映像と言語 : 「彼女について私が知っている二、三の事柄」から

映像と言語 の関係について、ジャン・リュック・ゴダール監督のフランス映画『彼女について私が知っている二、三の事柄』から考えます。この映画は、1960年代パリの都市再開発と、分断されて枯れ切った住民の生活とを、マリナ・ヴラディという主婦の日常から描いたものです。

この映画評を以前から書きたくて、先日から断続的に見ていますが、結局、このアルバムに載せた写真の箇所で我に帰ります。映像と言語が干渉する(または衝突する・擦れ違う)時代に、映像(または写真にも当てはまります)を説明したい気持ちは高まるのですが、ゴダールいわく、それは非常に難しい。それを示すアルバムです。変なアルバム…。

映像と言語 が干渉し合う

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2 ou 3 choses que je sais d’elle (c) 1967 – ARGOS FILMS – ANOUCHKA FILMS – LES FILMS DU CAROSEE – PARC FILM.

そして、撮影場所というのは二つの意味を持ちます。映画が撮影された場所と、このキャプチャ写真が撮影された場所。といっても、映画撮影がパリで行われたことも、私が自宅でキャプチャ写真を撮ったことも、これらの写真からは分かりません。

映像とは不思議なものです。

一応、格好を付けて、行ったことのないパリを撮影場所に指定しておきます。文字資料によると、映画撮影はパリで確かに行われたらしいので。ここまで厳密にすると、多くの文系実証科学(歴史や経済史ほか)が一挙に陳腐になりますね。

映像とは不思議、しかし丁寧に接すると1枚の写真ですら、とてつもなく私たちを賢くしてくれます。

最後に、面白いことに、撮影場所は2つあるのに、1つしか登録できません。<パリ 大阪府大東市>を入力すると、そのままFaceBookの場所検索が探そうとします。他のインターネット・サービスでも、多分必ず1か所しか登録できません。

ジャン=リュック・ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』フランス、1967年


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[投稿日]2017/01/27
[更新日]2017/05/17