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<title>ブランド辞典</title>
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<modified>2007-01-08T05:26:54Z</modified>
<tagline>１９世紀中葉のオート・クチュリエから、仏・米・英・伊・日の主要デザイナーまでの略伝とブランドの現状。関連商品も紹介。</tagline>
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<title>ヴィヴィアン・タム：&amp;#35885;玉燕（Vivienne Tam）</title>
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<summary type="text/plain">ヴィヴィアン・タム（&amp;#35885;玉燕）は、ニューヨークコレクションに参加する...</summary>
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<dc:subject>ア行のブランド</dc:subject>
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<![CDATA[<p><a href="../image/vt 002.jpg" target="_blank"><img width="140px" src="../image/vt 002.jpg" alt="ヴィヴィアンタム"></a>ヴィヴィアン・タム（&#35885;玉燕）は、ニューヨークコレクションに参加する中国人女性デザイナー。現在は、83年に自身で設立したEast Wind Code, Ltd.のCEOとチーフ・デザイナーをも務める。</p>

<p>斬新でトレードマークにもなっている「東西融合」（East-meets-West）姿勢に貫かれたファッション・デザインは国際的に評価が高い。ヴィヴィアン・タムの作品には、必ず「Made in Hong Kong」か「Made in China」と記されており、広告キャンペーンでは必ずアジアの女性を起用することで有名。</p>

<p><a href="../image/vt 010.jpg" target="_blank"><img width="140px" src="../image/vt 010.jpg" alt="&#35885;玉燕"></a>主な顧客に、ジュリア・ロバーツ、マドンナ、ヘザー・グラハム、サラ・ジェシカ・パーカー、ビヨンセら。</p>

<p>彼女の衣装はメトロポリタン美術館、アルバート美術館、エフ・アイ・ティー美術館、アンディ・ウォーホル・ミュージアム等のコレクションに展示されている。彼女は、ニューヨーク市に暮らし、ファッションを基本にした国際的なビジネスで成功を続けている。</p>

<h3>略歴</h3>

<p>中国・広東省生まれ。3歳の時、香港に移住。子供の頃、母親が家族の服をつくっているところをみて感銘を受けた。8歳の時、ヴィヴィアンは、旧暦の正月に自分の兄弟姉妹のためにデザインをして服やドレスを作成している。</p>

<p><a href="../image/viviennetam.jpg" target="_blank"><img width="140px" src="../image/viviennetam.jpg" alt="Vivienne Tam シフォン・アップリケ・ニット - 2006年12月"></a>香港理工学院ファッション・デザイン科を卒業後、地元のデザイナーや「メイド・イン・ホンコン」（香港製）ファッションの評価が芳しくないことに気づき、香港貿易振興協会（the Hong Kong Trade Development council）での就業をきっかけに、1981年に渡米した。北京製のビニール・バッグには、彼女自身による20点ほどの中国風デザインが忍んでいたといわれている。</p>

<p>ニューヨークでは、百貨店や特設店での展示会に努力を惜しまず、83年、若いデザイナーたちが集まったコレクションで、ヘンリ・ベンデル（HENRI BENDEL）社のバイヤーたちに影響を与えることができた。同社は名声の高い57番街のウィンドウ・ディスプレイを提供した。</p>

<p><a href="../image/vt01.jpg" target="_blank"><img width="100px" src="../image/vt01.jpg" alt="ヴィヴィアン・タム"></a>1990年に自らの名前を冠したブランドを設立し、1993年秋からニューヨークコレクションに参加する。ニューズウィーク、ピーポー、ヴォーグ、コスモポリタン、エル、タウン・アンド・カントリー、マリクレール、ハーパース・バザー、インスタイル、各誌で特集記事が組まれた。94年、ヴィヴィアン・タムは初めてニューヨーク・コレクションに参加。翌95年には春夏コレクションで毛沢東プリントを発表。97年には仏陀コレクション（Buddha collection）を発表し、ペリー・エリス賞を獲得。作品の数々は、上記美術館などに陳列されることとなった。</p>

<p>2000年、中華圏における服飾史の知識を集大成させたヴィヴィアン・タムの著書『China Chic』が出版された。撮影は、ウォン・カーウァイ映画の協力者で有名なウィン・シャ。写真が豊富で、タム自身のコレクション情報という代物ではなく、彼女や出版社が集め回った昔の絵画写真や映画の一場面など、時代時代の服飾史がテーマ別に語られている。インタビューワーを除けば、すべてタム自身の文章とお気に入り写真。本書は、最初に、チョンサム（長衫；Cheungsam）からはじまり、明と清の時代の衣装を押さえ、最後にチョンサムに戻りながら東西融合という服飾感で締めくくっている点が上手い。いたずらに古代を引っ張り出す失敗は犯してない…。同書は、2005年にリプリント版も出ている。</p>

<h2>公式サイト</h2>
<ul><li><a href="http://www.viviennetam.com/" target="_blank">http://www.viviennetam.com/</a></li></ul>

<h2>関連書籍</h2>
<ul><li><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0060392681/modernflaneur-22" target="_blank">Vivienne Tam, Martha Elizabeth Huang, "China Chic", Regan Books, 2000.</a></li><li>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0060796634/modernflaneur-22" target="_blank">Vivienne Tam, "China Chic", Regan Books; Reprint, 2005.</a></li></ul>

<h2>外部の関連リンク</h2>
<ul><li><a href="http://wkw2004.com/staffs/wing.html" target="_blank">ウィン・シャ：夏永康、Wing Shya</a></li></ul>]]>

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<title>コムデギャルソン（川久保玲）：COMME des GARCONS</title>
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<modified>2006-06-08T01:26:12Z</modified>
<issued>2006-06-07T15:56:33Z</issued>
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<summary type="text/plain">川久保玲が６９年に既製服界に進出した際のブランド名。７３年には株式会社「コム・デ...</summary>
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<dc:subject>カ行のブランド</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img src="../image/commedesgarcons.gif">川久保玲が６９年に既製服界に進出した際のブランド名。７３年には株式会社「コム・デ・ギャルソン」となった。</p>

<p>川久保玲は１９４２年東京生まれ。慶應義塾大学で美術を学んだ後、旭化成工業の宣伝部（広告部）へ入社し、その後はスタイリストとしてフリーランスで活躍。</p>

<p>６９年に東京・南青山で既製服部門の「コム・デ・ギャルソン」ブランドをスタートさせ、７３年に株式会社化した。現在では日本国内で２００を超える店舗を持ち、海外支店も数十店という展開ぶりである。</p>

<p>８１年にはパリでコレクションを発表、２年後の８３年には第１回毎日ファッション大賞を受賞。以後、パリのプレタポルテ・コレクションで常に上位に位置されるようになる。</p>

<p>８０年代初期の作品は、黒をモチーフにした「ボロ・ルック」や「プア・ルック」がヒットした。８０年代後期になると、まず８７年にパリのポンピドゥ・センターにて「コム・デ・ギャルソン写真展」を開催し、翌８８年にはニューヨークのFITギャラリーで「Three women 展」に参加、マドレーヌ・ヴィオネ、クレア・マッカーディルとともに２０世紀の著名な女性デザイナーとして認知された。８９年２月には東京・青山に２００坪の店をオープン。オリジナル家具の製作にも力を注ぐようになった。</p>

<p><img src="../image/commedesgarcons2.jpg">コムデギャルソン（川久保玲）の独創性は「破壊」というテーマに尽きる。彼女のデザインの基本となっている「破壊」とは、前シーズンのコンセプトさえ踏襲しない「拒絶」をルーツにしている。常にリセットしたデザインがコムデギャルソンのポイントである。</p>

<p>彼女（またはコムデギャルソン）の「破壊」というモチーフは、派手な色を避け、黒に絞った色遣いだけでなく、ウェスト、バスト、丈、左右といった様々なバランスがルーズになっている点にも象徴的である。この基本路線は、日本のデザイナーだけでなくロンドンのデザイナー（ジョン・ガリアーノ等々）にも影響を与えたといわれる。</p>

<p>経営面からみても、コムデギャルソンは独特で、ショップの立地、インテリア、商品ディスプレイ、販売方法といった多岐にわたる作業を川久保自身が行なっている。</p>

<p>となると、コムデギャルソンを着こなすという点では、非常に難しい水準を要求される。もっとも、９０年代以降には黒以外の配色を行ない、フリルやギャザー、それにソックスといった少女的なデザインも行なっているが、小林秀雄が言った「批評とは違和感である」というテーゼにマッチした路線は維持している。９７年春夏のパリコレで発表された「ボディミーツドレス」や２００１～０２年でのパリコレなどが代表例だ。</p>

<p>インテリア、アート、モードといったものと隣り合わせになりながらも、あくまでも「ファッション」という面を優先する姿勢は、作品が「鑑賞」向けのものではなく「着る」という実践的なものであるという点も、彼女、あるいはコムデギャルソンとしてのポリシーであることに代わりはない。</p>

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<title>ユミ・シャロー：Yumi Shalow</title>
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<modified>2005-09-18T00:57:38Z</modified>
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<summary type="text/plain">１９３８年、東京都麻布に生まれる。結婚前は高木弓。 小学校から高等学校まで雙葉学...</summary>
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<dc:subject>ヤ行のブランド</dc:subject>
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<![CDATA[<p>１９３８年、東京都麻布に生まれる。結婚前は高木弓。</p>

<p>小学校から高等学校まで雙葉学園で過ごし、女子美術大学油絵科（現絵画学科洋画専攻）在学中に、長沢節主宰のセツ・モードセミナーの学生も兼ねる。</p>

<p>長沢節の紹介により広告制作会社アド・センターでファッション関係の仕事をスタート。同僚に花井幸子、金子功らがいた。この頃、イラスト、手芸、ドレス・デザインの仕事をフリーとしてもこなしていた。</p>

<p>６７年に渡仏。高田賢三の勤める既製服会社レラシオン・テキスタイルで彼の助手として２年間を過ごす。</p>

<p>コーディネートによってフォーマルにもカジュアルにも着こなせる服作りをモットーに、パリと日本を中心にフリーのデザイン活動を行なっている。</p>

<p>著書に『粋なおしゃれ』（じゃこめてい出版、1990年）、訳書に『ラ・コレクション』（マガジンハウス、1990年、ソニア・リキエル著）など。</p>]]>

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<title>ユミ・カツラ（桂由美）：Yumi Katsura</title>
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<summary type="text/plain">１９３０年、東京都生まれ。 共立女子大被服学科卒業後、パリへ留学。帰国後に母が経...</summary>
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<![CDATA[<p>１９３０年、東京都生まれ。</p>

<p>共立女子大被服学科卒業後、パリへ留学。帰国後に母が経営する東京文化デザイン専門学校副校長に就任。現在は同専門学校の理事長。</p>

<p>１９６４年、ブライダル専門店をオープンし、コレクションを開催（いずれも日本初）。６８年ブライダル専門書『ブライダルブック』を出版。</p>

<p>８０年代には海外進出もスタート。まず８１年にアメリカ、フランス、イギリスへ製品輸出を開始し、８６年には北京で、中国初となるブライダル・ファッションショーを開催した。８８年、桂由美ブライダル・ミュージアムを設立し、世界各国の花嫁衣装が飾られる。９３年には、ローマ法王にイースター祭服のデザインと製作を行なった。</p>

<p>９５年、アジア各国の婚礼文化や婚礼衣装の伝統を次世代に継承することを目指した「アジア・ブライダル・サミットを開催。９９年、東洋人デザイナーとしては初めて、イタリア・ファッション協会正会員となり、以後、毎年ローマ・オートクチュール・コレクションに参加。２００１年には、アルマーニ、シャネル、ミッソーニらとともにスペイン広場のショーに出演した。</p>

<p>２１世紀に入っても世界的な活躍の場は広がりをみせ、０３春夏パリ・オートクチュールコレクションへ初参加。翌０４年には、春夏パリ・オートクチュール・コレクション、０４秋冬パリ・オートクチュール・コレクションと参加が続いた。また同年、ブライダル専門店オープン４０周年を記念し、「桂由美の世界展」を日本橋三越本店（５月）、ジェイアール名古屋タカシマヤ（７月）にて開催。</p>

<p>以上のように、桂由美は日本にトータルなブライダル・シーンを確立し、全日本ブライダル協会を設立する（６９年）など、ブライダル業界における貢献が非常に大きい。また、ヨーロッパとアジアを中心にした婚礼服に関する文化活動も活発である。なお、現在、ウェディング・ドレスを中心に全国的な規模でフランチャイズを展開している。</p>

<p>９１年、ヨーロピアン・エクセレンス協会から「トライアンフ大賞」を受賞。９３年には外務大臣表彰を受けている。９６年、中国婚姻家庭建設協会と北京服装協会から「新時代婚礼服飾文化賞」を受賞。９８年、中国の大連市から「大連市栄誉奨賞」受賞。</p>

<h2>公式サイト</h2><ul>
<li><a href="http://www.yumi-katsura.co.jp/index_content.html" target="_blank">YUMI KATSURA（公式サイト）</a></li>
<li><a href="http://www.katsura-yumi.co.jp/" target="_blank">
桂由美ブライダルハウス（ユミカツラインターナショナル-公式サイト）</a></li>
<li><a href="http://www.yumi-katsura-jewelry.jp/" target="_blank">ユミ カツラ ブライダルジュエリー（公式サイト）</a> - ユミカツラブライダルジュエリーでは、すべての商品にブライダルフラワーに使われる花の名前をつけています。</li>
<li><a href="http://www.with-with.co.jp/yumikatsura.html" target="_blank">桂由美ブライダルインナー総合案内（株式会社ウィズ内準公式サイト）</a></li>
</ul>

<h2>商品情報</h2><ul>
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<title>アントニオ・カスティヨ：Antonio Castillo</title>
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<modified>2005-09-19T00:32:17Z</modified>
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<summary type="text/plain">フルネームは、アントニオ・キャノバ・デル・カスティヨ。 表記上、アントニオ・カス...</summary>
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<![CDATA[<p>フルネームは、アントニオ・キャノバ・デル・カスティヨ。</p>

<p>表記上、アントニオ・カスティーヨ、アントニオ・カスティロ、アントニオ・カスティリョ、アントニオ・カスティーリョ、アントニオ・カスティヨ、アントニオ・カスティロとも。</p>

<p>１９０８年、スペインのマドリードで生まれる。</p>

<p>マドリード大学とエル・サクロ・モンテで建築と法律を学んだ後、パカン、シャネル、ロベール・ピゲ等でドレスやアクセサリーなどで、オリジナル・デザインを手がけた。</p>

<p>４５年にニューヨークへ渡り、オート・クチュールを手がけた始めたドイツの化粧品ブランド「エリザベス・アーデン」社のデザイナーとして活躍。またオペラやブロードウェイの舞台衣装もデザインした。</p>

<p>５０年にパリへ戻り支配人としてランバン社と契約。ジャンヌ・ランバン亡き後のブランド＜ランバン＞をランバン・カスティーヨに変更し、自ら主任デザイナーとしても一時代を築いた。</p>

<p>６１年、それまでの半年間をバレンシアガのクチュール・メゾンで働いていたオスカー・デ・ラ・レンタを、ランバン・カスティーヨのアシスタント・デザイナーにヘッド・ハンティングした。</p>

<p>６２年に病気でランバンを休職。クラエに主任デザイナーを委任したまま、６３年にランバンを離れ自分のメゾンをオープン、コレクションを発表した。この年、デ・ラ・レンタを連れて、カスティーヨは再びニューヨークへ渡り、エリザベス・アーデンのオートクチュールとレディ・トゥ・ウェア（プレタ・ポルテ）両部門で、ともにデザイナーとして働いた。なお、カスティーヨの名は、６６年までのオートクチュールの名簿で確認することができる。なお、６４年頃には、アンヌ・マリー・ベレッタがカスティーヨのメゾンで働いている。</p>

<p>７１年、デザイナーの一人として参加した映画『ニコライとアレクサンドラ』でアカデミー賞衣装デザイン賞を獲得（もう一人はイヴォンヌ・ブレイクだが、もう一人の協力者ジョン・モロは除外された）。</p>

<h2>外部の関連ページ</h2><ul>
<li><a href="http://www.perfume-discounter.com/somhisandbac6.html" target="_blank">Some History and Background on Elizabeth Arden</a> - エリザベス・アーデン社の歴史と背景</li>
<li><a href="http://www.swankvintage.com/251.html" target="_blank">1950s Lanvin - Castillo Ball Gown</a> - ５０年代、ランバン・カスティーヨのボール・ガウン</li>
</ul>]]>

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<title>カンサイ・ヤマモト（山本寛斎）：Kansai Yamamoto</title>
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<summary type="text/plain">１９４４年に神奈川県横浜市で生まれる。県立岐阜工業高校土木科を卒業し、日本大学文...</summary>
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<dc:subject>カ行のブランド</dc:subject>
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<![CDATA[<p>１９４４年に神奈川県横浜市で生まれる。県立岐阜工業高校土木科を卒業し、日本大学文理学部英文科を中退。</p>

<p>修業時代は、コシノ・ジュンコのアトリエから細野久のアトリエに移り、１９６７年に第２回装苑賞を受賞した。</p>

<p>７１年にロンドンで、「Kansai In London」と題し日本人初のコスチューム・ショーを行なう。デザイナー以上にショーマンでもある寛斎は、このショーでは音響、アクション、コスチュームが一体となった空間が演出され、服はもとより、歌舞伎のぶっ返りや引抜きの手法が取り入れられ、瞬時に服の色や形が変化するアイデアが披露された。７３年のデヴィッド・ボウイのニューヨーク・コンサートの衣裳を担当するなど、このロンドンでのショーをきっかけに、デヴィッド・ボウイをはじめ、エルトン・ジョン、スティーヴィー・ワンダーたちとの交流が始まった。</p>

<p>７２年には東京の後楽園でファッション・ショー「kansai 72」を開催。翌７３年は東京１２チャンネルのテレビ番組「私の作った番組」でロック・ファッション・ショーを放映。７７年、パリで「Kansai In Paris 」を発表。７５年からはパリ、ニューヨーク、東京で毎年コレクションを発表してきた。</p>

<p>株式会社「かまもと寛斎」の設立は７１年で、婦人既製服製造卸を行ない、７３年には「ブティック寛斎」のオープン、「寛斎スーパースタジオ」設立など、事業面でも活動が活発。７５年には「やまもと寛斎インターナショナル・ディビジョン」を設立し、ショー関係の仕事を扱っている。</p>

<p>８２年からはイベント・プロデューサーとして活躍。９６年にはイベントを行なったベトナムに服装専門学校を設立。８３年、『曾根崎心中』をモチーフにした「大寛激祭」（蔵前国技館）を筆頭に、８４年の「寛斎元気主義」など、有名文化人や芸能人をモデルに動員した一連の大型スーパー・イベントを開催。８７年にはパルコ劇場で開催された「心エネルギー」が演出家としてのデビュー作となった。以後、異色キャストの起用や大がかりなステージなど「人間賛歌」をテーマにファッションの枠組みを超えたイベントを次々に展開。</p>

<p>８９年、名古屋「世界デザイン博」の総合プロデュースを手がけ、９３年にはモスクワ・赤の広場で開催されたスーパー・イベント「ハロー！ロシア」では１２万人の観客を集め、世界中で大きな反響を得た。この１２万人という数字、第２次世界大戦後のイベントとして世界最大。現在ロシア国際人道援助協力基金海外顧問も務める。</p>

<p>「人間讃歌」のテーマは、国と国、人と人との交流を拡大させ、９５年にベトナム社会主義共和国・ハノイ市レーニン公園のバイマウ湖上で「ハロー！ベトナム」（２０万人）、９７年にインド・ニューデリーのネールスタジアムで「ハロー！インディア」（５万人）と、立て続けにビッグ・イベントを催した。このショーはスターＴＶをつうじてアジア５４カ国で放映された。</p>

<p>作風は、鮮やかな色彩と大胆な柄でラジカルな感性を表現したものが多い。また、キッチュの日本代表デザイナーという評価もある。</p>

<p>主な受賞は以下のとおり。６７年装苑賞。７７年ＦＥＣ賞、９１年日本イベント大賞審査員特別賞、９３年東京クリエイション大賞国際賞。</p>

<h2>商品情報</h2><ul>
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<title>ウォルター・アルビーニ：Walter Albini</title>
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<summary type="text/plain">１９４１年、イタリアのロンバルディに生まれる。 アートの女学校に唯一の男子生徒と...</summary>
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<dc:subject>ア行のブランド</dc:subject>
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<![CDATA[<p>１９４１年、イタリアのロンバルディに生まれる。</p>

<p>アートの女学校に唯一の男子生徒として入学。パリとイタリアで修行を終えた後、６５年にミラノに自社を設立した。</p>

<p>ビリー・バロ、クリツィア、バジーレなど各メゾンのデザイン、広告イラスト、ファブリックデザインなど、幅広く活躍。気品溢れるスタイルと、得意なイラストレーションは、多くの人々の影響をもたらした。８３年死去。</p>

<p>６０年代から７０年代にかけて、ファッションの未開拓地だったイタリアに、プレタポルテの基盤を作り上げたパイオニアである。シャネルの熱烈なファンとしても有名。</p>]]>

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<title>ザンドラ・ローズ：Zandra Rhodes</title>
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<summary type="text/plain">アヴァンギャルドな婦人服で有名なイギリスのデザイナー。 １９４２年、イギリスのケ...</summary>
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<dc:subject>サ行のブランド</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>アヴァンギャルドな婦人服で有名なイギリスのデザイナー。</strong></p>

<p>１９４２年、イギリスのケント州チャタム生まれ。</p>

<p>パリで衣料店の試着係とメドウェイ芸術専門学校（メドウェイ・カレッジ・オブ・アート）の先生を兼任していた母の導きで、上流社会を知る。</p>

<p>メドウェイ芸術専門学校を卒業後、ロンドンの王立美術専門学校（ロイヤル・カレッジ・オブ・アート）に進学。彼女の主な研究領域は織物デザイン（テキスタイル・デザイン）だった。</p>

<p>１９６４年に卒業した頃の織物デザインは、伝統的なイギリスのメーカーには論外と考えられたため、ザンドラは、ロンドンのカーナビー・ストリートが中心地だったモッズ・ルック用のプリント地をデザインするのを活動のメインにしていた。以後、６０年代に登場した、最も独創的でアヴァンギャルドなデザイナーとして知られるようになる。</p>

<p>６９年、ファッショナブルなフラム街で、ファッションデザインも含め、自社ブランドを設立。７２年には、初めての婦人服コレクションをアメリカで開いた。</p>

<p>故ダイアナ妃のデザインを担当したのをはじめ、世界中で王室、セレブたちにデザインを提供し続けている。</p>

<p>サンディエゴの別荘を拠点として、学問やオペラ衣装のデザインにも才能を発揮。６つの博士号やファッションデザイナーとしての業績を踏まえ、９７年、エリザベス女王から、大英帝国３等勲爵士を授与。また、オペラでは、サンディエゴ・オペラが、『魔笛』（2001年）のための最初の衣装デザインをザンドラ・ローズに委任している。</p>

<p>作品は、チュールやシフォンなど、ソフトなプリント地を使ったファンシーなデザイン感覚に特徴がある。６０年代後半から７０年代初頭にかけてのトータルで独創的なザンドラの作品群は、パリコレクションやミラノコレクションで認められたプリント・デザインも含め、世界中のファッションに大きな影響を与えた。なお、２００３年５月にオープンした、ファッション・織物博物館の創立者でもある。</p>

<h2>公式サイト</h2><ul><li><a href="http://www.zandrarhodes.com/" target="_blank">Zandra Rhodes</a></li></ul>

<h2>書籍情報</h2><ul>
<li><a href="http://www.mode21.com/mailmagazine/b178.html" TARGET="_blank">"The Art of Zandra Rhodes" Zandra Rhodes (著), Anne Knight (著), 1985.</a></li>
</ul>]]>

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<title>ルイ・ヴィトン：Louis Vuitton</title>
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<modified>2006-07-08T16:42:50Z</modified>
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<summary type="text/plain">１９世紀末に旅行鞄からスタートしたトップブランド。１９８０年代以降、日本国内では...</summary>
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<email>flaneur@mode21.com</email>
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<dc:subject>ラ行のブランド</dc:subject>
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<![CDATA[<p><a href="http://click.linksynergy.com/fs-bin/click?id=mhNB*JONy9s&offerid=47523.10000644&type=4&subid=0" target="_blank"><IMG  width="180" height="150" alt="ルイビィトン特集_180_150" border="0" src="http://www2.bellne.com/pc/premoni/ad/lsimg/bn_05vuitton_180_150.gif"></a><strong>１９世紀末に旅行鞄からスタートしたトップブランド。１９８０年代以降、日本国内では誰もが持っているカジュアル・ブランドへ。</strong></p>

<p>創業者のルイ・ヴィトンは、１８２１年、フランス生まれ。場所は、スイスとの国境ジュラ山脈山麓のジュラ県内アンシェイ。１４歳のとき、粉屋を営む家庭での折り合いがうまくいかず家出し、徒歩でパリへ向かう。</p>

<p>４００キロにわたる徒歩の道中、様々な仕事をこなしながら、２年後の１８３７年パリへ到着し、荷造り用木箱製造兼荷造り職人の見習いになる。</p>

<p>旅行の歴史は、この伝説的なフランス人にいつもリンクされてきた。鞄デザインに関するルイヴィトンの独創的なアプローチは、同時代に敵なしといわれた。これは、１９世紀半ばにヨーロッパの上流階級のなかで旅行（とくに大西洋横断）がブームになったという要因が大きい。</p>

<p>１８５４年、独立。パリのカプシーヌ通りで、旅行鞄では世界初のアトリエ「ルイ・ヴィトン」を設立した（この年、結婚もしている）。</p>

<p>馬車の時代、木と鋲で作られた重々しいトランクが日常的だった当時にあって、蓋が平らになっており、馬車に積み上げることができるルイヴィトンの鞄は、人気を呼んだ。また、大西洋横断という長期旅行などにも絶えうる旅行鞄が必要とされ、丈夫なポプラ材と防水性に優れたキャンバス地の使用なども人気の原因となった。グリ・トリアノン・キャンバスというヴィトンの素材は、防水加工の施された木綿製。この頃、ナポレオン皇妃が、旅行用ワードローブをオーダーし、そこから貴族たちの発注が拡大したことは、とくに有名だ。</p>

<p>１８５７年、ジョルジュ・ヴィトンが誕生。６０年、生産が追いつかず、パリ郊外のアニエール市に工場を拡大移転（ここは、今も工場所在地）。６７年には、パリ万国博覧会で銅メダルを受賞している。この頃、ルイヴィトンの模造品が数多く出回りはじめ、７２年、赤と茶褐色の複雑な縞模様生地に仕立てた「レイ・キャンバス」を発表（後、ベージュと茶の縞模様「レイエ・キャンバス」となる）。</p>

<p>１８７５年、パリのオートクチュールの元祖であるファッション・デザイナー、チャールズ・フレデリック・ワース（シャルル・フレデリック・ウォルト）が、業務上の重要な秘密をルイヴィトンに明かすという幸運が舞い込む。ロマン主義時代といわれた当時にあって最重要のファッションアイテムだった、クリノリンとレッグ・オブ・マトン（ジゴ袖）が、より柔らかい材質に取って代わるという情報だった。</p>

<p>ルイヴィトンは、この情報にたいし、自分がデザインする鞄に、ショルダー部分と引き出し部分を加えることで対応。これが、有名なワードローブ、いってみれば旅行用家具となった。</p>

<p>１８８０年、ジョルジュ・ヴィトンが２代目となる。８３年には、後に３代目となるガストン・ヴィトンが誕生。この時期になってもコピー製品の氾濫が止まらず、８８年、ジョルジュは「Louis Vuitton : marque deposee」（登録商標：ルイ・ヴィトン）という文字を織り込んだ「ダミエ・キャンバス」という新しいキャンバスを発表。これは、世界初の登録商標で、表面にブランド名を表示した最初の商品でもあった。このダミエ・ラインは、１９９６年に復活し、現在も販売されている。</p>

<p>１８９２年、創業者のルイヴィトンが死去。９４年、ベトナムでルイヴィトンの製品が販売され、アジア進出を果たす。９６年、２代目のジョルジュ・ヴィトンが「モノグラム・キャンバス」を発表。これは、父ルイヴィトンのイニシャル「ＬＶ」のロゴ、花・星を組み合わせた模様で、ご承知の通り、現在最も人気を誇るモノグラム。このデザインは、当時流行していたジャポニズムの影響を受けているともいわれている。この時期のモノグラムＬＶは、上流階級＝長期航海＝旅行鞄＝ルイヴィトン＝モノグラムＬＶのイメージを確固たるものにした。</p>

<p>２０世紀に入っても、ルイヴィトンの躍進は続いた。１９０１年から、自動車用トランク、船旅用トランク、飛行機用トランクなど、続々と製品を展開。２４年には、現在の「スピーディ」、「ドーヴィル」などの原型となる「キーポル」を発表。この頃の個人顧客で有名なのは、シャネルとリンドバーグ。まず、２５年に、ガブリエル・シャネルの依頼で「アルマ」を作製、２７年には、太平洋横断を果たしたチャールズ・リンドバーグが、岐路でスーツケースを購入している。</p>

<p>１９５９年、ソフトキャンバスを発表。これは、現在のメイン素材となっており、木綿地に特殊なコーティングが施されたトワール。</p>

<p>１９８１年、ルイヴィトン・ジャパン設立、８５年、エピラインの発表と、ルイヴィトンの躍進は続き、８７年、ルイ・ヴィトン社とモエ・ヘネシー社との合併が実現し、LVMH（ルイヴィトン・モエヘネシー）グループが誕生。その最高経営責任者には、ファッション界そのものの法王と呼ばれるベルナール・アルノーが就任した。</p>

<p>老舗としてのルイヴィトンは、９３年、タイガライン（男性用）、オペララインを発表。オペララインは９８年に廃番にされたが、９８年にはヴェルニライン、２００１年にはグラフィティ・ラインが登場と、形や色の面で多様化してきている。０３年、ヴェルニ、モノグラム・サテン、メンズラインには「ヴォヤージュ・ミニライン」なども登場。</p>

<p>また、９８年、デザイナーにマークジェイコブスを起用したことで（契約は２００８年まで）、プレタポルテ進出も果たし、同時に靴製品の分野も展開。ルイヴィトンは、世界規模での店舗拡大だけでなく、製品分野の拡大も止まるところを知らない。</p>

<p>以下、LVMHの展開を押さえてみよう。まず、８７年、ルイ・ヴィトン社は、他の老舗ブランド３社、モエ・エ・シャンドン（1743年～）、ヘネシー（1765年～）、ゲラン（1828年～）とともに、ブランド複合体LVMHグループを構成。その後、株式持ち合いによって、クリスチャン・ディオール（1946年～）を吸収。</p>

<p>LVMHグループは、１９世紀以来フランスが得意としてきたエリート向けライフスタイル産業の主要分野を覆い、世界的に知られる多数のブランド企業を傘下に収めている。具体的にいうと、このグループには、ワイン＆スピリッツ、ファッション＆レザーグッズ、パフューム＆コスメティックス、ウォッチ＆ジュエリー、セレクティブ・リテーリングの５部門がある（各部門に列せられるブランドは、関連データとして下に掲載）。</p>

<p>なお、世紀の変わる前後、イタリア・ブランドの最大手であるグッチをめぐり、LVMHグループとピノー・プランタングループが熾烈な争いを交わした。２００１年９月に和解が成立したが、これは、８７年に勃発したクリスチャン・ディオールとLVMHグループの闘争以来、当グループの名物となっている。</p>

<p>そもそもは、８４年に経営権を取得し、瀕死の状態にあったクリスチャン・ディオールのオートクチュール部門を再建の軌道に乗せたベルナール・アルノーが、当時、ディオールの香水部門「パルファン・クリスチャン・ディオール」を所有していたLVMHグループに対し、部門の買い戻しを要求。しかし、LVMHグループは、逆にクリスチャン・ディオール・クチュール本体を買収したいとの意向を示し、事態は、Ｍ＆Ａの応酬となった。結局、アルノーの戦略によってディオール側がLVMHグループ全体の経営権の取得に成功し、世界最大のブランドグループとなった。</p>

<h2>公式サイト</h2><ul><li><a href="http://www.vuitton.com/" target="_blank">Louis vuitton</a></li><li><a href="http://www.lvmh.com/" target="_blank">LVMH group</a></li><li><a href="http://www.lvmh.co.jp/" target="_blank">ＬＶＭＨ</a></li></ul>

<h2>商品情報</h2><ul>
<li><a href="http://click.linksynergy.com/fs-bin/click?id=mhNB*JONy9s&offerid=82889.10000587&type=3&subid=0" target="_blank">ルイ・ヴィトンのバッグ、財布、アクセサリーをニッセン（仮想免税店）でさがす</a></li>
<li><a href="http://click.linksynergy.com/fs-bin/click?id=mhNB*JONy9s&offerid=86171.10000247&type=3&subid=3" target="_blank">ルイヴィトンのバッグ、アクセサリーをベルメゾンネットでさがす</a></li>
<li><a href="http://www.smode21.com/accessories/cat188/cat177/index.html" target="_blank">ルイヴィトンのバッグ、アクセサリーをメゾンドモードでさがす</a></li>
</ul>

<h2>書籍情報</h2><ul>
<li>『ブランド帝国LVMHを創った男 ベルナール・アルノー、語る』</li>
<li>『私的ブランド論-ルイ・ヴィトンと出会って』</li>
<li>『ブランド帝国の素顔-LVMHモエヘネシー・ルイ・ヴィトン』</li>
<li>『ルイ・ヴィトン-ブランドショッピング (2003)』</li>
<li>『類似ヴィトン-巨大偽ブランド市場を追う』</li>
<li>『Bernard Arnault: A Passion for Luxury』</li>
<li>『Visionaire 30: THE GAME』</li>
<li>『Visionaire 18: FASION SPECIAL』...他</li>
</ul>
他、<a href="http://www.mode21.com/mailmagazine/vuitton_book.html" target="_blank">ルイ・ヴィトンに関連する書籍をアマゾンでさがす</a>

<h2>外部の関連ページ</h2><ul><li><a href="http://rosepink.milkcafe.to/vtop.html" target="_blank">MONOGRAMER</a> - ルイ・ヴィトンのファンページ。管理人のコレクションやLOUIS VUITTON事典をはじめ、モノグラムシリーズのアイテム紹介、手入れ方法、等。ルイヴィトン・ファンの集まったヴィトナークラブも運営。</li><li><a href="../shu_note/31141.html" target="_blank">貴金属おもしろ話 ＜ダイヤモンドの話 その３＞</a> - ルイヴィトン傘下のデビアス社について、４つ目のニュースに掲載。</li><li><a href="http://www.fashion-era.com/romantic_era.htm" target="_blank">Romantic Era, Fashion and Costume 1825-1835</a> - ロマン主義時代のファッションとコスチューム小史。</li></ul>]]>

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<title>ヴィヴィアン・ウェストウッド：Vivienne Westwood</title>
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<modified>2005-09-18T20:55:07Z</modified>
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<summary type="text/plain">１９４１年、イギリスのダービーシャー州生まれ。 教職の道を志したが、後にパンク・...</summary>
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<dc:subject>ア行のブランド</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mode21.com/brand/">
<![CDATA[<p>１９４１年、イギリスのダービーシャー州生まれ。</p>

<p>教職の道を志したが、後にパンク・ロックのバンド「セックス・ピストルズ」をプロデュースすることになるマルコム・マクラーレンと知り合い、影響を受ける。</p>

<p>７１年、マルコムとともに、ロンドンのキングスロード４３０番地に、「レット・イット・ロック」という伝説的なブティックを開店。パンク・ロック、ヒッピー、ストリート・ファッションなどを取り入れた。例えば、ボンデージ・ルックや鳥の骨が鎖で取り付けられたＴシャツなど、エキセントリックで挑発的な作品が多い。これを機に、ロック・ミュージシャンを中心に顧客が広がり、ロンドンの若者たちの熱狂的な支持を得る。</p>

<p>７０年代半ばのパンク・ロックの出現とともに、「トゥ・ファスト・トゥ・リブ・トゥ・ヤング・トゥ・ダイ」（７２年）、「セックス」（７４年）、「セディショナリーズ」（７６年）といった名の過激な新作を続々と発表し、ロンドンのパンク・シーンをリード。新作発表に合わせて、必ず店名や内装を変えたことは有名。</p>

<p>８１年には、マルコム・マクラーレンから独立し、店名を「ワールズ・エンド」に変更。現在でもキングスロード４３０番街の店名はこのままである。同年ロンドンでの初コレクションでは、パイレーツ・ルックを発表し、「アヴァンギャルドの女王」と称され反響を呼んだ。その後のボロ・ルックなども含め、アンチ・モードの旗手として活躍（同じようなスタンスに川久保玲や山本耀司ら）。</p>

<p>８２年にパリへ進出し、８６年に独立してコレクションを発表。８４年秋には、ジャンフランコ・フェレ、カルバン・クライン、クロード・モンタナ、森英恵の４名とともに、「ザ・ベスト・オブ・ファイブ」という東京でのアウォードに選ばれ、コレクションを発表している。</p>

<p>この頃には、パンク・ロックも退潮しており、ウエストウッドの作品は、どんどんゴージャスになり、伝統への回帰がみられるようになる。もっとも、作風は、伝統的なブリティッシュ感覚や歴史服をヒントにしつつも、旧来の用法や意味を修正するような前衛的なものが多くなった。８６年春夏の人形ルック（ロリータ、ベビー・ドールがテーマ）、ミニクリ（ルダンゴトの下からミニのクリノリンを穿かせた）、８７～８８年秋冬のパニエ、９０年代初めの厚底靴（プラットフォーム・シューズ）などが、その代表例。</p>

<p>９１年１月には、クリスチャン・ラクロワ、アイザック・ミザリ、フランシスコ・モスキーノとともに、ファッションサミットへ参加。再び東京でコレクションを発表した。９６年からは、ミラノコレクションへ参加。同年９月には、日本初の旗艦店「ヴィヴィアン・ウエストウッド東京」を日比谷にオープン。９９年には、ニューヨークで、プレス・ショールーム兼用の旗艦店をオープン。以後、旗艦店は、２００１年に、モスクワ・韓国・ミラノと、続々開店することとなる。９０年代の作風には、ユニセックスというテーマもみられた。</p>

<p>現在、ヴィヴィアン・ウエストウッドには、パリで発表される「ゴールドレーベル」、プレタポルテの「レッドレーベル」、カジュアルラインの「アングロマニア」、メンズライン「マン」、フレグランス「ブードワール」、２００１年１月発表の「リバティン」がある。</p>

<p>９０年・９１年「ブリティッシュ・デザイナー・オブ・ザ・イヤー」の最優秀デザイナーに選出。９２年、大英帝国勲章受賞。８９～９１年ウィーン応用美術学院教授も務める（ファッション専攻）。９３年以降は、ベルリン芸術大学教授（ファッション専攻）。</p>

<h2>公式サイト</h2><ul><li><a href="http://www.viviennewestwood.co.uk/" target="_blank">Vivienne Westwood（公式サイト）</a></li><li><a href="http://www.viviennewestwood-tokyo.com/" target="_blank">Vivienne Westwood Japan（日本公式サイト）</a> - ブランドヒストリーや最新情報、オンラインショップの利用、メール会員には様々な情報を優先的に送付。</li></ul>

<h2>商品情報</h2><ul>
<li><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2102846&pid=871887801&vc_url=http%3a%2f%2fwww%2ejp%2eforzieri%2ecom%2fjpn%2fbrand_profile%2easp%3fl%3djpn%26c%3djpn%26brand_id%3d10" target="_blank" >ヴィヴィアン・ウェストウッドのネクタイ等をフォルツィエリでさがす</a></li>
<li><a href="http://www.smode21.com/accessories/cat188/cat184/index.html" target="_blank">ヴィヴィアン・ウェストウッドのバッグ、アクセサリー、財布、ネクタイなどをメゾンドモードさがす</a></li>
<li><a href="http://click.linksynergy.com/fs-bin/click?id=mhNB*JONy9s&offerid=82889.10000302&type=3&subid=0" target="_blank">ヴィヴィアン・ウエストウッドのアクセサリーをニッセン（仮想免税店）でさがす</a></li>
</ul>

<h2>書籍情報</h2><ul>
<li><a href="http://www.mode21.com/mailmagazine/b82a.html" target="_blank">Jane Mulvagh, "Vivienne Westwood", HarperCollins, 2003.</a></li>
<li><a href="http://www.mode21.com/mailmagazine/b82b.html" target="_blank">Claire Wilcox, "Vivienne Westwood", V & A Publications, 2004.</a></li>
<li><a href="http://www.mode21.com/mailmagazine/b82c.html" target="_blank">Claire Wilcox, "Vivienne Westwood", Harry N Abrams Inc, 2004.</a></li>
<li><a href="http://www.mode21.com/mailmagazine/b82d.html" target="_blank">Fred Vermorel, "Vivienne Westwood: Fashion, Peversity and the Sixties Laid Bare", Penguin USA, 1996.</a></li>
<li><a href="http://www.mode21.com/mailmagazine/b82e.html" target="_blank">Sean Connolly, "Creative Lives: Vivienne Westwood (Creative Lives)", Heinemann Library, 2003.</a></li>
<li><a href="http://www.mode21.com/mailmagazine/b82f.html" target="_blank">セックス・ピストルズの音楽・ビデオ・和書・DVDをさがす</a></li>
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<title>イヴ・サンローラン：Yves Matieu Saint-Laurent</title>
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<modified>2005-09-16T18:13:50Z</modified>
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<summary type="text/plain">２０世紀後半の世界のファッション・リーダーの１人で、ディオール２世やモード界の帝...</summary>
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<dc:subject>ア行のブランド</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>２０世紀後半の世界のファッション・リーダーの１人で、ディオール２世やモード界の帝王とよばれたパリのオート・クチュリエ。</strong></p>

<p>１９３６年、アルジェリアのオラン生まれのフランス人。オートクチュール組合付属のクチュール学校を抜群の成績で卒業。５４年、国際羊毛事務局（IWS、現ウールマーク・カンパニー）主催のデザイン・コンテストのドレス部門で第１位入賞。これをきっかけにディオールに認められ、１８歳でディオールのメゾンに入店し、デシナトゥール（下絵描き）を担当。５７年秋に、ディオール急逝の後を受け、店の後継者に選ばれた。</p>

<p>５８年１月の第１回コレクションで、トラペーズ（台形）・ラインの作品を発表して大成功をおさめ、２１歳の若さで大ディオール店の面目を保った。この作品はシュミーズ・ドレスのバリエーション（ビッグ・サック・ドレス）に過ぎないが、床上り５０ｃｍという短く若々しいルックが功を奏した。次いで、丈をやや元に戻したロング・ラインも発表したが、こちらは不評であった。さらに、膝頭すれすれのヤングな６０年ラインも、他のメゾンがヘム・ラインを下げはじめた時期に重なり不評。６０年秋、太毛糸の帽子やタートルネックのセーターと毛皮を組み合わせ、機能的なビート・ルックを発表した。しかし、これも時期尚早の感があり不評に終わった。</p>

<p>同年９月に徴兵され、入営中にディオール社から罷免。病気で除隊後、すでにマルク・ポーアンがディオール店の主任デザイナーになっていたため、店に復帰せず、それを機会に６２年春スポンチニ街に自店を開く。バレンシアガのラインに沿ったエレガントでシックな作品でスタートは成功したが、メゾンの経営面で危機に瀕する。しかし、間もなく、腕利きの広報マン、ピエール・ベルジェの登場によって危機を脱出。以後、彼の協力でクチュール部門からプレタポルテ優先のスタンスに転向した。</p>

<p>６６年に、プレタポルテのブティック「サンローラン・リヴ・ゴーシュ（Rive Gauche、左岸の意）を開き、クチュール界の左岸進出の先鞭を付け、同名の店を海外の主要都市にまでひろげた。ここには、既製服時代の到来を予期するサンローランの驚くべき先見の明が現れている。</p>

<p>同シーズンのモンドリアン・ルックの成功に続き、マニッシュ・ルック、少女ルック、さらには夜のキュロット・スーツやジャンプ・スーツなど、ミニとパンツを中心に６０年代後半は快調。この時期は、さらにシースルー、ポップ・アートによる作品、ヌード・ルック、スモッキング・ルック、サファリ・ルックなどの意欲的な作品を次々と発表し、一挙に世界のトップ・デザイナーの地位を築きあげた。フランス・モード界にとどまらず、２０世紀モードの方向全体をサンローラン一人で示しているかのような躍進であった。</p>

<p>７０年代にはオートクチュールでデラックス化がみられた。たとえば、７１年春のアワー・グラス（砂時計）型の４０年代ルックからレトロ調、７４年秋のコサック・ルックからフォークロア調、あるいはコスチューム・ルックなどのコレクションが挙げられる。これらはいずれも、贅沢かつファンタジックな作品で、コレクション毎に斬新なテーマを提出し、世界の女性を魅了した。７４年秋のシーズンから、本拠地をマルソー通りに移す。「モード界の帝王」とよばれたのはこの時期である。</p>

<p>８０年代末には、ニューヨークのメトロポリタン美術館、パリの衣装芸術美術館などで作品を集大成した「サンローラン展」が催された。９０年春夏のプレタポルテでは、片方の乳房が露わなドレスを発表し話題となった。</p>

<p>サンローランは、さほど独創的なモードの創造者というわけではないが、黒やくすんだ色の使い方が上手く、パンチの効いたタッチと着せ方に特徴がある。このクチュリエが人気を博するのは、この点だ。また、モード史からみたサンローランの醍醐味は、伝統的なエレガンスの観念に代えて、モードの大衆化時代に相応しい「魅惑（シャルム）」というイメージを導入した点にある。また、デザイナーとしての器用さや広がりが大きく、演劇、バレエのコスチュームを手がけたり、ジジ・ジャンメール、カトリ－ヌ・ドヌーブたちの服を、ステージ用の服装からプライベート衣装まで作製した。</p>

<p>さて、ここ数年間のサンローランのメゾンはあわただしかった。イヴ・サンローラン社がグッチ社に買収されたのを受け、プレタポルテ部門であるリヴ・ゴーシュのデザイナーは、アルベール・エルバスを経て、２００１年からトム・フォードが就任。イヴ・サンローランと、イヴ・サンローラン・オート・クチュールの間に資本関係はなくなったものの、同じ経営意志をもって経営にあたることとなり、オートクチュール部門はサンローラン本人が担当。グッチは、イヴ・サンローランのライセンスの大半を更新せずに経営体質の改善を図ることとなった。</p>

<p>現在は、トム・フォードが「イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ」と「YSLボーテ」のクリエイティブ・ディレクター兼チーフ・デザイナーを担当。オートクチュール部門は閉鎖し、以後はリヴ・ゴーシュのみの展開となっている。しかし、トム・フォードは２００４年の春にグッチとの契約が切れるため、退任することが決定している。</p>

<p>最後のオート・クチュリエといわれたサンローランは、５８年にニーマン・マーカス賞を受賞。２００２年１月２２日に行われた、パリ・オートクチュール・コレクションで引退した。</p>

<h2>公式サイト</h2><ul><li><a href="http://www.ysl.com/" target="_blank">http://www.ysl.com/</a></li></ul>

<h2>外部の関連ページ</h2><ul><li><a href="http://www.vogue.co.jp/collection/fw03rtw/paris/index.jsp?designer=YSL+Rive+Gauche" target="_blank">YSL Rive Gauche（Fall Winter 2003）</a></li></ul>

<h2>商品情報</h2><ul>
<li><a href="http://www.smode21.com/accessories/cat188/cat453/" target="_blank">イヴ・サンローランのバッグ・宝飾品をメゾンドモードでさがす</a></li>
<li><a href="http://click.linksynergy.com/fs-bin/click?id=mhNB*JONy9s&offerid=82889.10000303&type=3&subid=0" target="_blank">イヴ・サンローランのバッグや香水をニッセン（仮想免税店）でさがす</a></li>
<li><a href="http://www.smode21.com/fragrance/cat254/" target="_blank">イヴ・サンローランのフレグランスをメゾンドモードでさがす</a></li>
</ul>]]>

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<title>ヨウジ・ヤマモト（山本耀司）：Yohji Yamamoto</title>
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<summary type="text/plain">１９４３年、神奈川県横浜市生まれ。 慶應義塾大学法学部卒業後、文化服装学院デザイ...</summary>
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<dc:subject>ヤ行のブランド</dc:subject>
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<![CDATA[<p>１９４３年、神奈川県横浜市生まれ。</p>

<p>慶應義塾大学法学部卒業後、文化服装学院デザイン科に入学。在学中に、装苑賞と遠藤賞を受賞。６８年、パリで服飾の研究をするための奨学金を得て渡仏。帰国後、７０年に本格的にデザイナーとして活動をはじめた。</p>

<p>７２年、既製服専門の株式会社「ワイズ」を設立。７７年から東京で、８１年からパリでもプレタポルテ・コレクションを発表。翌８２年には、ニューヨークでもコレクションを発表している。８４年、株式会社「ヨウジヤマモト」を設立し８８年には、株式会社「ヨウジデザイン研究所」も設立。</p>

<p>日本はもとより、パリにおける人気も高く、８０年代のトップ・デザイナーの一人。特に、パリのプレタポルテ・コレクションでのデビューは衝撃的で、現地のジャーナリストたちには、彼の作品が「破壊」か「抑制」かサッパリ分からなかったといわれる。しかし、エレガンスという固定観念を覆すという彼のスタンスは、Ｊ．Ｐ．ゴルチエ、コムデギャルソン、（一歩先行していた）イッセイミヤケらとともに、やがて前衛ファッション（アヴァンギャルド）という評価に収まっていった。</p>

<p>作風は、シンプルな構成が多く、自由な着こなしができ、独特な素材を用いてコンテンポラリーな物に作り上げる技術が評価されている。西洋の服作りを基本にしつつも、東洋的発想を加える。よって、山本耀司自身は「アヴァンギャルド」という評価に対し、違和感を覚えているかも知れない。</p>

<p>代表的な作品を挙げてみよう。アヴァンギャルド的な作品では、８０年代初頭、黒を基調にした、布が引き裂かれたようにアシンメトリカルに垂れ下がったものが挙げられる。</p>

<p>また、エドワーディアン的と呼ばれる作品もヤマモトのノスタルジックな側面を見せてくれる。代表的なのは、８５・８６年秋冬パリ・コレクションでみられた、優しげで洗練されたダークカラーのスーツや大きな帽子。１９世紀末から２０世紀初頭、ノスタルジックな雰囲気が籠もったベル・エポックと呼ばれる時期と同じ頃、イギリスではエドワーディアンという芸術傾向がみられた（エドワード７世に由来）。典型的なファッション・パターンは、装飾的でフリルやフラウンスに埋もれ、レースずくめのＳ字形シルエット。さらに、ストレッチのボディ・タイツを組み合わせたシャジュブル（８９～９０年秋冬）。これは、ヨーロッパ中世の僧院で修道僧たちが着ていたものをイメージしたので、西洋の伝統的な服飾の流れを踏まえつつ作品を作る山本耀司の代表的作品。</p>

<p>なお、バイロイト祝祭劇場のワーグナーオペラ「トリスタンとイゾルデ」をはじめとするオペラ衣裳・舞台衣裳や、「BROTHER」「Dolls」「座頭市」など、北野武監督の映画作品でも衣裳を担当。他にも音楽など多方面で活躍している。</p>

<p>山本耀司が服作りをつうじて目指す状況は、本人の言によれば「男の僕が惚れる女が歩いてくれればよくて、２０歳の美女もいいけど、４５歳のどこかいい経験を積んだ女性も美しいと思えるし、『ああ、いい女だな』ということが、もっともっと一杯成立すべきだ」。</p>

<p>装苑賞受賞（６９年）をはじめ、FEC賞（８２、９１年）、毎日ファッション大賞（８６、９４年）、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ位（９４年）など、受賞・受章は数多い。</p>

<h2>公式サイト</h2><ul>
<li><a href="http://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=IAE73+BBTY5U+5WS+C1DUQ&a8ejpredirect=http%3A%2F%2Fesearch.rakuten.co.jp%2Frms%2Fsd%2Fesearch%2Fvc%3Fsv%3D2%26f%3DA%26g%3D100380%26v%3D2%26p%3D0%26e%3D0%26s%3D0%26oid%3D000%26k%3D0%26sitem%3D%25A5%25E8%25A5%25A6%25A5%25B8%25A1%25A6%25A5%25E4%25A5%25DE%25A5%25E2%25A5%25C8" target="_blank">ヨウジ・ヤマモトのレディース・婦人服を楽天市場でさがす</a></li>
<li><a href="http://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=IAE73+BBTY5U+5WS+C1DUQ&a8ejpredirect=http%3A%2F%2Fesearch.rakuten.co.jp%2Frms%2Fsd%2Fesearch%2Fvc%3Fsv%3D2%26f%3DA%26g%3D100387%26v%3D2%26p%3D0%26e%3D0%26s%3D0%26oid%3D000%26k%3D0%26sitem%3D%25A5%25E8%25A5%25A6%25A5%25B8%25A1%25A6%25A5%25E4%25A5%25DE%25A5%25E2%25A5%25C8" target="_blank">ヨウジ・ヤマモトのカジュアル・ウェアを楽天市場でさがす</a></li>
<li><a href="http://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=IAE73+BBTY5U+5WS+C1DUQ&a8ejpredirect=http%3A%2F%2Fesearch.rakuten.co.jp%2Frms%2Fsd%2Fesearch%2Fvc%3Fsv%3D2%26f%3DA%26g%3D100372%26v%3D2%26p%3D0%26e%3D0%26s%3D0%26oid%3D000%26k%3D0%26sitem%3D%25A5%25E8%25A5%25A6%25A5%25B8%25A1%25A6%25A5%25E4%25A5%25DE%25A5%25E2%25A5%25C8" target="_blank">ヨウジ・ヤマモトのメンズ・紳士服を楽天市場でさがす</a></li>
<li><a href="http://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=IAE73+BBTY5U+5WS+C1DUQ&a8ejpredirect=http%3A%2F%2Fesearch.rakuten.co.jp%2Frms%2Fsd%2Fesearch%2Fvc%3Fsv%3D2%26f%3DA%26g%3D100480%26v%3D2%26p%3D0%26e%3D0%26s%3D0%26oid%3D000%26k%3D0%26sitem%3D%25A5%25E8%25A5%25A6%25A5%25B8%25A1%25A6%25A5%25E4%25A5%25DE%25A5%25E2%25A5%25C8" target="_blank">ヨウジ・ヤマモトの靴を楽天市場でさがす</a></li>
<li><a href="http://www.agentcon-sipio.co.jp/" target="_blank">AGENT CON-SIPIO</a> - 山本耀司と、彼の呼びかけに応じた高橋幸宏、高橋信之、田中信一らが1992年に設立した音楽レーベルのオフィシャルサイト</li>
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<title>ユキ・トリヰ（鳥居ユキ）：Yuki Torii</title>
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<modified>2005-09-16T17:48:07Z</modified>
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<summary type="text/plain">１９４３年、東京生まれ。１５歳の時に祖母の経営する生地製造会社のテキスタイル・デ...</summary>
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<dc:subject>ヤ行のブランド</dc:subject>
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<![CDATA[<p>１９４３年、東京生まれ。１５歳の時に祖母の経営する生地製造会社のテキスタイル・デザインを担当。徹底した英才教育を受け、日本女子大学付属豊明中学を卒業後、高校を飛び越え、文化学院美術科に特別入学。脇田和画伯に師事。卒業後は伊藤すま子デザイン研究所で１年間、カッティングとデザイン画を学ぶ。</p>

<p>６２年に母の君子と洋装店「トリヰ」に出品しデビュー。７０年に株式会社「トリヰ」を設立。７５年１２月には、パリのプレタポルテ・コレクションのショーが、ジャン・ジャック・ピカールとの出会いにより実現。鳥居のコレクションは『エル』をはじめ、『ヴォーグ』『ギャップ』『フィガロ』『ウィメンズ・ウェア・デイリー』『コスモポリタン』『バンタン』など、蒼々たる各国のファッション雑誌が記事として取り上げた。</p>

<p>８４年には株式会社「ユキ・トリヰデザイン事務所」を設立し、翌８５年にはパリにブティックを開店。パリと日本のプレタポルテ界に「ユキ・トリヰ」の名を定着させる。鳥居はバック、アクセサリーなどの服飾雑貨をはじめ、ユニフォーム、ウェディング・ドレス、インテリアなど幅広いジャンルを手がける。また近年は舞台衣裳やテレビ衣裳も扱い話題を集める。９４年には新たにメンズ・ライン「ユキ・トリヰ・オム」を発表。２０００年には、イヴ・サロモン社とライセンス契約を締結、「パリッシマ・ユキ・トリヰ」もスタートした。</p>

<p>作品には多彩な色を持つプリント・ファッションが多く、カラフルな「女の子らしさ」を上手に引き出す。</p>

<p>７６年、８８年、９５年にＦＥＣ賞を受賞。９５年に第１３回毎日ファッション大賞を受賞。</p>

<p>＊ＦＥＣは、「Japan Fashion Editors Club」（日本ファッション・エディターズ・クラブ）のこと。</p>

<p><br />
<h2>外部の関連ページ</h2><ul><li><a href="http://www.cfd.or.jp/collect/03aw/highlight/index_torii.html" target="_blank">鳥居 ユキ 2003 年秋冬 東京コレクション</a></li><li><a href="http://www.cfd.or.jp/collect/02ss/member/torii_yuki/" target="_blank">鳥居ユキ 2002s/s tokyo collection</a></li></ul></p>]]>

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<title>スウォッチ：SWATCH</title>
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<modified>2005-09-16T17:46:37Z</modified>
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<summary type="text/plain">１９８０年、ＳＭＨグループ（現スウォッチグループ）の一社「エタ」社が、開発に着手...</summary>
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<name>flaneur</name>
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<email>flaneur@mode21.com</email>
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<dc:subject>サ行のブランド</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mode21.com/brand/">
<![CDATA[<p>１９８０年、ＳＭＨグループ（現スウォッチグループ）の一社「エタ」社が、開発に着手。当時のスイス時計産業は、セイコーをはじめとする日本の時計輸出に圧迫され、危機に瀕していた。</p>

<p>８３年に発表された最初のモデルは、プラスチックのカラフルなもので、デザインはシンプルなため、人気を惹かなかった。しかし、ファッションブランドと同じく、年２回（春夏・秋冬）のコレクションを発表し、大量製品でも売るのは半年だけという戦略がヒット。</p>

<p>また、ニューコレクションだけでなく、アーティストによる限定モデルや、シーズン特定のスペシャルモデルも作られてきたこれらは少量の限定生産だったため、コレクターの注目を浴びた。</p>

<p>最初のアーティスト・コレクションは、８５年にフランスのキキ・ピカソが担当。同じ文字盤が存在しない１４０個限定モデルだったため、大ヒット。以後、アメリカのキース・ヘリング、日本の横尾忠則に依頼したアーティスト・コレクション等が発表された。これまでに参加したアーティストの数は、約１００名にのぼる。</p>

<p>シーズン特定のスペシャルモデルは、クリスマス・スペシャル、ヴァレンタイン・スペシャル、ハロウィン・スペシャル等があり、コレクションラインとともに、ミラノのスウォッチデザインラボでデザインされるこれらも人気の的。</p>

<p>短期間でデザイン、価格、販売方法の斬新さで成功したスウォッチは、発表後１０年が経たない９２年４月の段階で、総生産１億本を達成。この頃から盛んになったファッション・ブランドによる時計生産に先鞭をつける形で、スウォッチの先見性が証明された。</p>

<p>これまでのプラスチックモデルだけでなく、９５年には、初のメタルモデル「スウォッチ・アイロニー」を発表。９７年には、プラスチック・クオーツ最薄の「スウォッチ・スキン」も発表。２０００年には、シドニー・オリンピックの公式計時も担当した。</p>

<h2>公式サイト</h2><ul><li><a href="http://www.swatchgroup.com/" target="_blank">The Swatch Group：http://www.swatchgroup.com/</a></li><li><a href="http://www.swatch.com/" target="_blank">Swatch：http://www.swatch.com/</a></li></ul>

<h2>商品情報</h2><ul>
<li><a href="http://www.mode21.com/mailmagazine/s134b.html" target="_blank">Swatch e-store スウォッチ eストアでスウォッチの時計をさがす</a></li>
<li><a href="http://www.mode21.com/mailmagazine/s134.html" target="_blank">楽天でスウォッチの時計をさがす</a></li>
</ul>]]>

</content>
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<title>テッド・ラピドス：Ted Lapidus</title>
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<modified>2005-09-16T17:45:29Z</modified>
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<dc:subject>タ行のブランド</dc:subject>
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<![CDATA[<p>１９２９年、パリの毛織物業の家に生まれた。</p>

<p>１５歳で純粋哲学に心を奪われ、のち一転してパリ大学医学部へ進んだ。在学中にモンテーニュ街のクラブ・ド・パリの一隅にモード店を開き、２ヵ月後には早くも社交界の人気を集める主でになった。</p>

<p>テーラード・スーツなどのかちっとした服作りに定評があり、その才能はディオールに認められたはどであった。現在は紳士服を含めた既製服部門に力を入れている。シルエット作りに定評がある。</p>

<h2>商品情報</h2><ul>
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