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スタイル用語集 : 1日1個 平日配信
新しいファッション史

モードの世紀は、人類のファッション史をまとめ直し、躍動感ある歴史を描きます。
主にフランス、イギリス、イタリア、アメリカ、中国、台湾、日本に注目します。

これまでのファッション史は西洋か日本か、意味不明の二項対立に固執しました。
和洋。何て厚かましい言葉でしょう。

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モードの歴史

モードの歴史

貫頭衣 : 研究はカオス 洋服・漢服・和服の源流か

貫頭衣 (かんとうい)の研究状況は混乱しています。この3週間ほど、貫頭衣と呼ばれる古代日本の衣服について思いを巡らしてきました。1970年代頃までの研究では1枚の布のど真ん中を繰り抜いて被るという説(1幅説)でしたが、最近は、左右別個に作って真ん中で縫い合わせているという2幅説が有力(角山光洋と武田佐知子)。
2018.11.28
モードの歴史

旗袍とミニ・スカートの関係 : 結論は未だ不明

旗袍とミニ・スカートの関係 : このページでは旗袍とミニスカート(ミニドレス)の関係を映画作品から考えています。チャイナ・ドレスのミニ・ドレス化は欧州でのミニの流行に直接影響を受けたのかどうか。
2018.11.28
モードの歴史

フェティシズム : fetishism

フェティシズム(略してフェチ)とは「迷信の対象、盲目的崇拝の対象、呪物対象」などの意です。また「部分的な物や切り離された物への愛着」の意味もあります。フェティシズム(fetishism 呪物崇拝)が極度になれば「性的倒錯」「異常性欲」の意も持つといわれてきました(その批判は後述)。
2018.11.28
モードの歴史

ナイロン・ストッキング : デュポン社の開発から販売まで

ナイロン・ストッキングとは1930年代にアメリカで開発されたナイロンで作られたストッキングのことです。ナイロン・ホーズとも呼ばれます。1940年に販売されて以来、それまでの絹製・木綿製などのストッキングを駆逐していき、今では女性用ストッキングの圧倒的な位置に立っています。
2018.11.28
モードの歴史

貫頭衣からテーラリングへ : 大丸弘「西欧型服装の形成」を読む

大丸弘「西欧型服装の形成」の印象を部分的に要約。先週と今週で一番衝撃だったのは、貫頭衣の説。貫頭衣は原始的な衣服で、布を縦長(多分)に使って、真ん中を頭部程度にくり抜いてザックリ被った上体衣です。貫頭衣の普及からTailoring技術の形成まで、ヨーロッパの裁縫の発生を丁寧に読み説いています。
2018.11.06
モードの歴史

中森明菜 Desire : ニュー・キモノの例

中森明菜は Desire の曲だけ、テレビでもシングル・レコードのジャケットでもニュー・キモノを着ていました。しかし、中森明菜を例に出してニュー・キモノがブームになったとか、今後も着物・浴衣の復活可能性はあるとか言われても、薄幸・明菜のファンだった私としては…
2018.11.08
モードの歴史

ミニスカートの考案者 : クワントかクレージュか…あるいは?

ミニ・スカートの考案者 : イギリスのマリー・クワントだと言われます。たとえば、1950年代後半からロンドンでDolly Birdと呼ばれた女子たちが既製スカートの丈を自分で短くする流行を受け、1958年頃にマリー・クワントは最初のミニ・スカートを販売したようです。ただし、男女を問わず人類は、貫頭衣を着ていた時代から既に膝頭を出してミニのドレスやスカートを着ていたのですから、本当の開発者は古代人といわねばなりません…。ここでは、戦後のミニ・ドレスやミニ・スカートはどのように搭乗してきたのかという点に絞って見ていきます。
2018.12.01
モードの歴史

和装の洋装化 : 羽織と下着の登場

和装の洋装化 : このページでは、羽織、20世紀前半の下着、現代の下着の登場から和装の洋装化を考えています。20世紀になると、19世紀和服(着物)の持っていた綿入の習慣が消滅し、着物は薄着になりました。それに伴い、羽織やコートを着る習慣、および下着を付ける習慣が形成されました。
2018.11.06
モードの歴史

和服の洋服化 2 : 綿入の消滅とテーラリング化

和服はチョゴリ、旗袍、アオザイ等と同様に、洋裁の導入で変化した民族衣装の一つです。ここでは特に和服の洋服化を簡単にまとめ、その内、変化要素の一つである綿入の消滅を中心にスリム化&ボディ・コンシャス化の点からまとめています。
2018.11.08
モードの歴史

和服の洋服化 1 : 衿元・胸元と端折り

19世紀和服と20世紀和服にみられる 衿元・胸元と端折りの関係 を検証します。19世紀和服に比べ20世紀和服は様々な緩みや弛みを排除しましたが、衿元・胸元がピンと張って、他方で端折りもほぼ平坦にさせるというのは、布が平坦である以上、不可能です。
2018.10.21
モードの歴史

オート・クチュール : 自作自演の自称アート集団

オート・クチュールはフランス語で、日本語では「高級仕立店」や「高級衣料品」の意。狭義には「La Chambre Syndicale de la Couture Parisienne」に加盟し、組合規定の規模や条件を備えて運営されていた企業・店舗をさします。
2018.11.28
モードの歴史

綿花調達 : 中世における東アジアと欧州の方法

綿花調達 : 中世における東アジアと欧州のにみられた方法の違いを述べています。
2018.12.12
モードの歴史

近代日本の導入した洋裁 : 大丸弘「西欧型服装の形成」

近代日本の導入した洋裁 : 1900年頃、近代日本は洋裁の色んな側面から、どの技術や物・部分を導入したか?このページでは、大丸弘『西欧型服装の形成―和服論の観点から―』をテキストに、近代日本が導入した洋裁の技術や物が何であったのかをまとめています。1900年というのは、和服の形が洋服に近づき始め、また、日本人が洋服に慣れ始めた大転換の時期です。
2018.11.08
モードの歴史

調布 : 律令制下の徴税体制における繊維品の考え方

繊維・アパレル関係の授業において、私は、租庸調の税制のうち、庸調に関しては布が課せられた点を強調しましたが、その位置づけは分かりにくいため、こちらではっきりと文章にしておきます。
2018.11.08
モードの歴史

黄金比 : 東アジア民族衣装への応用

黄金比 golden ratio(黄金分割)という人類の慣性は、中華圏の旗袍、日本の着物、朝鮮のチョゴリ、ベトナムのアオザイ等、東アジア民族衣装の変貌の基点に働いています。この記事では、写真も交えて、 東アジア民族衣装への黄金比の応用を簡単にまとめています。この黄金比は上半身を短く見せ、脚を長く見せる工夫が凝らされています。
2018.11.28
モードの歴史

蔓楼蘭 : 旗袍のブランド 上海市黄浦区南京東路

蔓楼蘭(蔓楼兰/manloulan)も老上海をイメージさせるチャイナ・ドレスの販売店です。頁末に示した公式サイトによりますと、1997年に創業した比較的新しいブランドで、2013年に国际企业家展示海派旗袍でコレクションを披露しました。蔓楼蘭の旗袍は海派旗袍がテーマです。そのため、ドレスの作りは1940年代以降に定着していった接袖型の旗袍です。
2018.11.28
モードの歴史

ファッション・ステージとしての銀座 : 今和次郎の目線

今和次郎が1920年代に見た銀座に思いを馳せています。先日、妻が鎌倉に行ってきました。次の写真は2017年1月24日に七里ケ浜辺りの海岸から江の島に向けて写したものです。この海岸線と江の島の位置に、面食らいました。実際に見直すと随分と角度が違いますが、どこかで見た写真でした。
2018.11.28
モードの歴史

オート・クチュールの誕生 : ベンヤミンのモード 4

オート・クチュールの誕生 : ヴァルター・ベンヤミン Walter Benjamin は『パサージュ論』の中で、モードの特徴をつかむ短文をいくつか書きならべています。ヴァルター・ベンヤミンが無意識に捉えたオート・クチュールの誕生に関する文章を説明します。
2018.11.28
モードの歴史

東アジア民族衣装の展開 : 袖と衣裳から

このページでは中国のモードと西洋のモードが20世紀東アジアの民族衣装に大きな影響を与えた点を袖の在り方と上下の組み合わせ(衣裳)から説明しています。また、古代中国の服飾体系(服装体系)をもとに、最後の補説では西洋の黄金比も交えた近現代の民俗衣装(民族衣装)への影響を簡単にまとめています。
2018.03.06
モードの歴史

ゴーゴー・ブーツ : アンドレ・クレージュの衝撃

ゴーゴー・ブーツ : アンドレ・クレージュの1964年春コレクションは世界中のファッション業界に衝撃を与えましたが、最大の革命だったのは服よりもむしろ靴でした。彼の制作したゴーゴー・ブーツは、踵が低く脹脛(ふくらはぎ)高さのブーツ。白のプラスチック製で、装飾は上部の近くにはっきりした切り抜き溝があるだけでした。
2018.11.28
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