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チーパオ:qipao

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旗袍。いわゆるチャイナ・ドレスだが、チャイナ・ドレスは1990年代に使われ始めた日本独自の名称であり、中国=清としているため、語意が間違っている(せめて、チャイニーズ・ドレスというべき)。

清朝由来の衣裳で、20世紀転換期頃にツーピースからワンピースへと変化し、現在の形状を作った。ワンピース型のチーパオの場合、西洋のドレスと同様、フィット感が強く体型が如実に表れる。両者の目立った違いは詰襟の有無にある。

満州族の清朝統治が1644年に中国に影響力をつかんだ後、彼らは優位な漢民族に対する権限を主張するために急ピッチで服装規定を確立し、王族、清王朝、当局向けに服装を体系化した。そして、支配するエリート層と政府と一般民衆を区別した。女性は、彼らの夫に合わせた形で着用することとなった。

その後に清朝が崩壊し、中華民国が成立(1912年)した後も、漢人、満人の区別なく、広く中国全土に旗袍が用いられ、東南アジアの華僑たちの間でも用いられた。台湾や香港をはじめ、中国の奥地の住民や海外の華僑の間でも愛用されきたが、日本の呉服(振り袖)と同様、現在では、中国本土も含めて、レストランなどの店員が着用したり、フォーマル・ウェアとして使われたりする程度である。

「旗」は清朝の軍事行政制度のことで、漢民族の人たちが満州族の人たちを旗人ともいうことから、旗人の用いる服装という意味で「旗袍」という名が付けられた。

旗袍には、裏地の付いた袷(あわせ)、または綿入れの「袍」と、単(ひとえ)の衫(サン)がある。「袍」は丈が長く盤領(あげくび)の交襟(こうきん)で、前身頃が体の前面を覆い、右脇をトンボ頭の紐釦(ひもボタン)で留める形式になっている。衫の形状もこれに近い。

また、他にも「袍」と同一形状のものに「襖」(アオ)があるが、これには、対襟で前面中央をトンボ頭、または貝ボタンで留めるものもある。下衣は、「褲子」(クーズ)と呼ばれるズボン形式で、古代の袴に相当し、その形状も袴と同じで、袴子にも、単や綿入れがある。

他にも、日本の羽織に相当する「馬掛児」(マーコール)と呼ばれる上衣があり、対襟で、「袍」または「衫」の上に着用し、礼装として用いることがある。

袍、衫、袴子などは、いずれも男女同型だが、女性が主に用いる上衣には、袖無しの「背心」(ペイシン)があり、袍、衫の上に着用する。礼装や防寒用に着用する。

このほか、若い女性の間では、女衫(ニュイサン)と呼ばれる、裾が膝丈の単で、裾の両脇の開いた夏服もある。フォーマルでは、成年に達した女性の場合、巻きスカート式の「裙子」(クンズ)を「袴子」の上に着用するが、これは古代の裳に相当する漢民族の風習で、一部形式の旗袍に併用する例は少ない。

図版紹介


  • 1点目「衬衣」19世紀後半。
  • 2点目「长衣」20世紀初頭。
  • 3点目「共和貿易公司の広告」1914年、ジャケットとスカート(傲群)のツーピース。
  • 4点目「啓東煙草股份有限公司の広告ポスター」1930年代後半、上海製作と思われる旗袍。
  • 5点目「イブニング・ドレス用长衫(cheongsam)」Sun Jian作。綿・ナイロン合成ニット。北京ファッション週間にて。

以上、Claire Roberts ed. "Evolution & Revolution: Chinese Dress, 1700S-1900s", Museum of Applied Arts & Sciences, 1997.から転載。

以下は、1930年代の旗袍と、その裁断図の一例。

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