れていて、少し古いが、平成21年の総務省のデータでは電動ミシンの普及率として61.6%という数字が記録されていることに驚いた。
  • 今回祖母から話を聞くに当たり、祖母が中心に話してくれたのは、祖母の母、私から見た曾祖母のことだった。数年前に亡くなっているのでアンケート対象にはならなかったが、曾祖母のミシンも未だに現役で使用しているとの事だったので、祖母のミシンの写真と一緒に添付し、その際聞いた話を一部抜粋してここに記載する。  この曾祖母のミシンは1913年生まれの曾祖母が当時16歳のころの1929年ごろ購入したもので、当時ミシンが一般家庭にあまり普及していなかったらしく、生活必需品でもなければ服飾の仕事をしていたわけでもなく、服飾を趣味としていた曾祖母が親に購入してもらったものらしい。大変高価なもので、またきれいに使っていたものらしく、工業用ミシンの製造等をしている私の祖父と父も「素晴らしい価値のもの」と話していた。しかし、数年前一度故障し、修理に出したところ、返ってきたミシンは非常に似てはいるが別物のような「気がする」と、再度ミシンを修理した業者に電話を使用としたが連絡がつかず、真相はいまだ不明のままだが、祖母たちは「非常に悔しい。」と話していた。 今回のアンケートを通して、現代では服のほつれなどは、服を処分するなど、再度利用することはほとんどない。しかし、祖母たちの世代では、「生活必需品」と言わせるほど、生活になくてはならないものであり、それほど服の修理等を行っていた。という現代とのちがいを感じた。
  • 母親がミシンの使い方を教わった短大では、卒業制作がウエディングドレスだったと聞いて驚いた。それと、今は見かけないので知らなかったが、自分が小さいころはスカートなども縫っていたらしい。ミシンというか、どちらかというとミシンを通して知った母親の事に関心を持った。

ミシンを使えるようになりたい

  • ミシンは小学校の家庭科の授業でしか、触れたことがなかったので、ミシンの使い方や、利用目的、方法など、色々な事を知れて、良い経験となったと思う。 そして自分自身、とてもミシンに興味が、湧いた。 これからは、自分でも、使えるように、なりたいです。 そして、何か作ってみたいと、思えました。
  • 自分の身近な人でミシンを使って仕事をしているなんて思ってもいなく驚いた。ミシンの歴史やおじいちゃんの昔の話を聞けてとてもよかった。その当時におじいちゃんのお父さんが使っていたミシンはもう捨ててしまったらしいけど、どんなものか一度この目でみてみたかった。先生も話していたように、ミシンは戦争時に活躍したという話を聞いてミシンの見方が少し変わった。
  • 今回のアンケートで分かったことは、祖母のお話しを聞き一番驚いたことは、小学生の頃破けたズボンなどを祖母がミシンを使い縫っていてくれたことに驚きました。それまでは母が縫ってくれているものだと思っていました。祖母はとても手先が器用なことにすごく興味深く感じました。理由は、犬のスカーフとかもたまに作ってくれるのですが、縫い目などがズレなど一つもなくそろっているので自分には真似できないと思いすごく興味深かったです。自分はとても手先が不器用でミシンや縫物などで何かを作ることは出来ないのですが祖母が元気であるうちにミシンの使い方を教えてもらい、これからの人生に生かしていきたいです。
  • ミシンとゆうのはただ服を縫うという作業だけでなく、ぬいぐるみの縫い合わせや袋をつくるなど様々な機能があることがわかった。今までミシンというものについてあまり深く考えたことはなかった。しかし、今回どのようにして、いつ使われていたのかなどを聞いていくうちにミシンについてすごく興味を持てた。祖母は私が以前使っていた手提げ袋などを作ったり、ミシンを使い、私の使っていたものをこんなにも直してくれていたんだなということも今回のインタビューを通じて初めて知ることができた。 また、こんなにも手軽なものなのに、中身はこんなに複雑で、素早い動きをしているのかという新しい発見もできた。 ミシンで様々なものを作ることができ、直すことができるなど知らないことが多数あることがわかった。なので昔の人はどのように使っていたのか、戦争にはどんな形のミシンを使い、どのような場所でどんな時に使うのかなどをもっと学んでいきたい。 今回のインタビューは自分の中でミシンの存在を大きく変えることになった。時代と共にミシンは進化していっているけれど、その時代に合わせた使いやすいミシンというのをこれから見ていき、この時代にはこういうミシンが使われていたのかなどをさらに詳しくみたい。また機会があれば、様々なミシンを触ったり、使ったりしていきたい。
  • 僕は、今までミシンを使ったことが余りなく、ミシンは大きな工場やお店で使うものだという認識があったが今回、洋裁が好きな伯母にミシンのことを色々聞き改めてミシンについて考えることができた。 ミシンについては、手で縫うより早く布が縫えるが、なんか難しいと思っていたが伯母によると糸さえ通せばそんなに難しくはないということであった。 ミシンをかけながら、両端の布を切っていったり布の端の始末もしながら縫い進めたりと面白そうな話も聞けた。 今度、伯母の家に行ったら怖がらずに思い切って一度ミシンを使ってみようと思った。 又、今は普通にミシンが普及しているが、始めてミシンを作ろうと思った人達はどういう経緯で作ろうと思ったのかに興味を持ち機会があれば調べてみたいと思った。
  • ミシンについてもう少し祖母に詳しく聞きたかったけれど、初めて買ったミシンが電動式だったし、足踏み式のも使ったことはあるみたいだけれど写真もなく昔のことなので覚えていないと言われました。 誰にも教わらず自分ですべて調べて、ミシンを使って色々縫ったそうです。 私も小学生の時の夏休みの自由研究でミシンを使って鞄を作ったり祖母としたことがあります。色々教えてもらいました。だからミシンの使い方は小学校の頃から知っていました。ミシンは高校生の頃にエプロンを作る家庭の授業以来使ってないですが、また何かを祖母と作りたいなと思いました。 あまりミシンについて詳しく聞けなかったけれどミシンを購入した理由など聞いたことがなかったので聞くことができてよかったです。 今は電動式の便利なミシンがありますが、手動式や足踏み式のミシンも見てみたいです。そして使ってみたいです。
  • 昔のミシンは壊れてしまって捨ててしまったということで残念でした。今回の歴史学入門のミシンの課題のおかげで、少しミシンに関心がもてました。自分もミシンをする機会があればいいなと思いました。おばあちゃんは常に、ニット帽とか、ジーンズでカバンを作ったりしているので、今度じっくり観察してみようとおもいます。
  • 赤ちゃんの服を購入するのではなく布を買って自分で作った方が安くなるのでそこはいいなと思いました。
  • 戦時中にパフスリーブの洋服を曾祖母はいったいどうやって知ったのだろうを思いました。ミシンが当たり前な今から考えると手縫いで作るなんてすごいなと思いました。祖母が洋裁も和裁もできるのは知っていましたが、私が小学校二年生のときに脳出血で半身不随になったので洋裁をしているところを見たことがなくて話をあまり聞いたことなかったんですけどこの課題で話をたくさん聞くことができてとても良かったです。私も洋裁を習うときはドレメ式を習いたいなと思います。
  • ミシンを見たりする機会がなく、あんまりよく知らなかったけれど、今回ミシンを調べるにあたり、色々な種類のミシンをネットからだけれど見ることができた。ミシンは全部同じようなものだと勝手に思っていたけれど、機種によって形も縫い方も異なっていて、見ていて楽しかった。話を聞いていて色々作っていて楽しそうだし、オリジナリティーがあるなと感じた。私は服が好きなので、ミシンを使って服をリメイクしてみたり、バッグなど作ってみたいなという気がわいた。機会があれば不器用だがミシンに挑戦したい。

電動式ミシンは技術の進歩か退化か!?

  • すでに捨てていたため詳しくわからなかったが、ミシンは昔から使われていて、進化して今のマシンがあることがわかった。
  • 家庭用ミシンよりも動力ミシンのほうが能率が上がるため便利だと聞き昔の技術は素晴らしいと感じた。
  • 2万円~4万円クラスの価格の中から、糸調子・糸通し・糸掛けが簡単であることを最低条件にピックアップすることが選び方のポイントであることが分かった。また電動ミシン、電子ミシン、コンピューターミシンなど沢山の種類があることが驚きだった。
  • 祖母に今回話を聞いたが、引越し前に使っていたミシンは古いやつだったので引っ越し後に購入したやつは電動式で以前のやつより楽にできるし持ち運びが便利になって良かったと言っていた。置き場所にも困らずどこでもできるので以前のも思い入れがあったようだったが現在のはそれはそれで気に入っているようだった。やはり歳をとって重いものを運んだらできなくなってくるのでミシン1つ取っても軽くコンパクトになることで扱いやすくなることで使うのも楽に楽しくなることもあるので技術の進歩のおかげだなと思いました。
  • 祖母のミシンは、現在のミシンと比べて、大きさが大きく場所の確保や持ち運びがとても大変そうだと感じました。このインビューを通して、祖母の町が繊維の町だということを知りませんでした。現在では、繊維の町のような雰囲気も感じられません。祖母の話によると、祖母の友人にも多くの人が古いミシンを使用しているらしいです。昔は、ミシンを通して多く人がミシンを使って働いていたと感じさせられました。
    現代と違って布などが簡単に手に入らない時代で、その中で自分や家族用の服をリメイクして生活していたことを聞いて、昔から伝えられている再利用方法の知恵について興味が沸いた。
  • 私は親戚のおばさんから聞いたのですが、話しを聞いていてミシンの歴史の深さと知りました。私が聞いた方は、自分や自分の娘さんの服だったり、学校などで必要になる手さげかばんやポーチなども昔から自分で作っていたと聞きました。それを聞いていて、ミシンを使うことができれば、布を使った物であれば本当に何でも作れるということが分かり、手先が不器用であっても設計図通りにすれば手縫いで縫うよりも早く正確に作れてしまう。今のミシンは昔のものよりも精度も早さも段違いだと思いますが、昔のものも性能は全く馬鹿にならないということもインタビューをしていてわかりました。これらのことを通じて、ミシンの誕生が、人々の生活に良くも悪くもどれだけの影響を与えたのか。私はそのことについて興味を感じました。
  • 今回初めておばあちゃんにミシンについて聞いてみて、本当にたくさんのことを知ることができた。それによってミシンについて興味が持てるようになった。今まで当たり前のように家にあった電動式ミシン。でもよく考えたら珍しいものなんだなぁと思った。現在の学校では、ミシン自体がもっと小さくなって、誰でもやりやすくなっているけど、昔のミシンは大きいし、今のミシンに比べると性能も劣る。操作も少し難しいので、時代の進歩だなぁと思った。 おばあちゃんが縫製工場に勤めていたのは知っていたけど、家にあるミシンが、会社から譲り受けたものだとは知らなかった。家にあるそのミシンは結構高価そうなので譲り受けたのはすごいなあと思った。 アンケートを取ってから、人生で初めてミシンについて調べ物をした。ミシンが日本に来たのは、1854年にペリーが二度目の来航をした時に将軍家に送った、というのが最も古い歴史らしい。やっぱりペリーは日本の歴史上において、本当に重要な存在なんだなと思った。
  • 私は祖母にミシンの話を聞いて電動式ミシンよりも足踏式ミシンの方が好きだと言っていたのでそこに興味を持ちました。電動式の方が便利だと思っていましたが足踏式ではボタンを押すだけで動く電動と違って一から自分で動かしているような気持ちだし動かしていて気持ちがいいと言っていたことが頭に残りました。そして本体にプラスチックを使用していないので丈夫にできているらしくヒビが入ったり軸がずれたりすることも電動式と比べるとあまりなく、便利さや軽さが良くてもだめだなと感じました。厚みのある布なども足踏式のほうが縫いやすいと言っていたので家庭用ミシンは時代につれてもろくなっていってるのかと感じました。また興味を持ったのは足踏式ミシンを使う際に注油な必要だということです。祖母に見せてもらった取り扱い説明書には油を常に切らさないようにと書いてあり錆が早く出るなどと書いてあってそれが面倒だったとも言っていました。すべて鉄でできて注油も必要だったのに今ではほとんどプラスチックでボタンひとつで動くようになるなんてとても変化したなと感じました。足踏式は重くてすぐに置き場所を変えたりできないというところがありますが祖母の話を聞く限り電動式よりも足踏式なども昔のミシンの方がものを作る上では優れているのではないかと感じました。私自身も実際に使ってみたいと興味がわきました。
  • 今回、祖母に足踏みミシンについて聞いたが、足踏みミシンの写真を初めて見て、電動ミシンは、機能性重視で便利で糸の通し方なども簡単になって使い勝手がよくなっているが、デザイン性で見ると、足踏みミシンの方が、とてもお洒落で可愛く、機械の使い方は難しそうだが、祖母に使い方を聞いてみると、自分で縫っている、服を作っている実感が湧きそうのなので、足踏みミシンの方が興味が湧き、使ってみたいと思った。 足踏みミシンは、自分の足のさじ加減でスピードを調節できるので、けががあまり少ないそうだが、電動ミシンは、スピードが速すぎて、怪我をする人が続出したのは、やはり便利になった反面、リスクがあったと思う。
  • 昔はネットなどが普及していなかったので近所の服屋さんで服を探すしかなく、いいのが見つからなかったために自分で作るという考えを聞いて今の自分たちは、かなり便利な時代に生きていることを実感しました。
  • 「ブラザー ソワレ zz3-B575」と同じ仕様らしいのでそのミシンの説明が載っているページをはりました。また購入した年ですがサイトでは1992年となっていたのですがアンケートでは1980頃と聞いたのでアンケートの結果を載せています。 小学校のころにこのミシンで祖母からミシンの使い方えお教わりミシンについては考えたこともなかったのですが、こうして調べてみるとこのミシンにはアスベストが使われているなど思いもよらないことがわかり驚いています。今回のアンケートでミシンについて興味がわいたので機会があれば祖母からミシンの使い方をしっかりと教えてもらいたいです。
  • 祖母のような世代の人たちでさえも一般の家庭ではすでに服をミシンで作る人は少なく、「服は作るものではなく買うもの」であったそうなのでミシンの技術が進歩していくにつれてミシンはミシンを扱う専門の人たちのものになっていき一般の人たちから離れていくのではないかと感じた。
  • 昔の人にはミシンは欠かせないものだったんだと感じました。ミシンの使い道は主に自分や家族の服を縫ったりだったそうです。 祖母は私たちの年齢くらいからミシンをバンバン使ってたのに私たちは洋服を手軽に買える時代になっているので楽してるんだなあと感じました。 現在電動ミシンしかほぼ流通してないけど、祖母がそこまでして足踏みミシンを使ってる1番大きな理由は昔から足踏みミシンを使ってるから慣れて逆に電動ミシンは使えないそうです。足踏みミシンを使う上でのメリットも聞いてみました。余計な部品がないから電子部品が故障しないこと。構造が単純であり、修理などメンテナンスが楽であることなどを挙げていました。 あと、実際に自分で足踏みミシンで布を縫ってみて電動ミシンより縫うときに重みを感じて縫ってるって感じがすごくしました。縫い目も電動ミシンよりはるかに綺麗で丈夫そうだと感じました。足踏みミシンはテーブルで場所を取るけどデザインは電動ミシンなんかよりはるかに可愛いなと思いました。 足踏みミシンにはたくさんの良さが詰まってるので使う人が増えてったらいいなと思いました。
  • 自分も小さいころ通っていたそろばん塾で使うそろばんを入れる袋を作ってもらったのを覚えています。自分はミシンは小中高校の授業でしか触ったことがありませんが、この年になってから思いだしてみると感謝すべきだと感じました。将来自分がミシンを扱うことはきっかけがない限りないとは思いますが、なにか簡単なものでも作って、形として親に感謝の気持ちを伝えられたらいいなと思います。祖母の家に手動式や足踏み式はありませんでしたが、足踏み式は曾祖母が使っていたという話は聞きました。電動式と違って手だけじゃなく足も使うので難しかったそうです。電動式を初めて使ったときは、とても驚いたそうです。速さもですが、なにより足をいちいち動かさなくてもできるので手元に集中できて使いやすかったそうです。
  • 今回アンケートした人のミシンは、電動式だったので他の手廻し式や足踏み式より身近に感じるとこがありました。 ミシンについて色んな話をしましたが自分自身ミシンを利用する事がそれほどなかったのでしらない事がたくさんありました。 今はどんどん機械化進んでいる中ミシンも時代と共に進化しているように感じます。今は人がミシンを使って作成していますが、近い将来人がいなくても作業できるようになるのではないかと思いました。今回を機会に一度ミシンを使用してみようと思います。
  • 祖母は、ミシンを持ってなく使ったりしていないと思っていたから、何のために使ってたとかどこで教わったのかなど昔のことが色々知れてよかった。興味深かったのは、近所の人にも服の修理ができるほど使いこなせることと寮に洋裁を教えにくる先生がいたということです。
  • 僕は、祖母に話を聞いてく中で心に残った言葉があります。それは、「今の時代は、物が溢れすぎて、自分の手で直したり作ったりする機会が少なくなって、物に対して感謝できてない」という言葉です。確かに、今は、服を作る会社、服を修理する会社があります。そのため、自分でものを治したり作ったりする時代ではないかもしれませんが、もう一度物のありがたみに気付き、ミシンを使って物を作ったり修理してみようと思いやりまいたが、難しいので母に教えてもらっています。そして、足踏みミシンは、モーターを使わないので電気代がかからないことを祖母から教えてもらい驚きました。今の、ミシンは電気代がかかるので、微々たるものですが、コストの問題的にも足踏み式ミシンのほうが魅力を感じました。しかし、電気代はタダですが体力を使うので長時間は祖母としては利用不可らしいです。そのため、現代のミシン利用しているらしいですが、やはり使いにくく物足らないそうです。やはり、小さいころから使用しているミシンで物を作る際では、しっくりきて納得するそうです。やはり、物を作る際で使用する機械は、慣れ親しんだものではないとなっとくの行くものが作れないと思いました。
  • 最近の買い手用ミシンメーカー業界は下火で、あまり需要がかなり少なくなってしまったそうで、盛者必衰を感じ、少し悲しくなりました。
  • 今回は、祖母に話を聞き一番興味深く感じたのは、ミシンを使って内職をしていたということです。具体的に言うと職業用ミシンで贈答用のソーセージや焼き豚などの外側にあるネットがついているものの端をまっすぐに縫うという内職をしていたそうです。僕はこの話を聞いて、昔はミシンが内職に使われるほど重要なものであったんだなと思ったし、まさかソーセージなどのネットの部分までにも使われているなんて想像もしなかったので驚きました。そしてこのほかにもどのよう所でミシンが使われているのかが気になりました。  もう一つ興味深かったは、昔は服などもよくミシンで作っていたという言葉で、昔は服などは布から作る方が安かったそうです。僕はこの言葉を聞いて、昔はこのような要因もあってミシンの重要度が高かったと思ったし、今は安く簡単に服が手に入る時代なのでミシンの重要度が下がって、使おうという人も減ったのかなと思いました。そして今後ミシンの重要度が減る中で、どのような進化をしていくのか興味深く感じました。 今回はこのようなアンケートでミシンについて少し知れたと思うので良かったと思います。
  • 今よりもミシンに関心のある若い人が多くいたんだと思いました。また、ミシンと家庭との距離が今よりも近く、家族愛のこもった電子機器なんだと感じました。
  • 祖母の勤めていた会社でたった一台のミシンを購入したと聞いて、ミシンはとても高価な物だったということがわかりました。そして、今ではあまり一般的な家庭でミシンを使って服を作るということはあまり聞きませんが、昔は一般的な家庭でもミシンを使って布から服を作っていたということを知りました。 今回、祖母の家にあったミシンは電動ミシンでしたが、昔は足踏みミシンを使って自分のスカートやブラウスを作っていたと聞きました。足踏み式から電動式にミシンが変わって、足の疲労感がなくなり、作業が楽になったそうです。 祖母が持っていたミシンのメーカーがブラザーやジャノメではなく、ジャガー株式会社という聞いたことがないメーカーのものだったので少し驚きました。 ジャガー株式会社→http://www.jaguar-net.co.jp ジャガー株式会社は昭和24年に「丸善ミシン株式会社」として設立され、ミシン・ミシン部品の製造販売を開始しました。その後、1961年にミシンの輸出台数全国一位になりました。1989年、丸善ミシン株式会社と株式会社ジャガーミシンが合併し、現在の「ジャガー株式会社」となりました。このジャガー株式会社は家庭用ジグザグミシンの国産化を他社に先駆けて成功したことでも有名だそうです。 祖母が使っていたTA-6400という機種のミシンは現在販売しておらず、この機種の説明をしているサイトが見つかりませんでした。ミシンの修理を行なっている会社のサイトにTA-6400の写真が載っていたのでそこのリンクを貼っておきました。 今回のインタビューで祖母がミシンを使うようになったきっかけを知りました。また、祖母がパラマウント硝子工業というところで勤務し、ガラスウールを作っていたということも初めて知りました。今回のインタビューのように実際に自分とは違う世代の人たちにインタビューをすることで、今まで知らなかったことを知ることができ、自分のこれからの人生に役に立つことも学ぶことができるのだろうと思いました。また、このような機会があれば今回の反省を生かして、より良いものを作っていきたいと思います。
  • 祖母によると、電動式よりも足踏式の方が使いやすいとのこと。電動式ミシンになって便利になったと思いきや足踏式の方が動作は簡単であるらしい。(祖母の意見)
  • 祖母と色々な話をしていく中でミシンが成長していくのが感じました。時代とともにミシンもその時代に応じたミシンが出来上がっていき今でもミシンは使われているのだと思い知らされました。
  • 昔のミシンはすごく年季がかかってて、最近はなかなか見ないカタチだった。いままでそのようなミシンとは関わりがなかったので、いい勉強になった。
  • 今回のアンケートに関して、親戚のおばさんに話を聞いて、小さい頃は入園、入学に必要なものを手作りしている人が多いことを知りました。親が作ったものを持つことによって、子供も親の愛情を受けていると感じるのではないかと思いました。 また、ミシンや裁縫が得意な人は、幼稚園や小学校のバザーやネット上で、自分が作った作品を出品していることも教えてもらいました。
  • 祖母から聞いたミシンの前はジャノメのミシンを使っていたと聞いた。しかしジャノメミシンは古すぎて処分したそうだ。祖母の話を聞いて興味深く感じたことは、ミシンは大体に家庭にもあるということである。自分にはあまり関わりのないせいか、ミシンはなくても生きていくことができる家電用品と思っていた。しかし、テレビが一家に一台あるという感覚でミシンもあった。ミシンは、生活していくうえで重要な生活家電であった。
  • 私は小学校の頃に家庭科の授業でミシンの実習があり、少しだけミシンについて勉強しました。しかし、幼かったためその時は興味がなく、ほとんど記憶にありませんでした。なので、最近ではあまり使われてないミシンを今回身近な人から歴史を学べてとても良かったと思います。
  • ミシンは使いようによってさまざまな種類もあるし、形も大きさもさまざまでした。初めはミシンに興味がなかったけど祖母の話を聞いているとミシンを使ってみたいなとおもいました。祖母はミシンを使い始めのころはガタガタにずれたらしいです。しかし、作業に慣れていくうちにまっすぐミシン目がいくようになったみたいです。 自分も、中学校の授業でミシンを使ったことがあったけどうまくいった記憶がないです。今ではあまり目にすることはなくなったけど祖母の世代では一家に必需品やったみたいでびっくりです。 祖母と話すことで普段きかないことや、また新しいことも学べていい経験になりました。
  • わたしは、祖母に手回し式ミシンの話を聞きおどろいたことは、すごく手回し式は難しく、なれるまでにとても時間がかかることです。祖母はそれを高校のとき教えてもらったそうです。それでもむずかしいといってて電動みしんよりも大変なんだなと思いました。
  • 今はコンセントに繋ぐだけで機能するミシンですが昔は足で踏んで機能させるといった点に興味を持った。そして今と昔の時代の流れの差を感じた。
    実家が、縫製業を営んでいるため、小さいころからミシンは身近にあったので、そこまで関心を抱くことはなかったが、 この授業アンケートを通じて、ミシンには長い歴史があることに関心を持った。 また、実家に帰ったら工場のミシンをよく見てみたいと思う。
  • このミシンは僕自身も家庭科の課題や夏休みの図工によく使っていたので、いつも使っているミシンのルーツが分かったことは非常に感慨深かった、また、幼少期に託児所などで使っていたものの殆どが祖母の手作りでこのミシンによるものだったことを思い出し、自身の成長と祖母への感謝を強く感じた。
  • 今回のアンケートをとってみて、祖母の時代はミシンが生活必需品になっているのだと感じました。また、昔の人は、多くの人がミシンを持っていたらしく、ミシンがあって当たり前の存在だったと言っていました。ミシン1台あれば、子供が生まれた際に、子供用の服や、手提げ袋など、作ることができ、嫁入り道具として、持たされる事が多かったのだと思いました。 しかし、現在ではあまりミシンを見ることが少なくなってきており、ミシンを使う人が少なくなっていると思います。
  • 今回見させてもらったミシンは前のものが壊れてしまったので新しく買ったものだそうで、前のものに比べればとても使いやすくなったそうです。このミシンを使って自分や家族の服の手直しをしたりカーテンの裾直しをしたそうです。私はズボンに穴があいたりバッグが壊れてしまったら新しいものを買いなおしますが、ミシンがあるおかげでひとつのものを長く使い続けることができると言っていて、本当にものを大切にするとはこういうことを言うんだなと思いました。
  • ミシンの使い方は親に教えてもらうもの、学校で習って覚えるものかと思っていましたが、私の祖母は個人で洋裁を教えている人のところまでいってミシンの使い方を教えてもらったということを知って驚きました。私は小学校、中学校の家庭科の授業でエプロンなどを作ったりしてミシンの基礎的な使い方を学んだので学校で覚えるものだと思っていました。 あと祖母がミシンを購入したときのミシンの値段が20万円近くしたということを聞いて驚きました。一家に一台ミシンがあると聞いていたので2~3万円くらいで購入できるものだと思っていました。
    ミシンを縫ったり、服を作ったりするものとして使うだけでなく、遊ぶために人形をつくるものとして使うことに驚きました。遊びに使うものは何でも買う今の時代とは違い、人形などは自分の手で作ることが当たり前ということを聞いたからです。 また、親からミシンを教わるということがなかなか聞かないことなので、そういうことが当たり前だった時代に驚き、また生活においてミシンがとても重要だということを知りました。
  • ミシンにも色々な種類があり、また様々なものを製作できる祖母は尊敬できると思った。母親の服や鞄をミシンで作成していたらしく器用さにも驚かされた。
  • 祖母がミシンを購入したときには、家庭で洋服を作るのが流行っていたそうで、祖母は実際にたくさんの洋服を作ったり、人形に着せる洋服を作ったりして楽しんでいたということを聞きましと。それを聞いて私はほとんどミシンを使ったこともないし、使い方もいまいち理解してない部分もあるけど、一度は作ってみたいと思いました。何年か前まではそれが当たり前だったと聞き、時代が便利になった一面、そういったこともできるようにならないといけないとかんじました。次、祖母の家を訪ねるときは、ミシンの使い方や洋服の作り方などを教えてもらって、実際に作ってみようと思いました。
  • 私は中学生の時に部活でよくミシンを使っていたのでこのような古いミシンを調べる機会がありとてもうれしく感じました。その中で話を聞き、ミシンを見て興味深く感じたことが二つあります。 一つ目は、昔のミシンは電動式でも油とコンセントの力を用いて動いてることがわかりました。現在はコンセントだけで動いているので油をも原動力になっているんだと思い驚き興味深く感じました。 二つ目は、古いミシンが三台も施設においてあったことです。こんなにも古いミシンが今もなお三台も残ってることに感動しました。
  • おばあちゃんが近所の人の服を作ったり、サンプルを作ったりしている姿を見たことがないので、一度見てみたいとおもった。 また、どのような服をサンプルとして作っていたのか興味深い。
    今回のアンケートで分かったことはおばあちゃんはミシンを使ってよくいろいろと作っていたことがわかりました。自分の服を修復してもらったそうです。自分は不器用で細かいことをするのは苦手ですがおばあちゃんはミシンが得意だと分かったのでこれからは服などが破れたときは縫ってもらいたいと思います。
  • 古い機種のため、中古の販売やミシンの修理についてのサイトしか見つからなかった。 叔母に話を聞いてみたところ、このミシンを選んだ理由は、当時道を歩いていると「ミシン教えるので使ってみませんか」とキャッチの人に声を掛けられたそうだ。叔母は今考えると怖いだと話していた。その話を聞いて、今ではミシンで声を掛けられるなんて考えられないし、私もこのミシンを使ったことがあったからそんなエピソードがあるなんて知らず驚いた。
  • 家が貧しく実習代が払えず中退したが8人兄弟の末っ子である弟を学校に通わせ卒業させるためミシンで稼いで高校を出させた。 子供の服を作って着せるのが楽しみで私の父親の服も作ってきたそうです。 私は今は簡単に着れたり買えたりする服も当時私の祖母は貧しい生活の中家族のためにミシンを使い服を作ってきたのだなと思いました。私は全然ミシンの使い方がわからず何の興味もわきませんでしたが祖母の話を聞くと祖母の温かみや家族に対する思いなども感じ取ることができました。 今はあまり使われないミシンも当時は家庭に欠かせないものだったそうで、これから先利用する人が増えればなと思いました。
  • ミシン使用時に、手を誤って縫ってしまい、ミシン針が折れてしまったと聞いて、自分も気を付けて使用しようと思った。 昔使っていた手廻し式のミシンは、持っている人がいなくて、電動式のミシンを使っている人が、家の周りにはいないことがわかった。
  • 今まではミシンについてあまり興味や関心がありませんでした。しかし、祖母の話を聞くと当時は服を何着も買うことができなかったため破けたりしたところを縫っていたとゆうことを聞きミシンの使い方をよく分かっていなかった私は驚きました。 私は家庭科の授業などでミシンを使いエプロンなどを縫ったりしていましたが服をなおすために使われているとは思いもしませんでした。 今まで私は当たり前のように服を買い使わなくなったり、古くなったりしたら捨てていましたが祖母の話を聞いて服や物を大切にしようと思いました。 これから私がミシンを使う機会はあるかないかわかりませんが、もし服が破れたりしたらミシンを使ってみたりしたいと思いました。
  • 昔は洋裁学校に通っている子が多かったと聞き、私はそのことに興味を持った。私は、洋裁学校を見たことがない。また、同級生に洋裁学校に通っていたという子に会ったことがない。洋裁学校が減った経緯や洋裁学校についてもっと詳しく知りたいと思った。
  • 私はミシンに対して関心がありませんでした。そのため普段使うこともなく、使うときは学校の授業くらいでした。 しかし、私の祖母はミシンを使って東かがわ市産の手袋を作る仕事をしています。主に競艇の手袋を作っていると言っていました。 だから私が幼いころ祖母がミシンを使っているところを何度も見たことがあります。 その頃は危ないからと言ってあまり近づくことができなかったため、ミシンは危ないものだと思っていました。 今でも使うのは少し恐ろしいです。 今回は祖母のミシンではありませんが、ミシンについては一般の人より見る機会が多いと思います。 ミシンに対して幼い頃から思うことは、丁寧に仕上げることは難しく、それが仕事となるともっと大変だと思っています。 けれどミシンが使えれば、なにか破れたりしたものを縫ったり、ちょっとした袋をつくったりできてとても便利だと思います。 最近は何でも安く品質の良いものが手に入るため、わざわざミシンを使って作ることはないかもしれませんが、ミシンを使って自分で作るということ、過去に発明され文明が発達したというミシンのことを考えながら使うということは大切だと思いました。 そうやって過去のことに触れることはミシンに限らず、いまの社会で大切なことだと思いました。
  • 今でこそ、ミシンは小・中学校の授業で使ったりとそこそこ身近な存在ではあるが、祖母が購入した時代はとても貴重、とまではいかなくてもかなり珍しいものとして見られていた辺りに時代を感じた。 一体どの年代からミシンが貴重品ではなく身近なものとして見られるようになったのか、その点が今回のアンケートで興味深いものとなった。
  • ミシンはあんまり使うことがないって言ってたんですけど、いざ壊れたときに必需品なんだなと思いました。僕とか他の友達とかもミシンは持ってないって言ってたんですけど一家に一台は買うべきだと思いました。
  • 今はあまり使っていないそうで、懐かしそうに話してくれました。最近はミシンを使っている家は少ないのか気になりました。
  • 祖母はミシンを使って誰かに物を作ってあげて、その時に喜ぶ顔が嬉しいって小さい時から言ってましたが、改めて話を聞いて、きっかけは姉から教わりまた初めは弟に物を作ってあげたなので、深く聞かなければ知る事はなかった話を聞けて、また自分も誰かに物を作れるようになりたいなと思いました。
  • 昔は、靴下など破れたら修理するのが当たり前だったので、ミシンはすごい愛着があったそうです。 今では自動式のミシンなどがあり、すごい感動したそうです。 今ではこんなに当たり前なことが昔では当たり前じゃないことがわかり、率直に感動しました。そして時代が変わることに連れて、技術力が上がり、物も時代に連れて変わっっていくのが身にしみて感じました。
  • 叔母の両親は足踏みミシンを使っていたそうです。叔母は使ったことはないと言っていました。足踏みミシンは大きくて重たくて邪魔なので今のミシンは小さくて軽くていい。と言っていました。人間はドンドン道具を進化させていてすごいなと思いました。
  • ミシンはあると破れた服を直したり給食袋などいろいろ作ったりすることができるので便利な道具やなと思いました。でも自分の家にはミシンはなく、学校の授業ぐらいでないと触れる機会がないのでミシンを扱うには難しいです。多分今の世代の子供はミシンを使ったことがない子もいるかもしれません。なので学校の授業などミシンがある家などでミシンに触れる機会を増やしていったらいいと思います。
    ミシンにはそれぞれの愛着があってそれぞれの思いが詰まっているのだと感じた。
  • おばあちゃんの実家が服屋さんだったことは知っていたが、スーツを作っていたとか、自分の服は自分で作っていたということも全く知らなくてとても驚きました。 ミシンの写真は、ミシンが壊れてしまったため捨てたみたいなのですが、台が残っていたのでどんな風になっているのか見させてもらいました。今のミシンよりも、とても大きくて、足踏み式の方がやりやすそうだなと思いました。 戦後は、軍人さんが軍服しか無いため、スーツを買いに来たと言っていました。そして、戦後は服屋さんを辞めて、ミシン修理など、ミシン屋さんをしていたらしいです。 昔ははぎれも安かったため着るものは型紙を作って自分で作っていたそうです。本当に知らなかったことばっかりだったので驚くことが多かったですが、凄く貴重な話を聞けて良かったです。
  • ミシンにも色々なメーカーがあることを初めて知り、少し興味を持ちました。
  • わたしが生まれる前から今までずっと壊れないで使い続けていて、ブラザー製のミシンがとても丈夫だと感心した。
  • 足踏みや手廻しミシンを見たことがないので見てみたいと思った。
  • 今回初めてミシンのことについて調べてみたが、あまりのミシンの種類の多さに驚かされた。普段まったく目もくれないミシンが、よく見れば結構奥の深いものであったからだ。だがミシンの家庭での需要性について少々思うところがある。ミシンとは服を作るとか、特別な家庭じゃなければいらないのではないだろうか。現に自分の実家にはミシンはなく破れた服などは手縫いで何とかしている。自分も中学で少しミシンの使い方については学んだが、おそらく一生使うことはないだろう。手縫いができれば十分だと思った。
  • ミシンはとても扱うのが難しそうだなと感じました
  • 今回祖母に話を聞いてるうえで、当時ミシンはよく利用されていたんだな、と思った。祖母は足踏式ミシンを結婚の時に持って行っていき、私の母が生まれる時くらいに電動式ミシンに買い替え、その5年後くらいにロックミシンというミシンを購入し、ミシンをよく利用していたんだなと感じたからだ。 「ミシンはよく使ったんだね」と聞くと「当時は物が少なかったから」と言っていた。 現在では、ミシンはそんなに利用されていないと思う。服が破れたら捨て、新しいものを買うので私は学校の授業以外でミシンを利用したことがない。せっかくミシンというものがあるのだから、利用していけばいいのに使わないのは矢張やはりめんどくさいからだ。 昔の人は、ミシンを使うことはめんどくさくなかったのだろうか。
  • 私の祖母は裁縫が得意でよく私のために、学校で使えるトートバックやポーチなどを作ってくれます。また、知人のためにかばんを作ってあげたりしています。そんな祖母を見て、私も将来自分の子供や孫のためにいろいろなものを作ってあげたいと思いました。ミシンは本当にどんなものでも作ることができるので有効活用すれば日常生活に欠かせない機械だと思います。
    私はミシンは怖いし難しいと思って今まで使ってきませんでしたが、祖母の話を聞いて、ミシンは便利だと分かったので、これからは祖母にならってミシンを使ってみようと思いました。
    昔はミシンの使い方とかは母親などから聞いたりしていたのを知った。今は小学校や中学校の家庭科の授業で習ったりするので、時代の差を感じました。せっかく小学校から高校までミシンの使い方とかを学んだので、機会があったらミシンで何かしてみたいと思った。
  • 洋裁学校に行き、たくさんの服やスカートを作っていたと聞いて、すごいと思った。ミシンは今でもきれいに使えるので、とても長持ちしていて驚いた。
  • 講義では自分には関係のない遠い昔の歴史だと思っていました。話を聞きいたり、実際に足踏み式ミシンを見て凄く身近に感じられました。それに、今まで一度もブラザーなどミシンの話を聞いたことがなかったので、ミシンについて知っているかわからなかったけれど、とても詳しくて聞いてみないとわからないなと思いました。
  • ミシンの使い方を誰かに教わったり勉強したりしなくても説明書を読むだけで、誰でも使うことが出来ていろんなものが作れるとても便利なものなんだなぁと改めて感じました。
  • もともと僕も小学校の頃授業で何回も使った事がありなんかイチゴの形をしたぬいぐるみみたいなんも使ったりしてました。だからミシンをまったく知らないとゆうわけでは、なかったのですが、ただお嫁に行く時にミシンも一緒にもっていったとゆう理由がなんか昔の人って感じがしてて、昔は、お嫁にミシンをもって行ったりもしてたんだと思いました。 今回おばあちゃんに話を聞いて知らなかった事は、服の修理とかだけに使っているのかなと思ったら昔はおばあちゃん服も使っててんやでって言われて全然僕が知らなかった事も知れて良かったです。
  • 祖母の時はミシンを使って服などを作ったり修理していたことがわかったが、今ではミシンを使うことすら見かけなくなっているので時代の変遷を感じた。母もおそらく15年以上前からミシンを使っていないので自分が使ったことはおろか、母がミシンを使っていたという記憶がないのは少し寂しいように感じられた。
  • いままでミシンについて深く考えたことはなかったが、この授業を受けてミシンはとても奥が深いことがわかった。まず、手回しミシンすら知らなかったし、足踏みミシンも戦後の70年も前の話だと思っていた。しかし、足踏みミシンがおばさんの家にあり、しかも踏んでみて上下運動をしたので、まだ使えそうだったことはとても驚いた。おばさんは当時のことはほとんど覚えていなかったが、おばさんの母が使っていたものを譲り受け使っていたそうです。ミシンを通じて当時の小中学校の話や家の思い出話などいろいろ聞くことができて面白かったです。せっかくまだ使えそうなのに新しい電動ミシンを今は使っているのでこのミシン少しもったいない気がした。でも、電動の最新のミシンのほうが楽だとおもった。
  • ミシンは昔から人々の暮らしの隣に在り続けたものであり、修繕だけではなくその人のアイデアや工夫次第でなんでも作れるということが私は感激しました。 祖母は昔から物を大事に使っていたそうで過去に使っていたミシンも壊れて使えなくなるまで使い続け、新しい今のを購入したそうです。
  • 僕自身、小学校の頃にミシンを習って、その時はとても難しくて苦手だなと思っていました。 でも今回、祖母が楽しそうにミシンについて話をしているのを聞いて、意外と簡単に縫えるのかなと感じました。昔は小さかったというのもあり、今やってみると楽しく感じられるのかもしれない思い、また機会があればミシンを使ってみたいなと思えました。  僕が小さい頃に祖母が僕に服を作ってくれました。僕自身、祖母から服を貰ってすごくうれしかったのを今でも覚えています。なので、誰かに服を作ってあげるをいうことは、すごく素敵なことだなと感じました。
  • 昔のミシンはパワフルで今のミシンより壊れにくとても重いことにすごく驚き昔のミシンに興味を持った。
  • このミシンは当時最先端を物だった聞いた。特徴としてはマークを選択するとアップリケとして自動で選択したマークを縫い付けるものである。また、購入してから20年以上たった今も動くことにも驚いた。 今ではあまり使われていないが、母が私の小さな頃このミシンで縫いものをしてくれたことを思い出す良い機会になった。
  • 本と説明書だけでミシンが使えるようになるくらい簡単にミシンがあつかえれること
  • 工業用のミシンは1つの作業に特化していることを祖母の話を通して改めて思った。
    今回、このレポートをするべく、祖母の家に行き、ミシンについて話をたくさん聞きました。祖母の時代にミシンを持つことがいかに大変だったのか、当たり前ではなかったのかというのを聞きました。祖母は社会人になってから月掛けをして、結婚する時に、さらち1ヶ月の給料を足して買ったそうです。今はミシンは普通に買えるものですし、ミシンを持つことがステータスではないので、そこまで需要はありませんし、とても時代背景を表していると感じました。今では衣服は買うのが当たり前ですが、当時は作ったり補修したり、家族の手でなおすのも、手間はかかりますが、愛あるものだと思いました。もし自分の子供ができた時、きんちゃくや手提げカバンなど、作ってあげたいと思いました。 設問8についてですが、いくら調べても古すぎるのか修理のご案内しかページが見つからず、とりあえず写真と番号がわかる修理のページのURLを載せさせていただきました。すみません。
  • 今は機械性能がいいものばかりである程度のものを作ることができると思うが、昔の人は性能が優れない中でどのようなものを作っていたのか色々な人に聞いてみたくなった。
  • 昔は、家庭科の宿題で家にミシンがないと宿題ができなかったことに現在との違いを感じ、驚いた。 電動よりも足回し式が使いやすいというおばさんのコメントになぜと思い理由を聞いたら、足回しのほうがわかりやすい構造で電動式より使いやすかったという理由だった。女性にとって仕事や嫁入りにおいても重要な役割を果たしているのがミシンだという事をアンケートを通して話を聞くことができ近代の教育にも関わりのあるないようなのだと認識することができた。
  • 私がミシンを使ったのは、家庭科の授業で少しだけ触ったぐらいだったのですが、ミシンを使ってちょっとした仕事をしたことのあるおばあちゃんの話を聞くと、興味がわきました。特に、私が小学校の時に何気なく使っていた手提げ袋を、実はおばあちゃんがミシンで縫っていてくれたと聞き、興味が増しました。 裁縫や、細かいことは苦手な私ですが、時間があるときに、挑戦してみようと思います。
  • あまりにも昔の事なので詳しいことはほとんど覚えていないと言われ戸惑ったが、買った年代や設問12の答案を引き出せてホッとした。 私が興味深く感じたことは、足踏み式が家にあったので1度足踏み式のミシンで裁縫をしてみたいと思った事である。 電気を使わず人力でするにはベルトが切れている為困難であるが、足踏み式ミシンを体験できる場所があるなら是非してみたいと思った。   そしてもう1つは福助がミシンを作っていたことである。 福助は靴下やストッキングを製造・販売している会社とは知っていたが、ミシンを販売していたとは驚いた。福助はなぜミシンを販売していたか、また他社からの技術提供があったのかなど非常に興味深いので資料が全く無いが調べてみたい。
  • 今回ミシンのアンケートで祖母からの話を聞き、昔は手縫いなどで修理をしていたが、電動式のミシンが製造されて時間が短縮されたり、強度が増したのでミシン製造の技術は素晴らしいものだと思いました。また、ミシンにも複雑な縫いができるものや簡単な縫いができるといった様々な種類のミシンがあることにびっくりしました。私も、高等教育などでミシンの使い方は学びましたが、さらにどんなミシンがあるのか興味が湧きました。
  • 今ではミシンを使う人はあまりなく、服も破けたら捨てるのに昔の人はミシンを使い自分で服を作ったり修理したりしていたことに驚いた。
  • 昔のミシンは思い入れがある貴重な宝物と感じました。