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スタイル用語集 : 1日1個 平日配信
新しいファッション史

モードの世紀は、人類のファッション史をまとめ直し、躍動感ある歴史を描きます。
主にフランス、イギリス、イタリア、アメリカ、中国、台湾、日本に注目します。

これまでのファッション史は西洋か日本か、意味不明の二項対立に固執しました。
和洋。何て厚かましい言葉でしょう。

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クレア・マッカーデル : Claire McCardell

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クレア・マッカーデル : 概要

クレア・マッカーデル Claire McCardell は、アメリカ合衆国のメリーランド州に生まれたファッション・デザイナー(衣服設計師)です。コットンやウールのジャージー生地をよく用い、機能性や実用性を重んじる現代のスポーツウェアの基礎を作ったとされています。1枚の赤い布で作ったサロン風のドレス(次の写真)や伸縮性のチューブ形のタンク・トップなどが有名です。

クレア・マッカーデル Claire McCardell

クレア・マッカーデル Claire McCardell via Claire McCardell fashion sketches, 1931-1958 KA.008

経歴

クレア・マッカーデルは1926年にパリで勉強し、マドレーヌ・ヴィオネとガブリエル・シャネルに触発されました。シャネルが以前にしたように、マッカーデルは自分のライフ・スタイルのために服をデザインしました。彼女は Time magazine の1955年5月2日号の表紙を飾り、アメリカン・ファッションの出現に関する記事が取り上げられました。その生地で「私は自分に必要なものをいつもデザインしてきました。多くの人々もそうしています」と述べています。

クレア・マッカーデル「イヴニング・ガウン」1950年 絹

クレア・マッカーデル「イヴニング・ガウン」1950年 絹 Evening dress by Claire McCardell, 1950, silk via Claire McCardell | Evening dress | American | The Met

パリからニューヨークに帰国後、クレア・マッカーデルはニューヨークのパーソンズ・デザイン学校を卒業し、 1929年から独立デザイナーのロバート・ターク Robert Turk の店で働きました。1931年からは既製服メーカーのタウンリー・フロックス社 Townley Frocks Inc. でスケッチ画家として働きました。ハッティ・カーネギー Hattie Carnegie に移籍した数年後、タウンリーに戻り、ヘッド・デザイナーになりました。この間に作成されたスケッチは9,800枚以上にのぼります。これらはニューヨークの New School に Fashion Design History Collection (The New School Archives Digital Collections) に保管されています。

クレア・マッカーデルがタウンリー・フロックス社に勤務した時期の彼女のスケッチ類。

クレア・マッカーデルがタウンリー・フロックス社に勤務した時期の彼女のスケッチ類。Claire McCardell fashion sketches ➔ Townley Frocks 1931 via New School Archives: Digital Collections: Drawing/Painting/Print: Townley Frocks 1931 [KA0082_000004]

このスケッチ類からは、 エルザ・スキャパレリ Elsa Schiaparelli や、ココ・シャネル(ガブリネル・シャネル) Coco Chanel たち、パリのデザイナーの名前が記されていて、マッカーデルが彼女たちの作品類を勤勉にコピーしたことがわかります。模倣によってパリからのニューヨークの独立を実現させたわけです。

その後、1938年にバイアス・カットを用いてウェストをラフにしたドレスを制作して人気が出ました。1940年に独立し、1940年代・1950年代に次々と斬新なデザインを発表し、アメリカン・ファッション(アメリカン・ルック)の一大傾向を作りました。彼女の死亡した1958年までタウンリー・フロックス社との契約関係も継続ました。

クレア・マッカーデル 「遊戯服」。クレア・マッカーデルは スポーツウェア を普及させたデザイナーとして知られます。

クレア・マッカーデル 「遊戯服」。クレア・マッカーデルは スポーツウェア を普及させたデザイナーとして知られます。Playsuit by Claire McCardell, 1948. Cotton, metal via Claire McCardell | Playsuit | American | The Met

作風

マッカーデルの作品の数々は必要から生まれています。たとえば、ヨットに乗って風にそよがれる時にツイード地の衣装を着たり、耳が冷たくなるスキーをする時にはウールのジャージー地のフードを着たりしています。彼女の特徴を示す最も重要な点ですが、ヨーロッパ旅行で荷物が多すぎた時、マッカーデルはセパレーツ(分離した衣服)を作って、トップとスカートが何枚も交換可能なドレスをデザインしました。さらに、トップにはズボンで着用しても合うようにできていました。彼女の衣装類は、ジャージー地のホルター・ネック仕様のトップとジャージー地のスカートに基づいていたのです。

クレア・マッカーデル「アンサンブル」麻 1948-1950年頃。

クレア・マッカーデル「アンサンブル」麻 1948-1950年頃。Ensemble, Claire McCardell, Townley Frocks, 1949–50, linen via >Claire McCardell | Ensemble | American | The Met

クレア・マッカーデルのジーンズ

同時に、クレア・マッカーデルは1940年代のアメリカでは女性ジーンズの大流行も生みました。

  • 1942年、ジーンズ生地で“Pop Over” dress(ポップ・オーバー・ドレス)を制作。ジーンズにくるまれた繋ぎのドレス。
  • 1943年、ジーンズ素材のshirt waist dress(シャツ・ウェスト・ドレス)を制作。シャツ・ウェスト・ドレスとは、当時流行していた、衿と袖口留(カフス)の付いた、腰まで釦のあるドレス。
  • 1944年、男性作業員向けの頑丈な2本縫を施して、アメリカン・スリーブの上衣と丈長のスカートの組み合わせ(アンサンブル)を制作。(次の写真)
クレア・マッカーデル「アンサンブル」1944年。

クレア・マッカーデル「アンサンブル」1944年。ensemble, 1944, with workmans dubble topstiches, by Claire McCardell via Claire McCardell originated The American Look (part 1) |

ジーンズ史におけるクレア・マッカーデルの活躍は「ジーンズ : jeans」に記していますので、そちらもご参照ください。

参考ページ

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