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スタイル用語集 : 1日1個 平日配信
新しいファッション史

モードの世紀は、人類のファッション史をまとめ直し、躍動感ある歴史を描きます。
主にフランス、イギリス、イタリア、アメリカ、中国、台湾、日本に注目します。

これまでのファッション史は西洋か日本か、意味不明の二項対立に固執しました。
和洋。何て厚かましい言葉でしょう。

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モードとモデラート : モードが刻む最新の規準とは?

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モードとモデラート : モデラートはモードからどう見えるか

モードとモデラート : モードと名前の付いた学校や商店は色々あります。どのような形にせよ、モードはそのつど最新の規準を刻みます。このページでは、服飾やファッションの分野で最も重要かつ最も漠然としたモードとモデラートの関係を考えています。その上で重要となる人物は、ヴァルター・ベンヤミン、マルグリット・デュラス、アンドレ・クレージュです。

モードとファッション : 途上国日本のファッション文化」で述べたように、日本のファッション文化は欧米に対する途上文化として展開してきました。ここではモードをモデラートと関係させて考えてみましょう。

モードとモデラート : モデラート カンタービレ 幻想即興曲 Op.66 より 編曲: Hans Rahner ショパンの「幻想即興曲」

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ヴァルター・ベンヤミンのモード

どのような形にせよ、モードとはそのつど最新の規準を刻んでいます。ドイツの批評家ヴァルター・ベンヤミンは『パサージュ論』で次のように述べます。

Die Mode fixiert den jeweils letzten Standard der Einfühlung. [J75,3], Walter Benjamin, “Das Passagen-Werk”, Gesammelte Schriften, bd.5-1, Suhrkamp, Frankfurt am Main, 1991, s.456

邦訳は「モードは、感情移入のそのつどの最新規準を決める」(ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論 : II―ボードレールのパリ』今村仁司・三島憲一他訳、岩波書店、1995、312頁)。私としては「モードは、常に最新の共感規準を決定する」か、「モードは、導入された、その都度の最新の規準を記録する」あたりがしっくりきます。

ヴァルター・ベンヤミンの時代から1世紀近くを経た現在、衣服の形態、生地柄の装飾、繊維素材の部門であらゆる製品が出尽くしたことをを考えますと、「モードは、常に最新の共感規準を選出する」ものに変容したように感じます。決定から選択への転換です。それゆえ、モードは過去に向かう。アンドレ・クレージュが《明日には現実になる、その明日に向かって!》という前進的な発想は現代服飾において意味を持ちません。最新モード、今の流行といったものは全て、過去からの選択に過ぎません。近年のデザイナーたちが各地の民俗衣装・民族衣装から発想を得てきたのが顕著な例です。ファッション業界に「最新」は存在しても「独創」は算出されなくなりました。そして、「最新」とは同時に「古物」でもあるわけです。

マルグリット・デュラスのモデラート

やや視点を変えましょう。モードは、類似用語として穏健な、適度の、手頃な、といった形容詞を周辺に持っています。私はモードを考える時、いつもマルグリット・デュラスの有名な小説『モデラート・カンタービレ』(Moderato Cantabile)を思い出します。

モデラートは、普通の速さで、カンタービレは歌うようにっていう意味よ、なんでもないでしょ(マルグリット・デュラス『モデラート・カンタービレ』田中倫郎訳、河出書房新社、1985年、24頁)

<語学辞典からみたモード>で確認したように、モードは高級・低級といった階層を持っていません。それは様々な次元で色々な装いでみせる様式、または流行に過ぎないのです。『モデラート・カンタービレ』でピアノの先生がアンヌの息子に対し、繰り返し言葉を添えていたのが「モデラート・カンタービレ」(気楽に歌いなさい、弾きなさい)だった点を忘れてはいけません。

アンドレ・クレージュのモデラート

モードをモデラートとして捉えたファッション・デザイナー(衣服設計師)がいました。フランスのアンドレ・クレージュ(André Courrèges / Andre Courreges)です。彼は1960年代にミニ・ドレスをパリ・コレクションで披露して衝撃を与えたデザイナーです。アンドレ・クレージュはミシンを積極的に活用し、他のデザイナーたちと異なり、手縫いも機械縫いも違和感なく導入して言いました。それを示すのが次の写真です。

ポーにあるクレージュのアトリエの様子

ポーにあるクレージュのアトリエの様子 (c) Courreges / DR, ディディエ・グランバック『モードの物語―パリ・ブランドはいかにして創られたか―』古賀令子監修、井伊あかり訳、文化出版局、2013年、130頁

一般民衆は豊富な布地で脚を隠す衣服をほとんど持っていなかったというのが実態に近いはずです。アンドレ・クレージュはオート・クチュールのコレクション(ファッション・ショー)で初めて、モデルたちに膝頭を露出させました。

また、1965年1月、デザイナーたちの1月コレクションに参加せず、同年10月に66年春夏シーズン用に3つの種類(ライン)を同時に立ち上げました。オート・クチュールの原型、プレタ・ポルテのクチュール・フュチュール(未来のクチュール)、ニットなど安価なカジュアル・ウェアのイペルボル(双曲線)の3種です。当時既に50年以上の伝統をもつ別々の同業組合の形態を同時に発表したのは、アンドレ・クレージュが初めてでした(以上、コレクションについては、ディディエ・グランバック『モードの物語―パリ・ブランドはいかにして創られたか―』古賀令子監修、井伊あかり訳、文化出版局、2013年、131頁)。アンドレ・クレージュはモデラートの達人と言っても過言ではありません。

アンドレ・クレージュはミシンを直視したからこそ、自らも参加してきたオート・クチュール業界について次のように述べる事ができたのです。

私はよく、こういう質問を受けます。あなたが<プロトタイプ>(原型)と呼んでいるオートクチュールは、必要なのでしょうか…、お客さんはいるのですかと。そこで、私はこう答えるのです。どのような分野に置いても、研究部門を持つことは必要不可欠です。研究の役割は先へ行くことです。たとえ何も変化しないとしても目先の目標など考えずに先へ行くことなのですよと。(ブリュノ・デュ・ロゼル『20世紀モード史』西村愛子訳、平凡社、1995年、471頁)

まとめ

長々とモードに思いを巡らせてきました。私は、モードの多様な姿を振り返り、自分にとっての安らぎの地平、自分にとっての活力源、そういったものを思い起こし、自律神経を鍛えようと思います。アンドレ・クレージュが言っているではありませんか。これこそ、モードとモデラートが触れあった素晴らしい瞬間だと思います。

明日は現実となっている未来のなかに逃げ込むこと。つまり、未来に向かって、新しい生き方や服の着こなし方、生活の仕方を少しずつ準備していき、そこに私たちの環境を慣らしていくこと(ブリュノ・デュ・ロゼル『20世紀モード史』西村愛子訳、平凡社、1995年、471頁)

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