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ブリジット・バルドー:1960年代を象徴する自由奔放な映画女優

人物と企業
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ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)は1934年9月28日にフランスのパリに生まれた女優です。父は航空会社経営者、母は保険会社重役の娘という裕福な家庭に育ちました。

バルドーは派手な男性関係で世間を賑わせました。伸びやかな身体と自由奔放な生き方は1960年代という若者の時代を象徴しました。1973年に引退してからは動物愛護運動のキャンペーンで時々マスコミに顔を出し、ひっそりと独身生活を送りました。

モデルへ

ブリジット・バルドーは幼い頃からバレエを習い、16歳の時に帽子デザイナーのジャン・バルテのモデルになり「ル・ジャルダン・デ・モード」誌に写真が載りました。これを機に女性誌 『エル』などのカバー・ガールをしました。

その後「パリ・マッチ」誌(Paris Match)の記者だったロジエ・ヴァディムと出会い女優業も始めます。彼と恋に落ちたバルドーは初恋だったそうです。

映画女優

バディムとバルドーの2人は1952年12月16日に結婚します(53年説あり)。映画助監督となったヴァディムはバルドーにオーディションを受けさせ「素晴らしき遺産」(Le trou normand)に起用しました。その後数年間は端役が多く売れませんでした。

マリリン・モンローと比べると

その後、1950年代前半は「ユリシーズ」(1953)「 トロイのヘレン」(1954)「夜の騎士道」(1955)などの作品で、セックスだけが売り物のチョイ役が続きました。マリリン・モンローとくらべると、ブリジット・バルドーは元来不器用な女優でした。演技も、エロティックなしぐさもワンパターン。

モンローが与えられた役にみごとに溶け込んでいたのに比べると、彼女はいつも場末のミュージック・ホールの踊り子みたいに浮きあがっていました。バルドーは「わたしのお医者さま」「この神聖なお転婆娘」「私は夜を憎む」(以上1955年)あたりから、どうやら目立つ役を得ていきますが、そのいずれも、ロリコンおじさんの興味を引くようなお色気や不器用さを逆用したコメディー・タッチの役柄でした。

「素直な悪女」で主演デビュー

モデル時代から交際のあったロジェ・ ヴァディム監督の第1作「素直な悪女」(1956)に主演するや、 そうした不安定なキャラクターは、いっきょにギラギラと輝く現代的な魅力に変貌しました。

メス猫のような目、挑発するような肢体が強調され、文字通り女の肉体にひそむ “魔性”を演じるようになったのです。当時、バルドーと結婚していたヴァディムは、愛妻の若々しい体をシネスコの画面いっぱいにとらえるという大胆なことをやってのけ、世界中の男どもを狂わせたといわれます。

1956年にヴァティムは監督となり第1作「素直な悪女」(Et Dieu… créa la femme)の主役に彼女を起用しました。これでバルト―を一躍トップ・スターの座に押し上げました。二人にとってそれぞれの第1作となったわけです(衣装担当はピエール・バルマン)。

この作品はシネマ・スコープの画面一杯に横たわる彼女の全裸がセンセーションを呼びました。映像の古いモラルを突き破る新鮮なエロテイシズムを表現したといわれます。これを機にバルドーはベベ(BB)の愛称とともにフランスを代表するセックスシンボルとして大活躍します。ベベ(BB)はアメリカのマリリン・モンロー(MM)に対抗した愛称でした。

「素直な悪女」撮影中に…

ところが「素直な悪女」の撮影中、共演のジャン=ルイ・トランティニャンと深い仲になっていたといいます。そしてバルドーはヴァディムと離婚します。それからというもの、名声が高まるにつれて彼女の男性遍歴も激しくなっていきます。

「私生活」から「軽蔑」へ

1960年9月28日、26歳の誕生日にノイローゼがこうじてバルドーは手首を切って自殺を図りました。この時の体験を映像化したルイ・マル監督の「私生活」(Vie privée, 1961年)が演技者としてバルドーの最高傑作になったといわれます。

この頃バルドーは「真実」(1968)でアンリ=ジョルジュ・ クルーゾ監督と、「私生活」(1961)でルイ・マル監督と、「軽蔑」(1964) でジャン=リュック・ゴダール監督といった具合に、 第一線の監督たちと仕事をすることによって個性をみがきあげていきました。

それまでの肉体派女優が体をかくすことでエロティシズムを強調していたのに対して、バルドーはは何のためらいもなく全裸になることでエロテイシズムを太陽の下に解放しました。そのため、むしろ彼女の豊かな乳房やおしりは、女のかわいさを表現しました。バルドーには、 陽の光と地中海の海が似合う奔放な女神という名称がぴったりでした。俳優・歌手、監督と、多くの名だたる男たちが彼女に幻惑されました。

ブリジット・バルドーのファッション

衣装

1960年以前に登場したモードの典型例は、ブリジット・バルドーがジャック・シャリエとの結婚式に着てスキャンダルを巻き起こしたドレスといわれます。このドレスは非常にシンプルなものでしたが、コットン製のギンガム・チェックという、ウェディング・ドレスでは意表を突いた生地を使用していました。

ブリジット・バルドーとジャック・シャリエとの結婚式。コットン製のギンガム・チェック。(「ジョル・ド・フランス」通算241号、1959年6月27日号表紙。

ブリジット・バルドーとジャック・シャリエとの結婚式。コットン製のギンガム・チェック。(「ジョル・ド・フランス」通算241号、1959年6月27日号表紙。via Brigitte Bardot | Romantique and Rebel

このドレスで白色と赤色の線が規則的に交差し、新婦を全体的にピンクに染めています。この結婚衣装は群衆にショックを与え、たちまち話題になりました。おそらくスタイルというものを最もビジュアルに示した最初の例だともいわれます。

また1967年にブリジット・バルドーは金属を編んで作ったパコ・ラバンヌのマイクロミニ・ドレスを着て、兜のような帽子をかぶって現れたことがありました。この帽子は項(うなじ)を覆い隠して、弓なりになった先端が額の真ん中にかかっていました。

パコ・ラバンヌ制作の金属編みマイクロミニ・ドレス。モデルはブリジット・バルドー。

パコ・ラバンヌ制作の金属編みマイクロミニ・ドレス。モデルはブリジット・バルドー。via Le 69 de Paco Rabanne est toujours aussi érotique – ║█ UNIK █║

バルドー・スタイル:髪型と足

バルドーは髪型にも影響を与えました。バルドー・スタイルは長い髪の毛を緩くカールし、顔の周りを短く乱れた風に髪で顔を覆うヘア・スタイル。一見無雑作でアンニュイな感じが受けました。1959年に流行した。

また、素足でパンプスを履くことをさす場合もあり、髪型と同じくラフなスタイルです。

ゴシップ:浮き名(艶聞)や受賞など

1959年に結婚した俳優ジャック・シャリエ、1966年に結婚した実業家ギュンター・ザックスとはいずれも離婚。他にも歌手ジルベール・ベコー、俳優ラフ・ヴァローネ、監督アンリ=ジョルジュ・クルーゾーなどと浮名を流しました。

このようにバルドーは、 スクリーンと私生活を区別できないほどの類いまれな”スター“となりました。映画の彼女も私生活の彼女もバルドー自身でした。それが結果的には彼女をノイローゼに追いこみ、自殺未遂事件となったのでしょう。

しかし、そうした事件ですら、”私生活”の中であからさまにしてしまうスゴい女優でした。スキャンダリズムをみごとに生ききった人です。バルドーは逆に虚像として過去に作り上げられてきた女優のイメージをみごとにぶち壊し、映画史上画期的な個性となったのでした。

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バルドー自身の浮き名もさることながら、1人目の夫ロジエ・ヴァディムもなかなかやります。1986年に出版された彼の告自的自伝のタイトルは何と『我が妻バルドー、ドヌーブ、J・フォンダ」(中央公論社)。同書でバルドーは当時の生活ぶりを暴露されて話題を呼びました。≥ to amazon.jp

バルドーは1957年と1959年にフランス・シネマ大賞の最優秀女優賞を獲得しました。

ファッション雑誌にみるリバイバル

「ハーパース・バザー」2006年5月号、180頁-187頁

「私はバルドーな女」と題したリバイバル特集が組まれています。モデルはジェマ・ワード(Gemma Ward)、撮影はカール・ラガーフェルド。日本語版は「ハーパース・バザー」2006年5月号の180頁-187頁、英語版はHarper’s Bazaar, March, 2006, pp.376-386.「… And God Created Woman」。

次のページで特集の全画像が閲覧できます。「Ma Cherie, Dior: Gemma Ward, “…And God Created Woman” by Karl Lagerfeld, Harper’s Bazaar, March 2006」(外部リンク)

Gemma Ward, "...And God Created Woman" by Karl Lagerfeld, Harper's Bazaar, March 2006

ヘア・スタイルはブロンドの長い髪の毛を緩くカールし、顔の周りを短く乱れた風に覆っているので、バルドー・スタイルになっています。でも衣装も視線もバルドー本人に比べてこじんまりと完成度が高まっていて野性がありません…。バルドーの印象を写真にした程度に留まっているのが残念です。

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