モードとモデラート

モード と名前の付いた学校や商店は色々あります。どのような形にせよ、モードはそのつど最新の規準を刻みます。このページでは、服飾やファッションの分野で最も重要かつ最も漠然とした モード モデラート の意味を考えています。その上で重要となる人物は、ヴァルター・ベンヤミン、マルグリット・デュラス、そして、アンドレ・クレージュです。

様々なモード

まず、モードと名前の付いた学校や商店は色々あります。

語学辞典からみたモード

モード(Mode)には最頻値の意味があります。最頻値は流行値とも呼ばれ「度数の最も多い階級に対する値」(最頻値とは – 統計学用語 Weblio辞書)です。そこから、主流や大勢の意味を引き出せます。また、服飾に関わる部分では、フランス語のModeは流行と様式に大別されます。女性名詞(la Mode)なら流行・流儀・新型、男性名詞(le Mode)なら様式・方法・種類です。女性名詞の複数形では流行の婦人服・装身具・それらの製造販売の意味に広がります。英語のModeは様式の意味に限定され、流行の意味はfashionが担っています。派生語・類似語にはModel, Mood, Modern, Moderate等があります。モードは、流行、様式、やり方、形態、風(ふう)などの訳語が充てられます。

服飾辞典からみた モード

服飾辞典をみれば、もう少し具体的な模様が出てきます。たとえば、

  • a la Mode…流行(= the Fashion)
  • Magasin de Mode…流行品店や婦人用帽子販売店

服飾辞典でモードは「ファッションと同義語」か「パリのオートクチュールのハイファッションの原型」(文化出版局編『服飾辞典』文化出版局、1979年、889頁)と簡潔に記されます。それがマスファッションの原型となると理解されます。つまり、服飾関係のモードは、オート・クチュールを型(Model)にしたハイセンスな衣服のことで、それが大衆衣装の原型となります。そこには高級物が大衆物を誘引するというような図式が見え隠れし、モードは、汎用物を誘導する高級物の方を指すように理解されてきました。

他方、田中千代は、このような高級対汎用の二項対立が、あくまでも「デザイナーや服飾研究家たちと間では」使い分けされていると限定づけています(田中千代『服飾事典』同文書院,1969年、861頁)。叙述を追ってみましょう。
  1. モードには、試みという気持ちがふくまれている。モードは一つの創作であり、新鮮でなければならない(田中千代『服飾事典』同文書院,1969年、861頁)

  2. 一般にモードはデザイナーがつくり、ファッション(流行)は大衆がつくるといわれる(同上書861頁)

しかし、田中はやや混乱しています。2の説明の後に、
一時期の流行をこえて、きまった形として定着したものはスタイルとよばれる(同上書861頁)
この例としてシャネルのスーツを挙げています。次いで、
モードと似た語に、ヴォーグ(Vogue)がある。この語にも、試みという意味があり、モードに先んずるものとしてもっとも新しい傾向のものと考える事ができる(同上書861頁)
エン・ヴォーグ en VOGUE @Belirn, 1996. (c) mode21.com
en VOGUE @Belirn, 1996. (c) mode21.com
先に紹介した文化出版局〔1979〕よりも、その10年前に出版された田中千代〔1969〕の方が遥かに多い分量をモードの説明に割いているのですが、それは田中〔1969〕で位置づけられたモード関連の用語配置が文化出版局編〔1979〕の頃にはすでに定着していたことを示しています。つまり、60年代日本ではモードに「ハイ・ファッション」の意味合いが付加され、70年代にはそれが根幹的な意味を持つようになりました。1999年に出版された『ファッション辞典』(文化出版局編、219頁)では田中〔1969〕に戻って詳しく説明されていますが『新ファッションビジネス基礎用語辞典』(バンタンコミュニケーションズ編、チャネラー,2001年、787頁)では文化出版局編〔1979〕に似て「ハイ・ファッション」を重視した簡潔な説明となっています。
さて、田中によるモード関連の用語配置は次のようにまとめられます。
1st. Vogue > 2nd. Mode > 3rd. Fashion > 4th. Style
そして、報道記者、バイヤー、顧客などを招待して衣服設計師(デザイナー)は自分の作品を自分の店舗で披露します。これがコレクションやコレクション・ショーです(同上書861頁)。上記の配置でいえば、ショーは2番目のModeが完成した後に行なわれます。
20世紀後半に日本で洋裁が大流行した時、日本で先鞭を切っていた服飾研究者や衣服設計師たちは、挙って高級品や一品物の流行をモード、汎用品・量産品・低級品の流行をファッションと捉えました。この誤解は日本が服飾後進国であったことを物語ります。それを的確に指摘した論点を紹介しましょう。
戦前から戦後にかけて、ファッションということばのうえでの誤解はが生じたのは、日本人にファッションへのあこがれを最初に教えてくれたのが、パリのオートクチュールのデザイナーたちの名前だったためもある。その誤解とはファッションとモードのつぎのような区別だ。パリの少数のデザイナーたちの、芸術作品ともいうべき創作物がモードであるのに対し、そのパテントが主としてニューヨーク7番街のアパレルメーカーに売りわたされ、アレンジされて、大衆化したかたちと価格で普及したものがファッションである、という説明だ。(大丸弘・高橋晴子『日本人のすがたと暮らし―明治・大正・昭和前期の「身装」―』三元社、2016年、530・531頁)
5 ladies in coats or jackets in the window and camera via >Eugene Atget / Biography & Images – Atget Photography.com Videos Books & Quotes
4 ladies is smiling through the window and camera via >Eugene Atget / Biography & Images – Atget Photography.com Videos Books & Quotes

ヴァルター・ベンヤミンの モード

どのような形にせよ、モードとはそのつど最新の規準を刻んでいます。ドイツの批評家ヴァルター・ベンヤミンは『パサージュ論』で次のように述べます。

Die Mode fixiert den jeweils letzten Standard der Einfühlung. [J75,3], Walter Benjamin, “Das Passagen-Werk”, Gesammelte Schriften, bd.5-1, Suhrkamp, Frankfurt am Main, 1991, s.456

邦訳は「モードは、感情移入のそのつどの最新規準を決める」(ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論 : II―ボードレールのパリ』今村仁司・三島憲一他訳、岩波書店、1995、312頁)。私としては「モードは、常に最新の共感規準を決定する」か、「モードは、導入された、その都度の最新の規準を記録する」あたりがしっくりきます。

ヴァルター・ベンヤミンの時代から1世紀近くを経た現在、衣服の形態、生地柄の装飾、繊維素材の部門であらゆる製品が出尽くしたことをを考えますと、「モードは、常に最新の共感規準を選出する」ものに変容したように感じます。決定から選択への転換です。それゆえ、モードは過去に向かう。アンドレ・クレージュが《明日には現実になる、その明日に向かって!》という前進的な発想は現代服飾において意味を持ちません。最新モード、今の流行といったものは全て、過去からの選択に過ぎません。近年のデザイナーたちが各地の民俗衣装・民族衣装から発想を得てきたのが顕著な例です。ファッション業界に「最新」は存在しても「独創」は算出されなくなりました。そして、「最新」とは同時に「古物」でもあるわけです。

マルグリット・デュラスの モデラート

やや視点を変えましょう。モードは、類似用語として穏健な、適度の、手頃な、といった形容詞を周辺に持っています。私はモードを考える時、いつもマルグリット・デュラスの有名な小説『モデラート・カンタービレ』(Moderato Cantabile)を思い出します。

モデラートは、普通の速さで、カンタービレは歌うようにっていう意味よ、なんでもないでしょ(マルグリット・デュラス『モデラート・カンタービレ』田中倫郎訳、河出書房新社、1985年、24頁)

<語学辞典からみたモード>で確認したように、モードは高級・低級といった階層を持っていません。それは様々な次元で色々な装いでみせる様式、または流行に過ぎないのです。『モデラート・カンタービレ』でピアノの先生がアンヌの息子に対し、繰り返し言葉を添えていたのが「モデラート・カンタービレ」(気楽に歌いなさい、弾きなさい)だった点を忘れてはいけません。

アンドレ・クレージュの モデラート

モードをモデラートとして捉えたファッション・デザイナー(衣服設計師)がいました。フランスのアンドレ・クレージュ(André Courrèges / Andre Courreges)です。彼は1960年代にミニ・ドレスをパリ・コレクションで披露して衝撃を与えたデザイナーです。アンドレ・クレージュはミシンを積極的に活用し、他のデザイナーたちと異なり、手縫いも機械縫いも違和感なく導入して言いました。それを示すのが次の写真です。

モデラート の達人アンドレ・クレージュ。 ポーにあるクレージュのアトリエの様子 (c) Courreges / DR, ディディエ・グランバック『モードの物語―パリ・ブランドはいかにして創られたか―』古賀令子監修、井伊あかり訳、文化出版局、2013年、130頁
モデラートの達人アンドレ・クレージュ。 ポーにあるクレージュのアトリエの様子 (c) Courreges / DR, ディディエ・グランバック『モードの物語―パリ・ブランドはいかにして創られたか―』古賀令子監修、井伊あかり訳、文化出版局、2013年、130頁

アンドレ・クレージュの意図には無かったと思いますが、それまで膝頭を出さなかった民衆は世界中にいたでしょうか? 世界の服飾史を扱うあらゆる書物で、19世紀以前のファッションを論じる際に、脚全体が隠れる身分層(貴族など)の絵画ばかりが選ばれていませんか?

一般民衆は豊富な布地で脚を隠す衣服をほとんど持っていなかったというのが実態に近いはずです。アンドレ・クレージュはオート・クチュールのコレクション(ファッション・ショー)で初めて、モデルたちに膝頭を露出させました。また、1965年1月、デザイナーたちの1月コレクションに参加せず、同年10月に66年春夏シーズン用に3つの種類(ライン)を同時に立ち上げました。オート・クチュールの原型、プレタ・ポルテのクチュール・フュチュール(未来のクチュール)、ニットなど安価なカジュアル・ウェアのイペルボル(双曲線)の3種です。当時既に50年以上の伝統をもつ別々の同業組合の形態を同時に発表したのは、アンドレ・クレージュが初めてでした(以上、コレクションについては、ディディエ・グランバック『モードの物語―パリ・ブランドはいかにして創られたか―』古賀令子監修、井伊あかり訳、文化出版局、2013年、131頁)。

アンドレ・クレージュはミシンを直視したからこそ、自らも参加してきたオート・クチュール業界について次のように述べる事ができたのです。

私はよく、こういう質問を受けます。あなたが<プロトタイプ>(原型)と呼んでいるオートクチュールは、必要なのでしょうか…、お客さんはいるのですかと。そこで、私はこう答えるのです。どのような分野に置いても、研究部門を持つことは必要不可欠です。研究の役割は先へ行くことです。たとえ何も変化しないとしても目先の目標など考えずに先へ行くことなのですよと。(ブリュノ・デュ・ロゼル『20世紀モード史』西村愛子訳、平凡社、1995年、471頁)

近代日本のモードと現代のモード

高級衣料品も大衆衣料品も立派なモードであり、お手本も使う者にとって手本である限り、それはモードです。そして、モードは時として規律的な強度をもって私たちを縛り付け、ある時は楽にもさせてくれます。

大丸弘・高橋晴子〔2016〕で見た通り、近代的な「高級vs大衆」の前者をモードと捉えたのは、まさに洋裁導入期であった日本近代の状況を示します。それは身分であるとか家の格であるとかに左右された閉塞的なものにも繋がりました。「高貴なvs卑賤な」という枠組みが、そっくりそのまま「素晴らしい人格vsダメな人格」といった対抗関係にまで簡単にずれ込んだ近代を私たちは嫌悪したのではありませんか。

とはいえ、その後、私たちがその嫌悪と引き替えに得たものは何だったのでしょうか。近代の規律は強制的で排他的なものでした。しかし、私たちはそれを嫌悪したにも関わらず、私たち自身のなかで憧れたり惹かれたりするようなモードやモデルが消え去ったわけではありません。常に新しいのに、直ぐに寂れるモードを私たちは数え切れないほど知っています。過去になったモードをもう一度引っぱり出してくるのもまた、モードです。

ちなみに、ファッション系の専門学校に通う学生たちがモードを奇抜性と理解するのは面白い捉え方です。普通では無く奇抜性にモードの意味を求めるのは、様式の意味とは逆の方向にあります。もっとも、奇抜と普通とは切り離せないものですから、両方を合わせてモードと考えることもできますが。

まとめ

長々とモードに思いを巡らせてきました。私は、モードの多様な姿を振り返り、自分にとっての安らぎの地平、自分にとっての活力源、そういったものを思い起こし、自律神経を鍛えようと思います。アンドレ・クレージュが言っているではありませんか。

明日は現実となっている未来のなかに逃げ込むこと。つまり、未来に向かって、新しい生き方や服の着こなし方、生活の仕方を少しずつ準備していき、そこに私たちの環境を鳴らしていくこと(ブリュノ・デュ・ロゼル『20世紀モード史』西村愛子訳、平凡社、1995年、471頁)


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[投稿日]2017/02/05
[更新日]2017/05/30