映像と言語 : 主婦マリナ・ヴラディの日常から

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映像と言語 : その関係

映像と言語 : ジャン・リュック・ゴダール監督のフランス映画『彼女について私が知っている二、三の事柄』から考えます。この映画は、1960年代パリの都市再開発と、分断されて枯れ切った住民の生活とを、マリナ・ヴラディという主婦の日常から描いたものです。

モードとファッション : 途上国日本のファッション文化」で述べたように、日本のファッション文化は欧米に対する途上文化として展開してきました。しかし、欧米は文化も経済も軽やかにスムーズに進めてきたのでしょうか。映像と言語がぶつかり合う時代、それが20世紀半ばの欧米地域に生じていたとしたら? マリナ・ヴラディという主婦の日常から映像と言語の関係を考えましょう。

この映画評を以前から書きたくて、先日から断続的に見ていますが、結局、このアルバムに載せた写真の箇所で我に帰ります。映像と言語が干渉する(または衝突する・擦れ違う)時代に、映像(または写真にも当てはまります)を説明したい気持ちは高まるのですが、ゴダールいわく、それは非常に難しい。それを示すアルバムです。変なアルバム…。

映像と言語が干渉し合う

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2 ou 3 choses que je sais d’elle (c) 1967 – ARGOS FILMS – ANOUCHKA FILMS – LES FILMS DU CAROSEE – PARC FILM.

そして、撮影場所というのは二つの意味を持ちます。映画が撮影された場所と、このキャプチャ写真が撮影された場所。といっても、映画撮影がパリで行われたことも、私が自宅でキャプチャ写真を撮ったことも、これらの写真からは分かりません。

映像とは不思議なものです。

一応、格好を付けて、行ったことのないパリを撮影場所に指定しておきます。文字資料によると、映画撮影はパリで確かに行われたらしいので。ここまで厳密にすると、多くの文系実証科学(歴史や経済史ほか)が一挙に陳腐になりますね。

映像とは不思議、しかし丁寧に接すると1枚の写真ですら、とてつもなく私たちを賢くしてくれます。

最後に、面白いことに、撮影場所は2つあるのに、1つしか登録できません。<パリ 大阪府大東市>を入力すると、そのままFaceBookの場所検索が探そうとします。他のインターネット・サービスでも、多分必ず1か所しか登録できません。

ジャン=リュック・ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』フランス、1967年