連袖旗袍の運動性 : 失われた中国の深い技術
「モードとファッション : 途上国日本のファッション文化」で述べたように、日本のファッション文化は欧米に対する途上文化として展開してきました。
それに対して中国は中西融合の文化としてファッションを活気づけてきた経緯があります。しかし、欧米化の勢いは、連袖旗袍という素晴らしい一面を奪いました…。連袖旗袍の運動性が消失したのです。

ウォン・カーウァイ『グランドマスター』(王家衛『一代宗師』/Wong Kar-wai, The Grand Master) (c) 2013 Block 2 Pictures Inc. All Right Reserved.
連袖旗袍には高い運動性が備わっています。
撫肩に合う、若く見えるという利点以外に、高い運動性がある点は余り指摘されません。これまで「近現代旗袍の変貌」や「東アジア民族衣装変貌の方向」で指摘したように、1920年代から40年代にかけて、旗袍は劇的に変化しました。その内、最も大きな点が、
- ツーピースからワンピースへ組み合わせが変化した
- 連袖から接袖へ袖の発生方法が変化した
です。
これらの点は段階的な変化です。
したがって、20世紀中後期にも、古い連袖旗袍が用いられた場合もあります。
このページでは、20世紀中後期を対象にした映画から、連袖旗袍を紹介します。
戦中・戦後の中国大陸では接袖旗袍が普及していくので、同時期における連袖旗袍の着用は研究者たちの間で見過ごされています。
連袖旗袍とは
すでに私は連袖旗袍を「近現代旗袍の変貌」で詳しく説明しましたので、ここでは簡単に述べます。
「近現代旗袍の変貌」で示した着装実験では、連袖旗袍と接袖旗袍を詳しく比較しました。
ここでは、正常立位で両者を比較しましょう。正常立位とは腕を下して直立した姿勢です。

接袖旗袍で正常立位をしたときの様子。皺が目立たない。 (c) mode21.com
この写真は接袖旗袍です。
腕の付根(Arm Hole)に切れ目と縫い目があります。これは接袖(Set-in Sleeve)といいます。この旗袍では脇周辺に皺があまり出ません。
次の写真は連袖旗袍です。
腕の付根(Arm Hole)に切れ目と縫い目ありません。これが連袖(あえて英語で言えばPlain Sleeve)と呼ばれるもので、正常立位時に脇下に多くの皺が発生します。

連袖旗袍で正常立位をしたときの様子。皺が目立たつ。 (c) mode21.com
次に、腕を上げた状態を考えましょう。
腕を上げると、接袖旗袍の場合は引きつるくらいに大きな複数の皺が発生します。接袖旗袍は洋服技術を導入したのですから、正常立位状態で一番格好良く見えます。
他方、連袖旗袍は小さい皺が少し発生します。難しく言えば、上肢運動では、連袖旗袍の方が機能性が高いといえます。
王家衛『グランド・マスター』にみる連袖旗袍
次の写真は、王家衛の映画「グランド・マスター」(原題 : 一代宗師)の一場面で、1930年代日中戦争前夜、1936年の広東省仏山にある妓楼が舞台です。
功夫宗師である宮宝森が引退を決め、後継者を選ぶ際に、この場所を指定しました。後継者を目指す男たちの戦いを、妓女たちが観戦します。
この写真で一番手前の妓女は手を横に延ばしています。
肩と腕に皺は少しあります。真ん中の女性は腕を下しています。左身頃と左肩に大きな皺がたくさんあります。右身頃は大襟で少し隠れているので皺が目立ちません。
このように手前の二人の旗袍は腕下ろすと皺が増え、腕を水平に上げると皺が減っています。よって、これは連袖旗袍です。
次の写真も妓楼に勤める女性たちを写したものです。
真ん中の女性の旗袍は珍しい角度で写されているので分かりやすく、腕の付根に切れ目と縫い目がありません。この衣服は連袖旗袍です。
しかし、右の女性の旗袍は縞柄の位置が腕付根で変化してそうです。
この旗袍には肩線があります。連袖旗袍に形状は同じ平肩接袖か、あるいは洋裁技術を採り入れた接袖旗袍のいずれかが考えられます。彼女の肩と旗袍の肩が大きくずれています。ですから、平肩接袖だと考えられます。
妓楼には、後継者となる葉問に戦いを挑む女性がいました。彼女の使う拳法は八卦掌。彼女は妓女では無く、細い上衣に短い旗袍を着て下衣にズボンを穿いています。
先述の妓女たちは長い旗袍をワンピースとして着ますね。
これに対して八卦掌使いの彼女の上衣は、立領・大襟・中華釦を備えた短旗袍(通称、チャイナ・ブラウス)で、袖は連袖です。腕を上げても、引きつるような皺は発生していません。
したがって、この短旗袍は十分に功夫ができます。
まとめ
連袖旗袍には高い運動性が備わっています。
撫肩に合う、若く見えるという利点以外に、高い運動性がある点は余り指摘されません。
もっとも、長い旗袍で功夫をするなら、下半身に限界が有りますが、それでもスリットを深く入れれば、ある程度は脚の運動量を確保できます。
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