19世紀の首都パリとは? - 書籍紹介を兼ねて
ヴァルター・ベンヤミンが19世紀の首都をパリと捉えたのは、市内に成立しはじめたパサージュ(路地)に注目してのことだった。
19世紀の首都パリは、(1)繊維製品・百貨店 と(2)鉄製品・機関車から考えてみることができる。なお、19世紀と20世紀との違いは、①天然繊維→化合繊(&綿糸)、②百貨店→ファッション雑誌(→カタログ通販)→ネットショッピング、③蒸汽機関車→電車→リニア・モーターカー、の3点がキーワードになる。
(1)繊維製品・百貨店
簡単には、イギリスの羊毛製品、アジアを中心にした綿製品、そして地場産業である絹製品など、世界中の繊維製品・衣料製品が19世紀前半のパリへ集中したことが大きい背景になっている。また、百貨店の成立と同時に、在庫という今に通じる着想が得られたこと、そして、それに対応できる大量生産・仕入・販売といった経済行為がスタートした点が新しい展開だといえる。
左の写真は、「Die magasins de nouveautés」と呼ばれる(別窓で大きく表示)、3~4階建て建築、ショー・ウィンドー、照明・街灯を装備した建物で、「流行品店」(マガザン・ド・ヌヴォテ)と訳される。正価販売、現金販売、大量仕入、ウィンドー・ショッピングなどの商業革命をもたらした。もっとも、19世紀前半のフランスには既製服の浸透が浅く、大量生産・大量仕入・大量販売が噛み合った意味で、本格的な百貨店の登場は1853年の「ボン・マルシェ」を待たねばならなかった。
なお、百貨店の欧米語を紹介しておくと、department store(部門のテンポ、英語)、Warenhaus(商品の家、ドイツ語)、grand magasin(巨大な店舗、フランス語)等がある。なお、フランス語のmagasinには「倉庫」の意味もあり、英語のmagazineには「雑誌、(銃の)弾倉」の意味がある。
では、繊維製品・百貨店から、ベンヤミンのいう19世紀の首都パリの意味を考えてみよう。
- ”Die Mehrzahl der pariser Passagen entsteht in de anderthalb Jahrzehnten nach 1822. Die erste Bedingung ihres Aufkommens ist die Hochkonjunkture der Textilhandels. Die magasins de nouveautés, die ersten Etablissements, die größere Warenlager im Hause unterhalten, beginnen sich zu zeigen. (Walter Benjamin, ‘Paris – die Hauptstadt des XIX. Jahrhunderts’, 1935, “Das Passagen-Werk, Gesammelte Schriften Band V•1, suhrkamp taschenbuch wissenschaft, 1991”, S. 45.)”
- 「パリのパサージュの大半は1822年以降の15年間に建設される。パサージュが生まれてくる第一の条件は、繊維商業界の好景気である。流行品店、つまり史上はじめて相当量の在庫を備えた商店が出現しはじめる。デパートの前身である。(ヴァルター・ベンヤミン『ベンヤミン・コレクションI 近代の意味』浅井健二郎編訳、筑摩書房、1995年、327ページ。)
- 「パリの路地の大半は、1822年以後の15年のあいだに成立した。それらの抬頭の第一条件は紡績業の殷賑である。雑貨店、大量なストックを常備しておくことのできる商店が、出現しはじめる。それは、百貨店の前身である。(ヴァルター・ベンヤミン『ベンヤミン著作集6 ボードレール』川村二郎・野村修編集解説、晶文社、1975年、11ページ。)
なお、百貨店が一つの街となって、ファッションの情報発信基地となる経緯については、鹿島茂『デパートを発明した夫婦』講談社、1991年を参照のこと。また、18世紀後半以降のフランスにおける奢侈産業の隆盛については、ヴェルナー・ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義』金森誠也訳、講談社 、2000年に詳しい。本書は、この点に止まらず、ヴェルサイユ宮殿におけるポンパドゥール夫人(ルイ15世の公妾)、マリー・アントワネット・ドートリッシュ(ルイ16世の王妃)たちの贅沢行為の暴露を含め、ヨーロッパに集積する織物・衣服製造業の実態を大局的に論じた希有な「服飾経済史」といえる研究である。
19世紀フランスの衣服史的な特徴というと、16世紀スペイン発のペチコートを駆逐したクリノリン・スカート(クリノ;馬毛+リネン;麻の混紡地)の流行にある(cf. 十二単)。もっとも、18世紀後半のフランス奢侈産業の大量生産を可能にさせたのは、同世紀のイギリス産業革命に依拠している面が大きい。
なお、ヴェルサイユ宮殿内部の「恋愛と贅沢」、特に恋愛と憎悪に満ちた人間関係に関しては、池田理代子『ベルサイユのばら』一連のシリーズにも詳しいが、漫画としての史実的な濃度は、岡野玲子『陰陽師』シリーズの水準には達していない。なお、19世紀のパリが経験した都市構造の決定的な変化については、デヴィッド・ハーヴェイ『パリ – モダニティの首都』大城直樹・遠城明雄訳、青土社 、2006年参照のこと。
さて、19世紀の首都パリの成立前夜、18世紀後半のパリの風俗史・生活誌は、ルイ・セバスチャン・メルシエ『十八世紀パリ生活誌 – タブロー・ド・パリ』(1782年)、上下2冊、原宏編訳、岩波書店、1989年を挙げることができる。メルシエの報告は、当時のパリ市民の具体的な職業や生活の状況が分かりやすい。

さらに、かなりの風刺を効かせたメルシエの視線は、貴族階級の人たちへの違和感に貫かれており、当時の奢侈生活の内側に汚物を抱えた貴族の不衛生な側面をクローズアップさせる。この不衛生は、19世紀に入ったパリにおいても同じである。『MAQUIA』集英社、2007年1月号(第27号)によると、マリー・アントワネットだけはヴェルサイユ宮殿に暮らす王族たちの中で唯一人入浴をしていた女性とされているが、当時の王族・貴族層が今とはほど遠い不潔なものだった点は広く指摘されてきた。

例えば、北山晴一『おしゃれの社会史』朝日新聞社 、1991年では、メルシエや、20世紀前半にパリへ行った大杉栄のエッセイなどを引きながら、「汚物都市パリ」として1章を割いている。また、傘やヒールの靴がヨーロッパで作られたのも、家から道路上に落とされる人糞を避けるためであったとの話もよく聞く。
また、19世紀に発明されたカメラがどのような物・者を撮してきたか、また、肖像画、肖像写真、風景写真といったものがどのような意味をもってきたのかは、ヴァルター ベンヤミン『図説 写真小史』久保哲司訳、筑摩書房、1998年に詳しい。19世紀後半から20世紀初頭の写真家たちの作品も多数収録されている。
(2)鉄製品・機関車
- “Die zweite Bedingung der Entstehens der Passagen bilden die Anfänge des Eisenbaus…Erstmals in der Geschichte der Architektur tritt mit dem Eisen ein künstlicher Baustoff auf. Er unterliegt einer Entwicklung, deren Tempo sich im Laufe des Jahrhunderts beschleunigt. Sie erhält den entscheidenden anstrß als sich herausstellt, daß die Lokomotive, mit der man seit Ende der zwanziger Jahre Versuche anstellte, nur auf eisernen Schienen verwendbar ist. (Walter Benjamin, op. cit., S. 45-46.)”
- パサージュ成立の第二の条件は、鉄を用いた建築が始まったことである。…中略…鉄とともに建築史上はじめて人工の建材が登場する。この材料はひとつの発展の波に乗る。この発展は、19世紀のあいだに次第にそのテンポを早めてゆく。それに決定的なはずみがついたのは、1820年代末からいろいろと実験されていた機関車が、鉄の線路の上でしか使用できないのが判明したときである。(ヴァルター・ベンヤミン、前掲書(筑摩書房)、328-329ページ。)
- 「路地成立の第二条件は、建築に鉄が使用されはじめたということである。…中略…建築史に大工の建築材料が登場したのは、鉄をもって嚆矢とする。鉄は、世紀を通じて加速度的にテンポを早めて行く、ひとつの発展の波に乗る。20年代の終りから試作されていた機関車が、鉄の上しか走れないということが明らかになった時、この発展には決定的な動因が与えられる。(ヴァルター・ベンヤミン、前掲書(晶文社)、11-12ページ。)
以上、(1)を中心に19世紀の首都パリのイメージを書籍紹介を兼ねて話したが、(1)女性的・女性向け、(2)は男性的、というイメージが19世紀に形成された点は、先進諸国が20世紀に経験したように、男女のファッションにみられる違いに通じる点がポイントであろう。ダンディズム・ファッション(女性ではマニッシュ・ルック)の色合いと鉄・コンクリートの色は、ともに暗い。また、重要な技術的変化は、写真技術の発達とともに、経済上の生産技術における重要度も、手から目へとシフトした点にある。そこに、「煌びやかで時間を浪費する女性」を所有する男性というヴェブレン的事態が重なり、「見られる女性」という視点が発生したのである。
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