ヨウジ・ヤマモト : Yohji Yamamoto

1943年、神奈川県横浜市生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、文化服装学院デザイン科に入学。在学中に、装苑賞と遠藤賞を受賞。68年、パリで服飾の研究をするための奨学金を得て渡仏。帰国後、70年に本格的にデザイナーとして活動をはじめた。

1972年、既製服専門の株式会社「ワイズ」を設立。77年から東京で、81年からパリでもプレタポルテ・コレクションを発表。翌82年には、ニューヨークでもコレクションを発表している。84年、株式会社「ヨウジヤマモト」を設立し88年には、株式会社「ヨウジデザイン研究所」も設立。

日本はもとより、パリにおける人気も高く、80年代のトップ・デザイナーの一人。特に、パリのプレタポルテ・コレクションでのデビューは衝撃的で、現地のジャーナリストたちには、彼の作品が「破壊」か「抑制」かサッパリ分からなかったといわれる。しかし、エレガンスという固定観念を覆すという彼のスタンスは、J.P.ゴルチエ、コムデギャルソン、(一歩先行していた)イッセイミヤケらとともに、やがて前衛ファッション(アヴァンギャルド)という評価に収まっていった。

作風は、シンプルな構成が多く、自由な着こなしができ、独特な素材を用いてコンテンポラリーな物に作り上げる技術が評価されている。西洋の服作りを基本にしつつも、東洋的発想を加える。よって、山本耀司自身は「アヴァンギャルド」という評価に対し、違和感を覚えているかも知れない。代表的な作品を挙げてみよう。アヴァンギャルド的な作品では、80年代初頭、黒を基調にした、布が引き裂かれたようにアシンメトリカルに垂れ下がったものが挙げられる。

また、エドワーディアン的と呼ばれる作品もヤマモトのノスタルジックな側面を見せてくれる。代表的なのは、85・86年秋冬パリ・コレクションでみられた、優しげで洗練されたダークカラーのスーツや大きな帽子。19世紀末から20世紀初頭、ノスタルジックな雰囲気が籠もったベル・エポックと呼ばれる時期と同じ頃、イギリスではエドワーディアンという芸術傾向がみられた(エドワード7世に由来)。典型的なファッション・パターンは、装飾的でフリルやフラウンスに埋もれ、レースずくめのS字形シルエット。さらに、ストレッチのボディ・タイツを組み合わせたシャジュブル(89~90年秋冬)。これは、ヨーロッパ中世の僧院で修道僧たちが着ていたものをイメージしたので、西洋の伝統的な服飾の流れを踏まえつつ作品を作る山本耀司の代表的作品。

なお、バイロイト祝祭劇場のワーグナーオペラ「トリスタンとイゾルデ」をはじめとするオペラ衣裳・舞台衣裳や、「BROTHER」「Dolls」「座頭市」など、北野武監督の映画作品でも衣裳を担当。他にも音楽など多方面で活躍している。

山本耀司が服作りをつうじて目指す状況は、本人の言によれば「男の僕が惚れる女が歩いてくれればよくて、20歳の美女もいいけど、45歳のどこかいい経験を積んだ女性も美しいと思えるし、『ああ、いい女だな』ということが、もっともっと一杯成立すべきだ」。

装苑賞受賞(69年)をはじめ、FEC賞(82、91年)、毎日ファッション大賞(86、94年)、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ位(94年)など、受賞・受章は数多い。


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[投稿日]2017/02/18
[更新日]2017/05/04