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呉服店とは?

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以下、4種類のファッション系の辞書から、呉服店に関する記述を抜粋した。前者2点は呉服に焦点を当てているのに対し、百貨店の情報発信が当然のようになった80年代以降、婦人服を中心に販売戦略が変化した点を反映して、呉服という用語は周辺に追いやられている点が確認できる。

【呉服(ごふく)】 

(前略…)徳川時代にはすでに呉服店の名称が用いられており、前述の太物を扱う店は太物店とよばれ区別され、呉服店は絹物を扱う店として格の高い商店とされた。今日のデパートの多くはこの呉服店が発展したもので、そのためどのデパートでも婦人服にはとくに力を入れている。
田中千代『田中千代服飾辞典』同文書院、1969年、303ページ。

【呉服屋(ごふくや)】 

室町時代には呉服屋ができたが、発展したのは江戸時代になってからである。元禄時代(1688~1703)、それまで上層階級の呉服を独占していた呉服師が幕府や藩の財政難によって営業不振に陥ったのに代わって、江戸、大坂、京都などの消費地をもった呉服屋が盛んになった。元禄文化の担い手となった町人は呉服にまで贅(ぜい)をつくし、その結果ますます呉服屋は発展することになった。また呉服問屋(どいや)と呉服小売り屋に別れたが、両方をかねる大きなものもあった。現代のデパートのうち、老舗(しにせ)の多くは呉服屋から転進したのである。
※「呉服」は別項目に独立。
文化出版局編『服飾辞典』文化出版局、1979年、290ページ。

【百貨店(ひゃっかてん)】 

デパートメント・ストアともいう。大きな売り場面積をもつ各種商品小売業で、昭和49年3月に廃止された百貨店法の規定している売場面積を持つ店舗をいう。同じように大規模な小売業としての量販店との違いは、セルフ・サービスの販売方式をとらず、チェーン・システムを採用せず、品ぞろえとしては、ミドル・プライスの上からベター・プライスのプライス・ゾーンを主力としているのが特徴である。都心百貨店、ターミナル百貨店、郊外型百貨店、地方百貨店に区別することができる。法的には量販店とともに大規模小売店舗とよばれている。
杉野芳子編『(最新)図解服飾用語辞典』鎌倉書房、1986年、177ページ。

【デパートメント・ストア(department store)】 

百貨店のこと。小売り業態のひとつで、衣・食・住などの生活に関わる多種多様な商品を、対面販売方式を基本に提供する大規模小売店舗。商品及びサービスの高級感や長い伝統による信用をもつところが多く、都心型百貨店、ターミナル百貨店、郊外型百貨店、地方百貨店に区別される。既定としては、店舗床面積が都市部で3,000m2以上、その他の都市で1,500m2 以上(大規模小売店舗法による)とされる。’80年代後半は第3次リニューアル・ブームといわれ、各店で積極的にリニューアルが推し進められた。売場、サービス機能の充実に伴う新しい生活文化提案型企業としての期待も大きい。
バンタンコミュニケーションズ編『新ファッションビジネス基礎用語辞典<増補改訂版>』チャネラー、1995年、938ページ。


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