マリー・クワント : Mary Quant

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マリー・クワント : ミニ・スカート, ミニ・ドレスの女王

マリー・クワント Mary Quant は、1934年、イギリスのブラック・ヒースに生まれたファッション・デザイナーです。1960・70年代のイギリスを席巻したミニ・スカートの女王、モッズ・ルックの元祖といわれます。

経歴

16歳の時、ロンドンの美術学校、ゴールド・スミス・カレッジの絵画科に進学。在学中に、夫であり最大の協力者でもある故アレキサンダー・ブランケット・グリーンを知りました。美術学校の教員資格試験に失敗し、ロンドンの帽子店に就職。

店舗展開

1955年、マリー・クワントはブランケットとその友人の3人で、キングズ・ロードに、ロンドン初のブティック「バザー」BAZAAR を開店。ここから、デザイナーの道を歩みはじめた。2年後の1957年、「バザー」 BAZAAR 2号店をナイツ・ブリッジにオープン。

イギリスのファッション・デザイナー  マリー・クワント の店舗「バザー」。ロンドン南西部のチェルシー、キングス・ロード。1966年8月25日撮影。

ミニ・スカートを発表

1959年、マリー・クワントは画期的なミニ・スカートを発表し、世界のミニ・スカート時代をスタートさせました。そのデザイン料は、当時の金額で400万ポンド(約32億円)。なお、フランスのオート・クチュールでは、1965年のコレクションで、アンドレ・クレージュがミニ・スカートを発表しています。ミニ・スカートはマリー・クワントとアンドレ・クレージュのどちらが先に開発したかについては論点が絞られていません。この点については「アンドレ・クレージュ」をご参照ください。

マリー・クワント、ドレス、1966–67年。

マリー・クワント、ドレス、1966–67年。Mary Quant (British, born London, 1936) Dress, 1966–67 via Mary Quant | Dress | British | The Met

多角化と多国籍化

1962年、マリー・クワントは洋服・下着のデザインに関し、JCペニーとライセンス契約を結び、アメリカ市場へ進出します。翌1963年には GIMEGER GROUP を設立し、マリー・クワントのデザインによる洋服製造と卸売業を世界的規模で着手しました。1966年、「マリー・クワント・コスメティックス」を発表。1970年には、インテリアとテキスタイルのデザインも始めました。1971年には、日本で化粧品の販売を開始し、翌年に初来日。日本では、1983年にマリー・クワント・コレクションとして、レオタード、タイツ、ソックス、レッグ・ウォーマーの販売が開始された。なお、85年に、フランスのプレタ・ポルテ・ファッション連盟から賞を受賞。

イギリスのモデル ツィギー。身につけているのは、薄ピンク色のミニ・ドレスと大きな安物飾り風イヤリング。1966年12月3日、ポッパー・フォト撮影。

現在、マリー・クワントは、インナーウェア、靴下、帽子、インテリア小物から、コスメティックスまで、あらゆる分野の商品を手がけ、ビジネスとしても大いに成功しています。中でも、化粧品では、「ノン・ルール・メイキャップ」(好きなときに好きな色を使って化粧する)というキャンペーンを打ち出すなど、自分のためのお洒落という観点を強調するのが特徴的。

オードリー・ヘプバーンの映画衣装をデザイン

1960年代は新しいタイプのデザイナーが生まれ、ロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アートから数時間の距離に自分のビジネスを運営する人たちがいました。その代表的ファッション・デザイナーがマリー・クワントです。

彼女は『ジョージー・ガール(Georgy Girl)』(1966年)主演のシャーロット・ランプリング(Charlotte Rampling)の服をデザインしました。古いスタジオ・システムはほぼ終わりを迎え、映画の制作会社はフリーランスのデザイナーを使って専属裁縫師たちに仕事をさせたり、自分の仕事場を持つ若いデザイナーを使ったりしました。

マリー・クワントはオードリー・ヘプバーン主演の映画「いつもふたりで(Two for the Road)」(1967年)の衣装を担当しました。ヘプバーンが一時的に自分の好きなジバンシーを放棄したからです。フォールとトゥフィン(Foale and Tuffin)もこの映画の雑貨を担当。また「カレイド・スコープ」に出演したスザンナ・ヨークには広範囲でワードローブを提供しました。

与えた影響

マリー・クワントは、ミニ・スカート、カラー・タイツ、ロング・ブーツ、スキニー・パンツ、ヒップ・ボーンなど、1960年代を代表するさまざまな新しいファッションを生みだし、当時、世界で最も影響力をもつデザイナーといわれました。1966年、外貨獲得の功に対し、ビートルズとともに、エリザベス女王から第4等英国勲章を受章しています。敬愛するデザイナーはガブリエル・シャネルで、働く女性のためのスタイルづくりにおいてマリー・クワントとガブリエル・シャネルには共通点があります。

1971年8月21日、イギリスのロンドン。3人のモデルがマリー・クワントの最新デザインをロンドンのファッション・ショーで披露。左: 「春の到来」、クレープ地のスケート風スカート、上衣と同生地。中: 「ペパーミント」、赤色のショーツにカラフルなストライプのベスト。右: 「ディジー・リジー」、赤色のクレープ地の巻衣に襞状スカート。

マリー・クワントの信条は「古いルールへの反抗」。この信念は、後に「ミニ・スカートの女王」、「モッズ・ルックの元祖」と呼ばれる所以となり、ロンドンを、世界でもっとも影響力の大きいファッション・センターに作り変えました。ファッション常識をくつがえしたマリー・クワントのアイデアは、先述のカラー・ストッキング、ロング・ブーツをはじめ、シャギー・セーター、ビニール加工のレイン・コート、リブ・セーター、ホット・パンツなどの他、デニムをファッション素材にすることで、ファッション界に目くるめくばかりの衝撃波を投げかけました。

私の一目惚れ

マリー・クワントの作品の印象はポップ・カルチャーとヒッピーに引き裂かれています。ポップ・カルチャーというとツィギーを思い出し、どちらかというとシンプルでかわいい感じ。ヒッピーというとミケランジェロ・アントニオーニの「欲望」に繰り返し出てくるバンド・マンたち。ごちゃごちゃしていて暗い服装…。

そこで、少し視点を変えてアンドレ・クレージュとの対比でミニ・スカートからクワントのベストを選ぶと次の作品です。

マリー・クワントのウール・ジャージー地のミニ・ドレス(1964年)

マリー・クワントのウール・ジャージー地のミニ・ドレス(1964年) via Dress | Quant, Mary | V&A Search the Collections

マリー・クワントのベストといえばこれ。彼女のドレス色で赤系ならオレンジ色が多いのですが、このドレスはやや紅がかっていて、フロントにファスナーというポップさが良いですね。ウェスト切替線と下のスカート部分のタックが派手なので一見ツーピースに見えますが、ワンピースですね。紅系の赤色を着本に白のストラップを入れたのは対照性が強まって、私は好きです。衿を寝かさず立領にしていたら、もっと格好良かったかも知れません。

  • 形態の特徴 : 赤褐色のウール・ジャージー・ドレス、長いウエスト、短いトップスのフレアー・スカート付。 センター・フロント・ジップ、折り返しのクリーム・ピーターパン色の襟と袖口
  • 寸法 : 長さ:首から裾まで81.5cm、袖丈:55cm袖周り:ウエスト約80cm

English Summery : My love at first glance

The impression of Mary Kwant’s work is torn by pop culture and hippie. When I say pop culture, I remember Twiggy, who is rather simple and cute. Band man/woman who repeatedly appears in Michelangelo Antonioni’s “desire” when it says hippie. Cluttered and dark clothes ….

So, changing the viewpoint a little and choosing the best of Quant from the mini skirt versus André Cécuz is the next work.

Speaking of Mary Quant’s best. If it is red in the color of her dress, there are a lot of oranges, but this dress is somewhat reddish, and it is good to pop the front zipper. The waist switching line and the tuck of the lower skirt part are flashy so it looks like a two piece at first glance, but it is a one piece. I put a white strap in the red color of the red line as a binding and the contrast is strengthened, I like it. If I had kept the collar on the floor without sleeping, it might have been more cool.