追手門学院大学 日本経済史2

追手門学院大学「日本経済史2」の方針をまとめています。本講義では、繊維産業・アパレル産業、ファッション文化の観点から日本史を振り返ります。

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日本ファッション関係の参考書」(amazon書店)

授業計画

  1. はじめに…講義の進め方、参考文献、成績評価の方法について説明をする。講義を進める上で知っておくべき基本事項について解説する。
  2. 古代・中世の徴税体制と繊維…日本国が成立して以降、律令・格式の整備の下で徴税体制が確立していった。貨幣経済が現代ほど普及しておらず、繊維などの現物が徴税対象となった。地域による品目の違いや徴税上の問題点などを概説する。
  3. 中世・近世の木綿普及(1)…15世紀まで絹と麻しか使われていなかった日本で、新たな繊維として16世紀に綿が普及した。その要因と普及過程について概説する。
  4. 中世・近世の木綿普及(2)…17世紀以降、ヨーロッパでも綿が普及した。イギリスとインドの関係を踏まえ、絹・麻・毛との比較から近代化における綿の意義を考える。
  5. 近世の染織技術・文化…近世は染織技術が高度に発展したといわれる。それには江戸時代初頭に明朝から伝来した高機という織機が大きな役割を果たした。伝来後にどのような技術が発達し、染織に広がりを持たせたのかを解説する。
  6. 古代から近世までの衣服の変化…古代の貫頭衣から日本の衣服(外衣)はゆるやかに変化をし、江戸時代にその形態が固定化された。中韓日の比較も行ないながら、衣服変化の過程を概説する。
  7. 欧米のファッションと中韓日のファッション…近世に固定化された衣服形態は、幕末開港期以降、欧米人にどのように映ったのか。また、日本の庶民の服装は、欧米人に対してどのような衝撃を与えたのか。これらの点について、中韓日の風俗に触れながら解説する。
  8. 近代の洋服の普及と民族服の確立(1)…近代になると欧米からの文化が押し寄せ、日本の文化・伝統が破壊されていったと言われる。果たして、そうなのか。和服が急速に衰退していったことは確かであるが、衣服形態に変化が見られた。この点を概説する。
  9. 近代の洋服の普及と民族服の確立(2)…日本の和服をはじめ、近代のさまざまな民族服は洋服との関係において変容・確立をした。中国のチーパオ(旗袍)や朝鮮のチマ・チョゴリの実例から、その経緯を解説する。
  10. 近代におけるミシンの普及とその意義(1)…18世紀イギリス産業革命によって糸と布(織物・編物)の大量生産が実現したが、衣服生産は手縫いのままであった。19世紀中期にアメリカで縫製機(ミシン)が実用化されて以降、世界の衣服生産の在り方は大きく変わった。アメリカ・ドイツの動向を踏まえながら、日本の縫製工場におけるミシンの利用を概説する。
  11. 近代におけるミシンの普及とその意義(2)…アメリカ・ドイツからのミシン輸入によって、日本では縫製工場だけでなく、家にもミシンが普及していった。家に焦点を当てて、女性のミシン活用について家事労働と家内労働の両面から解説する。
  12. 近代の繊維産業の変貌…繊維産業は殖産興業政策に組み込まれ、20世紀初頭には輸出化を遂げたが、その前後において繊維原料の変更を行ない、農業と工業を連動させた経済発展を放棄した。この点を紡績業の発展と戦時経済の実情に絡めて解説する。
  13. 戦後のアパレル産業とファッション文化…戦前から戦後にかけて、洋服の普及と既製服の普及は、1970年代アパレル産業の破竹の勢いに結実する。ファッション文化もまた、裁縫教育の普及とともに活発になった。フランスへの憧れに触れながら、この展開を観察する。
  14. 現代のアパレル産業とファッション文化…1990年代以降、アパレル産業は中国への工場移転を行なうとともに、グローバル企業が登場した。また、製造販売される衣服はコスト削減による軽量化が図られている。現代のアパレル企業の抱える問題と、貧しくなる衣服について解説する。
  15. 総括…これまでの繊維・アパレル・ファッションの日本史を振り返り、今後の在り方を検討する。

[投稿日]2017/04/24
[更新日]2017/05/14