全ては旗袍から始まる

このページは、姜鑫『春光映画 王家衛』中国广播电视出版社, 2004年、152~153頁<由旗袍開始>を翻訳・補足したものです。

花様年華は1960年代の香港を背景にしていますが、当時の世界や香港で起こったニュースのどれ一つとして、この映画と関係がありません。それでもどうして60年代なのでしょうか?

映画中の“香港”。新聞社、レストラン、ホテル、アパートなどの室内光景以外、他は全て香港以外の場所で撮影されました。本当の所は、60年代でもなく香港でもありません。しかし、観衆は「60年代の香港」に対する平面的な感情を投影したわけです。張曼玉が最初から最後まで旗袍しか着なかったのと同じことです。

蘇麗珍の着る旗袍が際立って浮いているアパート地下の飲食店。王家衛『花様年華』 (c) 2000 by Block 2 Pictures Inc.

「花様年華」は“旗袍”から始まったのではないかと私は思います。張曼玉のスタイルがあったからこそ他の全てが存在するわけです。こういう創作モデルは良くないのではなく、ただ…その後は?

まず、1着目の旗袍があって、そして彼女に2着目、3着目と繰り返し着せることしかできません。配役の身分、立場、センス、経済能力に関わらず、とにかく次から次へと、まるでファッションショーのように着替え続けます。

仕事中の蘇麗珍。王家衛『花様年華』 (c) 2000 by Block 2 Pictures Inc.

当然、“旗袍”は比喩です。つまり、旗袍の持ち主は外見を借りて外界からの視線を逸らせます。それと同時に一連の内容に関する疑問を回避します。たとえば、心に大きな花が咲いたり、少し経てば眩しい位に鮮やかな緑だったり、皆さんはもはや秘書の蘇麗珍が服を着ているのか、それとも張曼玉が旗袍に着られているのか、考える余裕すらなくなります。

しかし、多くの評論家は「花」の良さを“含蓄”だと述べました。この称賛には他意があるかも知れません。主人公の男女の性的描写は有りませんでした。このような処理が受容された原因は、20世紀60年代に一夜限りの恋と不倫の恋がまだ流行っていなかった点にあります。

麻雀中に離籍する周慕雲と擦れ違う蘇麗珍。王家衛『花様年華』 (c) 2000 by Block 2 Pictures Inc.

とはいえ、60年代の香港に本当に寂しい男女はいなかったのでしょうか。楊天成の咸湿小説を唐突に思い出します。もし、花様年華が現代のように“含蓄”を写さなかったら、あの時代のアパートとラブホ文化を表わすしかできなかったでしょう。

王家衛の作品はいつもケチらず、彼の魅力は彼の(無辺)権力から感じます。一部の“俳優(明星/スター)”が映画で背中だけを写されて終わること、あるいは、製作特集の記事や編集室の床だけに出演すること。これらは王家衛の“手法”といえます。見方を変えれば、“権力”は確かに大きな魅力を証明しています。王家衛の作品を見ることは、ときには“権力崇拝”にさえ思えます。


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