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2007年04月30日

旨い!

自分ながら今日の中華は旨い!

ジャガイモ、ニラ、豚はいつもの定番。
今日は、中華スープの素や中華出汁を3種類、それに味醂と料理酒、塩、これらも定番だけど、今日はちょっとだけ醤油を足した♪

春というどうでもいい季節に、例年の頭痛に悩まされてるけど、抜群に旨いので、少し気分が良くなった♪

それにしてもまぁ、昨年別れた中国女の手料理メニューから、1年ちょっと経っても変わっていないってのが、わての面白いところ…♪(自分で言うなっつぅねん)

投稿者 flaneur : 22:52 | コメント (0)

2007年04月24日

キャット・ウーマン(cat woman)

バット・マンのシリーズで、マーヴルコミック(マンガ)、テレビ・ドラマ、そして映画に登場した、旧称「ザ・キャット」こと、キャット・ウーマンをDVDで観た。

最近疲れ気味なのか、ああいう強い女性キャラに惹かれるのは私だけか…!?

『チャーリーズ・エンジェル』のキャメロン・ディアスやルーシー・リュウ、『キル・ビル』のルーシー・リュウ、んでもって、女子高生のゴーゴー夕張演じた栗山千明、等々。

もとい、『キャット・ウーマン』はご存じの通り、ハル・ベリー主演で、作品賞・監督賞・脚本賞・主演女優賞の4部門でラジー賞を受賞したという曰く付きの映画だが、単純明快、そのキャラのもつ世間での異端性はスパイダーマンに似ているのが、私としては押したいところ。精神的に揺さぶられながら、どこまでいっても、孤独なヒーローで終わるんだよね。

ゴーゴー夕張の鉄球じゃないけど、数メートルに及ぶ鞭をしなやかに振り回すところなんぞ、垂涎もの…。キャット・スーツが鈍く輝くのが、ハル・ベリー(ハリー・ベリー)の肉体美にマッチしていて…、とか、怪しいことを言い出している…。

なんせか、4部門でラジー賞を受賞するという快挙?にも関わらず、ちゃんと授賞式に出席したハル・ベリーの颯爽としたアクションが見物です。なお、彼女、X-MENのストームを演じていたのは、知人に教えてもらって初めて気づいた…。

どうも、わては、作品を作品としてしか見ない傾向が強いな、シャロン・ストーンも『キャット・ウーマン』でピリ辛の配役を演じていたのに、見終わってからパッケージで初めて知ったという始末…。

もちろん、ハル・ベリーのお茶目なシーンも見逃せません。

投稿者 flaneur : 23:32 | コメント (0)

2007年04月23日

レコード針の溝

アドルノの『音楽・メディア論集』をパラパラと拾い読みしているんだけど、強烈…。

最近はもっぱらミシンの歴史を調べているけど、ミシンの持つ「大量生産」的な意味合いについて、アドルノならどういう言葉を使ってどのようなオチにするのだろうと気になったので、先日から、文字通り拾い読み。

目次を見て衝撃だったのが、「レコード針の溝」。

1927年に書かれたこの論文は、蓄音機とレコード盤の登場を目の前にして、アドルノが音楽における大量生産と芸術音楽の変容について論じたもの。

「かつての写真において見られた経緯が、歴史の上で繰り返されている」という認識のもとで、経済史的な背景として、手工業から工場生産へと移行した事態に触れながら、芸術音楽の立体感と音量は録音技術によって完璧さを増す一方で、音色の微妙な細かさや、人間の声の細やかさは退化する。アドルノの言い方を引用すれば、

歌い手が装置からどんどんと遠ざけられているかのようである

19世紀まで継がれてきた「自分たちで音楽をすること」ができなくなり、同時に、20世紀転換期の貴族やブルジョワたちは、室内でのプライベートな空間において、「家で聴きたいという欲求」が発生し、技術はそれに適った形で伝達されるようになった。

衣料が工場生産によろうと家内生産によろうと、ミシンが利用され初めてはじめて、裁縫という作業から手が駆逐されたのと似た事態は、19世紀後半から様々な産業部門で見られてきたわけだが、かつては技術と同義であったアートもまた、同じ大量生産という事態に襲われ、誰もが「鑑賞」できて、誰もが一緒に「鑑賞しない」装置が、20世紀家庭内に、様々な形を取りつつ、家電という名で浸透したのは、私たちもよく知っている事柄である。

投稿者 flaneur : 22:01 | コメント (0)

2007年04月21日

見たい映画情報

『女帝[エンペラー]』(原題『夜宴』)
http://jotei.gyao.jp/

『ホリディ』
http://www.holiday-movie.jp/ticket/index.html

スパイダーマン3
http://www.kin-ei.co.jp/cgi-bin/whatsnew/whats_display.cgi?id:preview

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『女帝[エンペラー]』(原題『夜宴』)

の邦題が取って付けたようなものになってるけど、昨年9月に哈爾浜へ行ったときに、中国では公開されていることを知ったけど、『東京審判』(日本未公開)の方を見た。

他にも、哈爾浜の中央大街では、映画村みたいなのがあって、『X-MEN』とか色々やってたけど、せっかく、中国、しかも哈爾浜に来たんだから、『東京審判』を選んだんすねぇ~。

東京裁判自体は、南京大虐殺が裁かれて、731部隊をはじめとする細菌実験は裁かれなかったんだけど。

投稿者 flaneur : 23:10 | コメント (0)

2007年04月18日

風邪半治のまま授業準備。

風邪が治りきらないままコーヒーも買ってきたのが良くないが、精神的には良いと勝手に判断して、まだ疲れが残っているけど、来週の授業準備に躍起になってる…。

今週の授業は国勢調査からみる、ミシンの普及と、ミシン労働者の状況。

来週は、紡績機、織機、縫製機(ミシン)の開発ラッシュを年表で説明して、それぞれの機械の特徴を話します。それと、時間が余れば、女性にとってミシンはどのような役割を果たしたのかを日本、イギリス、インドネシアなどの事例から論じる予定。

再来週はGWでお休み。

再来週の来週からは、ミシンを使った生産体制がどのようなものだったのかを論じる予定。私の専門はこの辺なので、逆に、軽めに、分かりやすく話そう♪

投稿者 flaneur : 13:45 | コメント (0)

2007年04月15日

ファッション・デザイナーが流行る理由

今度の授業用に、国勢調査を調べている。
糸、布、服の段階ごとに労働者数を調べているんだけど、この世紀転換時期で、凄まじいことになってる…。

「繰糸工」という、糸を繰る作業員の人数なんだけど、1985(昭和60)年の5,100名が、1995(平成7)年に2,159名、2000(平成12)年には、なんと、統計上から、職業が消えた…。

今でも、1,000人くらいはいるかも知れないけど、日本列島から、糸を紡ぐことの出来る人間が、ほとんど消滅したといえる…。

ミシン縫製工もヤバイ…。

1985年 664,958名
1990年 670,758名
1995年 533,483名
2000年 361,924名

急激に落ちてる…。

繊維・衣料は、全て、自国で作れないという時代が来るわけだな…。

日本の国や企業は、衣料の製造を放棄した片方で、アパレル・デザイナーという、アイデアの面・技能に注目させて、フランスのトップブランドのデザイナーたちを目指せ!といったような、嘘八百の御伽噺の世界へ子供たちを騙して、デザイナーという便利で形骸化した用語を作り出して職業として華やかであるかのようなイメージを付与してきたわけだ…。

しかし、縫製や編物技術を駆逐し、海外へ移転させておきながら、仕立てることすらできないデザイナーとの間に、つまりデッサンしかできない連中(デザイナー)と縫うことに忙殺される縫製工との間を分断させたのもまた、日本列島であり、日本列島という、地球儀で見ればどうでもいいようなサイズの上で胡座をかいている企業だったりするわけなのだが…。

ちょっと考えさせるデータだった。

ちょっと一服して、レジュメに戻ろう♪

投稿者 flaneur : 17:30 | コメント (0)

2007年04月13日

久し振りの授業…。

90分喋り続けるな、間を作れ」とのアンケートを踏まえ、今日はゆっくり目に話した。20名前後の授業なので、途中からマイクもなし。

シラバスで、集団で授業を受けに来るな、一人で来いという風なことを書いたのが効いたのか、群れても2人1組だけで、残りは全て単独に受講していたので、やりやすかった。

今日はファッション雑誌『流行通信』を見せながら、手縫いの大変さを伝え、トップブランドのほとんどの服ですら、今はミシンで作っているという話をしたり、アイロンの話をしたり…。

語源の話が一番、学生たちの懐に入ったみたい…。

machine(マシーン、機械)→ミシン
iron(アイアン、鉄)→アイロン

いずれも、家庭へ普及した最初の珍しい商品だって話。

疲れた、明日は日本史系の研究会。毎週、参加する研究会が経済学系と歴史学系まちまちなので、頭がこんがらがる…。

風呂入って寝よ♪

投稿者 flaneur : 23:28 | コメント (0)

2007年04月12日

授業のアンケート結果。

出勤したついでに、昨年度後期に担当した授業のアンケート結果を教務に貰いに行った。

だいたいの印象が分かったので、まとめてみると、

・板書無しの90分マシンガン・トークは辛い!
・たまには「間」を作れ!

・配付資料が膨大すぎて、試験対策がやりにくかった

・大きくて良く通る声なので、マイクを使うと耳が痛くなる時もあった

ってな感じですた。

まぁ、配付資料は多い方が良いという学生もおれば、少ない方がいいという学生もいる。書いて覚える人もいれば、聞いて分かる人もいる…。マシンガン・トークに酔って楽しかったと言った学生もいたし…(柔らかく包んでくれるお父さんみたいな声なので、思いっきり眠いときもありました、とか言われたな…)。

って訳で、アンケート結果は余り気にしてないんだけど、気をつけたいのはマイクの音量。どうも、わての声はマイクを突き抜けるらしい…。カラオケ行っても、ボリューム少なめでも十分聞かせられるからなぁ~。

かつて、学生の一人が、わての授業を「ライブ」と言っていたのには苦笑した。確かに、授業というよりは、ライブかも知れん…。

明日から授業。

頑張るぞ♪

投稿者 flaneur : 22:13 | コメント (0)

2007年04月11日

今日買った本…とか。

珍しく大学へ行ったから(たまには学生気分に戻る必要もあるし)、生協で本を買ってきた。

(1)ジョン・L・ギャディス『歴史の風景』大月書店
(2)松藤民輔『アメリカ経済終わりの始まり』講談社
(3)樋口美雄・大田清編『女性たちの平成不況』日本経済新聞社
(4)日中韓3国共通歴史教材委員会『未来をひらく歴史 - 東アジア3国の近現代史』高文研
(5)さいわい徹『まんが版 大阪市の歴史』和泉書院

全て、前期・後期の講義用に買ったけど、

(1)は歴史学の可能性を、経済学や国際関係論への批判から探ろうとするもの。

(2)は21世紀のガン細胞アメリカ合衆国の金融市場を中心に、特に、FRB(米連邦準備理事会)の金利引下げの影響を予測したもの。21世紀の日本にとって驚異となるのは、中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国ではなく、アメリカ合衆国なんだ、という観点は、学ぶべきところ。

(3)は2000人の女性の10年間にわたる生活・経済を集積したパネル調査にもとづき、デフレによって、女性の働き方や暮らし方がどのように変わったかを見ている。これも、授業用に、つかみの部分で披露したいところ。確かに、バブル崩壊後の女性というのは、かなり分断された状況に置かれていて、それは、80年代までの分断のあり方とは異なっているというのが、私自身も感じるところだが、その点を丁寧に分析しているようで、分かりやすいデータも提供されている。

(4)は、国境を越えた近現代史というキャッチフレーズで発刊された初版を、3国共同で細部の記述のズレを点検・検証している。発刊一周年を記念した第2版とのことで、どこがどう書き換えられたのかは、パッとみても分からないけど、初版の赤色カバーは、第2版で緑色に変わっている。どっちの色もいいんだけど、来年以降も、毎年、版を改めるのだけは止めて欲しい…。

(5)は、東京(明治~平成政府)によって日本の起源と規定された奈良や京都に比べ、通史的な歴史、歴史の厚みを抹消されてきた大阪という都市の歴史を、古代から分かりやすいマンガで描いた本。月に一度参加している複雑系経済学研究会で話題になった「大阪の歴史を掘り起こしながら、東京に対して独立的な文化発信をしていこう!」という運動にも、この本をとりあえず読んで、僕の得意の歴史からアプローチしたいし、今年度担当する授業でも活用し、学生たちに大阪(市)の歴史へ関心を誘導できればと思っている。


さてさて、大学の事務には行ったので、これから長居のジムへ行ってきますぅ~♪ ピンクのジャージー★(ワクワク、エロエロ)

投稿者 flaneur : 14:06 | コメント (0)

2007年04月10日

4回目のジム。

やっとこさ行ってきた。

今日はビル6階のジョギング・マシーン(エアロウォーカー)や自転車っぽいマシーン(フィットネスバイク)とか、軽く20分程度。

脚を押し込むマシーン(エアロステッパー?)に乗りながら、またまた、目前でエアロウォーカーで走っている、ピンクのジャージに黒のパンティが透けている姉ちゃんの引き締まったケツばかり見ながら、ステッパーを一生懸命に頑張ってしもた…。

そんでもって、筋トレのフロアへ移動したところ、いつもは10種類くらいある筋トレ用機材が、今日は2つしかなく、あとはスタジオが広がっている…。

もう閉店なのか…!?

と思いきや、ここはビルの7階。筋トレ機材がたくさん置いてあるのは5階…。

階段を降りるべき所を昇ってしまっていた訳…。

ってことで、5階に降りて筋トレ。

股関節を鍛える機材(ステアクライマーというらしいが、わてのジムでは別の名前だった…)に座った。しかし、どんだけ頑張っても、股間を閉じられない…。体力の眼界かと思って、隣の姉ちゃんと同じはずの機材を比較すると、どっか違う…。

ってことで、やっと分かった。

わてが今座っているのは、股を閉じるのではなく、股を広げる機材らしい…。案の定、開いた(苦笑)。

ってことで、隣の姉ちゃんが終わった後の、今度は閉じる機材で股を閉じること40回(錘は15キロ)。

後は、背筋や腕の筋肉を鍛える機械数種類に乗って、最後に40分ほど、マッサージ機に乗っておしまい。

フィットネス関係の機材の名前を知らなさすぎるので、試しにアマゾンで調べてみたら、意外と5桁で買えるマシーンが多い…。販売量が臨界点を超えたからか、水物的な商品だからか、定価の半額というのも多いな…。家でジム、フィットネスクラブがやれそうな気もする…。

投稿者 flaneur : 21:18 | コメント (0)

2007年04月08日

進化経済学研究会

複雑系経済学研究会というよりは、進化経済学研究会という感じの研究会に行ってきた。

今日も、先生を交えて、たった3人が囲むという、幸運な研究会。スペースが広くまったりと討論できるようなカフェで3時間30分にわたって質疑応答。

その後、場所を天神橋筋商店街の料理店へ移し、大阪経済活性化の可能性を歴史から掘り起こして検討したり、近畿圏の20歳代の表現の自由が実現できる場所の提供を探るなど、大阪で情報発信をする重要性や、若者プロデュースの話で盛り上がる。

んでもって、解散したのは23時。今日も濃くて面白い研究会だった。

次回は5月第2週。そろそろわても、ミシンや衣料・衣服に関連した報告をして、先生のエレガントな切り口からコメントを欲しいところ。

投稿者 flaneur : 23:55 | コメント (0)

2007年04月02日

大エルミタージュ美術館展 - いま甦る巨匠たち400年の記憶

昨日は、170センチ弱の長身スレンダー美人と一緒に京都市美術館へ行ってきた。

サンクトペテルブルクにあるロシアの国立美術館で、18世紀中期、エカチェリーナのコレクションから端を発したらしいこの美術館(エルミタージュの方)そのものをターゲットにした美術展で楽しみにしていたが、同伴してくれた女性が綺麗すぎたのだろう、面白い絵が少なかった。

しかし、3つに分かれたテーマには、近代ヨーロッパそのものを直撃する主題がそれぞれ流れている。

I:家庭の情景
II:人と自然の共生
III:都市の肖像

特に食指を動かされたのがIとIIIのテーマだった。

もっとも、家庭と都市とが分離したとき、人間の自己疎外としてIIのテーマも浮上し、近代を考えるうえで大切なポイントとなるのであろうが、人と自然が共生するということは、人間の自然からの疎外を証明するだけでなく、その共生自体が社会的疎外を示すものである。

だから、私には、共生が目標となってしまった近現代の状況そのものを覆すこと、つまり共生を実践する事の方が大切に思えるから、なかなか関心を持つことが出来ないままでいる。スレンダーな美人と一緒に行くこと自体が楽しい以上、どんな共生がテーマになろうとも、たいした問題にはならない。そもそもIIに集められた絵は、ことごとく『アルプスの少女ハイジ』を思い起こさせるものだったというのもイマイチなところ。

それはそうと、Iのテーマである家庭…。崩れゆく家内工業・家庭と、迫りつつある人間の自己疎外双方の事態を予期したかのように、19世紀には家庭という場所が描写の対象となる。Iを彩る作品たちは、あたかも、今後、2度と逢えないかのような焦りに似た傾向で貫かれていたのが印象的だった。

フランソワ・フラマンの1888年の作品「18世紀の女官たちの水浴」なんかを見ると、写真まで後一歩という遠近感と写実的描写が見られて豪華な気分に浸ることができたが、パニエの中に辛うじて18世紀の面影を見ることができるが、これほどの写実性が、逆に18世紀と19世紀との視線の断絶を決定づけることになっていた…。

Iのテーマに集められた作品で好きになったのは、

■ピーテル・ヤンセンス・エリンハ「オランダの室内」1670年頃/Pieter Janssens Elinga, "Room In a Dutch House"

ピーテル・ヤンセンス・エリンハ「オランダの室内」

彼の使う赤色は朱色に近いので好きではないんだけど、室内の立体感が、どこか、メイドの肩に覆い被さるように、とてつもない孤独感を表わしているように感じる。純血と結びついたという、室内でのモップ拭きの姿には全くの躍動感がなく、壁に掲げられた鏡から辛うじて推察できる20歳前後の表情とは裏腹に、そのメイドの後ろ姿は(茶色の上着が目立って)疲労感に襲われているように思える。だから、この作品からは、純血そのものよりも、汚辱と浄化との交互作用がひしひしと伝わってくる。寡黙な女に限って汚辱に傷つくものだ…。

■フェリックス・バロットン「室内」1903-04年/Félix Vallotton, "Interior"

ヴァロットンの妻がお針子にドレスを縫わせている場面。ゴッホとロートレックの影響を受けたという彼のこの作品は、お針子が出ているだけでも好きになったんだけど、油彩の厚みと配色の軽やかさが上手くマッチしていて、妻がモデルになったという女性は、薄い紅色の室内ドレスをサラリと足元まで垂らしているのが大胆な雰囲気に感じてグッドだった。


IIIのテーマ。

これはユトリロを解説の中心に掲げながら、決して群衆に潜り込もうとしない画家たちの視線が気になったところ。Iのテーマだけで延々と書いてしまったので、日を改めて続けたい…。

http://www.city.kyoto.jp/bunshi/kmma/index2.html
http://www.ntv.co.jp/hermitage/main.html

公式サイト
http://www.hermitagemuseum.org/

投稿者 flaneur : 22:33 | コメント (0)