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コン・リー(鞏俐):運命的な悲劇を演じれば天下一品の女優

チェン・カイコー監督「さらば、わが愛 覇王別姫」(覇王別姫)でジューシェン(菊仙)役を務めたコン・リー。 パーソン
チェン・カイコー監督「さらば、わが愛 覇王別姫」(覇王別姫)でジューシェン(菊仙)役を務めたコン・リー。
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コン・リー(鞏俐)は1965年12月31日に中国・遼寧省瀋陽市に生まれた女優です。

チャン・イーモウ育ちで、運命的な悲劇を演じれば天下一品の女優。「中国の山口百恵」といわれました。1997年にカンヌ国際映画祭の審査員を務めました。

デビュー前

両親はともに大学教授。生後すぐに山東省済南県へ移住。大学受験に失敗したため舞台女優を志し、北京にある国立の俳優養成所へ入ります。

1985年に北京の名門である北京中央戯劇学院の演劇科に入学。この学院は中国系だけでなく海外の名作を舞台化するという画期的な学校で、輩出した俳優は蒼々たるメンバーです。

フィルモグラフィー

紅いコーリャン

学院2年生の時、1987年にチャン・イーモウ監督が「紅いコーリャン」(紅高粱)のヒロインを探しにきていて、コン・リーを発見。同作品で鮮烈にデビューを果たしました。彼女はロシアの劇作家アルブーゾフ『イルクーツク物語』の稽古をしている最中だったとのこと。

コン・リーはこの作品の役作りのために実際に農村に住込み、ロバや動物たちと一緒に暮らしたそうです。自分の人生を変えたのはこの作品だったと、彼女は後日談で語っています。

チャン・イーモウ作品にたんさん出演

チャン・イーモウとの出会いも彼女の女優人生の中で大きなもので、同監督の作品には欠かせないヒロインとして色んな作品に出演しました。「ハイ・ジャック-台湾海峡緊急指令」「菊豆」「紅夢」「秋菊の物語」「生きる」(活着)「上海ルージュ」(揺啊揺!揺到外婆橋)などです。

コン・リーの演じる女性

コン・リーの演じる役柄は過去に大きな心の傷を負った女性や、慣習的なしがらみに呪縛された女性などが多く、口数が少ないです。なかでも典型的な作品が1991年の「紅夢」でしょう。この作品では地方の地主の第4夫人として嫁いだ女性を見事に演じ、ヴェネチア国際映画祭で百花賞の主演女優賞を獲得。

作品自体は、アカデミー賞・外国映画賞にノミネートされただけでなく、ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞しました。1991年、広東省での洪水救済のために作られた「豪門夜宴」にゲスト出演し、レスリー・チャンやアンディ・ラウらと共演しました。

チェン・カイコー監督作品

その後、チェン・カイコー監督の大河三部作「さらば、わが愛 覇王別姫」(覇王別姫)「花の影」(風月)「始皇帝暗殺」などで世界的な評価を得ました。

チェン・カイコー監督「さらば、わが愛 覇王別姫」(覇王別姫)でジューシェン(菊仙)役を務めたコン・リー。

チェン・カイコー監督「さらば、わが愛 覇王別姫」(覇王別姫)でジューシェン(菊仙)役を務めたコン・リー。

チェン・カイコー監督は「さらば、わが愛 覇王別姫」のジューシェン(菊仙)役にコン・リーを起用することを拒みました。「彼女はチャン・イーモウの人」という理由でした。プロデューサーのシュー・フォン(徐楓)は素晴らしい俳優なら誰でも使おうと強く主張。結局コン・リーがジューシェン役を務めました。

同監督の作品によく出演し、1997年に「チャイニーズ・ボックス」(中国匣)で初の英語台詞に挑戦しました。

1993年に公開されたオリバー・ストーン監督の「天と地」(Heaven & Earth)は脚本が気に入らないという理由で出演を拒否しました。製作側はコン・リーの英語が下手だと言っており、真相は分かりません。

香港映画に出演

1993年にチャウ・シンチー(周星馳)と共演した「唐伯虎點秋香」以後は、厳格な中国映画だけでなくエンターテイメント中心の香港映画にも慣れていきました。1994年の「シスター・オブ・ドラゴン-天女武闘伝」(天女武闘伝)でブリジット・リンと共演し、カンフーまで披露しました。

公私ともに濃密だったチャン・イーモウとの関係は1995年の「上海ルージュ」で幕を閉じました。この作品でコン・リーは演技を乗り越えた美貌と称賛され、作品の受賞も多数ありました。

ウォン・カーウァイ作品

ウォン・カーウァイ監督映画には「2046」「若き仕立屋の恋」に出演しました。

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