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エレオノール・フォーシェ(Eleonore Faucher)『クレールの刺繍』

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エレオノール・フォーシェ(Eleonore Faucher)『クレールの刺繍』(原題「Brodeuses」、2004年、フランス)

匿名出産するかどうかに悩むフランス人女性が母として生きていく決意を持ち始める変化を「刺繍」を通じて描いた『クレールの刺繍』(原題:Brodeuses、フランス、2004年)

この作品は中々のもので、全体的な物語は10代後半の女性が妊娠に対して悩むという、どこにでもあるネタだが、配色が19世紀の風景画のような出来上りになっていて良かった。「“レンブラントやフェルメールといったオランダ絵画を彷彿とさせる”という、しっとりとした質感と厚みのある美しい色彩」(熱田美希「クレールの刺繍」)という指摘は的を射ているだろう。

主人公の女性クレールは不倫の間に自分の妊娠を知る。男が去った後に彼女は、1年前まで行なっていた刺繍で生計を立てることを考え、刺繍職人メリキアン夫人のアトリエへ出向くようになる。夫人は息子を事故で失ったばかりの孤独な女性だが、クレールの刺繍技術や、ショールのプレゼント等から力を取り戻し、逆に、クレールが階段を上がる夫人のフルファッションド・ストッキングに大人の魅力を感じる場面に象徴されるように、クレール自身の妊娠を匿名妊娠ではなく、自分自身で育てる決意を行動で誘導していく。

ニードルと女性 - 裁縫や刺繍で使われる針は、注射針や尖塔と同じニードル(needle)という英語をもっている。そう、言うまでもなく、針は「男根」なのである。

裁縫を職業とする者たちは、男根を武器に作品を仕上げていく。その課程で、「子育て」への勇気と決意を持ったクレールは、女性としての率直な気持ちを持つことが出来たわけだ。そして、夫人の息子を事故死へ追いやってしまったクレールの男友達が3年後に帰国することを楽しみに、刺繍で身を立てていくという、平穏といえば平穏なオチになっている。

ただ、ラクロワという有名デザイナーに作品を見初められる点、余計な固有名詞が一つぶら下がっているようにも感じた。彼の帰国の方が彼女にとっては大きな意味を持っていることは確かだし、彼という「男根」がラクロワという「資本」的な意味をもつ固有名詞によって相対化されてしまっている図式は、下らないとしか言いようがない。もっとも、逆に言えばこの作品は、needleとcapitalとの関係を考察する上で、一つのヒントとなる。

□ 助演女優賞 アリアンヌ・アスカリッド
□ 有望若手女優賞 ローラ・ネマルク
□ 新人監督作品賞 エレノール・フォーシェ
(以上、2004年)


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