先週の復習
って、ミクシィでやってどうすんだ!?(笑)
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(1)東アジアからみた日本の位置
・環日本海の陸地…日本列島、朝鮮半島、中国大陸(含シベリア) 。
・環日本海に小国家が複数存在…邪馬台国の2説は2説そのものとして考えられる。
(2)倭国から日本国へ
・古代奈良の地名…山門(宇陀郡・桜井市)→倭(奈良盆地中南部)→大和(奈良盆地)。
・国号「日本」の初出…7世紀後半に施行された飛鳥浄御原令。
・国際舞台への登場…8世紀初頭、唐の即天武后から『日本国』使用認可を得る。
・以後、日本国の中心地(行政地)は京都(平安朝)へ移動し、拡大へ向かう。
(3)「日本」の意味
・東方 への志向…ユーラシア大陸住民の一般的な傾向。東アジアでは風水にも関連。
・「日の本」…7世紀後半に初出。「日出づる処」で、西の唐や天竺に対する自立意識。
・「日本」…既に平安期の朝廷では「京都から日が昇っていない」と疑問視。(ハワイからみれば?)
・平安時代中期編纂の『延喜式』…関東から九州北部までが日本国支配下に。
(4)縄文時代~古墳時代の服装
・縄文時代…裸体に近く、後期・晩期には、居坐機・地機と織物技術の伝来(織機の原型)。
・弥生時代…筒型衣服「ちはや」 が一部流行、古墳時代にかけて普及 。
支配者には一部、絹による衣服が普及。ただし、織法は未熟。
・古墳時代…倭国支配下で既に巫女の存在→宗教と政治との関連性が強い。
ネックレスや「ちはや」(中国語で貫頭衣、古代エジプトではチュニック)など、服飾パターンの原型が形成。
※染織先進国中国…絹のツーピースから深衣(現代の韓国のチョゴリ風)へ。
※百済からの技術導入
・5世紀初頭に縫衣工女(きぬぬいおみな)が渡来し裁縫技術が伝来。
・470年には織物製作・裁縫作業に従事(漢織・呉織・衣縫を扱う兄媛・弟媛ら)。
(補足)海外関係
・天武朝(7世紀中葉)…戦乱の多い東アジア情勢を鑑み、唐王朝の文物導入に力点を置きつつ、国内統治では、従来12階までだった冠位を26階まで細分化。
この日記の追記
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