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近現代旗袍の変貌:設計理念と機能性にみる民族衣装の方向

図1 清朝期旗袍の概念図。蔡蕾作成。 モードの歴史
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近現代旗袍の変貌:設計理念と機能性にみる民族衣装の方向

近現代旗袍の変貌:このページでは私の論文「近現代旗袍の変貌」を掻い摘んで説明しています。近年,中国女性の伝統衣装である旗袍は,中国大陸,香港,台湾,シンガポールなどで普段着に着用されなくなりましたが,社交面では人気を維持しています。この点は次の文献をご参照ください。

Matthew Chew, ‘Contemporary Re-emergence of the Qipao:Political Nationalism, Cultural Production and Popular Consumption of a Traditional Chinese Dress’, The China Quarterly, Volume 189, March 2007, Cambridge Univ Press, p 144。

旗袍とは

旗袍とは上半身に着用する外衣の一つで,中国で外衣は衫,袍,套などを指し,清朝期に満州族(旗人)女性が着用していた外衣を現在は旗袍とよびます。英語でqipaoまたはcheongsam(長衫)。カタカナ表記はチーパオ。日本における服飾用語・ファッション用語は混乱しており,研究用語として確立されていません。夥しい量のカタカナ用語が蔓延し,カタカナ以外に日本語を持たない用語が多いです。

旗袍の呼称が定着したのは中華民国期(以下,民国期),1927・28年頃のことです。民国期旗袍は,服制をつうじて礼服や公務員用制服として画一的に統制される一方,普段着としては日進月歩の変化を示しました。結果として現代旗袍はほぼ西服化(洋服化)したといわれます。詳細は「旗袍 qipao:概要・影響・民国期の変化」や次の文献をご参照ください。

呉昊『都會雲裳:細說中國婦女服飾與身體革命(1911-1935)』(三聯書店,香港,2006年,268頁)。

旗袍の変貌

図1、図3、図4は、それぞれ清朝期旗袍、民国期型旗袍、現代旗袍の概念図か再現衣服です。

図1 清朝期旗袍の概念図。蔡蕾作成。

図1 清朝期旗袍の概念図。蔡蕾(atelier leilei)作成。

本稿は、図3と図4を2名の女性協力者に着用して頂き、現代旗袍と民国期旗袍との違いを着装実験から検証し,近現代旗袍の設計理念と機能性を考察しました。特に腕の運動性を比較しています。

近現代旗袍の変貌:図 3 実験衣1(民国期型旗袍) 図 4 実験衣2(現代旗袍) いずれも蔡蕾作成。

図 3 実験衣1(民国期型旗袍) 図 4 実験衣2(現代旗袍) いずれも蔡蕾(atelier leilei)作成。

様々な上肢動作をつうじ,民国期旗袍は大きな弛緩が広範囲で発生し,上肢動作による衣服のずれを弛緩が吸収したため,上肢の運動性を高める長所を有します。現代旗袍ではそれら弛緩の一部が極端な皺や折れ目となり,背中や袖に引きつりを生じ,直立姿勢時の皺の無さという長所は運動性の低下要因にもなります。

本稿の最後では、清朝期や民国期の平連袖では腕の運動がしやすい点を結果として導き、長衫(おおむね旗袍の男性版)の車夫を示す2枚の写真を取り上げて、そこに評された運動性の低下を否定しました。

図7 長衫の車夫(撮影年・場所不詳)、図8 長衫の車夫(1948年4月・上海)

図7 長衫の車夫(撮影年・場所不詳)、図8 長衫の車夫(1948年4月・上海)

図7 長衫の車夫(撮影年・場所不詳)、図8 長衫の車夫(1948年4月・上海)

出典

岩本真一「近現代旗袍の変貌―設計理念と機能性にみる民族衣装の方向―」『大阪経大論集』第66巻3号,2015年9月,125-148頁

1000文字の論文要旨

世界の民族衣装のうち旗袍は近現代を通じてその形態が最も大きく変化したといわれます。本稿は民族衣装の近代化という観点にたち、形態の異なる2種類の旗袍(チャイナドレス)の着装実験を通じて、近現代旗袍の設計理念と機能性を考察しました。

旗袍とは上半身に着用する外衣の一つで、清朝期に満州族(旗人)女性が着用していた外衣に端を発しています。旗袍の呼称が定着したのは中華民国期(以下「民国期」)、1927・28年頃のことです。民国期旗袍は、服制をつうじて礼服や公務員用制服として画一的に統制される一方、普段着としては日進月歩の変化を示しました。結果として現代旗袍はほぼ西服化(洋服化)したといわれます。

近年、中国女性の伝統衣装である旗袍は、中国大陸、香港、台湾、シンガポールなどで普段着に着用されなくなりましたが、社交面では人気を維持しています。旗袍を取り上げた中国衣服史・服飾史研究では、立領(standing collar)の高低、袖の長短、丈の上下、開衩(slit)の深浅を追従した研究が多いです。しかし、これらの変化は旗袍の形態を大きさで判断したものであり、形態の本質的な変化を述べたものではありません。

そこで本稿は、曲線裁断、省道(dart)、肩縫、接袖(Set-in Sleeve)などの西洋裁縫技術から携帯の本質的な変化に着目しました。そして洋裁技術を導入した民国期旗袍の変化を後戻りのない本質的な変化と捉え、特に接袖と従来の連袖(清朝期旗袍)に見られる機能性の違いに注目し、着想実験を通じて相違の意味を考察しました。

清朝期旗袍と民国期前半の旗袍には袖付けの発想がなく、着物やチョゴリと同様に連袖と呼ばれる特徴を持っています。連袖は身頃(衣服の胴体部分)と肩・袖とが一枚の布で連続している袖をいいます。民国期から旗袍には接袖が導入されるようになり、徐々に連袖の旗袍は減少していきました。接袖とはスーツのジャケットやコートなどの洋服に用いられてきた技術です。袖部分と身頃部分を裁断し、袖の角度を変えて袖と身頃を縫合(袖付け)したものです。カタカナ表記ではセットイン・スリーブといいます。

着装実験の結果から、接袖型旗袍は連袖型旗袍に比べ上肢運動が大きく制約される点が分かりmした。逆に、正常立位時(直立姿勢時)には、接袖型旗袍の方が連袖型旗袍に比べ腋下から肩にかけて皺が発生しにくい点も分かりました。換言すれば、接袖は正常立位時の皺の消去を念頭に設計されています。

したがって、接袖型の旗袍はイベント時の正装、あるいはホテルの案内役やレストランのウェイトレスなど、動作の少ない特定場面に着られます。結論では連袖旗袍から接袖旗袍への変化を経済史的な観点から捉え直し、民族衣装が催事用・サービス業用に利用され始めたことには、農業労働や工業労働ではなく運動性を著しく低下させた商業労働の方向にあったと結びました。

補足

なお、中華圏の旗袍の場合、「旗袍の変容:諸説とその限界」に記したように民国期旗袍の変化を取り上げた諸研究は中華圏でも日本でも有象無象の状況に有り、キリがありません。旗袍の歴史は次の記事にまとめています。「旗袍:世界で最も知られた民族衣装の概説と歴史」、この辺が無難かと思います。

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