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ノーマン・ハートネル:Norman Hartnell

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イギリス王室お抱えのモード界の重鎮

1901年、ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学のマグダレン・カレッジ卒業。

ケンブリッジ在学中に、大学の演劇クラブの舞台衣装を手がけたことが、ロンドンのジャーナリストの目に留まる。ノーマンは自身のデザインの才能を納得させられ、ケンブリッジを即刻中退し、当時マダム・デシリーと呼ばれたロンドンのドレスメーカーに就職。

そこは3ヶ月で退職したが、自分がデザイナーの道に進むことは正しいと確信。その後、ルシルや、エスターと呼ばれた店などを短期間に転々とし、23年、自身の名を冠したサロンをスタート。

27年、有名な女流作家でダイアナ妃の義理の母親の実母にあたるバーバラ・カートランドのウェディング・ドレスを作成。35年には、グロスター侯爵夫人となったレディ・アリス・モンタギュー・ダグラス・スコットが、ウェディング・ドレスを依頼。ヨーク侯爵の服のドレス・メーカーとなったのもこの頃で、30年代にイギリス王室お抱えドレスメーカーとしての地位が確立。以来、数十年にわたって、女王をはじめ、ほとんどの王室の貴婦人たちのウェディング・ドレスを手がけ続けた。

また、王室御用達という面だけでなく、舞台衣装・映画衣装のデザイナーとしても活躍。ノエル・カワード・プロダクションの演劇に向け、ミスタンゲットやマレーネ・ディートリッヒらに衣装を提供。また、エリザベス・テーラー主演の『去年の夏突然に』(59年)をはじめ、1930年から63年までの間に、彼が衣装を手がけた映画は21本に及ぶ。

1927年・30年、ロンドンからの最初のクチュリエとして、パリでファッションショーを開催し成功。この時、アメリカとカナダのバイヤーから大量の注文を受けている。この頃、短期間、当時有名だったデザイナーのルシルのもとで働いた。1930年に独立、ロンドンに店をオープンし、これはやがてロンドン最大のクチュール・ハウスに発展した。また、第2次世界大戦中には、イギリスのデザイナーとして、初めて、ホール・セール・システムを取り入れた。

その大戦中、ノーマンは、英国赤十字、英国陸軍軍需品補給女性部隊、婦人警官の制服を担当。また、物資不足を考慮し、エリザベス女王の衣装デザインですら、刺繍を使わずに、手でペインティングしたことは有名。

戦後の53年、エリザベス女王の戴冠式に、コロネーション・ガウンをデザインし、ヴィクトリア勲位を授与(エリザベス女王のウェディング・ドレスもノーマンの作品)。

70年代には、レザー、毛皮、メンズウェアに進出。

77年3月、王室への50年間にわたる長期サービス、イギリス・ファッション界への貢献を踏まえ、サーの称号を授与された。他に、ニーマン・マーカス賞受賞。79年死去。

王室お抱えゆえ、テーラード・スーツ、コート、刺繍の綺麗なイブニング・ドレスなど、優雅で品位のある作品が特徴的。

ノーマン・ハートネルの店で働いたデザイナーには、マルク・ボアン(89~92年)や鳥丸軍雪(とりまるぐんゆき;60年代後半)らがいる。ジーナ・フラッティニ(Gina Fratini)もその一人で、90年代からハートネルの店で働いているデザイナー。主に、ウェディング・ドレスとイブニング・ガウンに魅力を発揮している。

2004年7月、ケンジントン宮殿で、エリザベス女王のワードローブを中心に展覧会が催され、彼女が56年から72年までに着たハートネルの作品9点も展示された。

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