装いの上海モダン 近代中国女性の服飾

装いの上海モダン 近代中国女性の服飾

本日は妻と一緒に、兵庫県西宮市にある関西学院大学博物館へ 装いの上海モダン 近代中国女性の服飾 を見に行ってきました(2017年10月28日~2017年12月16日)。

妻は自作の1930年代風旗袍で。ただし、寒いのでコートのまま撮影。なお、旗袍は「旗袍 チーパオ : 概要・影響・民国期の変化」をご参照ください。

装いの上海モダン 近代中国女性の服飾 関西学院大学博物館

装いの上海モダン 近代中国女性の服飾 @関西学院大学博物館

今日から展示替えで、一昨日までの展示は見ていませんでした。また展示数は30点ほどで少ないのですが、コンパクトにまとめられていて、(チーパオ)の時期的な変化が分かりやすいです。

装いの上海モダン 近代中国女性の服飾 パンフレット@関西学院大学博物館

装いの上海モダン 近代中国女性の服飾 パンフレット@関西学院大学博物館

この展覧会は、広岡今日子さんが1987年から集め始めた旗袍の一部を公開したものです。収集された旗袍は100点を超えるとのことで、在日旗袍研究者の謝黎さんを思い出します。ただ、カタログ『装いの上海モダン―近代中国女性の服飾―』を見ると、チャイナドレスという言葉には「もやっとした気分」(同書4頁)になられるとのこと、半ば同感です(私の場合、残りの半ばは諦め)。

チャイナドレスといわれる今ほどはタイトでボディコンシャスでは無かった旗袍が、1920年代から1940年代にかけて、洋裁技術や洋服部分を取り入れて、中国風裁縫(中裁)と洋裁を融合させていった過程が、この展覧会で確認できます。タイトでボディコンシャスではなかった旗袍、とは言っても、1920年代から1940年代にかけての旗袍は、生地だけでなく形態にも色々な姿を見せます。

装いの上海モダン 近代中国女性の服飾 カタログ@関西学院大学博物館

カタログ。関西学院大学博物館編『広岡今日子コレクション 装いの上海モダン 近代中国女性の服飾』2017年10月発行。

歴史を勉強していると意外に遠いと感じる戦前。1920年代や1930年代の服装がどのようなものだったのかが、正確には分かりません。ドラマで見てもどこまで正確なのか、判断の基準すら分かりません。「新・上海グランド」は1930年代上海の外灘地域を描いたものですが、詳しく旗袍を勉強すると、ここに描かれているドレス類がことごとく現代のものだと分かってきます。そういう点から、やはり展覧会には足を運ぶことが良いと思いました。近代上海のドラマや映画を時代考証するのは、非常に楽しく、また勉強になりますので、服飾史方面を研究される方には、お勧めです。


ちなみに、「新・上海グランド」の旗袍類のどの辺に間違いがあるかは以下の記事など、合計5点に述べているので、そちらをご参照ください。

展覧会で分かったこと

今回の展覧会で分かったことを大胆に年代で分けるとと、次のようになります。

1920年代

  • 1910年代とは違って、胴体部分(身頃)の真ん中に切り込み・縫い込みが無くなっていることから、織物幅が従来の48センチ程から100センチ程に増えている。つまり生地の横幅が2倍になっている。
  • スリットの無い旗袍が一部に存在した(通常、旗袍史関係の本では≪スリットが短かった≫と言われます)。このスリットの無い旗袍には、下半身の運動性を少しだけ確保するために、腰から下はAラインになっています。
  • スナップが使われていた。

  • 1つの展示品には、スリットが短いまま、パイピングを施してスリットが長いように見せる工夫が確認された。

これは黄金比を使った効果を狙ったもので、後代にはスリット自体を深くして、現代に至ります。

1940年代

  • 立領(Stand Collar, たて・えり)に丸みを持たせるために、前部に左右2か所ずつ織り込む工夫があった。
  • ダーツを施した展示品があった。

1910年代から1940年代

  • 立領のみを販売することがあった。
解説には既製品用とありましたが、その可能性に加え、付け替え用に販売された可能性もあると私は考えます。衛生観念が東アジアに浸透した結果です。日本でも20世紀になってから半襟の重要性が増していきました。
装いの上海モダン 近代中国女性の服飾 パンフレット@関西学院大学博物館

装いの上海モダン 近代中国女性の服飾 パンフレット@関西学院大学博物館

全体の感想

旗袍史の研究は中国、、台湾、日本その他の色んな地域で進められてきました。展示品からは、それら先行諸研究を凝縮させた上で、かなり点数を絞り込んで厳選したように感じました。珍しくメリハリのある旗袍史を堪能できます。

博物館内で配布されている資料リストには、細かいけども大切な注意書きが記されています。「材質欄には(中略)絹織物のうち、無地の繻子織をサテンとし、起毛したものをベルベットと分類した。それ以外のものは、シルクと記した」という点です。普通、ファッション史分野では素人もどきの研究者たちが知ったかぶりをして、シルクをサテンやベルベットなどと同類に置く間違いをよく犯しています。しかし、この展覧会はシルク(絹織物系)をウール(毛織物系)やコットン(綿織物系)と同列に扱い、シルクの下位項目にサテンやベルベットを置いている点で正しい訳です。

先行諸研究によれば、1920年代から清朝期旗袍の転換が激しさを増し、1940年代に中式と西式(洋裁)とが百花繚乱風に凝縮していくわけですが、中国大陸で規制の厳しくなった1960年頃には、むしろ香港が旗袍の華やかな第一舞台となりました。従来の研究では1920年代から1930年代にいたる旗袍を「海派」と「京派」に分ける(上海と北京)傾向があり、かなり猿真似状態になっています(「旗袍変容の諸説と限界」を参照)。しかし、この展覧会カタログからは、1950年代の香港における旗袍の流行を「港派」と名づけて(同上書カタログ、7頁)、メリハリを付けた点が面白いと感じました。1960年代香港の旗袍は王家衛監督の映画『』に十二分に披露されていますので、下記の記事をご参照ください。

関連リンク

番外編

めったに関学にまで来ることが無いので、二人で紅葉撮影。妻はアーチを目指して木を撮り混ぜ、私は妻のアドバイスで窓を意識して。

紅葉 Momiji - Autumn leaves by Leilei @ Kuwansei-gakuin

紅葉 Momiji – Autumn leaves by Leilei @ Kuwansei-gakuin

紅葉 Momiji - Autumn leaves by Shinichi @ Kuwansei-gakuin

紅葉 Momiji – Autumn leaves by Shinichi @ Kuwansei-gakuin

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