ジャンポール・ゴルチエ:Jean-Paul Gaultier

このページでは ジャンポール・ゴルチエ について(1)用語解説・歴史(2)関連情報(サイト内記事、リンク、商品紹介)などを掲載しています。

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(1)用語解説・歴史など

1952年、パリ近郊のアルクイユに生まれる。クチュリエール兼美容師だった祖母の影響のもと、熊の縫いぐるみ「ナナ」をモデルに、化粧や染髪を施す。また、祖母のサロンで、キャバレー「フォリー・ベルジェール」のショーをテレビで観て、その衣装の奇抜さと豪華さに魅了され、デザイナーを志望。

当時の一流デザイナーたちに、自分のデッサンを送り続け、18歳でピエール・カルダンに採用された。1年間、アシスタントとして勤務した後、ジャック・エステレルのもとで経験を積み、ジャン・パトゥのメゾンでは、ミシェル・ゴマ、アンジェロ・タルラッチのアシスタントをする。以後、カルダンのメゾンへ戻り、独立してフリーランスに。

76年、ジャンポール・ゴルチエの名でコレクションを発表。78年には、オンワード樫山と提携し、本格的な活動を展開。当時の作風は、モード界のさまざまな規範に反旗を翻したものが多く、空き缶のブレスレットや、サテンのビスチェにビニールのパンツを合わせた作品など、素材間に存在するヒエラルキー(秩序)を揺さぶるものが多い。

80年代半ばからは、男女のセクシャリティーへの問題提起をテーマにした作品が増える。84年春夏のメンズ・コレクションでは、「オム・オブジェ」を発表し、観られる対象としての男性を強調している。また、レディースでは、マドンナのワールド・ツアーで有名なコーン・ブラをはじめ、SM的なボンデージ・ファッション、フェティシズムを喚起するコルセット・ドレスなど、セクシャリティーを強烈に表現した作品が多い。

2001・02年秋冬では、袖、ベスト、パンツの裾、スカート、ガードルといった服のパーツをまとめたパッチワーク風の作品を発表。

オートクチュール参加は、97年から。現在のゴルチエは、プレタポルテの「ジャンポール・ゴルチエ」、オートクチュールの「ゴルチエ・パリ」、ユニセックスのセカンド・ブランド「JPG」、子供向けの「ジュニア・ゴルチエ」、カジュアル「ゴルチエ・ジーンズ」、香水「ジャンポール・ゴルチエ

パルファム」、「ジャンポール・ゴルチエ・クラシック」。

映画衣装・舞台衣装では、マドンナ、イヴェット・オルネルらのステージ衣装をはじめ、ピーター・グリーナウェイ『コックと泥棒、その妻と愛人』、ヴィクトリア・アブリル『キカ』、リュック・ベッソン『フィフス・エレメント』などの映画の舞台衣装が有名。最近は、これらの服飾デザインのほかに、音楽や映像の分野でもタレント性を発揮している。2000年秋に東京の上野守美術館で開催された、来場者参加型の展覧会が大成功を収めている。

下着ルックやアンドロジナス・ルックなど、アヴァンギャルドと古典主義が融合した作風は、パリ・コレクションにおいて数多くのジャーナリストたちから賞賛され、80年代を代表するデザイナーとして脚光を浴びた。ベーシックな服作りを基本に、歴史服やエスニックからのアイデアを自在に混在させる。

87年、オスカー賞受賞。

(2)関連情報

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