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スタイル用語集 : 1日1個 平日配信
新しいファッション史

モードの世紀は、人類のファッション史をまとめ直し、躍動感ある歴史を描きます。
主にフランス、イギリス、イタリア、アメリカ、中国、台湾、日本に注目します。

これまでのファッション史は西洋か日本か、意味不明の二項対立に固執しました。
和洋。何て厚かましい言葉でしょう。

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ハワード・グリア : Howard Greer

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ハワード・グリア

ハワード・グリア Howard Greer は、1896年にアメリカのイリノイ州のラッシュビルに生まれたファッション・デザイナーです。パラマウント映画社で映画衣装を多数制作したことで知られています。

略歴

パラマウント映画社の頃

ハワード・グリアのデザイナーとしての仕事は、1916年、Chicago fashion house of Lucile Ltd (ルシル有限会社 シカゴ衣装館) に始まり、Lady Duff Gordon’s House のシカゴ支店とニュー・ヨーク支店 (いずれもDuff Gordonの職名「Lucile」の店舗) に勤務しましたが、第1次世界大戦中にフランスで徴兵されました。

グリアはパリで復員し、再び Lucile に勤め、ポール・ポワレエドワード・モリヌーの店でも働きました。次の3年間、彼はヨーロッパで仕事し、ロンドンやパリの劇場用衣装をデザインしました。また、月刊誌「Theatre Magazine」でファッションに関するコラムを書いたり、新聞「Chicago Tribune」で Mary Brush Williams の連載するファッション記事のイラストを描いたりしました。

1921年にハワード・グリアはアメリカへ戻り、 Hickson Inc に加わり、ブロードウェイのミュージカル “Greenwich Village Follies” 用衣装を委託されました。この喜劇での衣装担当の経験から、ハワード・グリアは「Famous Players-Lasky」映画社のウェスト・コースト・スタジオの主任デザイナーに抜擢されました。この会社は後のパラマウント映画社です。

マレーネ・ディートリヒに縫製されたイヴニング・ジャケット。トラヴィス・バントンとハワード・グリアの共同作品。1936年頃。

マレーネ・ディートリヒに縫製されたイヴニング・ジャケット。トラヴィス・バントンとハワード・グリアの共同作品。1936年頃。Evening Jacket worn by Marlene Dietrich, Travis Banton / Howard Greer, via FIDM Museum Blog: Howard Greer

ハワード・グリア社の創業から廃業まで

ハワード・グリアはそのスタジオで7年間勤務しましたが、自分の仕立店を開くために退社しました。ハワード・グリア社は、サンセット大通り (Sunset Boulevard) に立地し、1927年12月27日に開店しました (Harold Grieve が店舗の装飾をしました)。後に自社は量販化に転じますが、ハワード・グリアの仕立事業は1962年の引退まで続けられました。

グリアが「Famous Players-Lasky」社と契約していたのはごく数年のことに過ぎませんが、その間、同社に映画用衣装を提供し続けました。多くのスタジオが、専属のファッション・デザイナーや適切な衣装設備を持っておらず、俳優たちの衣装を販売品でごまかしていた中、ハワード・グリアのデザインは1950年代半ばになっても輝いていました。

「Famous Players-Lasky」社に勤務した1923年から1928年まで、ハワード・グリアはとてつもない注目を浴びました。というのも、彼がデザインした相手女優は、ポーラ・ネグリ(Pola Negri)、アグネス・エアーズ(Agnes Ayres)、ベティー・コンプソン(Betty Compson)、ビーブ・ダニエルズ(Bebe Daniels)、ニタ・ナルディ(Nita Naldi)、アンナ・Q・ニルソン(Anna Q Nilsson)等々、錚々たる名前が連なるからです。

スタジオで彼とともに仕事をした女優たちは、グリア社顧客となり、数年にわたる信頼関係が築き上げられていました。

ハワード・グリアは引退後にロンドンで暮らしました。彼の自伝「Designing Male」は1951年に出版されました。

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