フランコ・モスキーノ:Franco Moschino

このページでは フランコ・モスキーノ について(1)用語解説・歴史(2)関連情報(サイト内記事、リンク、商品紹介)などを掲載しています。

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(1)用語解説・歴史など

1950年、イタリアのミラノ近郊に生まれる。14歳の時から、ミラノの高級仕立屋「イサベッラ・ライモンディ」で修行を重ねる。

プレラ・アカデミー・オブ・アート(ミラノの芸術アカデミー)を卒業後、ジャンニ・ヴェルサーチのもとでスケッチャー、イラストレーターに。その傍ら、76年からは、イタリアの既製服メーカー「カデット」のデザイナーも務め、83年に独立し(メゾン名は、Moonshadow S.p.A.)、翌84年、ミラノ・コレクションでデビュー。88年にはセカンド・ライン「チープ&シック」をスタート。

「やんちゃ坊主」と呼ばれるほど自由奔放な作風が特徴で、既製のファッションを皮肉ったユーモア溢れる作品づくりで高い人気を得た。デザインは、ジーンズとカジュアルウェアからはじめ、靴、ランジェリー、アクセサリーその他多数の作品も手がけた。

服では、特に、80年代初めにゴルチエが発表したコルセット・ドレスをモスキーノも参照したり、87年には、ジーンズ生地でシャネル・スーツを作成したりしている。他、モスキーノの作品は、キッチュ、ミスマッチ、ポップアート、モチーフつなぎ、歴史主義などと呼ばれ、多様な側面を見せているが、その根底にあるのは遊び感覚であった。

神話と真剣さを衣服に注ぎ込むのを嫌い、パロディー作品も数多く作成したモスキーノ。キッチュ的な遊びが興じて、ルイ・ヴィトンやシャネルなど、他のブランドとの著作権闘争が絶えなかった。特に、自分の香水をTシャツに垂らし、テレビの舞台で「シャネルの5番」と公言したのは有名。

今日まで、モスキーノの利益の一部は、フランコ・モスキーノ自身によって設立された非営利組織に奉じられている。この組織は、様々な慈善事業を支持するたえに、資産を使用することになっている。

95年春夏コレクションを前に94年に急逝。モスキーノのブランドは、右腕として活動してきたロッセラ・ヤルディーニが、クリエイティブ・ディレクターとして、若手デザイナー30人ほどを従え継承した。

(2)関連情報

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