バズ・ラーマン『ムーラン・ルージュ』
麻雀でボロボロになった身体に鞭を打って、ウォン・カーウァイの『2046』をDVDで見直そうと思ったけど、かなり疲れていたんだろう、「たまにはアメリカ映画」という気になり、先月末に梅田の中古ビデオ屋で900円で買ったバズ・ラーマン監督の『ムーラン・ルージュ』(アメリカ、2001年)を見ることにした。主演はニコール・キッドマンとユアン・マクレガー。
90年代の名曲が流れまくるというキャッチフレーズも楽しみにしながら見た。U2は分からなかったが、実際、ポリス(スティング)の「ロクサーヌ」をはじめ、ビートルズ、クイーン、マドンナ、エルトン・ジョンの有名曲が随時挿入されていた。何度も繰り返し流れたのは、エルトン・ジョンの「Your Song」。映像があったからか、本人よりも映画の方が見事に聞こえた。
物語自体は娼館に通う男性と娼婦との恋愛という、アベ・プレヴォーの『マノン・レスコー』以来、日本でも宮尾登美子にまで貫かれている典型的な恋愛映画だが、劇中劇が大部分を占める意味で『サウンド・オブ・ミュージック』や『ウェスト・サイド・ストーリー』に構成は近い。
舞台が1890年代末のパリということだが、冒頭から繰り広げられる娼婦たちのダンスは、ファッションこそ、ズロースにガーターベルトとストッキングというまさにパリなんだが、映画としてみるとその豪華さはやはりアメリカらしいともいえるので、あまり気に入らなかった。はじめの方でユアン・マクレガー演じる貧乏作家が惚れた娼婦(ニコール・キッドマン)に『シラノ・ド・ベルジュラック』の応用版みたいな「台詞伝授」の戦法が見られたのは面白いところだけど。
前半3分の1が終わった頃から、劇中劇と映画とが交ぜ合わさってきて、この映画の良さが分かってきた。ニコール・キッドマンは群衆の中しか映えられない水商売風の女性タイプではないので、娼婦という役柄は下手。むしろ、1対1で向き合った内面的な場面に本領が出てくる。彼女の18番を上手に引き出し、作品は、貧乏作家と、半ば楽しみながら、半ば悩みながら、恋心を詩に託したミュージカル風に仕上がっていった。それとともに、娼館という場面設定が舞台という設定へと実質的に変わっていったのも、監督の上手さか。
『サウンド・オブ・ミュージック』は見てないので何ともいえないが、『ウェスト・サイド・ストーリー』よりもおセンチが入り込んでいる分、楽しかった(時代的に大きく違う2作品をあえて比較した上での話だが)。
この日記の追記
麻雀でボロボロになった身体に鞭を打って、ウォン・カーウァイの『2046』をDVD...モードの日記 > DVD・映画 >

