チーパオ:旗袍
このページでは チーパオ:旗袍 について(1)用語解説・歴史(2)関連情報(サイト内記事、リンク、商品紹介)などを掲載しています。
(1)用語解説・歴史など
中華人民共和国の成立(1949年)以前の中国で広く用いられていた、いわゆる中国服。ルーツは、清朝(1616〜1912)を支配した満州族固有の服装。
「旗」は清朝の軍事行政制度のことで、漢人は満州人のことを旗人ともいうことから、旗人の用いる服装という意味で「旗袍」という名が付けられた。
旗袍には、裏地の付いた袷(あわせ)、または綿入れの「袍」と、単(ひとえ)の衫(さん)がある。「袍」は丈が長く盤領(あげくび)の交襟(こうきん)で、前身頃が体の前面を覆い、右脇をトンボ頭の紐釦(ひもボタン)で留める形式になっている。衫の形状もこれに近い。
また、他にも「袍」と同一形状のものに「襖」(あお)があるが、これには、対襟で前面中央をトンボ頭、または貝ボタンで留めるものもある。下衣は、「袴子」(クーズ。袴は、衣偏に庫)と呼ばれるズボン形式で、古代の袴に相当し、その形状も袴と同じで、袴子にも、単や綿入れがある。
日本の羽織に相当する「馬掛児」(マーコール)と呼ばれる上衣があり、対襟で、「袍」または「衫」の上に着用し、礼装として用いることがある。
袍、衫、袴子などは、いずれも男女憧憬だが、女性が主に用いる上衣には、袖無しの「背心」(ペイシン)があり、袍、衫の上に着用する。礼装や防寒用に着用する。
このほか、若い女性の間では、女衫(ニュイサン)と呼ばれる、裾が膝丈の単で、裾の両脇の開いた夏服もある。フォーマルでは、成年に達した女性の場合、巻きスカート式の「裙子」(クンズ)を「袴子」の上に着用するが、これは古代の裳に相当する漢民族の風習で、一部形式の旗袍に併用する例は少ない。
歴史的には、清朝が崩壊し、中華民国が成立(1912年)した後も、漢人、満人の区別なく、広く中国全土に旗袍が用いられ、東南アジアの華僑たちの間でも用いられた。今日でも、台湾や香港をはじめ、中国の奥地の住民や海外の華僑の間で、中国服として愛用されている。
(2)関連情報
関連用語(内部リンク)
関連ページ(外部リンク)
- 旗袍(チャイナドレス)の歴史 - 中華民国時代の旗袍(チャイナドレス)の写真や略史など。
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