ヘレン・ローズ : MGM アイリーン・レンツの後任

ヘレン・ローズ Helen Rose は、米国イリノイ州シカゴに生まれたファッション・デザイナーです(1904-1985)。「可愛い配当」 Father’s Little Dividend (1951), 「雨の朝巴里に死す」 The Last Time I Saw Paris (1954), 「上流社会」 High Society (1956), 「熱いトタン屋根の猫」 Cat on a Hot Tin Roof (1958) などで衣装デザインを担当しました。特に、グレース・ケリー Grace Kelly とエリザベス・テイラー Elizabeth Taylor の映画衣装やウェディング・ドレスで広く知られています。

ヘレン・ローズ の経歴

ヘレン・ローズは、シカゴで勉強した後、1929年にロサンゼルスへ向かいました。そこで彼女は、プロデュース業に長けていたフランチョン・アンド・マルコ(Fanchon and Marco)兄妹の指揮下で、フォックス社の連続ミュージカル「Ice Follies」用に衣装をデザインしました。これが彼女の最初の専門的な仕事でした。その後、ヘレン・ローズは20世紀フォックスに移籍し(1943年)、次いでMGMと契約し(1944年)、1960年代まで同社の衣装デザイナーを勤めます。

ヘレン・ローズ ドレス 1968–70
ヘレン・ローズ制作のドレス 1968–70 via Helen Rose | Dress | American | The Met

MGMでのヘレン・ローズ

1944年にヘレン・ローズはアイリーン・レンツの後任として、MGM 3代目の契約デザイナーになりました。入社当初はミュージカルや時代劇が多かったのですが、アイリーン・レンツが退社した1949年以降、徐々に現代劇も手掛けていきました。

ヘレン・ローズは、1950年代にスターとなってゆく若い女優たちから称賛されていました。これに対して、アイリーン・レンツはベテランの女優たちから脚光を浴びていました。彼女はMGMの焦点となるミュージカルの強力なデザイナーとみなされ、最高の映画作品はファッション指向であって、歴史的正確さには向けられませんでした。フィルム・デザイナーとファッション・デザイナーとして、彼女は、時代劇で生地を間違って使っても気にしませんでした。それでも彼女のウェディング・ドレスは、 エリザベス・テーラー、アン・ブライス、ジェーン・パウエル、デビー・レイノルズ、ピア・アンジェリその他の名女優にとって必需品となっていきました。

ヘレン・ローズ カクテル・アンサンブル 1960年代後半
ヘレン・ローズ制作のカクテル・アンサンブル 1960年代後半 via Helen Rose | Cocktail ensemble | American | The Met

ヘレン・ローズが雇用される前からMGMにいたギルバート・エイドリアンアイリーン・レンツ同様、彼女は自分の映画衣装を既製品で間に合わせました。1951年公開のマーヴィン・ルロイ監督「クォ・ヴァディス」に使ったローマン・ケープ Roman Cape のように、有り得そうにない物も使いました。このフード付きコート(ローマン・ケープ)は、アセテート、レーヨン、オーロンの3つの化学繊維で作られていて、1着40ドルで売られていたものです。また、「メリー・ウィドウ」 The Merry Widow と Escape from Fort Bravo 用にスケッチをしましたが、衣装は全く制作されていません。

1950年代の MGM は女優たちをロマンチックかつグラマラスに見せることに重点を置き、ヘレン・ローズはそのために絹のシフォンや白色の狐毛皮をふんだんに利用しました。後に独立した時、彼女はシフォンのスカートを一つの主力商品にします。

彼女が最も影響を与えた映画衣装の一つはシフォンのカクテル・ドレスで、「熱いトタン屋根の猫」 Cat on a Hot Tin Roof (1958) でエリザベス・テイラーが着用したものです。この映画撮影の当初にエリザベス・テイラーが用意された衣装はスリップと平坦なブラウスだけだったそうで、3着目としてシフォンのカクテル・ドレスがヘレン・ローズによって手掛けられることとなりました。このドレスはヘレン・ローズの最初のファッション・ショーで50件しか注文を取れませんでした。

女優エリザベス・テイラーとポール・ニューマン。1958年にアメリカで公開中の「熱いトタン屋根の猫」 広告。

ところが、映画が公開されると、このカクテル・ドレスはヒットし、3季にわたり販売されました。数千人がヘレン・ローズのカクテル・ドレスを模造し、広範囲に広まりました。エリザベス・テイラー自身も数着の模造品を自分でヘレンに注文したそうです。

以前にMGMの主任裁縫師であったキャサリン・マクミラン Kathryn MacMillan の助けを借りて、ヘレン・ローズは自分の映画衣装に合わせて、高価なガウン類を製作するようになりました。また、1956年にグレース王女(グレース・ケリー)のウェディング・ドレスを高精度にコピーして、世界中に販売しました。ヘレン・ローズは映画衣装の制作を土台にして既製服産業に進出し始めたわけです。

映画「スワン」のドレスについて話し合う ヘレン・ローズ と グレース・ケリー
映画「スワン」のドレスについて話し合う ヘレン・ローズ と グレース・ケリー Helen Rose with Grace Kelly via Grace Kelly’s Dress from THE SWAN up for Auction at Christie’s | GlamAmor

ヘレン・ローズの独立

ヘレン・ローズは自店舗を構え注文服と既製服の両方を販売しました。彼女の作品群は1970年代にアメリカ中で売れました。彼女のデザインは従来の顧客よりも成熟した女性たちにアピールし、ビーズ付きのボディス、シフォンのスカート、洗練されたランチョン・スーツを専門としました。彼女はシフォンを特に好み、数年にわたり効果的に使いました。ヘレン・ローズの商号は1989・1959年から1976年まで掲げられ、その後リタイアしました。1976年に出版した自伝は「Just Make Them Beautiful」です。

関連リンク

  • Fanchon and Marco : フランチョン・アンド・マルコ一族の公式サイト。年譜、フランチョン・アンド・マルコ兄妹の歴史、家族史、刊行写真、劇場写真、ギャラリー、ゲストブックなど。

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[投稿日]2017/06/03
[更新日]2017/06/03