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20071019

【先週の宿題・質問】

(0) eラーニングの活用、オフィス・アワー(木・金)、sb05344si■大経大.ac.jp

(1) 中国漢代天皇の礼服の肩デザインについて
・ 中国の場合、左肩に日・北斗七星、右肩に月・織女星。→天帝と天皇との関係が、中国と日本で異なる。
 →詳細はhttp://www.mode21.com/history/002892.html(中国皇帝と日本天皇の礼服に見る違い : ファッションの歴史)を参照。
・ 先週の図の出典は以下。
(漢代天子)货梅『中国服饰』五洲传播出版社、2004年、16ページ。
(孝明天皇)吉野裕子『天皇の祭り─大嘗祭=天皇即位式の構造』講談社、2000年、口絵。

(2) 「律令制を調べてみたが、サッパリ分からない」
  ◎考え方…奈良時代(首都は平城京)の律令制と中国の律令制を比べる

(3) 余談~私にとっての中学と高校
① 中学~奈良県中部(奈良県橿原市)
・ 藤原京(・飛鳥)+三種の宗教。周辺には安倍文殊院(桜井市)。
・ 橿原神宮+神武天皇陵…19世紀末東京政府の策略=大阪の弱体化(骨抜き)が目的 ?
└市名変更(橿原市→藤原市)によって、持統天皇の評価と神武天皇の虚無化が可能?
② 高校~奈良県北部(奈良県生駒市)
・ 同級生たちは奈良市・生駒市居住が多い。~北部=都会的イメージ。
・ 平城京(東大寺・西大寺)、聖武天皇、   バブル。
└→長岡京・平安京造営時、桓武天皇の対抗馬~   と   。彼の失敗は長岡京での九字の呪法。
※ 日本史を教えることと、古代から始めること
・ 古代を教える辛さ、塩沢さんの話、私にとっての折口信夫(  から奈良県をみる)。

(4)eラーニングの活用
・ メッセージを殆どの方が読んでいない(10月16日現在で一名)。
・ せっかく授業を楽しくするためのツールなので、ぜひ活用して欲しい。

●古代の終わり=日本国の分裂
※途中から

(3)「日本・日本人意識」の形成
① 「日本国」という国号
・ 7世紀の成立当初から、異国・異界に対する自己認識として機能。
・ 以降、「日本」全体に対する認識が、百姓の上層男女にまで広く浸透したのは13世紀(日本国分裂=東西分裂という政治体制との時間差)。
② 中世の「和州」・「和国」
・ とくに、唐・天竺などに対して、異国と日本とを対照する場合、「和」「大和」「倭」の呼称がしばしば利用。
・ 「ヤマト」の読みは、公的な「日本」という呼称に密着しつつ、私的・日常的世界を中心に古くから浸透。
・ 「大和」という呼称が列島に浸透する過程は、畿内中心的な中華思想の意識が浸透していった過程。
   └→畿内中心的政治体制を打破した最初の明快な事態は鎌倉幕府。
・ 中世末期の日本国の範囲は、東が日下(現/多分、茨城県辺り )、南が熊野の道(現/和歌山県)、西が鎮西(現/熊本県)、北は佐土嶋(現/新潟県)。
・ 商人たちの活動によって、本州・四国・九州領域とする意識が浸透・定着。

(4)中世の動揺~天皇・天皇制の地位凋落
①東アジア状勢
・ モンゴル帝国(元 →世界史上最大の面積を誇った国家)→「宋」後の中国
├既に侵略済みの高麗を通じ、1266年に日本へ通交を求める使者を派遣。日本は数度にわたり黙殺。
├1268年(文永5年)に南宋(唐滅亡後の中国政権の一つ)攻略を開始。
├1274年(文永11年)、朝鮮半島の月浦(現在の馬山)を出発 し、博多、箱崎おける戦闘へ。
└1281年(弘安4年)、高麗軍中心の東路軍4万、旧南宋軍中心の江南軍10万の軍隊が九州北部へ出発 。
②元寇以後の国内関係
・14世紀までに、東国、西国、関東、関西、九州、中国、北国、奥羽などの地域呼称が成立し、再び独立した活動が活発化(倭寇など日本国の枠を越える商人・海賊も)。
・14世紀前半には、建武新政下の日本列島における政治力学へ…東国・九州・尊氏 VS西国・東北・後醍醐。
・15世紀後半にかけて、各地の守護を中心にした動乱が頻発し、将軍足利氏の権威が凋落し、戦国時代へ。
③日本国の事実上の崩壊~朝鮮半島との接触
・九州・瀬戸内海沿海・若狭以西の山陰諸国…朝鮮国王と接触、善光寺(長野県)による使者の派遣など。
・東北…アイヌとの交流を深めようとした。

(5)大航海時代以後における中世の再安定化=近世への移行
①16世紀東アジアの変動と沈滞
・16世紀の日本列島…琉球王国と、崩壊中の日本国が並立し、戦国大名が各地に割拠。
・ヨーロッパの大航海時代 にタイアップし、東南アジアからアメリカ大陸まで環太平洋へも交易活動(大名ではキリシタン大名などが出現するなど、一部キリスト教が流入) 。
・16世紀半ば…海域独自の秩序に対して、列島・半島・大陸の諸国は「海禁」政策による再統一へ 。
②列島の再統一
・再統一発想の端緒は織田信長。天皇の権威を背景に、武力で日本国再統一を実現したのが豊臣秀吉 。
・豊臣政権…侵略的国家という性格。この性格は、日中戦争・太平洋戦争期に再発。
・江戸幕府…海禁政策(鎖国)を重視して成立。道南から奄美大島までを領土とした日本国として出発 。

●東西分裂後の日本列島における荘園公領制と絹織物生産

(1)荘園公領制に見る東西の違い
◆西国・東国とも、荘園公領制という同じ土地制度にもとづき人民を支配したが、以下の3点に大差あり。
 ①単位のあり方
・東国・九州中南部…郡・条・院(令制の郡から転化)が基本単位で、これら自体が荘へ。
・九州中南部を除く西国…郡が徴税単位としてはさほど機能せず、小規模の郷が中心(これが荘に転化)。
└同じ「荘」でも、西国の方が小規模であることが多い。
  ②領主のあり方
・西国…徴税単位の田畠が平民百姓名。様々な職が補任的な関係をもつ「職の重層的体系」が実現。
・東国…百姓名が出てくることが少ない。一族・主従の関係を通じ郡や荘を管理する体制が採用。
③年貢品目
・伊勢・尾張・美濃以東の諸国…絹・綿、糸・布などの繊維が年貢の中心 。
・西国…米年貢を賦課する荘園が多く、特に畿内・瀬戸内海沿海地域・九州では顕著。

(2)絹織物生産の相対的低下と産地変化
 ①   商人・   商人の活躍…滋賀県・三重県は、東国と西国との結節点で、絹織物などの流通が活発。
 ②女性による絹関係の労働成果…  栽培 、  に従事し、絹は貢納品だけでなく  にもなった 。
③中世後期~近世前期の地方絹業…絹糸・絹綿に比重が掛かり、絹織物業は相対的に活力を失う。
  └(あ)九州・中国・北陸・山陰とも低下。(い)対明貿易による白糸輸入が激増(以下の西陣参照)。
④近世初期『毛吹草』段階で残った絹織物産地(下表、転載元は、永原慶二『苧麻・絹・木綿の社会史』(吉川弘文館、2004年、150ページ。)
・越前絹(現/福井県)、但馬(現/兵庫県)の   絹、丹後(現/兵庫県)の丹後織絹袖程度。
・尾張(現/愛知県)・伊勢(現/三重県)は絹織物から  織物へ転換。
・   (現/京都府)では古代の    の技術を継承しつつ、絹織物生産の絶頂期←明の高品質絹糸。
→総じて、次で論じる「中世末期における木綿輸入とその国産化」へ。


【休講とその代わり】
・ 12月7日(金)の授業は休み。補講は12月25日(火)、その後、「自由レポート」の◎に私は行きます。

【自由レポート】
◎風が綴った布―薄布(うすぎぬ)のドレス展―(神戸ファッション美術館)
 平成19年10月20日(土)~1月15日(火)
開館時間:10:00─18:00(入館は17:30まで)
一般:500円(400円)/小・中学・高校生・65歳以上:250円(200円)
休館日:水曜日 (祝祭日の場合は開館、翌日休)・年末年始(12/29~1/3) 
http://www.fashionmuseum.or.jp/museum/index071020.html

★お勧め書籍
井上清『日本の歴史』上中下、岩波書店、1963、65、66年。
※ オーソドックスな日本史。公家・武家の二重構造に留まらず、日本列島には常に2面的な思想や政治体制が貫かれていたという点に拘った著書。
網野善彦『異形の王権』平凡社、1993年(1986年初版)。
網野善彦『無縁・公界・楽─日本中世の自由と平和』増補版、平凡社、1996年。
網野善彦『東と西の語る日本の歴史』講談社、1998年(1982年初版)。
網野善彦・宮田登『神と資本と女性─日本列島史の闇と光』新書館、1999年。
※ 網野善彦は日本中世史の大家。従来からよくみられる、男性中心史観、米作中心史観、陸地中心史観、西日本中心史観、とでもいった日本列島の歴史観に対し疑問を呈し、倭寇などの海賊、民間交易、漁業、女性、といった「周縁」に着目することで、「暗い中世」を「明るい中世」にイメージ転換させた。
中井久夫『西欧精神医学背景史』みすず書房、1999年(1979初版)。
※ 中井久夫は神戸大学の精神医学者。本書では、イギリスの産業革命に先立って、大航海時代以後のオランダにおける「植物革命」をはじめとする学問上の革命が成立した点に着目し、ヨーロッパの学問蓄積の起源をオランダに求めた点が大きい。従来の経済学では、アダム・スミスやデヴィッド・リカードがイギリスで著書を出版した経緯から、イギリスでの学問起源を強調してきたが、スミスはオランダへ留学しており、リカードも父親がオランダの銀行の上層部で勤務した影響を大きく受けている。また、徳川幕府の鎖国政策においても貿易を許された国がオランダであった点を想起されたい。
中井久夫『治療文化論─精神医学的再構築の試み』岩波現代文庫、2001年。
※ 本書では、特に地域住民の精神構造の形成を検討した力作。とりわけ、古代都市のまま停滞気味であり続けた近代奈良の経済的分析、地理的分析、精神医学的分析は圧巻。

★お勧め映画
程小東(チン・シュウタン)『スウォーズマン─女神伝説の章』1992年、香港、原題『笑傲江湖II─東方不敗』
※ 秀吉の天下統一に納得せずに日本を離れ倭寇となり、秀吉打倒によって巻き返しを計ろうとする一派がいた。その一派は甲賀忍者として知られる服部半蔵と、日本史では真田十勇士として服部と敵対する猿飛佐助とが構成する派閥。史実が不整合だが映画にはどうでもよく、日本史からこのような「影」の連中を舞台に引きずり出してきた点が大胆で面白い 。若かりし頃のジェット・リー(リー・リンチェイ、李連杰)、20世紀東洋最高の美女といわれるブリジット・リン(林青霞) 主演。
程小東(チン・シュウタン)『スウォーズマン─女神復活の章』1993年、香港、原題『東方不敗─風雲再起』
※ 前作『スウォーズマン─女神伝説の章』で崖から転落し命を落としたとされる東方不敗だが、実はその場所で隠遁生活を送っていた。彼女の存在を確認した明朝政府の役人クーは、東方不敗の死後、いくつかの武術集団やアウトローな連中が東方不敗の名を語って中国南方を好き放題に荒らしていた事態を憂い、東方不敗に群雄割拠の状態をやめさせるよう願い出る 。ブリジット・リン(林青霞)主演。






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