モードと中国 : ピエール・カルダンの動向

21世紀の幕開けとともに中国の経済発展の結果に目覚ましいものがあったのは周知の通りです。中国のブランド・ビジネスでは一つの動向としてピエール・カルダン(Pierre Cardin)が注目されます。ここでは、ピエール・カルダンの経済活動を通じて、 モードと中国 を考えます。

ピエール・カルダンと中国

モードとファッション」の記事では、日本の高度成長期のピエール・カルダンの来日とその仏日関係に触れました。そこでは日本の企業がピエール・カルダン社に対してライセンス契約を結ぶことで順応した点を述べました。中国の経済発展は順応を超えて買収の動向に向かっています。かつての日本の経済発展よりも遥かに巨大な資本が動いています。彼の来日と来中は、いずれもフランスのモード界の動揺とカルダン社の模索が根底にあります。

Boutique Pierre Cardin à l'angle de l'avenue de Marigny et de la rue du Faubourg-Saint-Honoré
マリニー街とフォーブルサントノーレ路の隅にあるピエール・カルダン店舗(Boutique à l’angle de l’avenue de Marigny et de la rue du Faubourg-Saint-Honoré) via File:Boutique Pierre Cardin à l’angle de l’avenue de Marigny et de la rue du Faubourg-Saint-Honoré.jpg – Wikimedia Commons

ピエール・カルダンの来中

ピエール・カルダンは中国とロシアで初めてファッション・ショーを開いた衣服設計師(デザイナー)です(pierre cardin / ピエール・カルダン ― Japan official website / pierre cardin is… )。彼は1960年代・70年代の日本と中国の生活様式から無限の表現要素を引き出しました(World | Pierre Cardin)。カルダンが初めて中国へ渡った年は、初来日の1958年から丁度20年後の1978年で、文化大革命の影響が無くなった後のことでした。その時、中国人が洋服に関心を持つと確信したそうです(PIERRE CARDIN IN CHINA | 皮尔·卡丹 Pierre·Cardin)。翌79年にMrs Song Hauigui(現在、 Chinaの総支配人)の助力を得て、北京市西城区复兴门内大街49号(旧北京市西長安街)にある民族文化宮(Cultural Palace of Minorities in Beijing)で初めてファッション・ショーを開きました。その後の中国展開については皮尔·卡丹_百度百科PIERRE CARDIN IN CHINA | 皮尔·卡丹 Pierre·Cardinに詳しいので、そちらをご参照ください。

モードと中国 Pierre Cardin talks to the locals in April, 1979.
ピエール・カルダン、地元人に話しかける、1979年4月。Pierre Cardin talks to the locals in April, 1979. via Facelift

ピエール・カルダン社の譲渡報道

21世紀になっても、ピエール・カルダンの中国内知名度は高く、2007年現在でルイ・ヴィトンやシャネルを凌ぎ中国1位を占めます(中国におけるブランド知名度 トップはピエール・カルダン – ビジネススタイル – nikkei BPnet)。その後、カルダン社の買収に関するニュースが賑わってきました。どうもニュースは予定を記して、事後動向を記さない面があるので、不安定な記事になりますが、辿ってみます。

まず、2009年8月、4人のビジネスマン(孫小飛氏、陳小飛氏、潘長海氏、洪建巧氏)が

「ピエール・カルダン」(「Pierre Cardin」)の一部の株を買収し、「ピエール・カルダン」中華エリアのすべての業務を引き受けることがわかった。4人は浙江省温州市で新たな経営センターを設立するという。(中国人がピエール・カルダンの中華エリア経営権獲得 – エキサイトニュース)

次いで、2009年4月から2カ月間にわたりピエール・カルダン社は32製品のライセンス契約に関し中国企業と交渉を重ね、売却合意に調印する予定にあるとたことがピエール・カルダン氏によって明らかにされました。これにより、中国におけるプレタポルテ業務とアクセサリー業務が中国企業2社に売却されます。売却価格は総額2億ユーロ(約270億円)に上の見込みです(以上、ピエール・カルダン社、一部業務を中国企業に売却)。

そして、2011年、ピエール・カルダン氏は10億ユーロ(約1,170億円)でブランド売却を希望しました。「ブランドに対し、中国を含むいくつかの買い手から打診があった」とカルダン氏が伝え、売却先は中国企業かという質問に対して「中国――。なぜ駄目なのかい?」と切り返しました(「ピエール・カルダン」ブランド売却を希望、中国の可能性も 写真3枚 国際ニュース : AFPBB News)

モードと中国

フランスと中国の関係は譲渡・買収の段階で水平になりました。フランス、日本、中国のブランド展開を振り返ると、フランスがブランド構築を行ない、そのブランドを日本が模倣した一方で、中国は買収しました。買収は模倣をはるかに超えて、発想、技術、製造、販売、顧客の全面を移植することを意味します。この事態に、私は19世紀的な植民でもなく、20世紀的な模倣でもない、転移という資本主義社会の新しい形態を創造します。次の写真はヴァルター・ベンヤミンの『』に収められている絵です。中国の知恵板に対する万華鏡を表し、ドレスを着たフランス人女性が辮髪で長衫を着た中国人(清人)を踏みつけています。

モードと中国 Le Triomphe du kaléidoscope ou le Tombeau du jeu chinois
中国の知恵板に対する万華鏡の勝利 ”Le Triomphe du kaléidoscope ou le Tombeau du jeu chinois”, , “Das Passagen-Werk“, Gesammelte Schriften, bd.5-1, Suhrkamp, Frankfurt am Main, 1991, Abbildung 6

19世紀にフランスが確信したはずの中国に対する勝利は、買収という資本の転移形態によって水平になりました。しかし、課題も残ります。21世紀の中国企業が欧州企業の買収後にどのような展開・育成を見せるのでしょうか。欧州に匹敵する文化創出を日本は実現出来ませんでしたが、中国は達成する事が出来るでしょうか。


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[投稿日]2017/01/17
[更新日]2017/05/28