ブランドの行方
このページでは、本物ブランドと偽物ブランドの境界を考えています。
さて、毎日新聞の2000年11月25日付の夕刊に拠りますと、大阪市西成区の「あいりん地区」に、海外の有名ブランドの鞄・財布などが露店で安く売られているそうです。グッチ、プラダ、ルイ・ヴィトンといった類のものだそうですが、週末に露店に出回るそうです。製造元は韓国だそうで、秘密工場からあいりん地区の商品倉庫に大量に移送されているそうです。協力者が複数いて、そこに国際スピード便で送るという感じ。ひょっとすると偽ブランド品の全国供給の拠点ともなっているらしくて、大阪府警が動いたとのこと。強制捜査に乗り込むそうですが、商標違反容疑とのことで既に偽ブランド品製造販売業者数人の逮捕状を取っているみたいですね。
価格は全体的に低価の8分の1だそうで、東京・大阪のターミナル周辺でのヤミ価格に比べても半額らしい。顧客層は、10代や20代の女性客が多く、店員に値段を尋ねては「安い」だの「本物みたい」だのと歓声を上げて、偽物と知っていても次々に買い求める、という感じです。
要約は以上ですが、面白いと思った点は、一つはよく知られているような、女性が「偽物と知っていても次々に買い求める」点と、二点目は、「偽ブランド品製造販売業(者)」という労働定義が成立しているという点。
二点目については、新聞での便宜上の用語だとしても列記として「製造業」の一環として機能している側面を認めないわけにはいかない事態だということですね。容疑者名の形容詞としてこの「偽ブランド品製造販売業者」という用語が冠されていたわけですが、文字数を制限するなら別に外したって構わないし、別の肩書きをもってくるなり、対処はあったはずです。
この10年間は、産業団体や政府機関が地位志向的消費を市場の現実の一つとして認識する画期的な時期でして、先例的には1954年にコルベール協会(1957年にコルベール委員会に改称)が設立され、奢侈財の保護育成を講じる機関として機能するようになったことが挙げられます。当協会は1961年から1976年にかけて政府と極めて密接な関係を取ることで、当時の国民経済計画に実質的な貢献を果たしています。当協会はライベンシュタインの論文を重要な参考文献として掲げるほどでした(たとえば、イヴ・サン・ローランへの扱いに注目)。このように、先例はフランスでしたが、1992年、イギリスにおいて「独占と合併に関する委員会」が消費者効用を、生産物の性質から生じるだけでなく、生産物の帯びた社会的な価値からも生じるという二側面的な見解を示しています。つまり、顕示的消費に関する消費理論は、経済理論を飛び越えて、政府に拾われたわけです。
ところが、商品に付随する生産物の価値と生産物の社会的価値という両面の価値認可が成立した時点で、今度は偽ブランド製造業者と消費者とが結託して、社会的価値だけを商品からもぎ取り始めます。政府がブランド品を二つの価値をもつものとして認め、奢侈財保護育成を経済政策に取り入れた瞬間に、奢侈財は偽ブランドという商品の販売可能性を大幅に展開してしまったことになります。従来は、奢侈品の購買自体が社会階層の差別化を行なったわけですが、高度資本主義下においては、消費だけでは差別化を図ることはできなくなったという背景があって、政府は社会的価値という「ブランド」保護の観点も取り入れたわけですね。
業者と消費者はその点を逆撫でしたわけです。つまり、社会的価値はほぼ似ている程度でよく、商品価値もあまり劣化していないと推測される、いわば徹底して近似的なブランドの二つの価値というものを手にしたわけです。いや、商品価値は、少しも劣化していないといってもよいのではないでしょうか?この点は注目していくべきでしょうが、社会的価値が政府に認定される同じ時代に、社会的価値というものがあっさりと「偽」を本物にしてしまったわけです。購買成立とともに、一旦は「偽」は「本物」になるわけですから。そして商品が破損しない限り、「本物」は「本物」であって、仮に、真性ブランド品が逆に購入後すぐに破損したときには、「偽物では?」という疑念が沸々と沸き上がってくることと同じ事なのですから。
顕著な例があって、イタリアの模造品製造業は、フランスの奢侈品製造業の大部分の犠牲によって、イタリア人に二万人の雇用を発生させるという「二重経済」を形成しました。となると、日本の場合は、三国関係となりましょう。つまり、韓国・日本・フランスといった対抗関係が生じるというわけです。いわずもがな、日本に対する韓国とフランス・イタリアとの製造競争という形です。
これら両者は顕示的消費品もしくは地位表示的商品というような用語を与えられる、ミクロ経済学や古典派などでは「必需品」と対立するものとして考察から除外され続けてきた商品です。ですから、ブランド品を買うという地位表示的な消費行為は、近年では模造品にすら浸透してしまったということになります。つまり、先に書いたように、模造品は手にとって分かるような性質だけではなくて、社会的な威信的価値をも付与されており、消費者は、模造品を購入する際に、奢侈的なブランドに帰属している地位にかかわる属性と、品質にかかわる属性とを既に分けて考えるようになっているのです。
関連書籍:佐々木明『類似ヴィトン - 巨大偽ブランド市場を追う』小学館文庫、2001年
