ミニ・スカートの考案者 : クワントかクレージュか…あるいは?

ミニ・スカートの考案者 : クワントかクレージュか…あるいは?

ミニ・スカートの考案者 : クワントかクレージュか…あるいは?

男女を問わず人類は、貫頭衣を着ていた時代から既に膝頭を出してミニのドレスやスカートを着ていたのですから、本当の開発者は原始人か古代人といわねばなりません…。ここでは、戦後のミニ・ドレスやミニ・スカートはどのように登場してきたのか、そして誰が普及させていったのかという点に絞って見ていきます。モードの歴史としてはミニ・ドレスがあって、その後ミニ・スカートが追従したと思われます。

ミニ・スカートの考案者 : クワントかクレージュか第三の人物か。
ミニ・スカートの考案者 : クワントかクレージュか第三の人物か。 via 無料の写真: バービー人形, ポーズ, 市, おもちゃ, スカート, 都市 – Pixabayの無料画像 – 1749181

ミニ・スカート & ミニ・ドレス @ マリー・クワント

ミニ・スカートの考案者はイギリスのマリー・クワントだと言われます。たとえば、1950年代後半からロンドンでDolly Birdと呼ばれた女子たちが既製スカートの丈を自分で短くする流行を受け、1958年頃にマリー・クワントは最初のミニ・スカートを販売したようです(長澤均『BIBA スウィンギン・ロンドン1965-1974』ブルースインターアクションズ、2006年、39頁)。イギリスびいきの同書はクレージュのミニ・ドレス発表前から

ロンドンのストリートでお洒落なコ、そう、「チェルシー・ガール」たちは、それよりずっと以前からミニ・スカートを穿いていた(同)

と記していますが、このページの冒頭で述べた貫頭衣を思い起こせば、そのチェルシー・ガール chelcy girl たちよりずっと以前からミニ・スカートを穿いていたとも言えます。

ところで、マリー・クワントは次のようにも指摘されています。アンドレ・クレージュのミニ・ドレス発表後、「ロンドンのジンジャー・グループ社はただちに丈の短いスカートを取り入れ、その短さを誇張したミニ・スカートを生みだし、マリー・クワントの名前で売りだした」(ブリュノ・デュ・ロゼル『20世紀モード史』400頁)。

マリー・クワント、ドレス、1966–67年。
マリー・クワント、ドレス、1966–67年。Mary Quant (British, born London, 1936) Dress, 1966–67 via Mary Quant | Dress | British | The Met

ミニ・スカート & ミニ・ドレス @ アンドレ・クレージュ

19世紀末以来、パリ・モードはスポーツ・ウェアを一つのアイデアの源泉としてきました。アンドレ・クレージュの作風は直線・簡単で丈が短い。脚の露出が強まるのでブーツが組み合わされることが多い。丈の短い靴にはハイ・ソックスが似合います。中国女性の纏足と同じようにハイ・ヒールが馬鹿げていて、それに比べてブーツは合理的で論理的だとクレージュは感じていました。

他の企業がスポーツ服をハイ・ファッションのアイテムの一つとして取り込んだのに対し、アンドレ・クレージュおよびクレージュ社はドレスを含めスポーツ・スタイルを発想の中心に据えたことに特徴があります。つまり、機能性を重視し、スカートは必然的に膝上ということになります。

アンドレ・クレージュのミニ・ドレスとゴーゴー・ブーツ。イエロー・ストラップ・ガール。アンドレ・クレージュ作、ピエール・ビューロ撮影。「ライフ」誌、1965年5月21日、48頁。Yellow Strap Girl, © André Courrèges, photographed by Pierre Boulat, “Life”, May 21, 1965, p. 49
アンドレ・クレージュのミニ・ドレスとゴーゴー・ブーツ。イエロー・ストラップ・ガール。アンドレ・クレージュ作、ピエール・ビューロ撮影。「ライフ」誌、1965年5月21日、48頁。Yellow Strap Girl, © André Courrèges, photographed by Pierre Boulat, “Life”, May 21, 1965, p. 49

ミニ・スカートの考案者 : マリー・クワント, アンドレ・クレージュ or Others…?

イギリスのマリー・クワントは、1950年代後半からロンドンでDolly Birdと呼ばれた女子たちが既製スカートの丈を自分で短くする流行を受け、1958年頃に最初のミニ・スカートを販売したようです(長澤均『BIBA スウィンギン・ロンドン1965-1974』ブルースインターアクションズ、2006年、39頁)。他方、クレージュのミニ・ドレス発表後、「ロンドンのジンジャー・グループ社はただちに丈の短いスカートを取り入れ、その短さを誇張したミニ・スカートを生みだし、マリー・クワントの名前で売りだした」(ブリュノ・デュ・ロゼル『20世紀モード史』400頁)とも言われます。

そして、フレッド・M・ウィルコックス監督『禁断の惑星』 Forbidden Planet (1956) で、アン・フランシス Anne Francis がミニ・ドレスを着用していることから、これを起源に求める意見もあります(「ファッション・ボックス」292頁)。『禁断の惑星』では男優衣装をウォルター・プランケット Walter Plunkett, アン・フランシスの衣装を ヘレン・ローズ Helen Rose が担当したので、ミニ・スカート、ミニ・ドレスの考案者にヘレン・ローズの説も加わってきます。

ヘレン・ローズ制作によるミニ・ドレス(「禁断の惑星」アン・フランシス主演)。
ヘレン・ローズ制作によるミニ・ドレス(「禁断の惑星」アン・フランシス主演)。Forbidden Planet Anne Francis via OBERON CARTOONS: Forbidden planet and a mini skirt

また、「ロンドンの流行と並走していたクレージュは、マリー・クワント同様、ミニ・スカートの創始者であると主張」(『世界ファッション・デザイナー名鑑』113頁)、「どちらが先に発明したかについては、いまだに論争がある」(『もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー』52頁)。多くのファッション史ではどちらが先かの論争は避けていますが、アンドレ・クレージュは1960年代中期にミニ・スカートやミニ・ドレスを発表していきますから、クレージュを考案者とするのは少し無理がありそうです。

以上のことから、ミニ・スカートの考案者はヘレン・ローズにあり、マリー・クワントが大量販売し、アンドレ・クレージュがオート・クチュールのコレクションで初めてミニ・スカートを披露したと考えられます。そして、ミニ・スカート開発によって膝頭が露出されて以来、スカートの裾はどんどん上昇し、従来のガーター・ストッキングが忌避され、新しくパンティ・ストッキングが登場しました(ブリュノ・デュ・ロゼル『20世紀モード史』400~402頁)。

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