ギルバート・エイドリアン : Gilbert Adrian

ギルバート・エイドリアン Gilbert Adrian はアメリカのコネチカット州に生まれたファッション・デザイナー(衣服設計師)です(1903-1959)。よく映画のクレジットでは、単にエイドリアン Adrian と記されます。映画衣装分野の開拓者であると同時に、主にMGM社でグレタ・ガルボ Greta Garbo らの衣装を作りました。

ギルバート・エイドリアン : 映画衣装分野の開拓者

ギルバート・エイドリアン は、New York School of Fine and Applied Art (現パーソンズ美術大学/Parsons School of Design) に学び、卒業後にパリへ遊学しました。パリではグラン・プリ・バル(Grand Prix Ball)の衣装をデザインしました。アメリカに戻り、いくつかの仕事を経た後に、1928年、MGM(Metro Golodwyn Mayer)へ入社。グレタ・ガルボ, ジョーン・クロフォード Joan Crawford , ジーン・ハーロー Jean Harlow たち1930年代ハリウッドの代表的な俳優たちの衣装を多く制作しました。また、1930年代頃から映画衣装が世間へ影響を与え始めるようになり、ギルバート・エイドリアンはその一翼を担いました。

ギルバート・エイドリアン 衣装, グレタ・ガルボ 主演, 映画「マタハリ」
ジョージ・フィッツモーリス 監督, ギルバート・エイドリアン 衣装, グレタ・ガルボ 主演, 映画「マタハリ」。 Illustrierter Film-Kurier, Nr. 1822 (Germany, Berlin) via  Illustrierter Film-Kurier, Nr. 1822 (Germany, Berlin), Greta Garbo – Movie program – Mata Hari

ギルバート・エイドリアン : グレタ・ガルボ衣装担当の映画作品

ギルバート・エイドリアンは、グレタ・ガルボの引退までの10年余りの間、全ての衣装を担当しました。A Woman of Affairs (恋多き女、29年) 以降、fall and rise (スザン・レノックス), Queen Christina (クリスチナ女王), Ninotchka (ニノチカ), Mata Hari (マタ・ハリ), Grand Hotel (グランド・ホテル), Camille (椿姫), The Painted Veil (彩られし女性) 等々。

ギルバート・エイドリアンが担当したグレタ・ガルボの衣装では、特に『マタ・ハリ』『クリスチナ女王』『椿姫』が映えていると言われます。グレタ・ガルボの出演映画は、DVDで数種類ずつ発売されており、最近では入手しやすくなっています。グレタ・ガルボの出演作のDVD版をamazonの「レビューの評価順」に並べたものから、お手頃そうなものを選んで是非ご覧ください(中には、ファーストトレーディング等、一部の販売元のDVDはパソコンでの再生ができず、DVD専用プレイヤーを必要とするものもあるのでのでご注意)。

エルンスト・ルビッチ 監督、グレタ・ガルボ 主演、ギルバート・エイドリアン 衣装『ニノチカ』1939年公開。

元々、グレタ・ガルボは体格が良くて肩幅も広く、男まさりの骨格女でした(中国ではスペアリブ女というそうです^^;)。そのため、ギルバート・エイドリアンは、どのようにしてグレタ・ガルボを女性らしいふくよかさと艶っぽさを加えるかに苦心しました。たとえば『マタ・ハリ』では、グレタ・ガルボの衣装が上手く工夫して配置されていることがわかります。

衣装 : ギルバート・エイドリアン、主演 : グレタ・ガルボ
ジョージ・フィッツモーリス監督『マタ・ハリ』(アメリカ、1931年) 衣装 : ギルバート・エイドリアン, 主演 : グレタ・ガルボ

冒頭のダンス場面で、グレタ・ガルボはトランス・ペアレントのガウンを着ています。それはゆったりしていて、裾を長く曳いています。たまに露出される脚は実際以上に長く見え、ギルバート・エイドリアンは主に太腿を強調することで肉感を出させました。その後の場面では、下半身にゆとりを持たせ、上半身はボディ・コンシャスに仕立てたロング・ドレスをいくつか着ています。それらのドレスは胸元が大きく開いているので、露出した片方の肩に目が行ってしまいます。ギルバート・エイドリアンはグレタ・ガルボの広い肩と高い鼻を同時に目立たせることで、かなり際立った描き方をさせた訳です。また、顔全体に注目させる時は、襟を立てた巨大なコートを着せました。

ギルバート・エイドリアンの経歴 : ハリウッド映画のファッション・デザイナーへ

ギルバート・エイドリアンが最初に専門的な仕事を得たのは1925年のことで、ジョージ・ホワイト (George White) 監督の映画『スキャンダルス』で、スケッチ用の衣装設計を行ないました。アーヴィング・バーリン (Irving Berlin) は、ギルバート・エイドリアンのグラン・プリ・バル 時の衣装類から影響を受け、戯曲「Music Box Revue」用に衣装設計を委ねました。また、ルドルフ・ヴァレンティノの夫人 (Mrs. Rudolph Valentino, Natasha Rambova) は、ギルバート・エイドリアンに対し、未実現のヴァンティノの映画 The Hooded Falcon 用に衣装を設計するよう依頼しました。また、彼は他の2つのヴァレンティノ映画、The EagleCobra 用に衣装をデザインしました。その後、ギルバート・エイドリアンは、1926年から1928年までDemille Studios と契約をしました。

ギルバート・エイドリアンは1928年に MGM へ移籍し、1942年まで在籍しました。この MGM で彼の才能は本当に開花し、数少ないトップ・デザイナーとして、ハリウッド映画黄金時代の衣装を制作し、エレガントな MGM の俳優たちに衣装を供給しました。グレタ・ガルボをはじめ、ジョーン・クロフォード、ノーマ・シアラー Norma Shearer たちです。

服飾産業界は常にジョーン・クロフォードの衣服に関心をもち、撮影所の巨大な印刷機を使いまくって素早くその衣服類をコピーし、映画の公開に合わせて服の小売店へ衣服類を届けたものです。MGM の契約女優たちはとても幸運に、出版業界と協力し合って最大限に広告を打ち出していきました。有名な最良の例は、ギルバート・エイドリアンがデザインしたレッティ・リントン (Letty Lynton) というドレスをジョーン・クロフォードが着用し、同名の映画 Letty Lynton (令嬢殺人事件) として上映されたことです。ニューヨークの百貨店「メーシー」Macys はこのドレスの模倣品(コピー)を50万着以上売りさばいたと公言しています。

ギルバート・エイドリアン がジョーン・クロフォード用にデザインした衣装
ジョーン・クロフォード用にデザインされた衣装はギルバート・エイドリアンを有名にさせた。その衣装の名は「Letty Lynton」であった。 “The costume designed for Joan Crawford that made Adrian famous was the “Letty Lynton” dress, named for the 1932 film of the same title”. via Adrian Archives – Silver Screen Modes by Christian Esquevin

また、ギルバート・エイドリアンは1938年に公開された『マリー・アントアネットの生涯』(W・S・ヴァン・ダイク監督、Marie Antoinette)で、ノーマ・シアラー演じるマリー・アントワネットの衣装を担当し、「ロード・アンド・テーラー・アメリカ賞」を受賞。

ギルバート・エイドリアンの最後の映画衣装

ギルバート・エイドリアンは MGM を去り、自身の店舗をビバリー・ヒルズ (Beverly Hills) に開店しました。自分の管轄する小売事業を始めた他のファッション・デザイナーたちと同様に彼もまた映画界へ衣服を供給し続け、1本の映画のために、1952年に MGM へ戻ってきました。この映画は、マーヴィン・ルロイとヴィンセント・ミネリの両監督のもと、1952年に公開されたミュージカル・コメディ(恋愛映画)で、Lovely to Look At (映画 Roberta のリメイク版) といいます。ギルバート・エイドリアンはこの映画の主演俳優たちに衣装をデザインし、ファッション・ショーも開催しました。これが彼の最後の映画衣装となりました。

ギルバート・エイドリアンは、1933年のルーベン・マムーリアン監督『クリスチナ女王』で、グレタ・ガルボに衣装デザインをした。
ギルバート・エイドリアンは、1933年のルーベン・マムーリアン監督『クリスチナ女王』で、グレタ・ガルボに衣装デザインをした。 “Gilbert Adrian costume for Greta Garbo in Queen Christina directed by Rouben Mamoulian, 1933” via Gilbert Adrian : Fashion, History | The Red List

ちなみに、ギルバート・エイドリアンはグレタ・ガルボの数少ない友人でした。同じく友人であったセシル・ビートンは映画衣装デザイナーの人生を振り返り、唯一後悔しているのがグレタ・ガルボの衣装を担当したことが無かったことだと回想しています。それを考えれば、ギルバート・エイドリアンのグレタ・ガルボに対する衣装協力は際立った対照性を持っています。


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[投稿日]2017/02/26
[更新日]2017/05/28