20061207
【前回の復習】
(1)世界史からみると?
①日本の時代区分
・古代(~平安時代)、中世(~室町時代)、近世(~江戸時代)、近代(~1990年)、現代(90年~)
②世界史の時代区分
・地球規模で考える(時代・世紀の発想)…商品・情報・人間の集中した国家・都市は?
⇒資料編1ページ「図117」
(2)「19世紀の首都パリ」 のキーワード
①繊維製品・百貨店 ⇒資料編1ページ「図59」と引用文
・世界中の繊維製品・衣料製品の集中、百貨店への在庫の集中、大量生産・仕入・販売の開始。
②鉄製品・機関車 ⇒資料編1ページ「図111」
・建築物の変化(鉄→鉄筋コンクリートへ)、鉄道の発達 (蒸気機関車→路面電車・電気鉄道)。
③(補足)①は女性的・女性向け、②は男性的、というイメージが19世紀に形成された。ダンディズム・ファッション(女性ではマニッシュ・ルック)の色合いと鉄・コンクリートの色は、ともに暗い。また、重要な技術的変化は、写真技術の発達とともに、経済上の生産技術における重要度も、手から目へとシフト点。そこに、「煌びやかで時間を浪費する女性」を所有する男性というヴェブレン的事態が重なり、「見られる女性」という視点が発生。
(3)「20世紀の首都ハリウッド」のキーワード
①複製技術の発達…写真(肖像写真→風景写真)→映画・DVD、レコード→CD。
・複製技術を利用する際の主要な身体器官は、手から目へシフト。
②映画産業の国際化…俳優・デザイナーの集中、国際資本の台頭(MGM等)。
(4)近代とは何か?…資本・戦争との関連大~資本主義の実験過程
①ヨーロッパ半島の意義変化…「男根(資本)」から「単なる岬」へ。
②軍事力の構成変化…陸軍優位から海空軍優位へ。化学兵器の「進化」。
③裁縫の意味変化…シンガー・ミシンの台頭と「手縫い」用語の成立。「ミシンで縫う」の妥当性。
列島「近代化」の背景
(1)被植民地化・侵略から免れた日本
①取るに足らない植民地日本 …アメリカ合衆国の思惑から
・アメリカ合衆国にとっての日本開国の理由と朝鮮戦争、イラク戦争の必要性。
└合衆国は自分に似た「自分の欠点」を恐れる? →核保有国としてはイラクと朝鮮民主主義人民共和国、将来的に同規模以上になる経済大国としては中華人民共和国。冷戦は「仮象」に過ぎなかった。
②取るに足らない植民地日本…ヨーロッパ系銀行の支店網の展開から ⇒資料編4ページ「表1-1」
・ボンベイ(インド)支店を構えていた複数の銀行…特にイギリス系の銀行はアジア進出に向けて、インド→中国→日本という順序で支店網を拡大。
・1860年代の外国銀行…香港支店・上海支店をオープンさせた後に横浜支店開設の機会をうかがっており、中には実際に支店を営業した銀行も存在(イギリス系のアグラ銀行、マーカンタイル銀行、チャータード銀行、香港上海銀行、フランス系のパリ割引銀行等)。
・1880年前後…日本の金融機関が創出され始め、既に日本へ進出していた諸行の多くが深刻な経営難に陥り後退 。
・銀貨暴落の機会を利用できたのは中国ではなく日本…植民地銀行群の再編のあり方が中日では大きく異なる。つまり、外国諸銀行の後退・撤退度合いは中国よりも日本で顕著で、外国諸銀行は、横浜支店を諦めても、上海・香港の支店は死守。1893年、横浜正金銀行は、上海・香港支店を開設。
・外国人居留地の狭さ…開港後の日本列島における外国人居留地(神戸 /元町・三宮、大阪/川口、横浜/横浜村等々)は、上海の租界(外灘)という1エリアにも面積が及ばない 。
(2)犠牲国中国(清)の「結果」
①解禁政策を放棄した19世紀後半~20世紀初頭
・内乱へ突入したのは日本のケースと同じ 。辛亥革命→中華民国臨時政府→内乱(日中戦争含む)
※中国の場合、1851年の「太平天国の乱」、1900年の「北清事変」、1911年「辛亥革命」(清倒壊)等々。
・上海・北京に限らず、一貫してコスモポリタンな文化・風土で 、受け皿が広く(母的)先進的 。
・経済的豊かさとは何か…中国人向けレストランの安さと美味しさ ⇔ 日本の喫茶店・レストラン。
・(補足)近代中国の綿紡績業~「華西のマンチェスター」…日清戦争後の沙市(長江中流)産白木綿は、日本全国に綿工業製品を供給していた大阪(東洋のマンチェスター)の取引量と大差なし 。
・(補足)現代中国の女性の地位…米・英・仏・独などの先進国が苦闘の末に勝ち取り、日本ではいまだ不可能な「平等」を既に実現 。
②現在の中華人民共和国…共産主義国か非共産主義国か? ~政治体制、経済体制、学歴社会の3面から考える。
・政治体制…共産主義国家であるが、政府首脳陣には理工系大学出身者や小学校卒業者などが多い 。
・経済体制…計画経済であるが、1990年代に市場経済を導入し、部分的に資本主義化。
・学歴社会…21世紀に入り過激化しているが、人生のリスタートをかけやすい土壌。高い英語教育。
③(補説)神戸居留地と元町中華街(南京町)~華僑の一面(⇒資料編地図)
・19世紀中葉の2度にわたる阿片戦争の結果、大陸在住中国人をはじめ、江戸時代の「4つの口」の一つ長崎在住の中国人も大阪へ移住(川口居留地)、後に神戸元町へ 。
・甲午中日戦争(日清戦争)や日中戦争を介しながらも共生。開港場では、両国民とも、欧米諸国の人々向けの職業(財・サービスの提供)が多かったが、欧米人も窮屈な生活 。
・1899年に「内地雑居令」が公布され、居留地以外でも外国人の居住が公的に認可。
└世紀転換期における日本企業の雇用状態を糾弾し、労働者対策を論じた横山源之助『内地雑居後之日本』の例(岩波文庫、1954年など)→「雑居」の理解力不足(共生と機械輸入)。
(3)琉球からみた日本の近代化と沖縄の近代化 - 伊波普猷の観点から
①沖縄の近代化とは?
・沖縄の近代化 =日本の近代化(=西洋化・工業化・資本主義化)+日本化 。
・近世までの衣服…琉球更紗や、朝鮮半島(特に高句麗)に似たツーピース。
・近代の衣服…日清戦後の断髪(男性)、日露戦後の和装(女性)→「古来帯を用いなかった琉球夫人が、幅の広い帯を使用するようになったのは、衣生活史上の大事件であった。全国の同性と調子を合すのはやむを得ないとしても、あんな常夏の国で朝から晩まで汗だくになって喘いでいるのは、災難というのほかはない。それから最近モンペが流行し、野良仕事などもそれをつけてやらなければならないようになっているが、これまた帯同様に耐えられないものであろう」
②伊波の琉球近代化論
・琉球近代化論…工業化を主軸に据えず、ユタなど宗教的な職業集団が織りなす風土を近代教育という科学的な精神へと転換させる必要性を説く 。
・琉球(沖縄)自体の相対化…日本の周辺とみるだけではなく、沖縄本島と周辺諸島、すなわち沖縄における中央と周辺との対抗関係にも注目 。→南島イデオロギーに対する批判と反批判。
③(補論)綿糸紡績業にみる差別的待遇
・19世紀末の労働事情 …劣悪な労働条件・低賃金→農商務省調査『職工事情』、社会政策学会設立。
・綿糸紡績業での「根拠無き懐柔策」…本州出身女工>琉球出身女工>朝鮮半島出身女工 。
●列島の近代移行期(幕末開港期~19世紀末)における貿易・経済状況
(1)貿易品目(貿易相手国はイギリスを筆頭に、アメリカ、オランダ、フランス4カ国が大半)
①主要輸入品 ⇒資料編1ページ「表1-21」
・1862・63年に艦船・金属が延びるが、一貫して繊維製品が多い。
・織物構成は、63年以降、綿織物から毛織物へシフト。絶対額はともに増加傾向。
②主要輸出品
・資料編1ページ「表1-22」・「表1-23」:ほとんどが生糸で、単価も輸出価格も順調に増加。67年には蚕種が増加するが一時的か?
・資料編3ページ「表3-44」:生糸類生産量では、器械製糸は1930年代まで増加、座繰製糸の場合は1910年がピーク。輸出額は20世紀前半に急増(価額は物価変動もあるので、量単位の斤で見た方が分かりやすい)。
(2)主要工業県(13県)の生産状況 ⇒資料編1ページ「表2-1」
①生糸…中部・北陸地方に多い ⇒資料編2ページ「表2-36」 ※富岡製糸場のイメージで考えない!
・栃木、若松(現/福島県)、埼玉、筑摩(現/長野県)、水沢(現/宮城県)、置賜(現/山形県)。
②織物…大半が上位5位に(東京、水沢除く)
・表から材料繊維は分からないが 、綿織物か絹織物が大半。およそ、京都は絹織物、大阪は綿織物。
③その他繊維製品
・京都の染物(友禅染など)、東京の履物(・化粧具)、埼玉の木綿糸(綿布製造への乗り遅れか?)。
●19世紀の摂河泉地域(≒大阪府)を中心にした綿業の展開 - 日本の産業革命の例
(前史)河内木綿の広がり─稲作以上の長期作業が可能
①17世紀後半…宮崎安貞『農業全書』で、河内・和泉・摂津が既に高利潤との指摘。
②18世紀前半…一大産地へ。干鰯・油粕などの綿作肥料が周辺で大量に調達可能。
③実綿・繰綿の販売の仕組み…大坂の問屋等に販売するか、農家自体が素朴な下機を用い綿布に。
④綿布販売の仕組み…摂津・河内産は大坂の問屋へ、和泉産は堺の問屋へ。
⑤綿作技術の伝搬…18世紀中期には、丹北郡東出戸村(現/大阪東住吉区長吉)で59名の奉公人が就業し、世紀後半にかけ減少(特に播州姫路が最多)→奉公人による各地への綿作伝播へ。
(1)生産様式の革命①~労働力からの開始- 19世紀前半における綿業関連のマニュファクチュア経営
①略史…問屋制家内工業→マニュファクチュア(工場制手工業)→工場制機械工業
├労働者を大量投入させた当初の工場(制)は非日常空間(異様な空間)。
└マニュファクチュアの訳語は「工場制手工業」で、問屋などが大規模作業場に機織機などを設置し従業員が作業する形態。
※なお、織機を貸し出す場合、賃織委託マニュファクチュアや出機分散マニュファクチュアという 。
②19世紀の綿織物マニュファクチュア
※武部善人『綿と木綿の歴史』258~59ページより作成。
③ただし、綿織物産地・機業問屋は、銘柄の高い(ブランド力のある)地域ほど、綿糸産地・紡績企業よりも(大規模)機械化が遅れた。例えば、播州織(兵庫県西脇市を中心にした先染産地)の場合は、力織機の導入は1920年前後を待たねばならない 。
(2)生産様式の革命②~生産手段からの開始 - 19世紀後半における綿糸紡績業の勃興
①紡績業の全国的散らばり(⇒資料編2ページ「表2-39」、脚注30後半も)
・紡績機械・織物機械は、既にイギリス・アメリカ合衆国で開発済み(→本レジュメ1ページ)。
・80年代の民間2,000錘紡績所では、大阪府、岡山県など本州西部に多い(一部、九州も)。
・本州西部では、1882年には10,000錘の大阪紡績が誕生し、4年後設立の三重紡績と1914年に合併、東洋紡績へ。
・本州東部では、代表例を挙げると、1887年に東京綿商社が創業し、中国棉花の輸入販売をスタートしたが、売り捌けず、93年にリング紡績機30,000錘を導入し鐘淵紡績に社名変更、自ら紡績業へ乗り出した。しかし、試運転が始まった89年末は新規参入による大増設で綿糸が供給過剰に陥り価格が下落したこともあり赤字の連続。96年には、神戸市湊西区(現/兵庫区)に兵庫工場を設置し、事実上の本部(主力工場)となる 。
・以後、吸収合併を経つつ、19世紀末には、大日本帝国下の紡績会社60社のうち、大阪(14)、岡山(9)、兵庫(6)、東京・京都(4)、愛知・愛媛・三重・福岡(3)、広島・香川(2)、熊本・山梨・大分・徳島・栃木・奈良・和歌山(1)という状況へ。
(3)19世紀末の綿糸紡績業の成長
・大日本帝国下の綿糸紡績業全体では、88~89年がターニング・ポイントで、錘数の1.5倍増と、生産高の倍増。90年には生産高が輸入高に逼迫し、翌91年には2対1へと逆転(⇒資料編2ページ「表2-60」)。
・19世紀末には「機械制紡績糸使用綿布」が綿布の国内需要の大半を占めると同時に、輸出向け製品へ(⇒資料編2ページ「表2-43」・資料編3ページ「表3-47」)。しかし、綿糸材料の棉花は輸入依存を強め、世紀転換期には国産棉の壊滅へ(資料編3ページ「表3-48」)。
(4)紡績業の合同・合併と在華紡の成立
・巨大6大紡の成立 ・在華紡の展開 (次回以降)
【ぼうせきがいしゃ(紡績会社)】spinning company
天然繊維(綿花、羊毛、絹、麻など)や化学繊維の短繊維(ステープル)※を長く連続した糸にする業者のこと。産業部門でいえば、繊維工業のうち、紡績業を担う会社・メーカーのこと。
主な製品の分類は、
綿花→綿糸
羊→紡毛糸・梳毛糸
蚕→絹糸
麻→麻糸
化学繊維※※→スフ糸・合繊糸
など。
日本では、第2次世界大戦前に繊維産業の主力部門だったが、戦後は、大手紡績メーカが化学繊維製造を兼営しはじめ、化合繊企業とともに、原糸企業(原糸メーカー)と総称される。
大まかに、製品ごとに紡績会社を分類をしてみると、
綿紡:鐘紡、倉敷紡績、敷島紡績、大和紡績、東洋紡績、日清紡績、日東紡績、富士紡績、ユニチカ
毛防:鐘紡、東亜紡織、東洋紡績、日本毛織、御幸毛織
麻紡:帝国繊維、トスコ
絹紡:鐘紡、オーミケンシ、神戸生糸
など。
なお、化学繊維メーカーは、繊維の綿、糸、生地までを製造するケースが多く、紡績業に限定することはできないが、参考までに、代表的な繊維でまとめてみると、
ポリエステル:東レ、旭化成工業、鐘紡、クラレ、帝人、東洋紡績、三菱レイヨン、ユニチカ、大和紡績
ナイロン:東レ、旭化成工業、帝人、東洋紡績、ユニチカ、鐘紡
となる。
他にも、スフ紡や合繊紡を専門で行なっている紡績会社もある。これらは、化学繊維メーカーの系列下にある場合が多い。
なお、これら紡績会社、化学繊維メーカーの取引には、明治期以来、伊藤萬(現イトマン)や伊藤忠(現イトチュウ)など、主に商社が介在することが多かった。
(注)
※長繊維は、フィラメントとよばれ、絹糸に多い。
※※レーヨン、ポリエステル、ビニロン、アクリルなど。なお、化学繊維は日本語で人造繊維と同じ。
◆お勧め書籍
安藤良雄編『近代日本経済史要覧 第2版』東京大学出版会、1979年。
伊波普猷『沖縄女性史』平凡社、2000年。
石井寛治『近代日本金融史序説』東京大学出版会、1999年。
伊藤泉美・西川武臣『開国日本と横浜中華街』大修館書店、2002年。
ソースティン・ヴェブレン『有閑階級の理論─制度の進化に関する経済学的研究』(1889年)、高哲男訳、筑摩書房、1998年。
銭国紅『日本と中国における「西洋」の発見─十九世紀日中知識人の世界像の形成』山川出版社、2004年。
神戸華僑華人研究会『神戸と華僑 - この150年の歩み』神戸新聞総合出版センター、2004年。
五味文彦・高杢利彦・鳥海靖編著『詳説日本史研究』山川出版社、1998年。
武田雅哉『<鬼子>たちの肖像─中国人が描いた日本人』中央公論社、2005年。
武部善人『綿と木綿の歴史』御茶の水書房、1989年。
中岡三益編『難民移民出稼ぎ - 人々は国境を越えて移動する』東洋経済新報社、1991年。
林京子『上海・ミッシェルの口紅 - 林京子中国小説集』講談社、2001年。
福地曠昭編著『沖縄女工哀史』那覇出版社、1985年。
ヴァルター・ベンヤミン『ベンヤミン・コレクション〈1〉近代の意味』浅井健二郎編訳・久保哲司訳、筑摩書房、1995年
ヴァルター ベンヤミン『図説 写真小史』久保哲司訳、筑摩書房、1998年。
ルイ・セバスチャン・メルシエ『十八世紀パリ生活誌─タブロー・ド・パリ』(1782年)、上下2冊、原宏編訳、岩波書店、1989年。
森嶋通夫『日本の選択─新しい国造りにむけて』岩波書店、1995年。
森嶋通夫『なぜ日本は没落するか』岩波書店、1999年。
森嶋通夫『日本にできることは何か - 東アジア共同体を提案する』岩波書店、2001年。
森嶋通夫『なぜ日本は行き詰ったか』村田安雄・森嶋瑤子訳、岩波書店、2004年。
山本茂実『あゝ野麦峠 - ある製糸工女哀史』角川書店、1977年(朝日新聞社からは、続編とも文庫化)。
◆お勧め博物館
神戸華僑歴史博物館 - http://www16.ocn.ne.jp/~ochm1979/index1.html
※(Kobe Overseas Chinese History Museum) Japan、神戸市中央区海岸通3丁目1-1(078-331-3855)
◆お勧めサイト
地理データ集(http://www.tt.rim.or.jp/~ishato/tiri/geodata.htm)
※府県の変遷、郡の変遷など、近代の地域・地名変更に詳しい。
新聞記事文庫(http://www.lib.kobe-u.ac.jp/sinbun/index.html)※神戸大学「戦前期新聞経済記事文庫データベース」※明治末~戦前期の新聞記事データベース。2006年11月現在、14万記事の画像・全文テキストが登録。
展示会「近代神戸の足跡」目録(http://www.lib.kobe-u.ac.jp/tenjikai/2005catalog/)
※展示会場でお配りした目録内容その他、展示パネル等に用いた説明も合わせ、展示内容を紹介。
神戸旧居留地オフィシャルサイト(http://www.kobe-kyoryuchi.com/index.htm)
※神戸旧居留地の歴史、ブロードバンド・ムービーによる簡単な解説など。
世界史講義録(http://www.geocities.jp/timeway/)
※高校世界史授業を誌上公開。脱線話も含め、可能な限り再現。古代史、中世史、近代史、東洋史、西洋史。
ゆめを紡いで 宮城紡績会社にかけた一生 せんだい教材映像アーカイブ
(http://archive-www.smt.city.sendai.jp/kyozai/v94031.html) ※菅克複の一生。明治政府の近代化政策と殖産興行(ママ)。
◆お勧め映画
イエ・イン(葉纓)『追憶の上海』(原題:紅色戀人、英題:A TIME TO REMEMBER)、中国、1998年。
【出演】レスリー・チャン(張國榮、Leslie Cheung)、メイ・ティン、トッド・バブコック、タオ・ツァオルー(陶沢如)、ロバート・マックレー、イエ・タンタン
1930年代の民国VS共産主義を描いた作品。 メインの人物となる4人をそれぞれ組み合わせて対比的に描いているが、その設定と展開が絶妙。典型的なのは、メイ・ティン扮する革命戦士の少女と、その父親で中華民国の警察の偉いさんとの確執。この父娘の関係には、かつては共産主義運動に荷担していた父が、民国警察に娘を人質に取られ寝返ったという経緯がある。 9年間会っていないという設定で、直接親子二人が対面して喧嘩するという場面は出てこず、父親が娘を思い出すということしか描かれないが、父親の結末に象徴的なように、当時の不安定な人間関係が手探りの状態で展開されている。また、レスリー・チャンの演技がここでも嵌りきっている点も見どころ。中国人どうしの戦争(つまり内戦)が不毛で非生産的なものとして、レスリー扮する革命家ジンと彼を取り巻く人たちの関係をつうじて描かれているわけだが、戦後に中華人民共和国政府が政治的にとても慎重な態度を持ってきた理由がよく分かる。ところで、現代の上海は、映画の冒頭と最後で象徴的に東方明珠が出てくるが、前の黄浦江を流れる水の揺れが強調されていたのが印象的。この作品の不安定性を少なからず軽減させているのは、民国側へ自身を売った父が、娘を逮捕した後に、過去を忘れ、娘の信念も忘れ、その愛娘に射殺される場面。信念か親子関係か。親が娘の信念を諦念させようとし、娘との安住の生活に踏み込もうとしたとき、娘の「生」は否定された。彼女が革命戦士としての「生」を奪回するには、父を殺す必要があった。もちろん、ジンという恋人への介抱という信念もそれには付随していたのはいうまでもない。 ※自サイト『上海パラダイス』より転載・加筆。
◆お勧め音楽
The Cranberries, ‘Zombie’, “No Need to Argue”, Polygram Records, 1994.
※対イギリスからの独立をめざした1916年の対イングランド武装蜂起以来続く、アイルランドの苦悩が歌われている。ベスト盤は、『Stars: The Best of 1992-2002』Island 、2002年。ベスト盤には、アップ・テンポの「Salvation」や、フェイ・ウォン(王菲)が「夢中人」 でカバーした「Dreams」等も収録。
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