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<title>講義ノート</title>
<link>http://www.mode21.com/lecture/</link>
<description>大阪経済大学で行なっている講義関連のページです。講義ノート、お勧め書籍・参考文献、雑記・エッセイなどを掲載しています。</description>
<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2008</copyright>
<lastBuildDate>Fri, 22 Aug 2008 03:26:11 +0900</lastBuildDate>
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<title>20080125</title>
<description><![CDATA[<p>●	The fake Tradeの記事（児童労働問題から）<br />
①	偽造問題を中心に取り上げたが、児童労働問題そのものも深刻。<br />
→中国の一人っ子政策と児童労働問題　～誘拐問題を併発。<br />
②	歴史では、70年代の日系企業東南アジア進出、20世紀転換期日本の工場法、19世紀イギリスの工場法等々。<br />
→結局、この200年ほどの間、工業化・市場経済化に着手した国は公害問題と労働問題を解決できず～イギリスという先例を生産量の目標としてだけで考えた人類のミス。工場を侮った。<br />
③	日本だと、農商務省『職工事情』1903年、細井和喜蔵『女工哀史』1925年、山本茂実『ああ野麦峠』1968年。『職工事情』は工場法制定の基礎資料となった。</p>

<p>●	私の本棚<br />
①　http://www.mode21.com/book/　②　http://picasaweb.google.co.jp/flaneur0707/MyBookshelf</p>

<p>●近代日本における洋裁教育 ：典型的な鎖国型普及 <br />
※	和裁教育は、主に家庭内で行なわれたかも知れない（暗黙知）。洋裁教育は多分に形式知の要素が強い（今まで無かったのだから）。→今後の私自身の課題。<br />
 <br />
（1）	1870～80年代：教養としての洋裁（キリスト教宣教師による英学が付随するケース多い）<br />
（2）	1880年代：専門職としての洋裁（鹿鳴館、外国人居留地等での経験を経た日本人洋裁教授者の登場）<br />
・	同時期、足袋職出身で西洋人家庭の入仕事を経た田中栄次郎、早期にミシンを駆使した飯島民次郎（1883年に在日ヨーロッパ人の婦人客を狙って開業、のち、飯島貴族婦人専用洋服店へ） ら。<br />
（3）	1900年代：教育科目としての洋裁（帰国子女ラッシュ・女学校創立ラッシュの開始）<br />
・	高等女学校教授細目…1899年制定時に子供服・エプロン、1903年に文部省検定裁縫科試験へ洋裁科目導入（当初は和裁教師が洋裁も教授） 。<br />
・	1911年…共立女子職業学校が高等師範科を設置。同科は25年の専門学校令で専門学部へ昇格。<br />
（4）	1920～50年代：洋裁学院・研究所設立ラッシュ（女性教授に平面裁断多い）<br />
・	「文化裁縫女学院」 、田中千代 。<br />
（5）	60年代以降：洋裁教室ラッシュと減少<br />
・	洋裁の意味変化…戦前までの職業人養成から、花嫁修業への転換（戦後の花嫁修業はミシン縫製）。<br />
・	洋裁教室の減少…裁縫の出来る人間の減少、ただし、保育士などは出来る（壊滅じゃない）。</p>

<p>（6）まとめ<br />
①職業から趣味への裁縫の変化と衰退<br />
②大学・専門学校→教室<br />
③近代家父長制の成立と終焉　→マドンナ「Sorry」</p>

<p>（7）現状　→繊維・衣料（第9表　職業（小分類），従業上の地位）.xls</p>

<p> <br />
※	播磨生産品品評會編『揖保郡指要』1911年、より転載。</p>

<p> <br />
●タイプ2の複雑さ─藤本仕立店の事例から</p>

<p>※衣服産業史（ほぼ20世紀だけ）のイメージ…30代以上の大半は「気づけば仕立屋が消え、ユニクロ」。<br />
　　→研究史上、注文服はテーラー（tailor）のイメージが強すぎ、産業として考えられたのは組合史程度。<br />
　　→研究史上、既製服産業は、メリヤス業が注目された程度。織地裁縫については、大規模足袋業者程度。<br />
　　→戦後の日本衣服産業史の一つの柱に、ベネトン＆ギャップ→ユニクロ（創業者はジャスコ勤務経験） 。</p>

<p>（1）概略<br />
　①創業経緯…1894年頃。<br />
　②販売圏<br />
・	朝来郡・神崎郡など（生野鉱山周辺諸地域の小売店、後に鉱山そのものを顧客に）<br />
・	赤穂郡・揖保郡など（同業者）<br />
・	神戸市・大阪市など（警察、学校、道場など）<br />
③藤本の特徴<br />
・職工数1桁～数十名を維持しながら、タイプ2bの業態を約50年間にわたり維持。取扱製品が多様。<br />
④職工数（家族従業員含む）<br />
・10年代までは10名未満、以後、遅くとも30年代に女工増加（10～20名程度）。<br />
（2）製造（生産体制）<br />
　①自家生産…裁断、手縫い・ミシン縫い。<br />
　②委託生産…裁断後に生地を配付し、一部の家庭にはミシンを貸与。→20名程度にレンタル（次頁表2）。<br />
└①と②に明確な製品区別はなく、量を分けたということ。ただし、柔道着は全て自家生産のみ。</p>

<p>（3）販売（販売体制）<br />
☆販売そのものからみると、<br />
①卸販売（掛売が中心）…小売店には、呉服太物商、醤油醸造業者、文具店など。<br />
②現金販売（現金売）…店頭販売。たまに掛売（厳密にはツケ）あり。<br />
☆加工・未加工からみると、<br />
　　③製造販売…（2）の2タイプの製品を販売。<br />
④仕入販売…（藤本取扱い不能製品～量的に多すぎる場合や、材料生地取寄せ不能の場合など）<br />
　　└全てを仕入販売したのは学生服（岡山県と大阪府の業者から藤本を経由し、学校へ）。</p>

<p>（4）表 1　藤本仕立店の柔道着購入者上位20位　から考える。</p>

<p>①個人顧客の例<br />
・	田辺又右衛門…不遷流柔術4代目。大日本武徳会の教師も務め、後に警視庁師範 になった。<br />
・	中山英三郎…不遷流柔術5代目で、岡山県矢掛町にて道場を開く 。～「八掛中学校」との関係は？<br />
・	日置隆介…「東京小石川区下富坂町講道館」 →東京に販売？！、講道館！？</p>

<p>②同業者～山村清助（揖保郡龍野下モ町）…同業者と同時に藤本仕立店の特約販売店 。<br />
→山村商店の売行きが上がれば、藤本の知名度も上がり、売上げ増。</p>

<p>③団体顧客…表以外にも、道場（大日本武徳会等）、役所（福崎町役場等）が多い→大規模顧客</p>

<p> <br />
※	播磨生産品品評會編『揖保郡指要』1911年、より転載。</p>

<p>←播磨生産品品評會編『揖保郡指要』1911年、より作成。</p>

<p>（4）まとめ─小規模裁縫業者の50年規模維持操業の要因<br />
①＿＿＿的協力と＿＿＿的協力によって、この複雑さを維持。<br />
　②＿＿＿労働者向け仕事着を販売し続けた。<br />
③1910年代に到来した大衆消費社会に、＿＿＿でブームに乗った。<br />
④大量＿＿＿も重視し、生野鉱山や警察署・学校・道場などを直接の顧客へ。</p>

<p>（5）大衆消費社会へのタイアップ─柔道＆洋裁の誕生<br />
①柔術から柔道への転換<br />
・	19世紀末以降、日本の各武術が「修養主義的価値 」の意味合いを含みはじめ、以後、「武道」へと用語が変更されたのは1910年代後半 。<br />
・	東京を中心に展開していた＿＿＿＿柔道が統一流派として位置づけられる過程において、近畿地方西部・中国地方で広まっていた＿＿＿＿柔術は衰退へ（剣道や唐手・空手 との違い）。李、KillBill。<br />
②柔道のその後<br />
・	修養主義は、軍国主義的かつ愛国主義的なものにつながり、同時に、柔道は対外的な日本武術の代表的立場へ。→ブルース・リー（李小龍）『ドラゴン怒りの鉄拳』1971年、香港（原題『新精武門』）。<br />
③洋裁の普及（本日プリント前半）にタイアップ。<br />
・	ミシン縫製・手縫い双方の女性たちへの委託。<br />
・	生産面（技術面）からは、洋裁（ミシン縫製含む）の普及に重なった。</p>

<p>（6）多国籍企業から考える（表 2　藤本仕立店の所有ミシン一覧）<br />
・	20世紀初頭には、既に第数次の世界経済段階に突入。それまでの世界経済との違いは、その主役が中国からヨーロッパを経由し、合衆国へシフトしていたこと。</p>

<p>（7）歴史的理解と構造的理解</p>

<p>・	藤本の事例は、発展や＿＿＿という角度から考えると、大衆消費社会の到来やスポーツ流行等が緩やかに進行している局面での展開として理解できる。しかし、そのような局面は、赤の女王仮説が常識化した現在では遭遇しにくい。したがって、歴史的な理解は難しい半面、あまり有意義ではない。そこで、＿＿＿から考えることが大切になる。今でも中小企業の複雑な業態を分かりやすく示してくれる。<br />
・	歴史の勉強は、そのものとしても大切だが、構造として理解することも大切→＿＿＿から考える重要性。</p>

<p>（8）20世紀の衣服産業史（または日本経済史）を振り返る</p>

<p>　①生産財と産業<br />
・	20世紀前半…ミシンの輸入＋衣服産業活性化<br />
・	20世紀後半…ミシン国産化＋衣服産業の海外流出<br />
　　→「そうなんだ、生産財を国産化したら、それを使った産業が海外へ行っちゃう…」（東京経済大学の先生のコメントから）～気がついている経済学者も少々いたことが分かって嬉しかった。</p>

<p>　②20世紀とは、1900年代か、2000年間か？<br />
・	石橋正二郎（ブリヂストン創業者）の回顧談…20世紀前半は、空想・夢も含めた人類史が実現した段階、圧縮した段階（自動車、飛行機、その他）。</p>

<p><br />
●講義を終えるに当たって</p>

<p>①	私の大学時代（89年～）…マルクス経済学への関心<br />
・	資本主義や自由主義が素晴らしいなら、労働問題、公害問題、戦争、被差別部落・在日朝鮮人差別などが、なぜ存在するのか？　→世の中を良くしたい。<br />
・	入学したら、近代経済学（新古典派、ミクロ・マクロ）だけだった…。フランス、ドイツの思想・芸術へ関心がシフト。<br />
②	あなたたち（の大半）と10年ぶりの「再会」…90年代末（20代末）の迷子と学習塾での勤務。<br />
③	私立学校初の居場所…校舎は狭いが活気ある衝撃（国公立大学は独立行政法人化とともに衰退）。<br />
└以前話した大学ランキング→無駄なコンプレックスは持つな→教職員の積極的活用。<br />
④	私にとっての衣服産業史研究～自分探しの旅（途上）～硫黄島？<br />
～母方祖父（染色職人→1930年代に天津で徴兵され敗戦後に帰国し、奈良県御所市イイダ靴下に協力）／父方祖父（福島区か都島区の裁縫工場倒産）／その兄（森本六爾 ）／母方祖母の養母（盲人、神戸外国人居留地で三味線・琴の仕事、隠れん坊の思い出）<br />
　　　└衣服産業減少下日本での、アパレル業者の社会人学生との出会い（大経大じゃなかったら？）。<br />
⑤	私にとっての神戸…震災と母方祖母の妹<br />
⑥	何度も言うが、フランソワ・トリュフォー、ジャン・リュック・ゴダール、ウォン・カーウァイは繰り返し見てくれ。マルグリット・デュラスは読んでくれ。マドンナ、ザ・クランベリーズ、フェイ・ウォンは聞いてくれ・観てくれ。複雑系経済学・進化経済学は勉強してくれ。<br />
⑦	得意技…男の恋愛相談、女の人生相談。→＠niftyから送ったアドレスは半恒久的に利用可能。</p>

<p>※	映画：Francois Truffaut、Jean-Luc Godard、王家衛<br />
※	文学：Marguerite Duras、Walter Benjamin<br />
※	音楽：Madonna、the Cranberries、王菲、宇多田ヒカル<br />
※	絵画：島成園、マルセル・デュシャン（Marcel Duchamp）</p>

<p><br />
●	シラバス、カバー出来なかったテーマの簡単な説明。</p>

<p>①	20世紀前半における化合繊の普及と在華紡の展開<br />
・	化合繊（ナイロン、アクリルなど）が普及、ミシンの針はステンレスへ。<br />
・	在華紡は、20世紀初頭に、中国へ工場を置いた日系紡績会社。三井物産、内外綿などが活躍 。<br />
②	20世紀中葉における制服産業の海外膨張 – 戦争に絡めて（2）<br />
・	岡山県の学生服の輸出化計画→旧満州に移住した日本人労働者の子息向け（20万人程度）。<br />
③	19・20世紀における、産業革命の影響とフェティシズム（≒フェチ）の成立<br />
・	産業革命は、従来の工程（紡績→織物→衣服）が家庭・村レベルで行なわれていた状況を、各工程別工場へ分断（紡績工場、織物工場、裁縫工場など）。経済学では社会的分業という。この経済システムが人間の発想にも影響を与え、19世紀以後「断片」、「部分」への崇拝が始まった。逆の例は「廻し屋」（問屋に似ているが、移動性が異なる）。<br />
・	たとえば、脚フェチ、乳フェチ、髪フェチ、革フェチ、ブーツ・フェチ、など。声フェチ（と匂いフェチ）は例外（山田登世子『声の銀河系』河出書房新社を参照せよ）。<br />
・	先進国では地域関係、人間関係、恋愛関係が希薄化（自治会・子供会の減少、セックス・レス、少子化等々）。<br />
・	個人部位・単なる物への愛は個人総体への愛の放棄というデメリット。他方、個人総体への愛は、日本の場合、この150年間ほど男性本位であり女性は犠牲の下に成立していたことを踏まえると（近代家父長制と国民国家～授業でいえば、裁縫と柔道）、一旦崩壊することは大切（その意味でメリットもある）。特に戦前は酷かった。いずれにせよ、21世紀前半には片が付く。<br />
・	語感のうち愛（触覚＋粘膜＋縫合）に近いものは聴覚（→山田）、以下、嗅覚、視覚の順。<br />
・	経済的側面では、部分どうしの結合が変化したといえる事態もある→中小企業の国際連携。<br />
④	ジーンズの成立と、20世紀後半の日本への爆発的普及<br />
・	ジーンズの成立は1870年代頃の北米合衆国。日本へは1960年代以後普及。元は作業着（効率よい）。<br />
⑤	20世紀日本におけるブランド需要 – シャネル、ヴィトン、エルメスを比較して<br />
・	シャネルは単体企業として努力、ただし、創業者（ガブリエル）の意図とは異なっている。<br />
・	エルメスもシャネルに似て、単体で努力。（婦人公論編集部『カレ物語』中公文庫を参照せよ）。<br />
・	ヴィトンは、LVMHとしてブランド企業の買収によって巨大化。21世紀に通用するか？<br />
⑥	20世紀後半における東西融合のあり方 – コムデギャルソンとヴィヴィアン・タム<br />
・	コムデギャルソン（川久保玲、日本）70年前後、フランス進出、フランス化がテーマ。<br />
→モードの世紀「コムデギャルソン」http://www.mode21.com/brand/002831.html<br />
・	ヴィヴィアン・タム（谭玉燕／Vivienne Tam、中国）93年ニューヨーク進出、東西融合がテーマ。<br />
→モードの世紀「ヴィヴィアン・タム」http://www.mode21.com/brand/002927.html<br />
・	ただし、所詮デザイナーだという発想も大切。デザインも大切だがそれを製品化する段階も大切。</p>]]></description>
<link>http://www.mode21.com/lecture/003761.html</link>
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<category>JH日本の歴史｜2007年度</category>
<pubDate>Fri, 22 Aug 2008 03:26:11 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>20080122</title>
<description><![CDATA[<p>●	1月25日（金）の授業<br />
●	レポート（メールで送っている）<br />
・	フランソワ・ジラール『シルク』…レポートの提出は試験日。2000字程度。<br />
・	2000字を書くためには、ヒントとして①19世紀前半のフランスの養蚕業～絹織物業の展開を簡単に押さえながら、19世紀後半の日本の養蚕・製糸業・絹織物業の勃興に繋げる。その経済史的背景をもとに、フランス人男性と日本人女性との恋愛に重ねたようなレポート書く。また、映画が題材なので、カメラの視点や配役の賛否など、作品自体の感想にも触れる。そして、絹のような恋愛と比喩された意味を考える。まだ見ていないので推測になるが、ポイントは、日本のどこへ来たか？　フランスの蚕の伝染病はどこの地域だったか？　言語の壁を越えた恋愛はどのように始まったか？　物語全体はどうか？等。<br />
・	レポートが25日過ぎだと、試験日に提出することになる（私は研究室を持っていないので）。私が試験監督をするのは間違いないと思うので、試験当日（2月1日）、試験を提出する際に同時に受け取る予定。ただし、試験会場について、2教室なのか1教室なのか、など、細かいことはまだ分かっていないので、試験会場が2つに分かれた場合は、会場ごとに受け取れるよう、別の教職員の方にお願いするつもり。試験中は一人一人と会話できないため、ホッチキスで入場券を貼り付けるのを忘れると受け付けないか、加算しない等の場合は、いつもよりも厳しく（冷たく）対応する。 </p>

<p>●	試験<br />
◎	最後の問題（授業に関する論述）<br />
・	以前のレポート課題『杉田定一』や『薄衣ドレス展』についての内容ではだめ。→レポートは独立して加算するから。<br />
・	3問目は、1000字でまとめるのが無難。１問目、２問目は選択にしたので、問題による。<br />
・	複数のテーマを選ぶことは可能ですか？～可能。量的にみて、2～3つ程度。<br />
☆いずれにせよ、痙攣には注意。</p>

<p>●	神戸ファッション美術館のレポート<br />
（1）ナポレオン…「全てを手に入れた」（戴冠式は1804年）<br />
◎19世紀が大規模化に向う時代の顕著な例。小規模・単一の国家が世界帝国（≒神）へ向うという発想。<br />
・ドイツの文学者ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』（1796年）…ヴィルヘルム君が修業を積んでマイスター（親方）へ。<br />
・ドイツの哲学者ヘーゲルの『精神現象学』（1807年）…個人が思索によって、悟性→自己意識→理性→絶対精神（神）へ。伝説としては、ヘーゲルがナポレオンに、「馬上に世界精神をみた！」。<br />
　　　・ドイツの経済学者マルクスの『資本論』（1867年）…一個の商品が関係のない別商品と出会い、互いを結びつける第三の基準を要求し、その基準が貨幣として世界経済を貫通。<br />
（2）ナポレオンのマントに刺繍されていた蜜蜂（「勤勉に」を意味する家紋）<br />
・蜂といえば、バーナード・デ・マンデヴィル（1670 ～1733年、オランダ生まれのイギリス育ち）<br />
　　　　→1705年『ブンブン不平を鳴らす蜂の巣、あるいは悪漢変じて正直者に』<br />
　　　　→1723年『蜂の寓話、あるいは私人の悪徳、公の利益』<br />
　　　　→1728年『蜂の寓話』第二部<br />
　　　・蜜の採集（ウィキペディア「蜜蜂」、「ロイヤルゼリー」）…組織力・伝達の完璧性、単体の運動量。<br />
　　　　→ただし、単体での行動力は弱いか？　～マルクスだと蜘蛛を例に単体と巣の両方に着目。<br />
（3）民族衣装の模様…以下は、私自身の課題になりました。ありがとう。<br />
・「中国や日本の衣装の模様は、動物や花などの植物の絵などが描かれていたが、インドやブータンなど東アジアやアフリカなどの民族衣装には、動物や植物などの絵はなく、すべて幾何学模様であった。（中略）これらは、文化や貿易などの違いだけなのだろうか？」。（インドは南アジア）<br />
（4）5つ目のパターン～体形型<br />
　　・活動的で20世紀に広く世界に普及した。→人間の行動様式（労働・趣味）が変わったのと、織物の限界から編物が頻繁に使われはじめたのが主要因。中込省三『日本の衣服産業』では20世紀衣服史はニット化の歴史といわれている。<br />
（5）染料<br />
　　・2006年10月「日本衣服学会」～天然染料は深みがあり、合成染料はムラがない。ノートルダム。<br />
（6）テレビ・ニュースのTシャツ～殴られても痛みを感じないものが開発された、との話。<br />
　　・防護服として面白い開発だが、顔を殴られたときはどうするのか、また、何も感じないなら恋人同士でじゃれ合うときに意味はあるのか…。興味深い半面、色々と疑問が出てくる…。<br />
（7）コルセット（とウェスト）<br />
　　・「コルセットの歴史 - パニエやクリノリンとともに」http://www.mode21.com/history/002928.html</p>

<p>■	その他<br />
◎	日本史の理解の方法…日本内部にこだわるよりも、外交・貿易で考える方が理解しやすい。20世紀を除くと、文化や技術の吸収力、そして対外関係に強かった。21世紀は外国援助・経済開発（ナビゲート）よりも、外国どうしの「間」に入ることが長寿の秘訣？→外国間の外交や、経済開発のコーディネート。<br />
◎	21世紀の日本は中小企業の時代～小回りの効く（フットワークの軽い）経済対応が必要。<br />
◎	昨年の失敗…代替歴史観を提起できず、時間切れ。<br />
・	衣服史・経済学の教科書の限界を知ったが、代替的な歴史観を構築し切れなかった。<br />
└高松塚古墳の壁画（風水の活用と飛鳥美人）～昨年8月、塩沢さんの一撃。<br />
「壁画は石室の東壁・西壁・北壁（奥壁）・天井の4面に存在し、切石の上に厚さ数ミリの漆喰を塗った上に描かれている。壁画の題材は人物像、日月、四方四神および星辰（星座）である。東壁には手前から男子群像、四神のうちの青龍とその上の日（太陽）、女子群像が描かれ、西壁にはこれと対称的に、手前から男子群像、四神のうちの白虎とその上の月、女子群像が描かれている。男子・女子の群像はいずれも4人一組で、計16人の人物が描かれている。中でも西壁の女子群像は（壁画発見当初は）色彩鮮やかで、歴史の教科書をはじめさまざまな場所でカラー写真が紹介され、「飛鳥美人」のニックネームで親しまれている」 。<br />
・	西暦自体への疑念…今後、グレゴリウス暦を再検討（昨年度の学生の質問が発端）。<br />
└河姆渡遺跡 出土の織機（紀元前7000年頃）の衝撃。中国新石器時代の木製織機…。<br />
◎	昨年の収穫…３人の経済学者との出会い。<br />
・	塩沢由典…複雑系経済学・進化経済学～「難しくても古代から教えるのが良いよ」。「一国経済史打破、ミシン全体史の2本立てで頑張れ」。<br />
※	ノーベル経済学賞受賞の可能性があった日本人は、森嶋通夫（大阪大学・LSE）、置塩信雄（神戸大学・大阪経済大学）の2名。現役では、青木昌彦と塩沢由典の2名。<br />
・	狭間亮次…新古典派経済学、日本中世史～「ミシンってロック・インだね」。「筑摩からマルクス・コレクションって出ていた（出版されていた）んだね、フーコー・コレクションや空海コレクションも出てるよ」→交流が大切。（例）耳学問、ショーペンハウアー。<br />
・	中岡哲郎…産業技術史～「キモノは縫うのが簡単すぎてミシン不要」。<br />
◎	今年の抱負<br />
・	日本衣服史と衣服産業史の立て直しと一定の体系化。→出来るだけ授業に反映。<br />
・	20世紀の経済学は19世紀までの自然科学を踏襲→20世紀の自然科学の成果を21世紀の経済学へ。<br />
└例えば、量子力学の導入、万有引力（重力）への疑念・10進法（西暦など）への疑念（情念引力、対数の導入）など。→経済学同様に糞詰まりの物理学でも、アインシュタイン並みの破壊力が期待。<br />
◎	補足<br />
①	東アジア経済史研究会での中国・韓国研究者の態度からみた日本の課題。<br />
②	私の少年野球と70年代日本のベトナム難民受け入れ。「チャオ」の笑顔。<br />
→70年代日本の懐の広さ～田中角栄の日中国交正常化実現。80年代中曽根の中国人留学生奨励策。<br />
　～新聞・ニュースとは異なり、意外と、政治家レベルで日中間は最低限の友好関係が築かれている？<br />
　　　～留学生の奨励…学問・技術流出を招くにも拘らず奨励した先見性（留学生毎年10万人政策）。<br />
　　　～安部（阿部？）の失敗は、東アジアの一環として日本を捉えられず（第二次大戦後に「美」を語った罪は重い→cf. テオドール・アドルノ「アウシュビッツ以後に人間が美を語る資格はない」）。<br />
③	私の関心…原点は森本六爾（春学期紹介の奈良県桜井市出身の考古学者、弥生農耕起源説、32歳で没）<br />
・	中国…①小学生（77～82年）…父や学校その他から中国・朝鮮からの影響を聞かされ、6年生の時に、佐藤純彌・段吉順監督『未完の対局』。②2000年頃、J-Phoneの宣伝（フェイ・ウォン＝王菲）、③2003年、ウォン・カーウァイ（王家衛）、レスリー・チャン、ブリジット・リンを知る。④哈爾浜2006。<br />
・	ドイツ…①90年頃、カール・マルクス（19世紀中後期の経済学者・哲学者）、ヴァルター・ベンヤミン（20世紀前半の批評家）、②90年代前半、学部時代のドイツ文学・哲学の先生との出会い（細見和之～大阪文学学校講師も）、③96年のベルリン旅行（ベンヤミンの故郷）。<br />
・	イギリス…音楽。プログレだとKing Crimson。オルタナティブだとthe Cranberries。<br />
・	アメリカ…映画、音楽。『スパイダーマン』、『チャーリーズ・エンジェル』、監督ではクリント・イーストウッド、俳優ではブラピ、キャメロン・ディアス、歌手はマドンナ。<br />
・	フランス…映画、小説、服飾史。映画はジャン・リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー。小説は、マルグリット・デュラス『モデラート・カンタービレ』。<br />
・	日本…ほとんど飽きました。経済学は輸入経済学が大半。塩沢への期待。経済学や経済史で独自なポジションは取れるか？＞私の課題。　映画は『窓からローマが見える』。</p>

<p><br />
●	織物製品や服飾品の偽造問題<br />
（1）	1900年頃のフランスの事例<br />
・	絹織物のラベル偽造～杉田定一『欧米羽二重商況視察報告』（1897年、農商務省刊）から。<br />
・	織物としては本物、リヨン産としては偽物。<br />
（2）	2000年頃の中国の事例<br />
①	バッグの偽造ブランド～『ハーパース・バザー日本版』2007年9月号から。<br />
・	バッグとしては本物、ヴィトン製としては偽物、品質は比較不能（偽造品の方が優秀かも知れず、トップ・ブランドはラベル利用≒特許・著作権で勝負のみ～ズルい）。<br />
②	食品偽造問題～肉まんへのダンボール注入など。<br />
・	食品としては偽物。ダンボールを食品と思えば別だが…。<br />
・	（参考）中国でのミネラル・ウォーターと腹痛。→飲料水として本物？偽物？<br />
（3）	2000年頃の日本の事例<br />
①	賞味期限偽造～ラベル問題。<br />
・	食品としては本物、賞味期限表示が偽物。<br />
②	古紙配合率偽装～昨日の新聞。<br />
・	再生紙を利用した物としては本物、古紙配合率表示としては偽物。配合率によって偽物か本物か判断が分かれる。</p>

<p>●あなたたちへのメッセージ<br />
（1）	子供から大人への「成長」～ゴダール『愛の世紀』、『新ドイツ零年』から<br />
・	子供と大人…あなたたちは、いつから大人になった？　大学入学時？成人式？就職直後？<br />
・	大人とは「揺らぎ」（未完成）の期間…固定的なのは、むしろ、子供と老人。2分法を乗り越えろ。<br />
（2）	男性が評価される観点は2点…仕事が出来るか、女性にもてるか、に尽きる。<br />
・	仕事を楽しむ余裕。<br />
・	デート中の視線と、改札口の視線。<br />
・	フランソワ・トリュフォーの映画を見まくる。<br />
（3）	女性、またはそれに関わることになる男性へ<br />
・	米という食料は男性的比喩に使われてきたが、粟は女性的。→陰陽五行説で考える。<br />
・	出産後100日は、粟も食べろ。産後100日間に米ばかり食べると体温低下をもたらすので40代以後、骨粗鬆症になりやすい。粟は体温上昇に欠かせない。不味ければ、米と粟を混ぜて食べる。<br />
（4）ファッションは適度に。周囲を参照せず、自分に似合ったものを目指す。外見への自由は内面の脆さを示す。ファッション雑誌からの情報収集はコピーを量産する。他人からアドバイスを貰うこと。<br />
（5）4月からの「歴史学入門」はミシンからみた女性史・多国籍企業論・技術史・経済史・ミシン普及史・企業史などから多角的に検討するので、受講したことのない方は、是非受講をお薦めする。<br />
（6）講義ノート製本に向けての協力。<br />
（7）座右の銘<br />
①「佛祖有雲 旗未動風也未動 是人的心自己在動」（仏典曰く 旗なびかず風なし 揺らぐは人の心なり）<br />
～王家衛（ウォン・カーウァイ）『楽園の瑕』1994年、香港（原題：東邪西毒／英題：Ashes of Time）<br />
→人の心は脆い。脆いことを素直に受け止め、毎日をこなしていくことが大切。意固地・意地は不毛。<br />
（http://wkw2004.com/film/1994.html）<br />
②所有的記憶都是潮湿的（全ての記憶は涙で濡れている）<br />
～王家衛（ウォン・カーウァイ）『2046』2004年、香港・中国・フランス・ドイツ・日本<br />
→涙と悲しみで明日以降を生きるとき、人に迷惑を掛ける時がある。過去は過去として、未来へ「幸福」として転換させる気持ちの切り替えが必要。未来像をイメージ・トレーニングをして、「将来」へと転換せよ。（http://wkw2004.com/film/20462004.html）</p>

<p><br />
●最終講義用の表。</p>

<p>表 1　藤本仕立店の柔道着購入者上位20位<br />
 <br />
※	藤本家文書「大福帳」より作成。<br />
※	単位は円。1909～26年総額の上位20位を挙げた。</p>

<p> <br />
表 ２　藤本仕立店の所有ミシン一覧<br />
 <br />
※	出典：藤本祥二氏文書「裁縫機登録調査書」（史料番号229-98）より作成。「ミシン製造年」「ミシン製造工場」については「シンガー・ハッピー社」のホームページから作成。<br />
※	所属組合名は、全て「兵庫県西部内地向被服製造工業組合」。<br />
※	データ番号３４は、「H」の後に６桁の数字が並んでいるが、シンガー・ハッピー社のホームページによると「H」開始のシリアルナンバーは７桁のものしか存在しない。藤本の誤記かと思われるが、いずれにせよ、「H」から始まるシリアル番号は１９０６年か０７年製と思われ、製造工場も表のとおりと判断した。<br />
※	米エリザベス工場はニュージャージー州・エリザベス工場、ドイツはヴィッテンベルゲ工場、ロシアはポドルクス工場、スコットランドはクライドバンク工場。</p>

<p> <br />
Sorry, by Madonna (2005)<br />
 <br />
※	転ぶことは誰にでもある。問題は起きあがり方、その時こそ挑戦だ。そうだろ？　自分の世界に閉じこもり、ダンスも現実逃避だった。でも、どんな闇にも光はある。（モードの世紀「マドンナ コンフェッションズ・ツアー・ライヴ」http://www.mode21.com/column/003411.html）</p>

<p>●お勧め書籍<br />
・ヴェルナー・ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義』1912、金森誠也訳、講談社学術文庫、2000年。<br />
　　資本主義経済の原動力は何かという問いについて、マックス・ヴェーバーが「禁欲」に要因を求めたのに対し、「贅沢」を対置したといえる本。フランス貴族の贅沢が世界経済を促進したという発想。</p>]]></description>
<link>http://www.mode21.com/lecture/003760.html</link>
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<category>JH日本の歴史｜2007年度</category>
<pubDate>Fri, 22 Aug 2008 03:25:40 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>20080118</title>
<description><![CDATA[<p>■	シラバス、カバー出来なかったテーマの簡単な説明。<br />
①	20世紀前半における化合繊の普及と在華紡の展開<br />
・	化合繊（ナイロン、アクリルなど）が普及、ミシンの針はステンレスへ。<br />
・	在華紡は、20世紀初頭に、中国へ工場を置いた日系紡績会社。三井物産、内外綿などが活躍。 <br />
②	20世紀中葉における制服産業の海外膨張 – 戦争に絡めて（2）<br />
・岡山県の学生服の輸出化計画→旧満州に移住した日本人労働者の子息向け（20万人程度）。<br />
③	19・20世紀における、産業革命の影響とフェティシズム（≒フェチ）の成立<br />
・	産業革命は、従来の工程（紡績→織物→衣服）が家庭内で行なわれていた状況を、各工程別工場へ分断。経済学では社会的分業という。この経済システムが人間の発想にも影響を与え、19世紀以後「断片」、「部分」への崇拝が始まった。先進国では地域関係、人間関係、恋愛関係が希薄化。<br />
・	たとえば、脚フェチ、乳フェチ、髪フェチ、革フェチ、ブーツ・フェチ、など。声フェチはやや例外（山田登世子『声の銀河系』河出書房新社を参照せよ）。<br />
④	ジーンズの成立と、20世紀後半の日本への爆発的普及<br />
・	ジーンズの成立は1870年代頃の北米合衆国。日本へは1960年代に普及。元は作業着（効率よい）。<br />
⑤	20世紀日本におけるブランド需要 – シャネル、ヴィトン、エルメスを比較して<br />
・	シャネルは単体企業として努力、ただし、創業者の意図とは異なっている。<br />
・	ヴィトンは、LVMHとしてブランド企業の買収によって巨大化。21世紀に通用するか？<br />
・	エルメスもシャネルに似て、単体で努力。（婦人公論編集部『カレ物語』中公文庫を参照せよ）。<br />
⑥	20世紀後半における東西融合のあり方 – コムデギャルソンとヴィヴィアン・タム<br />
・	コムデギャルソン（川久保玲、日本）70年前後、フランス進出、フランスがモデル。<br />
→モードの世紀「コムデギャルソン」http://www.mode21.com/brand/002831.html<br />
・	ヴィヴィアン・タム（谭玉燕／Vivienne Tam、中国）93年ニューヨーク進出、東西融合がテーマ。<br />
→モードの世紀「ヴィヴィアン・タム」http://www.mode21.com/brand/002927.html</p>

<p><br />
◎	日本史の理解の方法…日本内部にこだわるよりも、外交・貿易で考える方が理解しやすい。20世紀を除くと、文化や技術の吸収力、そして対外関係に強かった。21世紀は外国援助・経済開発（ナビゲート）よりも、外国どうしの「間」に入ることが長寿の秘訣？→外国間の外交や、経済開発のコーディネート。<br />
◎	21世紀の日本は中小企業の時代～小回りの効く（フットワークの軽い）経済対応が必要。</p>

<p>◎	昨年の失敗…代替歴史観を提起できず、時間切れ。<br />
・	衣服史・経済学の教科書の限界を知ったが、代替的な歴史観を構築し切れなかった。<br />
└高松塚古墳の壁画（風水の活用と飛鳥美人）～昨年8月、塩沢さんの一撃。<br />
「壁画は石室の東壁・西壁・北壁（奥壁）・天井の4面に存在し、切石の上に厚さ数ミリの漆喰を塗った上に描かれている。壁画の題材は人物像、日月、四方四神および星辰（星座）である。東壁には手前から男子群像、四神のうちの青龍とその上の日（太陽）、女子群像が描かれ、西壁にはこれと対称的に、手前から男子群像、四神のうちの白虎とその上の月、女子群像が描かれている。男子・女子の群像はいずれも4人一組で、計16人の人物が描かれている。中でも西壁の女子群像は（壁画発見当初は）色彩鮮やかで、歴史の教科書をはじめさまざまな場所でカラー写真が紹介され、「飛鳥美人」のニックネームで親しまれている」 。<br />
・	西暦自体への疑念…今後、グレゴリウス暦を再検討（昨年度の学生の質問が発端）。<br />
└河姆渡遺跡 出土の織機（紀元前7000年頃）の衝撃。中国新石器時代の木製織機…。<br />
◎	昨年の収穫…３人の経済学者との出会い。<br />
・	塩沢由典…複雑系経済学・進化経済学～「難しくても古代から教えるのが良いよ」。「一国経済史打破、ミシン全体史の2本立てで頑張れ」。<br />
※	ノーベル経済学賞受賞の可能性があった日本人は、森嶋通夫（大阪大学・LSE）、置塩信雄（神戸大学・大阪経済大学）の2名。現役では、青木昌彦と塩沢由典の2名。<br />
・	狭間亮次…新古典派経済学、日本中世史～「ミシンってロック・インだね」。「筑摩からマルクス・コレクションって出ていた（出版されていた）んだね、フーコー・コレクションや空海コレクションも出てるよ」→交流が大切。（例）耳学問、ショーペンハウアー。<br />
・	中岡哲郎…産業技術史～「キモノは縫うのが簡単すぎてミシン不要」。<br />
◎	今年の抱負<br />
・	3本目（シンポジウムでの東アジアのミシン普及）、4本目（杉田の海外視察～絹羽二重）。<br />
・	国立民族学博物館特別共同利用研究員…民族衣装・民俗衣装の変貌～旗袍、アオザイ、チョゴリ。<br />
・	日本衣服史と衣服産業史の立て直しと一定の体系化。→出来るだけ授業に反映。<br />
・	20世紀の経済学は19世紀までの自然科学を踏襲→20世紀の自然科学の成果を21世紀の経済学へ。<br />
└例えば、量子力学の導入、万有引力（重力）への疑念・10進法（西暦など）への疑念（情念引力、対数の導入）など。→経済学同様に糞詰まりの物理学でも、アインシュタイン並みの破壊力が期待。<br />
◎	補足<br />
①	シンポジウムでの中国・韓国研究者の態度からみた日本の課題。<br />
②	私の少年野球と70年代日本のベトナム難民受け入れ。「チャオ」の笑顔。<br />
→70年代日本の懐の広さ～田中角栄の日中国交正常化実現。</p>

<p>●	タイプ2の複雑さ─藤本仕立店の事例から</p>

<p>（1）概略<br />
　①創業経緯…1894年頃。<br />
　②販売圏<br />
・	朝来郡・神崎郡など（生野鉱山周辺諸地域の小売店、後に鉱山そのものを顧客に）<br />
・	赤穂郡・揖保郡など（同業者）<br />
・	神戸市・大阪市など（警察、学校、道場など）<br />
　③藤本の特徴…職工数1桁を維持しながら、タイプ2bの業態を約50年間にわたり維持。しかも、取扱製品が多様。</p>

<p>（2）製造（生産体制）<br />
　①自家生産…裁断、手縫い・ミシン縫い。<br />
　②委託生産…裁断後に生地を配付し、一部の家庭にはミシンを貸与。<br />
└①と②に明確な製品区別はなく、量を分けたということ。ただし、柔道着は全て自家生産のみ。</p>

<p>（3）販売（販売体制）<br />
●販売そのものからみると、<br />
①卸販売（掛売が中心）…小売店には、呉服屋・織物問屋、醤油醸造業者、文具店など。<br />
②現金販売（現金売）…店頭販売。たまに掛売（厳密にはツケ）あり。<br />
●加工・未加工からみると、<br />
　③製造販売　（2）の2タイプの製品を販売。<br />
④仕入販売　（藤本取扱い不能製品～量的に多すぎる場合や、材料生地取寄せ不能の場合など）<br />
　└全てを仕入販売したのは学生服（岡山県と大阪府の業者から藤本を経由し、学校へ）。</p>

<p>表「藤本仕立店の柔道着購入者上位20位」<br />
 <br />
※	藤本家文書「大福帳」より作成。<br />
※	単位は円。1909～26年総額の上位20位を挙げた。</p>

<p>・	山村清助（揖保郡龍野下モ町）…同業者と同時に藤本仕立店の特約販売店 。<br />
→山村商店の売行きが上がれば、藤本の知名度も上がり、売上げ増。</p>

<p>・	顧客には、上記以外にも、道場（大日本武徳会等）、役所（福崎町役場等）が多い→大規模顧客</p>

<p>・	個人顧客の例<br />
①	田辺又右衛門…不遷流柔術4代目。大日本武徳会の教師も務め、後に警視庁師範 になった。<br />
②	中山英三郎…不遷流柔術5代目で、岡山県矢掛町にて道場を開く 。～「八掛中学校」との関係は？<br />
③	日置隆介…「東京小石川区下富坂町講道館」 →東京に販売？！、講道館！？</p>

<p>（4）まとめ─小規模裁縫業者の50年規模維持操業の要因<br />
①＿＿＿的協力と＿＿＿的協力によって、この複雑さを維持させた。<br />
　　②炭鉱労働者向け仕事着を販売し続けた。<br />
③1910年代に到来した大衆消費社会に、柔道着でブームに乗った。<br />
④大量販売も重視し、生野鉱山や警察署・学校・道場などを直接の顧客へ。</p>

<p>（5）大衆消費社会へのタイアップ<br />
①柔術から柔道への転換<br />
・	19世紀末以降、日本の各武術が「修養主義的価値 」の意味合いを含みはじめ、以後、「武道」へと用語が変更されたのは1910年代後半 。<br />
・	東京を中心に展開していた講道館柔道が統一流派として位置づけられる過程において、近畿地方西部・中国地方で広まっていた不遷流柔術は衰退へ（剣道や唐手・空手 との違い）。<br />
②柔道のその後<br />
・	修養主義は、軍国主義的かつ愛国主義的なものにつながり、同時に、柔道は対外的な日本武術の代表的立場へ。<br />
→ブルース・リー（李小龍）『ドラゴン怒りの鉄拳』1971年、香港（原題『新精武門』）。</p>

<p>【コラム】現代鉄道地図から考えてみよう！  </p>

<p>☆	先進大陸には、先進大陸の責任がある。<br />
☆	21世紀における北半球再編成と、アメリカ合衆国暴走抑止へ</p>

<p> </p>

<p>（1）	イタリアやスカンジナビア半島と朝鮮半島や日本列島とが結ばれる → ユーラシア大陸横断鉄道の実現へ<br />
←朝鮮半島と九州・本州との海底トンネル実現性、2022年の大阪・東京間リニア・モーターカー開通（後者に塩沢は留保的）。<br />
キー・ポイントは、<br />
①ロシア経由か中国経由（cf.田中真紀子の失職、鈴木宗男の糾弾）かの問題。<br />
└私見では、両方通せばいい、つまり２国とも経由国になる。<br />
②朝鮮民主主義人民共和国の問題…東アジア全体で救済すべき <br />
③中国のみで運転されているリニア・モーターカーの実現が、ユーラシア大陸横断リニア・モーターカーとして、どの程度まで広がるか。</p>

<p>（2）	世界史上最大の帝国はモンゴル帝国だったが、世界史上最悪の帝国はアメリカ合衆国。その暴走を抑制するにはユーラシア大陸の団結・連合が必要。<br />
キー・ポイントは、①ＥＵ（欧州連合）のさらなる団結（ギリシアの貧困問題、イギリス未加盟問題など）、②東欧の和解、③ロシア・中国間の関係改善、④日本人の群生癖・陰湿性・凶暴性の反省、⑤日本列島と近隣諸国との関係改善、⑥韓国・日本国からの米軍撤退と非武装維持など。</p>

<p>（3）森嶋通夫の提案…韓国・日本国の技術と中国の資源との共和的結合を通じた東アジア共同体。<br />
・ただし、日本国側が他国へ「教える・開化する」というような上下関係・啓蒙思想は導入してはならない。森嶋のいう経済的国家連合の首都は沖縄（私見では台湾でも良いが、沖縄に首都を設置することで米軍基地追放の可能性が生じ、東京という意固地な政府や、鎖国的都内行政への牽制になる）。</p>

<p>●	近代日本における洋裁・洋裁教育 ：典型的な鎖国型普及とシンガーの台頭 </p>

<p>（1）	明治初期：教養としての洋裁（キリスト教宣教師による英学が付随するケース多い）<br />
・	1870年…横浜ヘボン施療所（メアリー・エディー・キダー/アメリカ合衆国。現/フェリス女学院）<br />
・	1872年…京都府立新英学校及女紅場（エヴァンス夫妻/イギリス。現/京都府立鴨沂高等学校）<br />
・	1873年…時習社（同上）、裁縫塾（サイゼン/ドイツ）<br />
・	1878年…出島英和学校（J.C.デビソンかC.S.ロング/ともに合衆国。後者なら現/鎮西学院か？）<br />
・	1886年…知新女学校（不詳。宮城県一関）<br />
（2）	明治中期：専門職としての洋裁（鹿鳴館、外国人居留地等での経験を経た日本人洋裁教授者の登場）<br />
・	1886年…共立女子職業学校（元/渡辺辰五郎裁縫私塾、現/共立女子学園）<br />
・	1887年…婦人洋服裁縫学校開校、沢田虎松（フランス公使館裁縫方）らが指導。<br />
・	同時期、足袋職出身で西洋人家庭の入仕事を経た田中栄次郎、早期にミシンを駆使した飯島民次郎（1883年に在日ヨーロッパ人の婦人客を狙って開業、のち、飯島貴族婦人専用洋服店へ） ら。<br />
（3）	明治後期：教育科目としての洋裁（帰国子女ラッシュ・女学校創立ラッシュの開始）名人技の終了<br />
・	高等女学校教授細目…1899年制定時に子供服・エプロン、1903年に文部省検定裁縫科試験へ洋裁科目導入（当初は和裁教師が洋裁も教授） 。<br />
・	1899年…実践女学校開校（下田歌子、現/実践女子大学）。<br />
・	1900年…＿＿＿＿＿＿＿社、日本進出（以後、06年時には東京・大阪・長崎・名古屋に支店）。<br />
・	1901年…女子美術学校開校（横井玉子・藤田文蔵ら、現/女子美術大学）<br />
・	1906年…ミシン裁縫専門学校 開校（東京麹町区有楽町・大阪東区北浜）<br />
・	1911年…共立女子職業学校が高等師範科を設置。同科は25年の専門学校令で専門学部へ昇格。<br />
（4）	大正期から第2次世界大戦終了まで：洋裁学院・研究所設立ラッシュ（女性教授に平面裁断多い）<br />
・	1920年…『婦人之友』で西島芳太郎が洋裁実習と誌上洋裁を担当。<br />
・	1920年…飯島民次郎の弟子、並木伊三郎が「並木婦人子供服裁縫教授所」開校。<br />
・	1921年…並木婦人子供服裁縫教授所が、シンガー・ミシン販売店の遠藤政治郎の協力で「文化裁縫女学院」 へ。<br />
・	1921年…飯島系仕立業者の町田菊之助が「婦人子供服普及会」を設立し、講習・講演・型紙を販売。<br />
・	1921年…飯島栄次が神田に「飯島洋裁研究所」を設立し、翌年、「飯島洋裁学院」へ。<br />
・	1926年…加藤謙吉がラジオ婦人洋裁講座「婦人服の裁断と仕立方」をラジオで担当。<br />
・	1926年…杉野芳子が読売新聞で洋裁講座を連載し、目黒に「ドレスメーカー女学院」開校。<br />
・	1929年…伊東茂平「イトウ洋裁研究所」を開設。<br />
・	1937年…田中千代が芦屋に「田中千代服装学園」設立（現/田中千代服飾専門学校） 。<br />
・	1940年…桑沢洋子（伊東茂平の弟子）が「桑沢服装工房」設立。54年に桑沢デザイン研究所、バウハウス導入。<br />
（5）	戦後の洋裁教室ラッシュと減少<br />
・	洋裁の意味変化…戦前までの職業人養成から、花嫁修業への転換。<br />
・	洋裁教室の減少…裁縫の出来る人間の減少、ただし、保育士などは出来る（壊滅じゃない）。</p>

<p>まとめ<br />
・	職業から趣味への裁縫の変化と衰退<br />
・	大学・専門学校→教室<br />
・	近代家父長制の成立と終焉</p>]]></description>
<link>http://www.mode21.com/lecture/003759.html</link>
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<category>JH日本の歴史｜2007年度</category>
<pubDate>Fri, 22 Aug 2008 03:24:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>20080111</title>
<description><![CDATA[<p>◎	穴埋めの用語…ミシン未導入、ステンレス（stainless）。前々回の大丸の空白は「糸割符仲間」。<br />
◎	1月22日（火）補講…６限（18時から）→ミクロは７限です。<br />
◎	テストは3問。</p>

<p>●	日本の工業化の開始（19世紀後期）<br />
・	19世紀国家・企業の傾向であった大規模化を20世紀前半に実現したが、予知能力が欠如し失敗。<br />
└「大日本帝国」は19世紀末成立。以後、経済は急成長を遂げたが、「規模の錯誤」ゆえ、20世紀後半には衰退。→中小企業保護・育成政策が遅れた（説得的なのは、イイダ靴下会長の談話）。<br />
・	父（資本）にすがりつき、母（土壌）を忘れた時代の始まり。～2004年上海での20代女性との会話。<br />
・	現代日本の抱える経済的課題…第1～3次産業での東アジア共同体圏の重要性と、第4次産業の開発。<br />
└産業技術的には、赤の女王仮説とロック・インとの関係をどう考えるかが重要。</p>

<p>●	終わりから考える重要性<br />
①	松任谷由実「リフレインが叫んでいる」<br />
・	「どうして、どうして、出来るだけ優しくしなかったのだろう。二度と会えなくなるなら」。<br />
②	私の授業への姿勢<br />
・	二度と会えないなら、知識より発想。誰でも共有できる知識は後で注入可能だが、発想は出会いの偶然性に左右される。二度と伝えられない可能性が高い。<br />
③	終わりから考える<br />
・	自分の位置を多角的に／未完成さ、不完全性の下で、どれほど頑張れるか（教務提出アンケート）。<br />
└具体例…≪卒業後の自分にも≫役立ちそうな授業や先生を捉まえる。スルーが一番不毛。<br />
過度な権威を教師に感じることは不要（～マルクスの奴隷制理解）。権威より敬意。<br />
・	読書・勉強も同じ～100％信じて読まないこと。100％信仰は理解力を助けるが、マルクスやケインズも、100％正しいわけじゃない。日々の授業では予習より復習。テストも同じ。対策も大事だが、テスト後が最重要。<br />
④	いろいろな完全性モデル<br />
・	例）宗教では神（バンダ諸島・モルッカ諸島～浅田實『東インド会社─巨大商業資本の盛衰』の例）／生命では前成説／現代地球ではアメリカ合衆国／日本の都市では東京23区／経済学ではケインズたち。～共通するのは抽象性。イメージの浸透力が強いため、そこへ行く必要なし。→学部時代の喫茶店オーナー（大阪文学学校 ）との会話～「東京へ始めて行ったのに、懐かしかったの…」。<br />
⑤	正村弘正『増補　敗北の二十世紀』ちくま学芸文庫、2007年。<br />
・	（もくじ）記憶の縁─序にかえて／概念の物語／非正規性の空間／「残された」言葉／敗北の記憶／時代認識に関する一考察─一九二〇年代の「発見」をめぐって／「文献学的な知」に向けて／丸山眞男における「恐怖」／部ケットの小さなポリティクス／あとがき／文庫版あとがき<br />
・	「文明が「滅亡」しつつある時期にこそ、始めるという自由の能力」(36ページ)。<br />
・	「時代の窮状が、自由という名の始まりを呼びかけ（中略）、世界喪失という生の条件が、いわば終わりからの思考においてそれを思い出させる」（同ページ）。<br />
・	ヴェーバーの合理性・合理的秩序の理解と、ベンヤミンの拒絶。<br />
◎1920年代の大衆消費社会、特にドイツのワイマール文化という人類の夢と、30年代の恐怖・40年代の破滅を軸に、同時代ドイツの思想家たちの思索をたどる。このような関心のもとで、1920年代の日本と、戦後日本、特に1970年前後の日本との間にみられる断絶と同一性を検証している。<br />
☆	終わりから始まる≪始まり≫という転換への呼びかけには共感できるが、アメリカ合衆国と東アジアへの関心が抜け落ちているのが物足りない。戦後日本を考えるには、避けることは出来ない地域だからである。<br />
☆	新しい学問を模索する必要性を唱え、文体形式の転換を呼びかけている点も共感できる。しかし、本書自体の思想史的文体や叙述方法は従来通りのパターン。<br />
☆	「負の遺産を含む歴史との「対決を避ける」心性は、私たちのもとで一層強固な根を張りつづけている」（165ページ）。<br />
→常石敬一『七三一部隊─生物兵器犯罪の真実』講談社現代新書、1995年。<br />
　　授業で述べた朝鮮戦争への米軍の利用は確固たる証拠がない／しかし、石井部隊から米軍へのデータ供与は事実／朝鮮戦争での原爆投下にベトナム戦争での枯葉剤散布は、品種別破壊ではなく、ジャングル全体の破壊／総じて生物兵器は威力が小さかったが、1972年の転換（バーグが試験管内で組み換えDNAの作成）と『バイオハザード』／</p>

<p>●	リクエスト</p>

<p>（1）いつ頃から日本人が靴下を履くようになったのか<br />
靴下は品目として難しいものがありますが、数千年の歴史のなか、普及した順序でキーワードを書き並べてみますと、裸足→足袋→靴下となると思います。ただし、裸足の場合は草履（ぞうり）や下駄が履かれたのは間違いありません。（参照→福井貞子『野良着』法政大学出版局）ただし、聖徳太子の像に代表されるように、飛鳥～奈良時代にはすでに公家レベルで革靴が利用されていることから、靴の中は、跣か靴下だったと思います（身分、職業、地域によって異なる）。靴下が履かれていた場合、今のようなメリヤス製の靴下（もっと粗いでしょうが）だったか、織物の靴下か、いずれかのはずです。<br />
（2）軍服。特に第二次世界大戦のときなど国自体が金銭的にも苦しい時、生地は何でまた当時の苦労、役割。<br />
国民レベルでは、衣料は全て配給制になり、市町村などから配られる切符を持って、所定の場所で衣料と交換することになりました。食料など他の生活必需品も同様です。衣料の場合は軍服が最優先ですから、国民レベルの衣料はスフとよばれる粗悪な繊維が綿糸と混ぜて使用されました。戦況の悪化とともに綿糸混合率が低くなっていったこともポイント。生地は、基本的にスフ入り綿布だと考えておけばいい。あと、戦争において「織物」が利用された品目は、軍服に限りません。何に使われたでしょう？</p>

<p>●コラム<br />
☆19世紀中期のヨーロッパ服飾品産業の勃興を目の当たりにして、マルクスは、「過渡的形態の錯綜」と捉え、他部門も含め、工業化（産業革命の開始）のなかで最も重要な機械はミシン（Nähmaschine） だと理解した。140年経った今、ようやく「錯綜」の絡繰りが分かりつつある。<br />
☆そもそも、繊維・服飾品産業は、いい加減か、脆い。<br />
①織物<br />
・西陣では民間レベルの組合は設立されたが、朝廷（皇居）移転とともにブランド化に失敗。<br />
・19世紀末のリヨン（フランス）では産地名虚偽行為が横行→杉田定一の発見と冷静な対応。<br />
②服飾品<br />
・オートクチュール組合の場合、コルセット を追放しつつ19世紀の技術をスムーズに継承。<br />
・20世紀中期のイタリアで、フランスのブランド・バッグの偽造販売問題→コルベール委員会。<br />
・20世紀後半のイタリアで、アルマーニやヴェルサーチ等が賄賂で活性化（展示会優遇等） 。<br />
・21世紀初頭には中国でフランスのブランド・バッグの偽造販売問題が表面化。<br />
　　└『ハーパースバザー日本版』9月号の論法（フランス善VS中国悪という単純な構図）に隠された罠とは？　次回の授業でレポートを自由提出（2,000字程度） 。次々回は受け付けない。<br />
 <br />
●	近代日本における衣料品産業の諸類型</p>

<p>（1）繊維・衣料製品（服飾品）の基礎知識</p>

<p>①前提1…繊維・衣料製品の段階<br />
 <br />
※	編物（ニット、メリヤス、ジャージー）は除く。糸→服・靴下など直接変化する工程・製品。<br />
※	日本の場合の規模傾向は、紡績工程は大規模、織布工程は中規模、裁縫工程は大規模～小規模。</p>

<p>②前提2…対応機械の開発年表<br />
 </p>

<p>（2）服飾品産業の特徴<br />
・川上（紡績業・製糸業等）や、川中（織布業・織物業）に比べ業種が多く、＿規模経営が多い。<br />
└裁縫業、仕立業、縫製業、足袋業（足袋装束）、帽子業、メリヤス業など。<br />
・個別業種の取扱い製品が、多種にわたる場合と、一部の足袋業者のように単品を扱う場合が混在。</p>

<p>（3）19世紀後半に勃興した服飾品産業の類型化（日本以外でも、ほぼ通用）</p>

<p>　①製品種からみた場合<br />
・タイプ1…画一生産（軍服、学生服、運動着、足袋などが単体）。サイズの違いは除く。<br />
・タイプ2…複数生産（シャツ、パッチ、ズボン下、足袋、脚絆、法被などが混在）。</p>

<p>②未製品・製品からみた場合<br />
・タイプa…未製品。店舗や卸で販売されない衣料（自家消費・労賃なし）と、軍服（労賃あり）。<br />
・タイプb…製品。店舗や卸で販売される衣料。学生服、運動着、スーツ、シャツ、ズボン、足袋等。<br />
※	古代「縫部司」、「縫殿寮」など公家の裁縫部門との違いは賃金の有無、ミシンの有無、だけ？！</p>

<p>　③職工規模からみた場合<br />
　　・職工数１桁、2桁、3桁、4桁。</p>

<p>◎服飾品の産業化の意味は、タイプ1・タイプ2ともに、aに比してbの比重が大きくなる転換。</p>

<p>図 1　ミシン輸入総額の推移（1883～1937年、単位は円）<br />
 <br />
図 2　ミシン輸出国別推移①（1883～99年、単位は円）<br />
 <br />
出典：『大日本外国貿易年表』大蔵省、各年版より作成。</p>

<p>（4）日本の具体例</p>

<p>①タイプ1<br />
　　　・スーツ、ドレス等（横浜・神戸）…小規模仕立店（通称tailor）、19世紀中期に勃興。1～2桁。<br />
・軍服（東京陸軍被服廠）…1886年設立（タイプ1bの嚆矢）。4桁。<br />
・学生服（岡山県・大阪府）…1910年代以後。規模不明。<br />
・大規模足袋業者（福岡県・大阪府）…20世紀初頭勃興、1910年代に合資会社・株式会社化。<br />
　└つちや足袋、しまや足袋、福助足袋など。3～4桁。→このプリント6ページの年表参照。<br />
　　　・小規模足袋業者…時期を問わず無数？　1桁が多い。（受託生産者）</p>

<p>②タイプ2<br />
　　　・藤本仕立店…1890年代～1942年。シャツ、パッチ、脚絆、足袋、袢纏、柔道着。1桁。<br />
（あ）製品種類は天文学的数字（天然繊維4種＋メリヤス × 製法・地域・色 × 3サイズ × 品目）。<br />
（例）イタリアネルシャツ、白撚真岡足袋、白縞ズボン下、アニリンズボン下、羅紗前掛、東京製婦人用パッチ等。<br />
（例）シャツにみる材料（素材）の多様性<br />
・織法…風織半袖、綾織、月影織、桜織、青石織、青赤織、倉敷大一取合、日出織、岬織メリヤス、刺子、七子etc…。<br />
・生地加工 …綿ネル、イタリアネル、インドネル、イギリスネル、白縞ネルetc…。<br />
・その他…縞縮・白縮、白綾ネル、天竺・晒天竺・縞天竺 etc…。<br />
（い）種々の業種名…「裁ほう」 、「足袋シャツ、装束」 、「襯衣莫大小商」 、「仕立」 等。<br />
└仕立業（仕立屋）が「足袋屋」と称されるケースは多い（「足袋屋」の史料から）。<br />
・メリヤス業…1900年代頃から、セーター、ブルマー、靴下など。1～2桁。</p>

<p>表 １　陸軍被服廠の職工数推移（1906～24年）<br />
 <br />
出典：内閣統計局編『日本帝国統計年鑑』各年版。</p>

<p>表 ２　20世紀転換期の軍服受託工場<br />
 <br />
出典：『工場通覧』各年版より作成。</p>

<p>図 3　ミシン輸出国別推移②（1900～17年、単位は円）<br />
 <br />
出典：『大日本外国貿易年表』大蔵省、各年版より作成。</p>

<p>（5）生産面からみたタイプ2の複雑さ<br />
・2aが2bとして創業（起業）する場合。<br />
・2aが2bの下請生産を行なう場合。<br />
・2bが1bへ転換する場合。<br />
・2bが1bの下請生産を行なう場合と、逆の場合。<br />
└前者の場合、1bは2b業者を多数必要にし、生産者的性格よりも、集荷的性格が強まる（問屋的）。</p>

<p>図 4　ミシン輸出国別推移③（1918～37年、単位は円）<br />
 <br />
出典：『大日本外国貿易年表』大蔵省、各年版より作成。</p>

<p>参考年表「しまや仕立屋の展開」<br />
 <br />
（出典）石橋正二郎『私の歩み』出版社不明、1962年、石橋正二郎『回想記』凸版印刷、1970年、より作成。</p>]]></description>
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<category>JH日本の歴史｜2007年度</category>
<pubDate>Fri, 22 Aug 2008 03:24:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>20071225</title>
<description><![CDATA[<p>●	19世紀における衣料製品の登場─戦争に絡めて（1）</p>

<p>（1）19世紀衣服産業化の最先端国家<br />
・	アメリカ合衆国以外の諸国は、先進国・発展途上国問わず、衣服産業が遅れた。<br />
・	衣服産業を支えたアメリカ合衆国のミシン会社は、世紀末にかけて、W&W社とSinger社との国内競争へ入り、1907年に後者が前者を買収する形で、アメリカ合衆国内のミシン市場を支配した。<br />
・	19世紀後半の軍服以外に、製品として普及したものの一つに、ジーンズを挙げることができる。代表的企業は、Levi Strauss & Co.（リーバイス）で、1870年代にwork pantsやoveralls等の製造が開始された 。<br />
・	フランスは19世紀中期に手縫い工たちの団結でミシンを駆逐、世紀後半にはミシンが普及。以後、オート・クチュール（注文服）を土台に、本格的販売戦略へ。1911年サンディカ（自衛的組合）、1950年代コルベール委員会（政府機関）、といった展開。しかし、20世紀後半には、60年代のプレタ・ポルテ（高級既製服）を筆頭に、没落の一途をたどり、LVMH（ルイ・ヴィトン＝モエ・ヘネシー）グループの統合型戦略の勃興。<br />
◎	まとめ：衣服産業史の決定的ポイント<br />
・	アメリカ合衆国…不特定多数の顧客想定、3サイズの規格化（見込生産）。結果は世界のアメリカ化。<br />
・	フランス共和国…特定多数の顧客想定、メジャーによる採寸（注文生産）。だが限界あり。19世紀後半には衣服産業でミシンが普及（デヴィッド・ハーヴェイ『パリ─モダニティの首都』、214～216ページ）。<br />
⇒ハーヴェイの指摘は、赤の女王仮説ともいえる。→ミシン　導入は貧困・発狂への第一歩。現代のパソコンも同じ事態。</p>

<p>（2）衣料製品の用語整理<br />
・	ここで挙げた用語群は、一つだけを取り上げて考えても、時期によって指す製品がずれるため、意味をなさない。対用語として理解すべきだが、私としては、これらの用語に、大した意味があるとは考えていない。<br />
・	幕末開港期に、唐→洋となっただけ。</p>

<p>（予習）19世紀後半から20世紀前半の日本で、ミシン輸入にはどのような特徴があったかを調べてみる。</p>

<p>●グローバルな「近代」とは何か─ユーラシア大陸の壊滅と再生<br />
・	この章のテーマは、近代という時代を18世紀から20世紀までの間の時期と考えたときに見えてくる事態を検討している。日本史では、1945年に近代が終わり、翌年から現代が始まったと理解されているが、この考え方に私は疑念を呈する。その疑念を丁寧に考えたのが本章である。</p>

<p>（1）	「戦後」はいつ始まったのか – 近代の「終わり」から考える<br />
①どの戦争・戦後処理に注目するか？<br />
・	ここで挙げた諸戦争は、全て、20世紀に行なわれた戦争である。これらの連続性を保証する鍵は、日中戦争と朝鮮戦争である。キーワードは、民間人を巻き込んだ戦争と人体実験。<br />
・	哈爾浜、南京、広島、長崎の4地域を同じように考える重要性　→反戦・反核へ。<br />
・	上記戦争の背後に忍んでいた国家とは、どこか？→②へ<br />
③地球規模で考える（時代・世紀の発想）…商品・情報・人間の集中した国家・都市は？<br />
・	徴税率や徴税制度の確立などにもとづいて、品目の生産数量を試算すると、17世紀までに最大の経済成長を続けたのは、一貫して中国であった（ウィキペディア「経済成長」をみよ）。<br />
・	大航海時代までのヨーロッパで作成された世界地図には、遠い場所を上（地図では北）に書かれることが多かった。その時、ヨーロッパにとって上とは天のことであり、東アジアが位置することが多い。<br />
・	19世紀は金融の首都としてロンドンを挙げることもできる。18世紀の工業生産力が19世紀に金融蓄積として展開した結果と考えられる。<br />
④19世紀の首都…パリ（フランス共和国） <br />
・	19世紀に衣料製品を中心として「在庫」という発想が登場したので、商店街や百貨店が勃興した。<br />
・	商店街・百貨店の建築材料に鉄が利用された。鉄は溶解すると変形可能で小分けができる。ただし、錆びる（汚す、しみを付ける→stain）という短所があった。したがって、20世紀の建築資材は、鉄の代替品開発から始まった。課題は「錆びない」という点にあり、鉄よりも軽量の素材が開発された。（　　　　　　） である。<br />
⑤20世紀の首都…ハリウッド（アメリカ合衆国）<br />
・	複製技術の時代における芸術作品…写真から映画へ<br />
・	この段階で、人間の「現実感覚」は、写真に近いかどうか、に変化した。それまでは多次元的。<br />
└モネの衝撃…絵画や文学でいわれる写実主義、リアリズム、モダニズムの登場は、その結果。</p>

<p>図1「出港前の自由の女神像」<br />
 <br />
「ニューヨークへ積み出される前のパリ作業場での自由の女神像」（図ともに、デヴィッド・ハーヴェイ『パリ─モダニティの首都』427ページ）。</p>

<p>（2）近代とは何か？…ヨーロッパのコンプレックスとストレス発散、そして自爆、そして再生。</p>

<p>図2「女性として描かれるパリ」<br />
 <br />
「パリはしばしば女性として表象される。ここでは縛り付けられ、無数の建設労働者たちが群がったものとして描かれている。」（図ともに、デヴィッド・ハーヴェイ『パリ─モダニティの首都』339ページ）。</p>

<p>①「capital」の意味から考える…英仏独語の類似点・相違点は？<br />
・	資本主義や市場経済を考える際のポイント…男女で考える。<br />
・	資本とは、フランス語の男性名詞、女性名詞は首都。<br />
└投資と処女地、不倫と処女、不倫と禁欲、汚れと潔白。<br />
　　②船と飛行機…海軍・空軍の優位性（vs陸軍）　※上表の英米語の違い。<br />
・	これらは男性的なイメージを持っている。<br />
③縫針（needle）の意味変容…裁縫針からミシン針へ<br />
・	これも男性的なイメージを持っている。ただし、利用者には女性が多かった。<br />
④第1次世界大戦の衝撃─ヨーロッパの自爆と自信喪失<br />
・	資本とは男根として考えられる。都市は女性として考えられる。<br />
・	サンディカの成立（1911年）→単なるフランス周辺の民族衣装を世界的モードへ。<br />
⑤近代の経緯─政治的対立の量産と、多国籍企業のぼろ儲け<br />
・	開始…ユーラシア大陸東部から西部（ヨーロッパ）への経済・文化蓄積の移動。<br />
・	経過1…ナポレオン戦争でヨーロッパ統一国家建設は挫折し、ヨーロッパ各国はアジア・アフリカ・アメリカ諸地域を植民地化し、20世紀後半にようやく徒労であったと認識（アメリカ合衆国除く）。<br />
・	経過2…様々な戦争とテロが勃発し、非日常的なはずの戦いが日常化。その間に、兵器産業や、多国籍企業は高利潤を上げた。～世界が全てアメリカになったら？<br />
・	終了…冷戦後における東欧の民族紛争と2度のイラク戦争（湾岸戦争）～現代の始まり。<br />
└兵器からみれば誘導弾の本格的登場。<br />
⑥資本主義（capitalism）とは何か？<br />
・	近代に勃興したと考えると、レジュメ通りになる。ただし、古代から存在しているという説もあり（マックス・ヴェーバー）。<br />
⑦日本の工業化の開始（19世紀後期）<br />
・	19世紀国家・企業の傾向であった大規模化を20世紀前半に物真似。<br />
・	父（資本）にすがりつき、母（土壌）を忘れた時代の始まり。～2004年上海での20代女性との会話。<br />
・	現代日本の抱える経済的課題…第1～3次産業での東アジア共同体圏の重要性と、第4次産業の開発。</p>

<p>●	織物製品や服飾品の偽造問題<br />
（1）	1900年頃のフランスの事例<br />
・	絹織物のラベル偽造～杉田定一『欧米羽二重商況視察報告』（1897年、農商務省刊）から。<br />
（2）	2000年頃の中国の事例<br />
・	バッグの偽造ブランド～『ハーパース・バザー日本版』2007年9月号から。<br />
・	食品偽造問題～肉まんへのダンボール注入など。<br />
（3）	2000年頃の日本の事例<br />
・	賞味期限偽造～ラベル問題（偽造、賞味期限変更など）。</p>

<p>◆	お勧め書籍<br />
デヴィッド・ハーヴェイ『パリ─モダニティの首都』大城直樹・遠城明雄訳、青土社、2006年（2003年）。<br />
ヴァルター・ベンヤミン『ベンヤミン・コレクションI　近代の意味』浅井健二郎編訳、筑摩書房、1995年。<br />
グラハム・マーシュ他『デニム・バイブル』田中敦子訳、ブルース・インターアクションズ、2006年。<br />
◆	お勧め映画<br />
ジャン・リュック・ゴダール『新ドイツ零年』フランス、1991年（原題「Allemagne 90 neuf zéro」）。<br />
※	東ヨーロッパという地域概念が消滅した1990年前後から、元西ドイツの初老スパイが送ることになった喪失感。<br />
ジャン・リュック・ゴダール『愛の世紀』フランス、2001年（原題「Éloge de l'amour」）。<br />
※	スタンダール『恋愛論』（19世紀）では、恋愛の段階を4つに分け、昇華作用（結婚・出産？）までをトータルに描いた小説であり、これに対し、ゴダールは、恋愛の段階を4つに分け、出会い・セックス・別れ・再会をヒントに人類の歴史を考えた映画。19世紀的なスタンダール恋愛論とは明らかに、恋愛の単位が変わっており、必ずしも結婚・出産が問題視されているわけではなく、「離別」と「再会」が大きな意味をもつ。</p>]]></description>
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<category>JH日本の歴史｜2007年度</category>
<pubDate>Fri, 22 Aug 2008 03:24:07 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>20071214</title>
<description><![CDATA[<p>●	江戸時代の呉服店─大丸屋呉服店（現「大丸百貨店」） </p>

<p>（1）	京都総本店（1729年設置）の役割<br />
・	経営理念の公布や経営管理から、営業販売・仕入・生産にいたるまで、あらゆる意味で大丸の中心。<br />
└各店の元締、若干の小売、京都各店・江戸店・大坂店・名古屋店の仕入業務、人事・営業等。</p>

<p>（2）	加工工程の内部化<br />
・	小紅屋（京都）…染物屋であったこの店舗を1741年に買収し、加工工程「後染め」を内部化。<br />
└仕上加工の内部化は加工費用の削減を目指したもの。</p>

<p>（3）	18世紀後半の店舗<br />
・	18世紀後半…大丸の店舗が最も多く開店した時期。<br />
・	江戸店持京商人・江戸店持上方商人…京都本店→大坂→江戸という展開。大手呉服問屋に共通 。</p>

<p>（4）	「棚卸帳」から解る経営構造<br />
①	店舗別特徴<br />
・	本店の棚卸帳…支店からの剰余や加工の利潤などが棚卸延銀として計上。<br />
・	大坂店・名古屋店・上の店・江戸店の棚卸帳…すべて本店との受渡勘定（出入勘定）から記載開始。<br />
②	仕入の店舗別担当<br />
・	上の店…西陣織物の仕入を担当。<br />
・	江戸店…関東産織物の仕入を担当。<br />
・	京都本店…以下2店舗以外の全店舗の仕入を担当。<br />
※	他店は、主に販売業務のみを担当。<br />
③	諸品仕入の構造…大丸の仕入は、仕入先に関して大きく3つに分類可。<br />
・	唐物（外国の絹織物）…（　　　）仲間に属することで、（地名　　）本商人としての活動が認可され、中国等から絹織物などを輸入（購入）。<br />
・	西陣産絹織物…上の店が本店の代理として専門的に仕入（購入）。<br />
・	国産絹織物（西陣を除く＝田舎絹）…江戸店が本店の代行機関として関東物を仕入れ、尾州以西・山形・群馬・栃木・新潟等には本店から出張仕入（購入）を実施＝買宿制度。<br />
④	具体的な仕入品目<br />
・	関東地方産（関東物）…上州絹・郡内絹・上州紗綾・福嶋・八王子太織・青梅嶋・桐生物<br />
・	北陸地方・中部地方…加賀絹・信濃紬・越後縮・加賀嶋・越前晒<br />
・	その他…奈良晒・近江晒・丹後縮緬・丹後太織・木津晒</p>

<p><br />
 <br />
●	19世紀における衣料製品の登場─戦争に絡めて（1）</p>

<p>（1）19世紀衣服産業化の最先端国家</p>

<p>　　◎諸国の状況…産業化まだ（製品「吊るし」として製造・販売されていない＝自家消費）。<br />
　　　・ヨーロッパ…軍服、ドレス、スーツ／19世紀中期で「die Produktion von “Wearing Apparel”」 <br />
　　　・インド…既に、ドレス、スーツ多い　←（　　　　　　　　　　）から。<br />
　・日本…小袖・着流し→世紀末に軍服、ドレス、スーツ。<br />
　　　・中国…旗袍（ツーピース段階）→1911年に、軍服、ドレス、スーツ。<br />
　└イギリスの海軍服、フランス・ドイツの陸軍服は他国のモデルに。</p>

<p>①	Where? ─（　　　　　）国…1783年独立宣言、1789年憲法制定。<br />
└独立戦争は、（　　　　）人と（　　　　）人との戦争。</p>

<p>② Why? ─内戦：（　　　　　　）戦争…1861～1865年。<br />
└ 1880年代、州政府から連邦政府へ変質　→フランスの連邦制失敗と、他国への期待。</p>

<p>③ How? ─内戦時の軍服生産に、Wheeler&Wilson社製（　　　＝the　　　　machine）を多用。<br />
　└W&W社製～ペリーは1854（嘉永7）年の来日時、将軍家定の夫人天障院敬子に贈呈／中浜万次郎が持ち帰ったのも同社製 。<br />
⇒イギリス海軍服の製造（特に1840年代のアヘン戦争時）は手縫いか機械縫いか、今後の課題。</p>

<p>　　④ After? <br />
・世紀末にかけ、W&W社とSinger社との競争へ（1907年に後者が前者を買収）。<br />
・代表的企業・製品に、Levi Strauss & Co.（1870年代にwork pantsやoveralls等の製造） 。</p>

<p>（2）衣料製品の用語整理</p>

<p>①	既製服・注文服<br />
通説／どこまで「既製」か？／ヨーロッパの注文服～誰が移動したか？</p>

<p>②	和服・洋服<br />
和食・洋食・中華／和洋分断の意味／西式衣服／民俗衣装として考えると？</p>

<p>②	民俗衣装（民族衣装）<br />
民俗と民族／問題点…融合性の消去</p>

<p>（予習）19世紀後半から20世紀前半の日本で、ミシン輸入はどのような特徴があったかを調べてみる。</p>

<p><br />
●グローバルな「近代」とは何か─ユーラシア大陸の壊滅と再生</p>

<p>（1）	「戦後」はいつ始まったのか – 近代の「終わり」から考える<br />
※日中戦争、太平洋戦争、第2次世界大戦、中国革命、朝鮮戦争、ベトナム戦争、冷戦、東欧革命、イラク戦争<br />
①	どの戦争・戦後処理に注目するか？<br />
・	通説＝第2次世界大戦終結に注目し、戦後は1946年以後。<br />
・	私見＝共産主義諸国大量崩壊、冷戦構造解体、資本主義諸国変質に注目し、戦後は1990年以後。<br />
　　　　　　├ 近代は、およそ18世紀後半から20世紀末までの約230年間（世界史的にみて）。<br />
└ EU、湾岸戦争、インターネット、中国市場開放、日本バブル経済崩壊は、全て20世紀末。<br />
②	上記（※）の諸戦争で最も多く関与した国家は─21世紀の癌細胞？<br />
・	関与の仕方…必ず湾岸戦争（ゴダール『新ドイツ零年』の第4章「ロシアの微笑」 ）。<br />
　　└ 内戦しか知らず、湾岸でしか戦争を経験せず、必ずトドメを刺さないと気が済まない国家は？ </p>

<p>③	地球規模で考える（時代・世紀の発想） …商品・情報・人間の集中した国家・都市は？<br />
 <br />
*羊、山羊など。ただし、該当する時代において羊系は高級品であり続けても、絹ほどの普及率は低かったと思われる。<br />
**ただし、首都との連動性小。化合繊（化学繊維・合成繊維）は、人間が初めて作った、天然繊維以外の繊維である。</p>

<p>④	19世紀の首都…繊維製品・百貨店 と鉄製品・機関車から考えてみる <br />
・	”Die Mehrzahl der pariser Passagen entsteht in de anderthalb Jahrzehnten nach 1822. Die erste Bedingung ihres Aufkommens ist die Hochkonjunkture der Textilhandels. Die magasins de nouveautés , die ersten Etablissements, die größere Warenlager im Hause unterhalten, beginnen sich zu zeigen. ”<br />
・	「パリのパサージュの大半は1822年以降の15年間に建設される。パサージュが生まれてくる第一の条件は、繊維商業界の好景気である。流行品店、つまり史上はじめて相当量の在庫を備えた商店が出現しはじめる。デパートの前身である。」 <br />
・	「パリの路地の大半は、1822年以後の15年のあいだに成立した。それらの抬頭の第一条件は紡績業の殷賑である。雑貨店、大量なストックを常備しておくことのできる商店が、出現しはじめる。それは、百貨店の前身である。」 <br />
・	“Die zweite Bedingung der Entstehens der Passagen bilden die Anfänge des Eisenbaus…Erstmals in der Geschichte der Architektur tritt mit dem Eisen ein künstlicher Baustoff auf. Er unterliegt einer Entwicklung, deren Tempo sich im Laufe des Jahrhunderts beschleunigt. Sie erhält den entscheidenden anstrß als sich herausstellt, daß die Lokomotive, mit der man seit Ende der zwanziger Jahre Versuche anstellte, nur auf eisernen Schienen verwendbar ist. ”<br />
・	「パサージュ成立の第二の条件は、鉄を用いた建築が始まったことである。…中略…鉄とともに建築史上はじめて人工の建材が登場する。この材料はひとつの発展の波に乗る。この発展は、19世紀のあいだに次第にそのテンポを早めてゆく。それに決定的なはずみがついたのは、1820年代末からいろいろと実験されていた機関車が、鉄の線路の上でしか使用できないのが判明したときである。」 <br />
・	「路地成立の第二条件は、建築に鉄が使用されはじめたということである。…中略…建築史に大工の建築材料が登場したのは、鉄をもって嚆矢とする。鉄は、世紀を通じて加速度的にテンポを早めて行く、ひとつの発展の波に乗る。20年代の終りから試作されていた機関車が、鉄の上しか走れないということが明らかになった時、この発展には決定的な動因が与えられる。」 </p>

<p>⑤	20世紀の首都…映画産業 ・俳優・デザイナーから考えてみる<br />
・	複製技術の時代における芸術作品…写真から映画へ<br />
 <br />
※リトグラフィは活字と相性がよかったのに対し（絵入り新聞）、写真技術は迅速化ゆえに、話すことと相性がよかった（トーキー映画）。<br />
※「（本物としての唯一・1回きりという権威は）相手が技術的複製となると、そうはいかなくなってしまう。ここにはふたつの原因がある。まず技術的複製は、オリジナルにたいして、手工的複製のばあいよりも、あきらかにより高度の独立性をもっている」 （→写真）。「つぎに複製技術は、オリジナルの模造品をオリジナルそのものではとうてい考えられない状況のなかにおくこともできる。」 つまり、「オリジナルそのものを視聴者のほうに近付けることが可能となるのである」 （→映画・レコード・ＣＤ・ＤＶＤ→最終形態は『マトリックス』三部作 ？）。<br />
・	グレタ・ガルボ（スウェーデン）、マレーネ・ディートリッヒ（ドイツ）らから始まり、ブルース・リー（香港）、ジェット・リー（中国）、等々。（参考）高橋暎一『モード・イン・ハリウッド』。</p>

<p>（3）近代とは何か？…資本・戦争との関連大～資本主義の実験過程</p>

<p>①「capital」 の意味から考える…英仏独語の類似点・相違点は？<br />
・	「岬」と「キャップ（帽子）」との共通点は？ → キャップ＋ジーンズ、ハット＋スカート。<br />
・	ドイツ語の場合、英語とフランス語と違い、何が欠落しているか？<br />
・	ヨーロッパ半島は、どのような形をしており、どちらへ向かっているか？<br />
└ アメリカ合衆国の形成…独立戦争と南北戦争。<br />
 <br />
※「国語辞典 英和辞典 和英辞典 - goo 辞書」（http://dictionary.goo.ne.jp/）、『独和辞典』（冨山芳正編、郁文堂、1993年）、「Dictionnaire de japonais」（http://www.dictionnaire-japonais.fr/）、『中日辞典』（長谷川良一他編、講談社、1998年）、『韓日辭典』（安田吉実他編、民衆書林、1983年）、ジャック・デリダ『他の岬 - ヨーロッパと民主主義』みすず書房、1993年、より作成。</p>

<p>　　②船と飛行機…海軍・空軍の優位性（vs陸軍）　※上表の英米語の違い。<br />
・	針路、羅針盤（コンパス）…目的・目標・終点。<br />
・	compass…周囲、限界、範囲、羅針盤。<br />
・	戦艦と空母…太平洋戦争における軍事力の決定的差異。</p>

<p>③縫針（needle）の意味変容…裁縫針からミシン針へ<br />
・	19世紀におけるsewing machine（ミシン）の台頭 →「手縫い」用語の成立。<br />
・	19世紀日本における東南アジア・中国からの縫針輸入 と、シンガー・ミシンの台頭。</p>

<p>④第1次世界大戦の衝撃 – ギリシア・ローマという甘い夢、西洋の没落 、知識人たちの絶望<br />
・	オスヴァルト・シュペングラー（独）、マルティン・ハイデガー（独）、ポール・ヴァレリー（仏）。<br />
・	ヨーロッパ半島の意味変化…「西に突き出た岬」から、「ユーラシア大陸の単なる西端」。<br />
※（参考）「サンディカ（パリ・クチュール組合）」 …1911年成立。単なる民族衣装を世界的モードへ制度化。</p>

<p>⑤近代の経緯<br />
・	開始…独立国家の誕生と、ユーラシア大陸東部から西部（ヨーロッパ）への経済・文化蓄積の移動。<br />
・	経過…ナポレオン戦争、アヘン戦争、植民地分割、2度の世界大戦、植民地再分割、冷戦。<br />
・	終了…冷戦後における東欧の民族紛争と2度のイラク戦争（湾岸戦争）～現代の始まり。<br />
└兵器からみれば、誘導弾 の本格的登場。</p>

<p>⑥資本主義（capitalism）とは何か？<br />
・	資本が自己増殖する経済システム。キーワードは、商品、貨幣、金融市場、株式会社、工場など。<br />
・	資本主義国家の成立には内戦が伴い、その後、資本が国境を越える時、戦争を伴う場合が多い。</p>

<p>⑦日本の資本主義化の開始<br />
・	中国の犠牲のもとに展開  → 内生的経済発展は相対的・限定的 。<br />
・	19世紀末から20世紀前半は一貫して侵略国家。豊臣秀吉以来の大義名分（理由）なき戦争。<br />
・	日本の資本主義化＝工業化＝西洋化。→欧米列強の模造。<br />
└腸が弱く下痢の酷かった明治天皇の肖像画（≠肖像写真）と、天皇の洋装/皇后の和装 。</p>

<p>◆お勧め書籍<br />
鹿島茂『デパートを発明した夫婦』講談社、1991年。<br />
ヴェルナー・ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義』1912年、金森誠也訳、講談社、2000年。<br />
高橋暎一『モード・イン・ハリウッド - デザイナーと女優たち』フィルムアート社、1992年。<br />
武田佐知子『衣服で読み直す日本史 - 男装と王権』朝日新聞社、1998年。<br />
ジャック・デリダ『他の岬 - ヨーロッパと民主主義』1991年、高橋哲哉・鵜飼哲訳、みすず書房、1993年。<br />
デヴィッド・ハーヴェイ『パリ – モダニティの首都』2003年、大城直樹・遠城明雄訳、青土社、2006年。<br />
ヴァルター・ベンヤミン『ベンヤミン・コレクションI　近代の意味』浅井健二郎編訳、筑摩書房、1995年。</p>

<p>◆	お勧め映画<br />
　◎イエ・イン（葉纓）『追憶の上海』1998年、中国。<br />
原題『紅色恋人』。共産主義の革命家ジンを中心に、メインの人物となる４人をそれぞれ２人ずつに組み合わせて描いており、その設定が崩れそうでなかなか崩れない、いわば「もどかしい」展開になっている。典型的なのは、メイ・ティン扮する左翼の少女と、その父親で中華民国の警察のボスをしている親子の確執だろう。信念とは何かを教えてくれる名作。レスリー・チャン（張國榮）主演。<br />
◎ツイ・ハーク（徐克）『北京オペラ・ブルース』1986年、香港。<br />
原題『刀馬旦』。辛亥革命後、袁世凱のもとで軍閥が割拠する1913年の中国が舞台。ツイ・ハーク自身が80年代の代表作と自負するこの作品は、彼の得意なスピーディな場面展開だけでなく、当時の中華圏映画の美女トリオを集めたことでも話題となった。主演は、20世紀東洋最高の美女といわれたブリジット・リン（林青霞）ら。<br />
◎ティン・シャンシー（丁善璽）『旗正飄飄』1987年、台湾。<br />
　　日本未公開。日中戦争期の上海の繁華街を舞台に繰り広げられる、女性スパイ川島芳子を探す中国語側と、隠しつつスパイさせる日本側との確執。なお、東洋のマタ・ハリと呼ばれる中国人スパイ川島芳子は、清朝ラスト・エンペラー（康徳帝、愛新覚羅溥儀、清溥仪）の親戚に当たり、国民党や共産党とは敵という立場から、日本軍に従事した。ブリジット・リン（林青霞）主演。<br />
◎Gao Qunshu（高群書）『东京审判』2006年、中国。<br />
繁体字で『東京審判』。日本未公開（公開予定）。第2次世界大戦終了後、1946年から2年半あまりにわたって開かれた東京裁判を、中国人記者の目を通して描く。大陸、台湾、列島から、F4の朱孝天（ケン・チュウ）、林熙蕾（ケリー・リン）に加え、劉松仁（ダミアン・ラウ）、曾江（ケネス・ツァン）、曾志偉（エリック・ツァン）、大塚忍（大塚シノブ）ら著名人が出演した注目作。1946年5月、第2次世界大戦に勝利した連合国側は、戦争犯罪人として当時の日本の指導者などを裁く裁判、いわゆる「東京裁判」を開始。裁判官の一人として中国から派遣された梅汝敖は、その使命の重大さをかみしめながら東京へと降り立つ。ドキュメンタリー長編映画、小林正樹『東京裁判』（1983年、日本）と見比べるのもお勧め。<br />
◎ジャン・リュック・ゴダール（Jean-Luc Godard）『新ドイツ零年』1991年、フランス。<br />
原題『ALLEMAGNE ANNEE 90 NEUF ZERO』。冷戦期、西側最後のスパイとして東ベルリンに潜伏していたレミー・コーションという人物がたどる「個人の戦後処理」を描いたドキュメンタリー風映画。西側への帰還を求めつつ、コーションは行き交う人々に応えようのない質問を投げかける、「西洋はどちらですか？」。エディ・コンスタンティーヌ（Eddie Constantine）主演。<br />
　◎ソフィア・コッポラ『マリー・アントワネット』2006年、アメリカ。（公式サイト：http://www.ma-movie.jp/）<br />
原題『Marie-Antoinette』。日本公開は2007年1月。アカデミー賞「脚本賞」。3ヶ月にわたりヴェルサイユ宮殿で撮影。建物に関しては本物ならでは。キルスティン・ダンスト主演だが、19世紀の宮廷女性はもうちょっと厳しい顔つきだろう。<br />
◆	おすすめサイト<br />
「漢文学習資料集～中国－日本－韓国・朝鮮年号変換～」http://www.rockfield.net/kanbun/nengo/<br />
　※中国・日本・韓国（朝鮮）三カ国の年号対照検索サイト。<br />
「繁体字⇔簡体字変換ツール」http://chinese.gotdns.org/codeconvert/convertindex.jsp<br />
　※繁体字を簡体字に及び簡体字を繁体字に変換するツール。<br />
「ハリウッド女優 著名人のひとこと - ジャパンタイムズ[週刊STオンライン]」<br />
http://www.japantimes.co.jp/shukan-st/special/newsmakers-menu/st-newsmakers1.htm　※ハリウッド女優、映画俳優、映画監督、ミュージシャン、アスリート、政治家などに分類し、著名人の発言に日本語訳を付けて紹介。<br />
「映画データベース - allcinema ONLINE」http://www.allcinema.net/　※映画データベース＆DVD総合情報サイト。</p>

<p>◆	お勧め展覧会<br />
「更紗今昔物語 - ジャワから世界へ」（2006年9月7日～12月5日／国立民族学博物館）<br />
「更紗とプリントドレス展」（2006年10月21日～2007年1月16日／神戸ファッション美術館）<br />
「地球の上に生きる２００６ - DAYS JAPAN　フォトジャーナリズム写真展」（2006年11月21日～12月24日／大阪国際平和センター - ピースおおさか）<br />
※上記いずれかの展覧会の感想レポートを提出すれば（2,000字程度）、期末考査・評価に加味する。その際、入場券を感想レポートとともにホッチキスで添付して提出すること。入場券なきレポートは受け付けない（または捨てる）。締め切りは年内の最終講義。なお、逆に、提出しなくても期末評価がマイナスになることはない。</p>]]></description>
<link>http://www.mode21.com/lecture/003756.html</link>
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<category>JH日本の歴史｜2007年度</category>
<pubDate>Fri, 22 Aug 2008 03:23:43 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>20071130</title>
<description><![CDATA[<p>【補足】</p>

<p>（1）	前回・前々回配付プリント後半の地図<br />
・	紀元前から古代までのユーラシア大陸の陸路と海路～古代のグローバル化（現代のは第5次くらい）。<br />
・	隋・唐時代の中国大陸東部の水路（元代に調整）→中国の綿花栽培地域の北上に貢献？</p>

<p>（2）	時代基準～通説と私論（最終的には世紀単位の理解が無難だが…）</p>

<p>①	通説<br />
（あ）原始・古代（～6世紀）<br />
・	旧石器時代、縄文時代、弥生時代　…石器・土器基準<br />
・	古墳時代　…墓基準・天皇基準（→明治以降と意味違う。≠日本国の天皇、≠代替わり基準）<br />
（い）古代・中世（6～14世紀）<br />
・	飛鳥時代、奈良時代、平安時代、鎌倉時代　…首都基準<br />
・	建武中興　…革命基準<br />
（う）中世・近世（14～19世紀）<br />
・	室町時代（南北朝時代～戦国時代）、安土桃山時代、江戸時代　…首都基準（室町の大半は戦乱基準）<br />
（え）近代・現代（19～20世紀）…首都基準なら東京時代とすべき。<br />
・	明治時代、大正時代、昭和時代　…元号基準＝天皇存命基準（つまり代替わり基準）。<br />
★	問題点…日本史学・日本経済史学ともに、個別事例の精緻化＆一般的問題の放棄。<br />
→いまだに、時代と国境を越えられない「鎖国状態」。</p>

<p>②	私論　※4段階。前回に話した3段階にするなら、中世を古代へ組み込む。<br />
・	古代（16世紀末まで）：（　　　）の発想が登場するまで。日本列島内に複数国家。<br />
・	中世（19世紀末まで）：天下の理解まで。各国から各（　　）へ。<br />
・	近代（20世紀末まで）：天下の総入れ替え（変質）、各藩から各（　　　　　）へ。<br />
・	現代（21世紀）：国家連合へ→（　　　　）の北東アジア共同体圏論 。先例は（　　　）。</p>

<p><br />
●中世末期における木綿インパクト</p>

<p>（1）日本列島における木綿栽培と綿布生産の展開<br />
　①15世紀後半…応仁の乱以後、戦国時代における兵衣不足から、守護大名・戦国大名らが、朝鮮半島へ銅・鉄と引替えに綿布を大量発注。→ 半島側は綿布不足を憂慮し、公的には対日綿布価格を上昇させたが、国境の民間商人たちによって大量に綿布が流出。<br />
　②15世紀末～16世紀…半島だけでなく大陸（明）からも綿布（唐木綿）輸入を試み、海禁政策（入貢形式の勘合貿易）下でも、江南・福建商人が日本商人と交易（琉球商人も介入）。<br />
　③16世紀中期…「唐木綿」と「日本木綿」の併存。関東～九州全域にかけ、同時多発的に栽培開始。<br />
　④16世紀末…京都や奈良などの都市部では、僧侶らの日常着としても利用（麻から綿への移行開始）。</p>

<p>（2）木綿インパクト～兵衣と商品<br />
　①（　　　）としての綿布（＝　　　　　力）<br />
・	麻織物よりも保温性が良く、軍隊ごとに、織物（布）段階での規格化が進行。<br />
②（　　　）としての綿布（＝　　　　　力）<br />
・	古代では、苧麻などの（　　　）が国衙や中央政府へ献上された余剰として市場へ出たが、綿糸・綿布は、大名レベル（国レベル）の輸出税として徴収された程度で、朝廷や室町幕府などの中央政府への献上品とはならず、生産者から直接に流通市場へ放出（つまり、販売）された。</p>

<p>● 小袖の変化</p>

<p>（1）中世後期<br />
①公家の上層では白平絹（＝　　）⇔武家では小袖の重ね着や奇抜な成金趣味的デザイン（＝　　）。<br />
②小袖の（　　　　）の普及 ⇔ 摺箔、刺繍、唐織物、緞子等の生地が多い。<br />
③身幅が広く、袖幅の狭い小袖の出現 ⇔武家や町衆等の裕福な都市居住者たち 。<br />
④平絹を除く絹織物は、経糸に生糸、緯糸に練糸を利用しており、生地に（　　　）がある。</p>

<p>（2）近世前期<br />
①身幅が狭く、袖幅の広い小袖の再現…慶長小袖として富裕層へ。庶民は平安時代末期以来、これ。<br />
②練絹の再活発化…飛鳥・奈良時代に貴族階級で流行していた「綺 」が沙綾・緞子として再普及。<br />
└ 中国の明王朝滅亡後に大量の職工（または技術）が大坂の堺に展開し、後、（　　　）へ普及 。<br />
③慶長小袖の変化…慶長後半期、デザインにおける区画の抽象性が変化し、山形や雲形等の具象性へ。<br />
④小袖デザインの進化…細密・濃厚な文様と色彩（寛永小袖）や、大柄で動的な文様（寛文小袖）へ。</p>

<p>（3）近世中期<br />
①小袖の定型化<br />
└身体の輪郭を現わしやすい柔軟な生地と、身体とのスペースが狭まった織幅。<br />
②小袖の選択肢…形状のデザインではなく、材質、色、文様デザインに主眼。<br />
├武家だけでなく町人も、袖付から袖口まで円弧を描いた小袖を着用。<br />
└絹織物においては、西陣機業の多くが公家・上級武家向けから町人向け製品の製造・販売へシフト。<br />
③生地デザインの変化<br />
├縞柄 の普及…技術的には既に平安期に製造可能だったが、江戸中期に縦縞が町人の間で流行。<br />
├絣 の登場…江戸時代中期から、腰替りの筋や格子の中か無地の中へ絣の利用が開始。<br />
└友禅染の意義…17世紀末に登場し、小袖の模様染に画期的な影響。一定の技術水準に達した18世紀中葉以降、デザイン細部の複雑化へ主眼がシフト。<br />
※小袖のキーワード：桃山時代の小袖、慶長小袖、寛文小袖、友禅小袖（友禅染）。</p>

<p>（4）「江戸の下着」</p>

<p>①	室町時代における変化─小袖の下着から上着への変化<br />
「東の国の野蛮な兵士たちの生き方が、次の時代の生活スタイルを作った。重ねられたキモノは次々と脱皮される。袴の切れ目からは下着がのぞく。短くなった活動的な上着の袖からも、下着があらわになる。下着はいやおうもなく人目にさらされ、ついに完全に脱皮されて、（　　　）は（　　　）となる。貴族や武家の男や女たちの肉体は、農民や兵隊や労働者たちと同じ衣装の下で生き始める。その脱皮によって上着となった下着を、「小袖」という。小袖が上着に転化するとともに、着物がはち切れんばかりに、肉体が「動き」始める」（田中優子『近世アジア漂流』朝日文芸文庫、1995年、243～244ページ）。</p>

<p>②	小袖にみる上着と下着の「揺れ」<br />
「上と下、表と裏という対立は常に動き続け、一定ではない。江戸時代の下着についてよくわれることは、禁制が厳しいために下着で贅沢をした、という見方である。じじつ、上着と下着の区別がないはずの農民にいたるまで、木綿の縞の上着の下に、絹、縮緬の肌着や、紺や紅の木綿（基本は麻。木綿は贅沢品。染はなおさら高価）の下帯を使っていたことがわかっている。（中略）為政者そのものが、上着に禁制をきびしく、下着の禁制をゆるくしていたためなのである。贅沢をしていないかのようなふりを、みんなでしていたからである」（田中優子『近世アジア漂流』朝日文芸文庫、1995年、248ページ）。</p>

<p>●　近世における産地の事例 ─桐生の織物業、村山の紅花生産、河内の木綿</p>

<p>（1）桐生の織物業─「関東の西陣」の勃興と「京都西陣」の動揺<br />
①	中世後期…仁田山絹（桐生付近）・日野絹（藤岡付近）で和糸の平絹生産⇔西陣中心の中国産白糸<br />
②	近世前期…幕府 が1685年以降は白糸輸入を制限し、1713年の国産糸使用、養蚕奨励策を提起。その後、1722年に三井越後屋が出店、翌年からは京都から吟手染が導入。1733年には紅染め。5年後の38年には高機が伝えられ、30年に生じた西陣の大火によって職工が大量に流入。<br />
③	近世中期…1743年に縮緬、45年に絽、48年に飛沙綾、50年代前半に紋絽の生産開始→江戸・京都へ販売。西陣側は、44年に桐生産織物の販売禁止を幕府へ誓願（西陣高機屋仲間31名）。<br />
④	近世後期…1783年に水力利用の撚糸器「八丁車」が開発され、5年後再発した西陣大火により、織物師や徒弟達が流入、緞子、金襴、繻子、御召縮緬、天鵞絨（ビロード）等の高級織物の産出。天保年間（1830～44年）にマニュファクチュア経営開始（堅染→紡績→染色→機織→製織）。<br />
⑤	地域間分業…北上州の養蚕、中上州の製糸、桐生・伊勢崎の織物。</p>

<p>（2）村山地方の紅花生産─京都紅花問屋への抵抗<br />
①	近世前期…元禄期に紅花生産が活発化。特に、出羽国村山地方（現/山形県村山市）が筆頭。<br />
②	近世中期…1735年に京都で紅花問屋14軒、紅粉屋（紅染屋）が148軒、幕府の指定を受け、京都入荷の紅花が紅花問屋の独占下に。以後、価格調整は生産者側になく、問屋側に掌握されたため、1740年には京都町奉行所にて問屋仲間の廃止を要求した裁判が頻発。1765年に問屋は全廃。京都の問屋全廃後は加工過程の利潤が増加し、村山地方は小規模なマニュファクチュア経営も含め隆盛。</p>

<p>（3）河内木綿の広がり─稲作以上の長期作業が可能<br />
①	17世紀後半…宮崎安貞『農業全書』で、河内・和泉・摂津が既に高利潤との指摘。<br />
②	18世紀前半…一大産地へ。干鰯・油粕などの綿作肥料が周辺で大量に調達可能。<br />
③	実綿・繰綿の販売の仕組み…大坂の問屋等に販売するか、農家自体が素朴な下機を用い綿布に。<br />
④	綿布販売の仕組み…摂津・河内産は大坂の問屋へ、和泉産は堺の問屋へ。～堺の自治と今井町。<br />
⑤	綿作技術の伝搬…18世紀中期には、丹北郡東出戸村（現大阪東住吉区長吉）で59名の奉公人が就業し、世紀後半にかけ減少（特に播州姫路が最多）→奉公人による各地への綿作伝播へ。</p>

<p> <br />
◎	19世紀と20世紀との違いを様々な規模で考えると？ <br />
（1）19世紀…　　規模から　　規模へ。（例）百貨店、鉄道・バス、石炭（蒸気機関）、など。<br />
（2）20世紀…　　規模から　　規模へ。（例）コンビニ、飛行機・自動車、石油・電気、など。</p>

<p>◎	19世紀型国家と20世紀型国家の違いを規模で考えると？<br />
（1）背景<br />
・	それまでの国家は、ほとんど全てが膨張傾向にある。ここでは、太陽中心説（地動説）が16世紀以降に浸透し始めたことを踏まえ、それまでの膨張傾向を自然的な形態、17・18世紀以後の膨張傾向を侵略と考える。1次侵略には不幸な歴史が多いが、現在まで、2次侵略は小規模に留まっている。<br />
・	イギリスの農村から勃興し、資本主義国家へと膨張させた資本主義経済システムは、19世紀までにイギリスを工業国として衰退させ、金融国化させていた（世界の工場から世界の銀行へ）。<br />
（2）19世紀<br />
・	前半、大型資本主義国家としてアメリカが試験所、後半、小型資本主義国家として日本が試験所。<br />
・	中規模クラス（フランス、ドイツ等）はもたつく。～ただし、ナポレオン戦争の例外もある。<br />
（3）20世紀<br />
①	前半の規模別趨勢<br />
（あ）大型国家…社会主義国へ。→国境設定が困難で、紛争多発。<br />
（い）中規模国家…資本主義国へ。→（あ）を目指した暴走国家がドイツと日本。<br />
（う）小規模国家…分断または併合へ。→世紀末に問題多発。<br />
②世紀末の趨勢<br />
・（あ）の1つと（う）が崩壊…朝鮮半島問題が残っている。→救済措置を講じる必要あり。<br />
・（あ）の1つが一部分を資本主義化（　　の市場開放）／アメリカの暴走。<br />
・（い）が機能不全…日本の場合、経済の衰退と政府の脆弱化が同時。→今世紀中葉には統合？</p>

<p>地域・国家の規模別世界ランキング（2004年）<br />
 <br />
※	出典：Central Intelligence Agency: Rank Order - Area<br />
https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/rankorder/2147rank.html</p>

<p>★	読んでおくもの<br />
③	中野保「〔書評〕藤岡里圭『百貨店の生成過程』（有斐閣、2006年）」（『大阪経大論集』58巻1号、2007年7月）。→12月に、少し取り上げます。『大阪経大論集』は無料配付。</p>

<p>★	お勧め書籍<br />
岡田幸夫『西の西陣、東の桐生』上毛新聞社、2005年。<br />
塩沢由典『複雑系経済学入門』生産性出版、1997年。<br />
竹内誠『体系日本の歴史10　江戸と大坂』（1989）小学館ライブラリー、1993年。<br />
田中優子『江戸の想像力―18世紀のメディアと表徴』（1986）ちくま学芸文庫、1992年。<br />
田中優子『近世アジア漂流』（1990）朝日文芸文庫、1995年。<br />
森嶋通夫『日本の選択―新しい国造りにむけて』（岩波書店［同時代ライブラリー］、1995年。<br />
森嶋通夫『なぜ日本は没落するか』岩波書店、1999年。<br />
森嶋通夫『日本にできることは何か―東アジア共同体を提案する』岩波書店、2001年。<br />
ミシェル・パストゥロー『縞模様の歴史―悪魔の布』松村剛・松村恵理訳、白水社、2004年。</p>

<p>★	お勧め映画<br />
　ロニー・ユー（干仁泰）『スピリット』原題：FEARLESS（霍元甲）、2006年、香港・アメリカ合衆国。<br />
ジェット・リー（李連杰）最後のカンフー映画。20世紀初頭上海を舞台に、伝説化された霍元甲の生涯をリーの俳優人生に重ねて描く。中村獅童が共演、武術指導はユエン・ウーピン（袁和平）、音楽は梅林茂。服装指導はトーマス・チャン＆ワダ・エミ。キーワードは、20世紀転換期の東洋・西洋、転換期の天津と上海の意味、都市伝説、カンフー俳優の歴史とカンフー映画の変化、日本の武道の紹介方法、ワイヤー・アクション＆チャーリーズ・エンジェル→男と女？（キャメロン・ディアス、ルーシー・リュウ、チャン・ツーイー）など。～カンフー俳優・監督…胡金銓『龍門客棧』、李小龍、徐克、成龍、李連杰。</p>

<p>★	お勧めサイト<br />
「日本の服の歴史　資料　Ｍａｃｃａｆｕｓｈｉｇｉ」<br />
http://www.bb.em-net.ne.jp/~maccafushigi/index.html</p>]]></description>
<link>http://www.mode21.com/lecture/003755.html</link>
<guid>http://www.mode21.com/lecture/003755.html</guid>
<category>JH日本の歴史｜2007年度</category>
<pubDate>Fri, 22 Aug 2008 03:23:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>20071109</title>
<description><![CDATA[<p>【訂正】<br />
・「近世における衣服の進化～小袖の定着と進化」＞「近世中期（江戸時代中期）」＞「生地デザインの変化」<br />
└→絣（かすり）の登場…江戸時代中期後半から、腰替りの筋や格子の中か無地の中へ利用開始。</p>

<p>【補足】東西分裂後の日本列島における荘園公領制と絹織物生産（中世の話）<br />
絹織物生産の相対的低下と産地変化<br />
①	近江商人・伊勢商人の活躍…滋賀県・三重県は、東国と西国との結節点で、絹織物などの流通が活発。<br />
②	女性による絹関係の労働成果…桑栽培 、養蚕に従事し、絹は貢納品だけでなく貨幣にもなった 。<br />
③	中世後期～近世前期の地方絹業…絹糸・絹綿に比重が掛かり、絹織物業は相対的に活力を失う。<br />
　　└（あ）九州・中国・北陸・山陰とも低下。（い）対明貿易による白糸輸入が激増（以下の西陣参照）。<br />
④	近世初期『毛吹草』段階で残った絹織物産地<br />
・	越前絹（現/福井県）、但馬（現/兵庫県）の出石絹、丹後（現/兵庫県）の丹後織絹袖程度。<br />
・	尾張（現/愛知県）・伊勢（現/三重県）は絹織物から綿織物へ転換。<br />
・	西陣（現/京都府）では古代の織部司の技術を継承しつつ、絹織物生産の絶頂期←明の高品質絹糸。<br />
→総じて、次で論じる「中世末期における木綿輸入とその国産化」へ。</p>

<p>【補足】<br />
（1）	中世の「小袖」<br />
・	網野善彦『中世再考─列島の地域と社会』講談社学術文庫、2000年から（初版は1986年） 。<br />
（2）	eラーニングでの質問「靴下の普及」<br />
・	キーワードは、足袋・ソックス・靴下、脚絆・ゲートル、ストッキング（、下駄、草履、靴）。eラーニングで書いたのは記憶モード。簡単になるかも知れませんが、いずれ取り上げます（軍服も）。<br />
・	野球では、白の靴下を「アンダー・ストッキング」、∩を「ストッキング」。両方を留めるのは「ストッキング留め」。ユニフォーム上の中は「アンダー・シャツ」。<br />
（3）	SNSから<br />
・	トレーナーとスウェット。プルオーバーとコート。（～筋トレと柔軟体操）<br />
（4）	最近の読書<br />
・	ガソリン車vs電気自動車…00年代、70年代（研究開始）、90年代（カリフォルニア州大気資源委員会）<br />
└クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ─技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』増補改訂版、玉田俊平太監修・伊豆原弓訳、翔泳社、2001年。<br />
・	「経済学の教科書化」…新古典派経済学の確立と、学生に要求されるその再現能力。⇔教科書は媒介！<br />
└片桐幸雄『スラッファの謎を楽しむ─『商品による商品の生産』を読むために』社会評論社、2007年。<br />
（5）	古代のユーラシア大陸<br />
・　前回配付プリントと、今回配付プリントを付き合わせる。<br />
（6）	頻出する偽造問題<br />
・　「本物」概念の再検討＝ラベルが信用できない時代（ラベル偽造は昔から）<br />
・　「コピー」概念の多様化＝本物vs偽物や合法vs違法（19世紀末～）→≪全て偽物＝全て本物≫？<br />
→「人生」の意味変化～20世紀末から開始。派手な話はスルーし、映画に留める。実際の生活は、日常的な楽しみを見つける方に焦点を当てるのが無難。</p>

<p>●	16世紀以降における木綿インパクト─戦国時代の綿布需要と東アジアの綿製品連携<br />
→先週のプリント。<br />
※	「意外に大事な点」は、10月5日配付プリント≪世界史の概略～「地球の首都」≫に繋がる。<br />
●近世とは何か─日本国再建から大日本帝国建国へ</p>

<p>（1）日本国再建と江戸幕府<br />
①	日本国の再建<br />
・17世紀初頭に道南から奄美大島までを領土とし、首都は江戸。<br />
・海禁政策（鎖国）を重視して成立し、オランダ・中国との貿易のみを行なった点が特徴。<br />
②	江戸の都市構造…江戸城の艮にあたる北東（鬼門）に＿＿＿＿＿＿＿（栃木県日光市）を設置。<br />
③	江戸幕府の支配構造<br />
・幕藩体制（＝徳川幕府＋地方政府）…戦国大名を親藩 > 譜代 > 外様に分類。<br />
　　　・参勤交代…1635年の「武家諸法度」改定時に義務化 。出仕・朝貢などで各大名統治下の藩財政を逼迫。</p>

<p>（2）交易・交通の展開<br />
①本州を中心にした陸路の整備<br />
　　　・参勤交代により、＿＿＿（東海道、中山道、甲州街道、奥州街道、日光街道）が整備され、宿場を形成。<br />
　　②琉球王国からみた海路の活況 <br />
・15～16世紀…尚氏により、統一・安定化。明王朝との朝貢貿易、列島の諸港への交易船派遣、海禁政策の間隙を突いた中国⇔東南アジアの中継貿易等、東アジア・東南アジア間交易の要地。<br />
　　　・17世紀初頭…朝貢貿易のみを行なう明に対し、対等貿易を拒否された江戸幕府は、薩摩藩主（島津忠恒）に琉球への侵攻を許可し、琉球を中継貿易の拠点に。<br />
　　　・17世紀中葉～…1644年建国の清朝に対し朝貢貿易をしつつ、薩摩藩と清朝との密貿易に加担。江戸幕府に対しては「江戸上り」 。</p>

<p>（3）日本国の崩壊 – 一国経済の不可能性</p>

<p>　　①「四つの口」のインパクト…特に薩摩・対馬・長崎（リアス式海岸、83の港湾、971の島嶼）の3ヶ所周辺では、海外情報が盛りだくさん。鎖国政策の江戸幕府にとって、対オランダ貿易以外の交易は薩摩藩や長崎奉行所（時には大村藩）に委託したため、薩摩・琉球・台湾・中国という関連や、長崎・対馬・朝鮮半島・中国・オランダといった繋がりが濃密になった。</p>

<p>　　②18世紀末 - 忍び寄る「怪物」たち<br />
・	根本的な背景＝18～19世紀イギリスの産業革命（工場制機械工業＋海外植民地）。<br />
・	新国家の登場…アメリカ独立宣言発布（1776年）と独立戦争終結（83年）。<br />
・	フランスの動乱…バスティーユ襲撃とフランス革命戦争（1789年～）。<br />
・	ロシアのラクスマン来航（1792年）…通商を要求するが松前藩経由で幕府は拒否。<br />
・	ナポレオン戦争…オランダ崩壊と占領（1793年）以後、ヨーロッパ全土を巻き込む。<br />
・	フェートン号事件（1808年）…目的は長崎周辺のオランダ船拿捕と欠乏食料の供給。<br />
・	ゴローニン事件（1811年）…ロシア帝国の東方拡張下で、蝦夷地（近世は松前藩）・樺太で接触。<br />
・	異国船打払令（1825年）…趣旨は、列島要所の沿岸に接近する外国船に対する砲撃、追い返し。<br />
・	アヘン戦争（1839～1842年） …イギリス・インド・清の三角貿易を背景にした阿片の密輸が発端。<br />
首都北京に近い天津直撃 など、以後、清は欧米列強の餌食に（米の望厦条約、仏の黄埔条約等）。<br />
・	薪水給与令（1841年）…外国船に対し、食料・燃料の支援を認可（天保の改革の一環）。<br />
・	欧米列強の軍艦来日急増（1843～53年）…日本列島への来日は欧米列強による対清侵略の一部。</p>

<p>③東アジア再編成と日本国の崩壊<br />
・	大陸・半島・列島は開国政策を取り、欧米列強と不平等条約を締結。関税自主権少し＋治外法権。<br />
・	日本国の内戦…安政の大獄（1858年）を発端に内戦へ突入。欧米列強に対する小競り合いも多発。<br />
・	大政奉還（1867年）→王政復古の大号令（68年）　※ただし、収拾つかず。<br />
・	内戦再発（戊辰戦争、～69年）…戦後処理は東北諸藩に厳しいもの。<br />
・	廃藩置県（71年）と琉球処分（72年）…日清間で軋轢 → 台湾出兵（74年）へ<br />
・	内戦再発（西南戦争、77～86年）…明治政府にとっての反逆分子はほぼ壊滅。→大日本帝国建国。</p>

<p>●	普段の勉強・生活など</p>

<p>（1）	ポイント<br />
・	今後数十年間の「暇」をどうやって潰すか（また役立てるか）。<br />
・	例）休暇に海外旅行へ行く　→はしゃぐだけか、何かを得て帰るか（写真、旅行記、出会い等）。<br />
（2）	具体案<br />
①	本・DVDの活用<br />
・	お勧め書籍、お勧め映画　→パソコンかノートへ。<br />
└「完全な理解」×、「楽しむこと」、「楽しめる角度を考えること」。読む量の検討。<br />
・	まとめる作業…少しずつでOK。1日400字なら、10日で4000字、1年で約15万字。<br />
②	インターネットの活用<br />
・	検索機能／自分の居場所<br />
③	本の長短、ネットの長短<br />
・	一覧性・全体像／自分の居場所<br />
・	索引機能／ネットの検索との比較<br />
・	一貫性と深さ～インターネット<br />
④	パソコンについて<br />
●ポイント…出来るだけ格安で勉強する→自宅・大学でのパソコン、インターネット。<br />
・	ワード（ワープロ・ソフト）、エクセル（表計算ソフト、データベース・ソフト）<br />
・	マイクロ・ソフト社製品の相対化　／　文部科学省「情報化への対応」 <br />
⑤	語学について<br />
●ポイント…出来るだけ格安で勉強する→便利本購入程度。外国語学校へ通うより留学生と友達になる。<br />
・	手っ取り早いのは、カラオケ。<br />
・	外国語の文献…不安感があれば、とりあえず、辞書・事典類や、ネットの翻訳機能（Yahoo!Japanなど）、英和辞典（goo辞書など）を駆使して読む。<br />
・	雑誌…『Times』などの経済・政治関係雑誌、ファッション雑誌（例えば、marie claire、Elle、Vogue、等）など、簡易な内容のテーマの雑誌を買って読む。<br />
・	英語の文章把握力を身に付けるには、『英文解釈教室』、『ヴィジュアル英文解釈』（タイトル失念）など、駿台文庫の伊藤和夫著のものがお勧め。<br />
⑥	勉強するときに不安感を持たない。<br />
・	不安感／他人の追体験<br />
⑦	自分自身について<br />
・	「馬鹿」、賢い 。<br />
・	勉強をのんびり楽しむ時間的余裕と精神的な余裕<br />
・	何事を始めるにしても、動物の中で、人間というものは、スタートにおいて最も出来が悪い。<br />
└そもそも、書く練習・話す練習は、読む訓練・聞く訓練から始まる（人は真似ることから歩き始める→日本列島の歴史も、自分で作る料理も同じ）。<br />
⑧	その他<br />
・	20代で築かれた生活スタイル・癖や問題関心。→→自分の中の基準を上げる・作り出す。<br />
・	サイボーグ浜崎やロボット來未／マドンナ（Madonna）、フェイ・ウォン（Faye Wong 王菲）、ザ・クランベリーズ（The Cranberries）などがお勧め、日本の歌手ではヒカル。</p>

<p> <br />
図 1　パルティア時代の東西交易路（紀元前200年代）<br />
 <br />
※	出典：立田洋司『唐草文様─世界を駆けめぐる意匠』講談社選書メチエ、1997年、122ページ。<br />
 <br />
図 2　紀元前2～後6世紀頃の主要東西交易路<br />
 <br />
※	出典：立田洋司『唐草文様─世界を駆けめぐる意匠』講談社選書メチエ、1997年、138ページ。</p>

<p>図 3　トルキスタンから西域にかけての文化交流・敵対関係<br />
 <br />
※	出典：立田洋司『唐草文様─世界を駆けめぐる意匠』講談社選書メチエ、1997年、203ページ。</p>

<p>図 4　方格規矩鏡の世界観<br />
 <br />
※	出典：立田洋司『唐草文様─世界を駆けめぐる意匠』講談社選書メチエ、1997年、216ページ。<br />
※	漢の時代の鏡に、陰陽五行説に