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ミシン開発前夜 - 手縫いの風景

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以下は、ローリー・カールソン『発明品たちの女王 – 縫製機が世界を変えた方法』 (英語圏小学校高学年生向けに書かれた絵本)の一部を訳した(※)。

昔々、人々は日中、時には夜遅くまで、針と糸を使ってステッチ(stitch)をしていました(縫っていました)。大海を横断するための船の帆(帆布)や、西部地方へ旅行するための荷馬車の覆いは、そのような方法でしか作れませんでした 。栄光に翻る旗、結婚式用のウェディング・ドレス、赤ちゃん用の衣服、誰もが着用するもの全てが、そうでした。

(※※)写真の出典元はページ下部参照のこと。

少女たちは、細かく、入念なステッチを行なって、丈夫なものを作る方法を学ぶのに、毎日数時間を費やしたものです。だからこそ、彼女たちが成長するにつれ、家族が着る全ての衣服を作ることが彼女たちに必要とされたのです。彼女たちは、タオル(towels)、毛布(blankets)、ベッド・シーツ(bed sheets)、テーブル・クロス(table cloths)、カーテン(curtains)なども縫わなければなりませんでした。たくさんのステッチとたくさんの手作業(手仕事)があったわけです。

全ての人がステッチに長けていた訳ではありません。また、出来上がったものが望ましいものであったとも限りませんでした。ステッチは、人々が数年間にわたって衣服を着用することに比べれば、大した作業ではありません。時に人々は衣服を裏返すことで、服の寿命を延ばす場合もありました。

(※※)写真の出典元はページ下部参照のこと。

裕福な家庭では、仕立屋(tailors)を雇い、スーツ(suits)を縫わせたり、あるいは、女裁縫師(seamstress)と呼ばれる少女たちに賃金を支払って、家庭内でドレスやシャツを縫わせたりしたものでした。衣料(garments)を試着するには、仕立てられるのと同じくらいたくさんの時間が必要でした。衣服を作成するには膨大な作業が必要だったのです。富裕な人々ですら、多くの衣服を持っていることはありませんでした。

Laurie Carlson, “Queen of Inventions: How the Sewing Machine Changed the World”, The Millbrook Press, 2003.
※※写真はColonial Williamsburg Where History Lives 内「Tailor」より借用した。

参考「Tailor」(仕立屋)抜粋訳

裁断技術(カッティング技術)
多くの言語で「仕立てる」の単語が意味するのは、「裁断技術」である。実際、カッティングは、衣料を身体に完全にフィットさせる繊維の裁断のことである。個々人の身体を採寸し、巧みに衣料が身体にフィットする方法を寸法が決定するパターン・メイキングこそが、仕立屋(テーラー)スキルとなってきた。テーラーは男女を問わず衣服を作成してきた。シャツ、ストッキング、帽子、ケープといったものはレディ・メイド(既製品)だが、コート、ウェスト・コート(ベスト;weskits)、ブリーチ(半ズボン;breeches)、ステイズ(コルセット;stays)、それにガウンといったコスチュームは、個々人向けに作られた。だから、個人の社会的・経済的ステータスがどのようなものであれ、潜在的にはテーラーの顧客(得意先)だったのである。

※以上、「Tailor」(Colonial Williamsburg Where History Lives)を抜粋訳した。


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