洋服が日本人の服装として定着したのは、意外に遅く、第二次世界大戦後のことである。戦前は、圧倒的に多くの女性が和服を着ていたし、外出には洋服を着ることも多かった男性でも、室内では着物が主流だった。
昭和20年代~50年代の30年間に日本人の服装は完全に洋服へと変化した。代わりに和服は非日常の場、つまり伝統文化のお稽古や、結婚式・卒業式などのイベントに限定されて着られることが多くなった。
このように和服が一掃され洋服が全般的に浸透していく事態は衣服革命と呼ぶべきものだろう。では一体、衣服革命が起こった時期や経緯はどうだったのか?
衣服革命の始まりは終戦直後。敗戦という結末を向かえた状況のなかで衣料不足だけがこの革命の原因となったわけではない。生地が絶対的に不足していただけでなく、戦地に赴く男性の代わりとなって職場へ進出した女性たちはモンペやズボンを着用し、終戦後も継続して活動的な衣服を求めたのである。
戦勝国のアメリカ文化は衣服においても日本に影響を与えた。当時は手っ取り早く買える店があるわけではなかったので、少しでも洋裁ができてミシンを持っている人たちに注文が殺到したそうである。そのような需要の状況のもとで、家庭内職として専業主婦に人気を得たのがミシンでの洋裁だった。
これに伴い、昭和30年代になってミシンの生産は、都市部で普及率75%という数字に達し、家庭洋裁はもちろんのこと、職業洋裁も一大隆盛期を迎え、洋服化が急速に進んだ。全国各地に見られた洋裁教室の乱立も丁度この頃である。
ところが、昭和40~50年代になると、洋服の本格化とともに、高度な技術力やデザイン力に力点が置かれ初め、既製服の普及が決定的な要因となって家庭洋裁や町の洋裁店はその任務を終えた。
このような洋裁、あるいはミシンの盛衰を振り返ると、大規模な洋裁学校を筆頭に、終戦直後に手探りで洋裁に取り組んだ動き全体は、何も近代化のスローガンやパリ・モードといった大きな視野を見据えていたというよりは、終戦後の厳しい生活環境に密着した形で衣服革命が展開したのだと思われる。
昭和30年代から登場した既製服、これには合成繊維の発展と大規模なアパレル産業の台頭が背景にある。以後、50年代にかけて安価で誰もが着やすい既製服は洋服の主要ジャンルとなっていった。
本書は、終戦直後から昭和50年代にかけての「洋裁の時代」=「衣服革命」に注目し、女性たちが洋裁技術を習得し、洋服を自分のものとしていった経緯を描いている。また、習得した洋裁技術を女性たちはどのように生活に役立てていったのか、職業面にも焦点を当てている。さらに、洋服化にとって避けることのできない下着の問題、農村女性が洋服化した経緯、洋服化の上で大切な役割を果たした桑沢洋子と花森安治、そしてミシン本体についても、詳細に取り上げている。
小泉和子『洋裁の時代―日本人の衣服革命―』OM出版、2004年