ドルチェ・アンド・ガッバーナ : Dolce and Gabbana

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ドルチェ・アンド・ガッバーナ

ドルチェ・アンド・ガッバーナ Dolce and Gabbana はイタリアのミラノに創業した既製服ブランドまたはデザイナーズ・ブランドです。創業者兼デザイナーはドメニコ・ドルチェ(Domenico Dolce)とステファノ・ガッバーナ(Stefano Gabbana)の2人。

ドルチェは1958年にイタリアのシチリア生まれ、ガッバーナはイタリアのベネツィア生まれ。ドルチェの父はシチリアで縫製工場を経営していました。

ドルチェ・アンド・ガッバーナ Dolce and Gabbana。向かって右がドメニコ・ドルチェ(Domenico Dolce)、左がステファノ・ガッバーナ(Stefano Gabbana)。

ドルチェ・アンド・ガッバーナ(Dolce and Gabbana)。向かって右がドメニコ・ドルチェ(Domenico Dolce)、左がステファノ・ガッバーナ(Stefano Gabbana)。via File:Dolce e Gabbana (26441884825).jpg – Wikimedia Commons

出会いから創業まで

1980年にドルチェとガッバーナはミラノのファッション・デザイナーの店舗で知り合いました。1982年に創業し、1985年10月に「ドルチェ・アンド・ガッバーナ」の名でミラノ・コレクションに初参加。翌1986年3月に初めて自己企画のコレクションを実現し「リアル・ウーマン」と名づけました。

1996年3月、10周年を記念して『ザ・テン・イヤーズ・オブ・ドルチェ・アンド・ガッバーナ』が出版されました。本書はとても分厚く懐かしい広告や秘蔵写真がたくさん収められています。その後も10年単位で写真集が刊行され続けています。

 Isabella Rossellini ed., 10 Years of Dolce & Gabbana, Abbeville Pr, 1996.

店舗展開

1988年10月、ミラノ近郊のレニャーノにあるドメニコ・ドルチェ家族所有の衣料品会社「ドルチェ・セヴィリオ」と既製服の製造契約を締結。

1994年2月にミラノのスピガ通りでフラッグシップ・ストアを開店。同1994年6月に本社敷地内にホーム・コレクションを設置。1995年1月にミラノのコルソ・ヴェネツィアに男性用と女性用の衣料品、ジーンズ、アクセサリーの店舗をオープン。1995年9月にミラノのサンダミアーノでデザイナー用のアトリエをオープン。

マドンナ(ドルチェ・アンド・ガッバーナ衣装、ジャン・バプティスト・モンディーノ撮影)。2000年9月発売アルバム『ミュージック』用宣伝写真。

マドンナ(ドルチェ・アンド・ガッバーナ衣装、ジャン・バプティスト・モンディーノ撮影)。2000年9月発売アルバム『ミュージック』用宣伝写真。 via Today in Madonna History: September 19, 2000 | Today In Madonna History and グラハム・マーシュ、ジューン・マーシュ、ポール・トリンカ『デニム・バイブル』 田中敦子訳、 スペースシャワーネットワーク、2006年、176・177頁

1997年4月、ドルチェ・アンド・ガッバーナの女性用・男性用プレタ・ポルテ(既製服)を生産する「ドルチェ・セヴィリオ」を移転。レニャーノのXXセッテンブレ123番地(現ドルチェ・アンド・ガッバーナ・インダストリア・スパ)に工場を新設。建築家ジャン・マリア・トルノ(Gian Maria Torno)が設計、120,000平方メートルの敷地を誇ります。工場は最先端の情報技術生産システムを投入しています。

1999年5月、ドルチェ・アンド・ガッバーナは産業組織を垂直統合するために事業持株を取得し、ドルチェ・セヴィリオ(現ドルチェ・アンド・ガッバーナ・インダストリア・スパ)の51%以上、そして販売店舗を個人管理するディー・ジー・エス(DGS)の100%を所有するようになりました。翌月の1996年6月にはアイウェア部門のライセンス会社マルコリンの株式を5%を取得しました(2005年4月売却)。

ドルチェ・アンド・ガッバーナは1980年代後半から多角化に進みます。

女性部門の多角化・D&G・既製服の展開

まずは1987年に女性用ニット・ウェアのコレクションを開始。同年ミラノ7番街サンタ・セシリアに新しいショー・ルームをオープン。1989年6月にはランジェリー(下着)とビーチウェア(水着)のコレクションを開始しました。

1992年10月にブライダル・コレクションを開始(1998年に終了)。

1993年5月にミラノ2番地のウニマシタリア広場で男性用・女性用販売部門のショールームをオープン(2002年5月現在、ゴルドーニ通りに移転予定)。ショールームは2006年までドルチェ・アンド・ガッバーナのプレス・オフィスと商業部門を管轄しました。

1994年1月、若くて現代的なセカンド・ライン「ディー・アンド・ジー」(D&G)をオープン(イゼルニアのイテーレ社が製造販売)。同社では男性用コレクションのプレゼンテーションも行なわれます。

多角化

1990年代のドルチェ・アンド・ガッバーナはメンズその他の部門へ進出や他企業へコンサルタントなど、広域な多角経営に進みました。多国籍化も期を一にします(後述)。

1990年4月にニューヨークでメンズのファッション・ショーを行ない、これを機にメンズ部門に進出。同年10月にはイタリアのアンコーナにあるジェニー・グループと貿易協定を結び「コンプライス」シリーズのファッション・コンサルタントを務めます(1994年に契約終了)。

香水(フレグランス)

1992年10月に「ユーロイタリア」が製造販売した女性用香水「ドルチェ・アンド・ガッバーナ・パフューム」を発売。1994年11月にユーロイタリアが製造販売した男性用フレグランス「ドルチェ・アンド・ガッバーナ・プールオム」を発売。

1997年11月に女性用・男性用の新しい香水「ドルチェ・アンド・ガッバーナ」を発売。1999年2月に2種類のD&Gフレグランス、「D&Gマスキュリン」と「D&Gフェミニン」を発売。

「ドルチェ・アンド・ガッバーナ・プールオム」ライトブルー 125ml ET SP【並行輸入品】

多国籍化

1990年11月にニューヨークのブロードウェイ532番地にショー・ルーム開店。1996年6月にD&Gおよびドルチェ・アンド・ガッバーナ1997年春夏コレクション向けにニューヨークでファッション・ショーの演出。1997年9月ニューヨークのマディソン街とウェスト・ブロードウェイ・ソーホーにブティックをオープン。翌1998年3月にマディソン街に新しいショー・ルーム開設。

ライセンス経営

1991年9月にアクセサリー部門を設け初めてライセンス契約にもとづく女性向けスカーフのコレクションを実施。次いで1992年1月に男性用ネクタイのライセンス・コレクション、1992年10月に男性用ビーチウェアのライセンス・コレクション。1993年に男性用下着のライセンス・コレクション。

1995年12月にイタリアのマルコリン社と男性用・女性用の眼鏡・サングラス部門で製造販売のライセンス契約(2006年1月まで)。1998年5月からはD&Gの眼鏡・サングラス部門もマルコリン社が製造販売するようになりました。

他の展開

1993年にマドンナのワールド・ツアー「ガーリー・ショー」のために1,500点の衣装をデザインしました。1999年にホイットニー・ヒューストンの世界ツアー用の衣装やアクセサリーを独占的にデザインしました。

マドンナのワールド・ツアー「ガイーリー・ショー」の「ヴォーグ」の場面(1993年)。ドルチェ・アンド・ガッバーナのデザイン。

マドンナのワールド・ツアー「ガイーリー・ショー」の「ヴォーグ」の場面(1993年)。ドルチェ・アンド・ガッバーナのデザイン。via MADONNA DICE LA SUA SU DOLCE & GABBANA – melojo.com

1996年6月に「D&G Music」と題したシングルCDを発売。1997年6月にCD「D&G More More」のシングルCD発売。

作風

ドルチェ・アンド・ガッバーナは1990年代の下着ルックの流行をリードし、ミラノ・ファッションに新風を吹き込んだと言われます。デザインのルーツと称される「シチリア女性」とは「官能的で強い女性」のことを意味します。この点に歌手のマドンナがピッタリ合うわけです。

「シチリア女性」の姿は黒や赤といった色使い、コルセットで強く締められた腰、アウターとして付けられたブラジャー、豹柄(レオパルド柄)に代表されるアニマル・プリントなどに現われています。

家族パーティ中のマドンナ。

家族パーティ中のマドンナ。via Madonna for Dolce & Gabbana – New Picture | all about Madonna

一目惚れ作品はありません

作品単体で見た場合、ドルチェ・アンド・ガッバーナの作品はド派手なので好きなものがありません。どうしてもこのファッション・デザイナーというかブランドが気になるのはマドンナの衣装をたくさん手がけてきたからです。「官能的で強い女性」のマドンナに合います。

ただ、ドルチェ・アンド・ガッバーナの作品がどの点で深みのあるモードかと問うと深みがありません。ブラジャーをアウターとして付けようと、編み上げブーツを開発しようと、ジャン・ポール・ゴルチエと似たボンデージ・ルックになってしまいます。ゴルチエが新しいのではなくSM業界では定番だったという意味で、ゴルチエもドルチェ・アンド・ガッバーナも表沙汰にした程度かと…。

つまり白黒(写真)の世界から出られないのです。まぁ、白黒写真でも派手になると言えますが、それは同時に被写体を多数集めることで実現しているに過ぎないとも言えます。

関連リンク

  • Dolce&Gabbana Official Site & Online Store : ドルチェ・アンド・ガッバーナの公式サイト。女性用、男性用、子供用、ディスカバー、ビューティー、時計、アイウェア、ジュエリー、オンラインストア。コレクションやファッション・ショー情報も豊富。
  • Dolce & Gabbana brings couture to London : 2017年11月13日付「ハーパース・バザー」の記事。前日にロンドン市内のオールド・ボンド・ストリートで行なわれたドルチェ・アンド・ガッバーナのプライベート・ショーの様子。同ストリートでの再開店を祝福して行なわれました。店内のクチュール・ショーではアルタ・モーダ(Alta Moda, オート・クチュール・レディース・ウェア)、アルタ・サルトリア(Alta Sartoria, オート・クチュール・メンズ・ウェア)、アルタ・ジョイエッレリア(Alta Gioielleria, ファイン・ジュエリー)ラインを組み合わせ、イギリス・スタイルに仕上げています。
  • Elton John’s Dolce and Gabbana boycott backed by Martina Navratilova, Courtney Love and Ricky Martin – Telegraph : 2015年3月16日付「テレグラフ」誌の記事。ゲイのカップルが子供を持つことについてガッバーナが否定的な見解を述べ、それに対して歌手のエルトン・ジョンが反発して不買運動(ボイコット)をしました。体外受精に対する意見の違いが「化学の子」と言ったのか「合成の子」と言ったのか、カタログから「雇われた子宮がカタログから選ばれるのだぞ」と指摘した点などについて詳しく記されています。ストレートで貧乏な私には付いていけません…。